赤黒い炎で燃え、崩れ落ちる瓦礫。
雨は振れどもその炎は勢いを留まらせることを知らず燃え盛り、街を広範囲で焼き尽くしていた。
そんな紅と灰の二色しか見えない世界をただ独り、歩いていた。
声が聞こえた。誰かに救けを請う声が。
この地獄を齎した誰かに吐き捨てるかのような怨み言もあった。
声にならない声で泣き叫ぶ者も居た。
けれどもそれは極少数で、殆どが何も言わぬ屍だった。
そんな平和とはかけ離れた世界から逃れたくて、身を焦がす炎から逃れたくて歩き続けた。
歩いて、歩いて、歩いて、歩いて、歩いて、歩き続けど景色は変わらない。
ついには立つ力も無くなり、物言わぬ屍と同じく地面へ転がることになった。
もう少しで朧気な意識も無くなり、自分も彼等の仲間入りをするのだろう。
そう思った時、ずっと聞こえてきていた声とは異なる声がした。
男性の声。生存者である自分を見つけて心の底から嬉しそうにしている声だった。
男性はこちらの手を割れ物を扱うかのように優しく握り、自らの頬に当て、
『ありがとう、ありがとう……!見つけられて良かった……』
と、感謝の言葉を噛み締めるかのように言っていた。
そんな雨に濡れていることで泣いているかのような彼の表情を見て自分は、救っているのは彼である筈なのに、救われたのは実は彼の方なんじゃないかと、
それが
随分と懐かしい夢を見た、気がする。そう思うが、肝心の夢の内容はかなり朧気である。まぁいつも通りの事だと着替える準備に取り掛かろうとした時、身体が寝汗で酷いことになっていることに気が付いた。
『あぁ、昨夜の夢はあの日のことだったのか』
と、過去の経験からそう推測を立てた。そして、推測を立てると同時にカレンダーの日付を見て、『あぁ、
「はぁ……
そんな俺の呟きも虚しく、あの冬木大火災から十年。
「先輩。今日の夕食からしばらくお手伝いに来れませんけど、よろしいですか?」
学校に登校する前、家の玄関にて桜にそう言われた。きっとこれは桜なりの気遣いなのだろう。近々開催される聖杯戦争に俺を巻き込まないようにするための。しかしながら俺はこの時、聖杯戦争については一切知らないこととなっているため、あえて鈍い行動をとるように心掛けている。
因みに原作にて行われていた彼女の痣に関するやりとりは、必要以上の踏み込みは要らないだろうと考え、無視することで回避させてもらった。こうすることによって彼女の衛宮士郎に対する好感度は一個上の先輩という程度のものに落ち着いているだろうと思う。
「気にすることないさ。だって、土日だろ?桜だって付き合いがあるんだからさ」
そう考えながら俺は後輩の都合に気を使う当たり障りのないの返事を返した。
「え、そんな……違います!本当に個人的なことで、ちゃんと部活にだって出るんですから。だ、だから何かあったら道場に来てくれれば何とかします。別に、土日だから遊びに行くわけじゃないです!」
「お、おう……」
そうすることで友達との付き合いでしばらく来れなくなるのだろうと俺が受け取ったと勘違いした桜は、すぐさま否定の言葉を口にした。必死さ故にか顔も少々赤く、いつもよりも距離が近くになっていた気もするが。
「だから……あの、変な勘違いはしないでもらえると助かります」
「……分かった。何かあったら道場へ行くよ」
「はい、そうしてもらえれば嬉しいです」
そう言うと桜は、一度視線を下に降ろした。
「あ、先輩!手……!大丈夫ですか?!」
その時にどうやら俺の左手の甲に薄っすらと浮かぶ令呪に気付いたらしく、それについて尋ねられた。その瞬間、俺はやらかしたなと思った。ここで桜に聖杯戦争の参加者の証である令呪について気づかれるのは少々良くないと思ったからだ。俺の記憶の主な元は原作(アニメ)なのだが、SNの場合ではこの時点ではまだはっきりとした令呪ではなく、血が一筋流れてしまっているだけのまだ怪我と偽りやすいものだった。しかし、今俺の手に浮かぶものはUBWで見られた限りなく令呪に近いもの。完全に偽るというのは難しい代物だった。どうにかして気を逸らせられないものか……
短時間にやらかした点を考察し、対処法を考えるが、とりあえずは気づかれたのなら仕方ないと俺はあたかも今気付いたかのように
「ん?何だコレ。昨日の夜、ガラクタを弄ってて切ったのかな……?ま、痛みもないし大丈夫だろ。桜が気にする程じゃないさ」
「はい……先輩がそう言うのでしたら……」
どこか納得いかない様子ではあったが、これ以上のやりとりは流石に学校に遅れると判断したのかそれ以上の追及はされなかった。
それからは桜と共に学校へ行き、学校に張り巡らされた結界の違和感を感じながらも、いつも通りの日常を過ごした。一成に頼まれていた機材の修理も終え、空が赤くなり下校時間が迫っているので、早めに帰ろうとした際に俺は間桐と校内にて鉢合わせた。
「よう、衛宮。遅くまで生徒会の雑用とは、ご苦労なことだな」
「・・・・・。間桐、お前は相変わらずだな」
「何?僕がモテモテで羨ましくでもなった?」
「いや別にそんな事はない。…………どうやらお前は忙しいようだし……俺、帰るわ」
間桐は相変わらず自分の周りに女子を侍らせてやりたいようにしているようだった。別にその事に関しては興味が無いし、普段からあまり絡まないようにしているため、今回もそれとなく会話して帰ろうとした。
「ちょっと待てよ、衛宮」
のだが、何の関心も見せない俺が癪に障ったのか間桐は俺を無理矢理引き止めた。
「何だよ。俺は帰る所なんだが……」
「なぁに、生徒会の雑用のついでだよ。うちの弓道場さ、今ワリと散らかってるんだよねぇ……」
「だからどうした」
「察しが悪いなぁ、衛宮君。だからぁ、片付けをお願いできないかって頼んでいるんだよ。どうせ部活してないんだし、暇だろう?ついでにだよ、ついでに」
何と間桐が引き止めた理由は雑用の押し付けだった。桜の痣についての言及もしなかったし、早めに帰ることを意識していたのだが、どうにも運命というものは逃がしてはくれないらしい。こうして慎二と鉢合わせし、雑用を押し付けられそうになっている。
「悪いけど俺は───」
「えぇ?良いって?ありがとう、衛宮君。それじゃ、頼んだよ。あ、そのまま帰るとしてもついでに弓道場の戸締まりだけはしていてくれよ」
「あ、おい!間桐!!」
「ちょっと先輩!えっと……あの、よろしくお願いします」
俺のことを完全に見下している間桐は、俺の返事も聞かずに鍵を押し付けて立ち去ってしまった。取り巻きの女の子にも後を任されてしまった為、逃げ道はかなり無くなったとも言える。
さて、どうしたものか。本当は、当初の予定通りこのまま家に帰るのが望ましいのだが、鍵を無理矢理渡され、任された認知を貰ってしまった以上はそのまま帰るとしても最低でも職員室に寄る必要が出てきてしまった。ここはもう、諦めて一度弓道場へ行くとしよう。ちょっと覗き込んであまりに酷いのなら軽く片付けだけもしようか。床掃除やらの細かい作業までする予定は無いのだから、きっと日が完全に暮れて巻き込まれるなんて事態には陥らないだろうし。
そうした未だ根に残るお人好しの性格と、先を知っているという甘えから、弓道場の片付けと戸締まりを行う事にした。
ーーーーーーーー
「ふぅ……、とりあえずは一区切り付いたか?早く帰らないと巻き込まれて死ぬことになっちまう」
弓道場の片付けは、思ってたよりも時間が掛かってしまい、すっかり日が暮れてしまった。時間を見る限りはまだ出歩く人も多少居るであろう時間帯ではあったが、流石にこれ以上は学校に居られないなとグラウンドへ向かおうとした時、その音は聞こえてきた。それは、金属同士が激しくぶつかり合う音だった。
「え……?」
嘘だろう?だって、まだ日が暮れて間もない時間帯の筈だ。なのに何故目の前のグラウンドでは赤と青の英霊が闘い合っている?まさか必要ない主要キャラとの関わりを少しづつ避けてきたバタフライエフェクトがここに来て降り掛かったとでも言うのか?もしそうだとすれば、それはつまりこの後、ランサーに見付かってしまえば俺は────
─────殺される………?
思い当たったその考えに背筋がゾッとした。今すぐこの場から逃げなければという思いに思考が支配されかけたが、すぐに今はまだ駄目だと踏み留まった。今、感情のままに動くのは一番良くない。一つの感情に支配された状態では最善の答えなんて出せる訳がないからだ。
落ち着け、俺。逃げたいんだろ?今、俺がすべき事は何だ?そして助かるにはどうするべきか冷静になった頭で考えろ。
グルグルと自問自答しながら頭の中で息を殺しながら俺が出した答えは、戦闘音が鳴り響く間に物陰に隠れその場をやり過ごす、という至極単純なものだった。お互いに戦闘に注意が向いている今が比較的音を立ててもバレにくいだろうと考えた結果だった。
そうして導き出した答えを実行すべく、俺は後ろに足を一歩踏み出そうとした。その時────
『悪いけど、そうは問屋が卸さねぇんだよ、■■?』
「っ?!!」
背後、いや俺の耳元で何かが囁く声が聞こえてきた。その声ははっきりと聞き取ることは出来ず、それでいてこちらの心臓を直接握り締めてくるかのような寒気を齎す不気味なものだった。そしてその声は、俺の計画に決定的な罅を入れる死神のようなものでもあったのだ。その声に一瞬気を逸らされてしまった俺は、踏み出した足で彼らにも聞こえてしまうような大きな音を出してしまったのだ。
「何者だ?!」
「嘘……!まだ校内に生徒が残っていたの?!」
恐れていた事態が起きてしまった。ランサー達に居場所がバレてしまったのだ。
「っ!(ヤバイ……!早く逃げないと!)」
こうしては居られないと俺は自身の立てたプランを全て捨て、自身の持つ記憶頼りに行動をすることによって生存の道が開かれることを祈って、校内へ駆け込んだ。
「逃がすかよッ!」
「マズイッ……!アーチャー、ランサーを追って!!校内に逃げ込んだ生徒を守るのよ!」
「了解した、マスター」
後ろでは逃げた俺を巡ってそんなやりとりをしているのが聞こえてきた。
「ハ……!はぁッ…!ッ……!!」
がむしゃらに逃げる。流石に考え無しではないが、出来るだけ遠く逃げなければならなかった。最低限でも二階。出来れば三階廊下辺りまで逃げ込めれば万々歳だろうか。僅かばかりに残った冷静な部分で、自分の出すべき最善の行動を考える。けれどもそれはほんの僅かなもので、頭の大部分はただ『死にたくない』の一言。死に対する恐怖で埋め尽くされていた。
「ぅ゙ッ……!?」
なんとか目標の三階廊下にまで逃げ込めた辺りで強風に煽られたかのような衝撃が身体に伝わり、それによって廊下で転倒してしまう。流石に強化無しの生身の人間の俊敏性では英霊相手には敵わなかったようで、もう追い付かれてしまった。
追い付かれてしまったのは嫌でも分かった。でも俺は、生きるのを諦めない。何としてでも俺はDead Endは回避したいからだ。こんな訳わからん奴に殺されてたまるかよ。俺は、ただの一般人で老人になるまで生き抜いてやるって決めているのだから。
決意を新たに俺は立ち上がる。そしてまた階段へ走り出そうとしたその時、
「……よう。何処行くってんだ?」
「っ、!?」
背後から声が聞こえてきた。不意打ちに慣れていない俺はつい振り返って立ち止まってしまった。
「ぇ……?あ"…………」
それが致命傷だった。一瞬でも動かぬ的となってしまった俺はランサーの槍で心臓を一突きされてしまったのだ。心臓を槍で刺されるという突然の出来事に俺は何も出来ず、ただ大量の血液が流れ出る感触を感じながら目の前の敵を力無く見ることしか出来なかった。
「運が無かったな、坊主。ま、見られたからには死んでくれよ。死人に口無しってヤツだわな」
そう言ってランサーは俺の身体から槍を引き抜く。意識が既に混濁気味だった俺は力無く廊下に倒れることとなった。
あぁ……貫かれた箇所が凄く痛い……。短期間に大量の血液が流れ出るもんだから体温が下がって酷く寒気を感じる。俺が力無く倒れた後もランサーが何かを言っているようだったが、もう殆ど聞き取ることが出来ない。俺はこのまま死ぬのだろうか……。
それは、嫌……だ、な…………
『おいおい、■■。死ぬのはまだ早いぜ?』
霞む視界の中、月明かりに照らされた影がユラリと動いた気がした。