時間逆行科学者女×純粋人魚少女
(どちらかというと科学者→→→→人魚)

テーマ「人外」の企画参加作品です。上限3000文字。

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人魚を愛した魔女

 いつからだろうか。

 不躾で無遠慮なあの小娘の声を、愛しく感じるようになったのは。

 

 

 

 

 

「ふむ……。さすがにこの時代は水質が良いな。これがいずれヘドロと変わりない姿に変貌するとは嘆かわしい」

 

 水質サンプルの調査を終えると、私は眉根を寄せてソファーに倒れ込んだ。

 冷たい金属に囲われた居住区域だが、無駄と切り捨てず持ってきた家具のおかげでそこそこ心地よい空間となっている。

 

 多くの命を育む"海"という生命の水槽。

 これが私たちの住んでいた時代では逆に命を奪う毒の坩堝と成り果てているのだから、あの世界にもう未来は無いのだろう。

 自分たちを育てた星の代用品を探して多くの人間が故郷を捨てたが、私はそれに乗っかる気が起きなかった。

 そんな時だった。積み重ねがあったとはいえ、奇跡のような偶然で私が行っていた研究が実を結んだのは。

 

 

 成果は「時間の航行」。いわゆるタイムマシンを作ったわけだ。

 

 

 これをもって私はこの星がまだ美しかったころへ旅立つことにした。

 連れは居ない。もうあの星にしがみついていたのは、私だけだったから。

 

 正確に時代を設定することは叶わず、たどり着いたのは人類の文明がお粗末なほど未発達な時代。

 百も生きれば長寿だというのだから驚いた。老いる、という歴史書でしか記述の無い生命本来の姿を保っている彼らを見て……私は早々にその中で生きることを諦め、海の底へと住居を構えることにした。

 

 海は良い。ただただ静かで、ノイズを発生させる人工的な雑音が無い。

 住居としている時間航行船の音すら煩わしくなった時は、スーツを纏って水の中で漂った。

 もちろんまったく音が無いわけではなくそこかしこに生物たちの息吹を感じるが、それらは愛らしく好ましい。

 なるほど、確かにここは生命の水槽……否、揺り籠だな。

 

 海面を嵐が撫でていく時も子守唄を聞くような心地で、安心した。寂しくなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 そして淡々と暇つぶしの研究を進める中。ある日、ソナーが不可思議な音を拾う。

 始めはクジラの鳴き声かと思ったけれど、少し聞けばわかるほどに……それは明確な"歌"だった。

 

 常に暇を持て余していた私としては当然気になるわけで、すぐに調査へ向かった。

 

 

 

 そして。

 

 

 

「まあっ! もしかして、貴女って噂の魔女さん!?」

 

 

 

 

 白くすべらかな肌に、水に散らばる亜麻色の美しい髪、好奇心に輝くアクアマリンの瞳。

 ……へそから下の、鱗とひれを備えた魚の下半身。

 

 私はいかに発達した文明を持とうと、過去にあった未解明の謎全てを網羅してなどいなかったことを思い知らされた。

 

 

(なにこれなにこれなにこれ。人魚が本当に居たなんて……私、知らない)

 

 

 幼子のように混乱してしまったのは、一生の不覚であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ魔女さん! 見て見て、今日はこんなものを拾ったの!」

「ねえねえ魔女さん、わたしって歌が上手いのよ! 聞かせてあげるね」

「魔女さんは何を食べて過ごしているの? とっても小さくて心配になるわ」

「あのね、お姉さま達はとってもきれいで可愛いの! わたしもいつか、あんな風になれるかな?」

「昔ね、魔女さんが追放されたお話をきいたのよ。だからね、お父様には魔女さんの事を話してないわ。安心してね!」

 

 魔女さん、魔女さん。そう呼んでくる小娘はこちらが迷惑がっている事になど気づきもせずに、何度も訪ねてくるようになった。まとわりつく、と言い換えてもいい。

 当然私は小娘が言うような"魔女さん"とやらではないが、作業用アームが複数ついたスーツをタコの足とでも勘違いしたらしい。その上隠れるように住んでいる事からこの年頃の小娘らしく勝手に脳内で妄想を繰り広げ、自分の想像が真実だと決めつけているようだ。

 

 姦しい小娘に私の愛しい静寂が崩されるのは大変に不服だったが、下手に人間とばれて仲間に知らされても面倒なので渋々受け入れる羽目となっていた。

 元の時代の生物データにも無い未知の知的生物との接触、極力避けたいものね……。

 

 

 

 

 ただ、唯一。

 ……小娘の歌を聞くことだけは、嫌いではなかった。

 

 

 

 

 その喉から美しい旋律を紡ぎ出し、海中に広げていく。海が揺り籠、子守唄は人魚。ずいぶんとメルヘンチックなことだ。

 物は試しに……と。欲を押さえられなくなった私が自分の知っている歌を教えると、小娘はこちらが驚くほどのはしゃぎようで喜んだ。これまで自分で作った歌しか知らなかったようである。

 

「それはそれで、すごいな……。作ったのか」

「! 魔女さん、今、褒めてくれたの!?」

「……まあ、賞賛はする。私には出来ない事だ」

「~~~~! やったー! はじめて魔女さんに褒めてもらえた!」

「ええい、うるさい! お前の声は頭にキンキン響く!!」

 

 

 

 

 

 そんな風に渋々と交流を重ねていた……ある日。

 

 

 

 

 

「ねえ、魔女さん。わたしね、人間になりたい」

「…………」

 

 突拍子もない申し出に言葉を失った私に、小娘は必死に言い募った。

 

「あのね、この間の嵐の時に人間さんを助けたの! それでわたし……あの方を愛してしまったわ。魔女さんなら、わたしが人間になる方法を知ってると思って……!」

 

 まるでおとぎ話をそのままなぞる様な発言を続ける小娘に私が抱いた感情は……溶鉱炉のような熱だった。

 どろりと腹の底を熱く粘るヘドロが這うような感覚に一番戸惑ったのは私だ。呆れるでもなく冷めた視線を送るでもなく、どうしてこうもかき乱される。

 

「…………。その声と、引き換えなら」

 

 気づけば私もおとぎ話の魔女のようなことを言っていた。

 その発言の底には「私が一番喜ぶ歌声を捨てるわけがないよな?」と醜く濁った嫉妬心があることはすぐに理解した。こういう時、自分の感情すらも俯瞰的に見てしまう己が憎らしい。

 

 

 

 問いかけは祈りだった。断ってくれという、私の祈り。

 だけど。

 

 

 

「…………。うん、わかった。それで人間になれるなら!」

 

 

 

 快諾され、私の淀んだ気持ちは決壊した。

 

 私は小娘の望み通り、その魚の下半身を切除し人工義肢をくっつけてやった。

 構造が心配だったが、事前にスキャンし臓器が収まる箇所が人間と同じだと分かったのでやってみれば楽だった。引き換えに、という条件だった声帯も摘出に成功。肺についてはもともと空気中でも呼吸可能なつくりをしていたため、弄る必要はなかった。……つくづく不思議な生物である。

 

 望み通り人間の脚を手に入れた彼女は私に何度もお礼を言って、陸地の世界へと旅立っていった。

 

(お礼なんて、いらなかった)

 

 陸になんて行ってほしくなかったと考える自分はおかしい。だって私はもともと人間だ。彼女と一緒に陸で過ごす事なんで造作もない。

 だけど私はもうこの揺り籠から出て行くのが怖くなっていた。……この足で踏み出す力を失っていたのだ。

 

 

 

 

 

 その後、小娘の姉だと名乗る人魚が彼女の亡骸を連れて来た。どうやら人外であることが暴かれて、磔にされたらしい。

 

「この子の自己責任だもの。貴女を恨んだりしないわ。……でも、お願い。この子、助けてくれないかしら」

 

 縋るようなその言葉に、私は未だに"魔女"と認識されていることを知った。それも、死者をも蘇らせる力を持っているような。

 

 それはある意味正解。

 

「……そうだな。ああ、助ける」

 

 

 

 私の住居は、時間航行船。過去に戻れば彼女は無残な姿とならずに生きている。

 でも予感があった。私は何回戻っても、彼女にあの問いを投げかけるだろうと。

 

 

 私はそっと彼女の頬と……わざと残した鱗が残る腰を撫でながら、吐息のようにつぶやいた。

 

 

 

 

「助けるよ。君が私を選んでくれるまで」

 

 

 

 

 

 

 

 




ここまで読んでくださりありがとうございます。お粗末さまでした。

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