────こえがきこえる。
たすけて、どうして、なぜ、ふざけるな、しにたくない、いやだ、あつい、さむい、こわい、くるしい、ひどい、いたい
助けを求め、理不尽な災害に巻き込まれた事を嘆き、恨み、恐れる聲。
状況を嘆いていた筈の怨嗟の聲が矛先を変え、あの日、こえを聞いておきながら助けなかった
───なぜオマエだけがタスケられタ
───独りだけ生き延びたオマエは死ぬべきダ
と、責め立ててくるのだ。
そして理解する。これが衛宮士郎が抱えていた強迫観念のようなモノであると。
養父から魔術を教われども、平和に、何事もなく、普通に暮すことの出来ていた彼が何故このご時世に正義の味方になることを目指したのか。
何故、人を救うという行為において自己犠牲を厭わないのか。
何故、“正義”というものにこだわるのか。
彼は後天的に士郎という己を示す名前以外の全てを失った。
だからこそ、そんな彼にとって『誰かを救いたい』という切嗣の想いは何ものにも代え難い綺麗なモノに見えたのだ。
故に、その理想に
災害で全てを失ったが故に普通というものが分からず、唯一得た理想を元にする。
故に自己犠牲を厭わない異常性が発露する。普通を、それ以外の方法を、知らないから。心の奥底で自分だけがあの日、生き残ったと後悔しているから。
偽りの幻聴に騙され、そして養父に託された理想を叶えなければならないと、強迫観念を抱く。
これはまぁ、仕方のない事だと思う。二桁にも満たぬ年齢で全てを失ってしまえば誰だって唯一得られたものに依存してしまうだろう。たかが数年程度でトラウマが癒えるわけがないのだから。
だが、俺は彼とは違う。俺自身は大火災なんて経験しなかったし、何よりここが物語の中の世界だと知っている。知っているからこそ俺は、衛宮士郎であれども、理想に憧れることは出来ず、かと言って彼であることを諦めることは出来なかった。
散々自分は彼ではないと考えておきながら俺は、アンリが表に出て来るまでずっと物語と同じように動いていた。彼の生涯をなぞるように。自ら物語に組み込まれた役者になるように。
でも駄目だった。所詮紛い物でしかない俺は死に繋がるような痛みに耐えられなかった。代わって欲しいと望んでしまった。
ギルガメッシュの言う通りだ。俺は衛宮士郎として過ごしては来たが、結局は意志なき人形でしかなかった。生きる為、役割を全うする為、ただ記録にある通りに動く。いや、人形ですら贅沢な言い方かもしれない。
あぁ……駄目だな。人が生み出した悪性の泥に浸かっている為か、思考がてんでマイナス方面にしかいかないや。いや、そんなのはただの言い訳だ。元々俺はこうだったんだ。
自分の考えを持たず、自ら行動せず、ただ流されるままであった。平々凡々に生きてきた?当たり前だろう。何もしてないんだから。指示されたことにただ従うだけ。個というものが無かったんだ。
そんな時、この作品に出会った。『Fate/stay night』、正義の味方を目指す半人前の魔術師である衛宮士郎がある日、何でも叶えると謳う願望器、聖杯を求めて七人の魔術師で殺し合いをする聖杯戦争に巻き込まれ、セイバーを名乗る運命の女性に出会う物語。
魔術、願望器など現実とはかけ離れた設定を用いた物語に、俺はすっかり作品のファンになってしまったのだ。そして惹かれた。衛宮士郎という主人公に。憧れを胸にひたすらに理想へ駆けていく彼の生き方に。
あ、そうか。アンリが言ってたのはこういう事だったんだな。一度だけ、俺は
『
無理にも等しい理想を抱いていても、その願いは決して間違いなんかじゃない、と自信を持って言える、そんな人に。そして、何の因果か俺は魔術も神秘なんてお伽噺のような世界で聖杯紛いの力を持ってたからこの世界にやって来たんだ。まさか衛宮士郎の“代役”をすることになるとは思っていなかったが。
でもそんな紛い物の力を持っていても、叶えられた願いは中途半端で、記憶を持たなかった俺はその代役すらままならなかった。途中で放棄してしまったんだ。
そんな駄目駄目な俺を陰ながら支えてくれたのがアンリだった。記憶を持たないが故に、衛宮士郎という
そうして柳洞寺にて積もりに積もった
ただ、その後に何の説明も無く桜から取り出した聖杯をいきなり呑まされたのは予想外だった。そのせいで何故かこんな事になっているし。でもまぁ、その結果
俺の次の役割は
ではどのようなものがハッピーエンドと言えるだろうか?原作通りの展開?犠牲者がこれ以上出ないこと?いいや、少し違う。確かに原作通りの展開になることは望ましいが、俺が黒聖杯となってしまった時点でそれは無理だろう。というか、俺がこれ以上痛い思いをしたくないというワガママだ。
それに、原作通りに進んでしまえばイリヤはどうなる?HFルートでは彼女は大聖杯を閉じる為、士郎の生きたいという願いを叶える為に犠牲となってしまっていた。UBWルートでは、ギルガメッシュに目を斬られ、生きたまま心臓を抉り取られてしまっていた。SNルートでは聖杯の器として機能した結果、聖杯に取り込まれて破壊されてしまう。
そんな犠牲を伴うエンドはハッピーエンドと言えるのか?いや、俺は認めない。イリヤにだって幸せになる権利がある。今からだって遅くない。ホムンクルスだなんていうのは関係無く、一人の少女として過ごす権利はある筈だ。
でも、その為には彼女の心臓である正規の小聖杯を何とかしなければ。桜にやったのと同じ要領でいけるかな?あぁ、でも、その為には彼女のサーヴァントを何とかしなければ。ギルガメッシュみたいに呑めるか?いや無理だろう。あれはあくまでも慢心があったからで、理性が無いであろう彼には通用しないだろう。影だって強靭な力を用いて抵抗されるだろうな。
ならばどうしようか。やっぱりセイバーを取り込んで戦ってもらうか?と考えた所で、ピシリと何かに罅が入る音が聞こえてきた。そして微かに見える景色と聞こえてくる会話から、あぁ、そっか。そろそろ
なるほど。あの神父はコレを予知していたからあの時、あんな発言をしたのか。いや、予知というよりかは予感?まぁ、どっちでも良いか。
そんなこんなで指一本通るかどうかわからない程度だった罅が大きくなり、真っ暗だった空間に月明かりが差し込み始めた。もう少しだけこの空間に居たかったが、器が壊れたのなら出なければならない。それに、出てからでも今後の予定や自己の振り返りはいくらでも出来る筈だ。
そんな事を考えている内に、バキンッと大きな音を立てて器が完全に崩壊した。出てからしばらくは考え事をしていたのが嘘のように頭がぼんやりとしていてアンリ達が何かを話している様子を聞き流すだけであった。
「そろそろ起きろよ、マスター。新たな舞台の始まりだぜ?」
しばらくして話が終わったのかアンリに声を掛けられ、先程までの霞がかったかのような意識がハッキリとしてきた。そして俺は、ゆっくりと
▶▶▶Side:遠坂凛
「オレの
大きな罅割れの音と共に出てきた変わり果てた衛宮君の存在を目にした私は頭の中がさらなる疑問に埋め尽くされることとなった。恐らくこの場にいる黒幕と思われるアンリマユ以外の全員が唖然としていたと思う。
これは一体、どういう事なの?彼が、衛宮君が、別次元に存在する黒聖杯ですって?そもそも聖杯が複数あるだなんてあり得ない。それに、あの変わり果てた格好は一体何なの?
様々な疑問が頭の中を過る中、アーチャーが口を開く。
「……そういう事だったのか」
「え、アーチャー?何か分かったの?」
「一つだけだがな。ヤツは散々、馴染んでいないと言っていただろう?」
「えぇ、そうね。それがどうしたのよ」
「私はてっきりヤツが小僧の身体と馴染んでいないのかと思っていたが、どうやら逆らしい。馴染んでいなかったのは小僧の方だったのだよ」
アーチャーの言葉に私は更に混乱した。どういう事?そもそも馴染むって一体何が?そんな私の混乱を察してか彼は続きを口にする。
「馴染むっていうのはヤツが小僧の身体を自由に使えるようになることの比喩かと思っていたが、どうやら違ったようだ。ヤツはあの泥に小僧が汚染される事を馴染むと言っていたのだ」
「そんなの何処が馴染むなのよ!素直に汚染って言うべきでしょう?!」
「あぁ、遠坂凛の言う通りだぜアーチャー。惜しい所は突いてるが、ちょっと違うな」
元凶に同意されるのは少し癪だけど、言いたいことは同じだったので一時的に同意することにした。
「では何故馴染むという言い回しをした」
「だから言ったろ?マスターは別次元の聖杯だって。平行世界のじゃねぇ。文字通り次元が違うマスターの魂は世界に見初められはすれども適応は出来なかった」
「貴様、一体何が言いたい」
「おいセイバー。良いから、黙って聞けって。今から教えてやるんだからさ。マスターは器とは言ったが、その素質を持っているのはあくまでも魂だけだ。肉体はこの世界の衛宮士郎の物だから素質なんてものはてんで無い。だが、世界線も肉体も違う異なる物同士が共存せねばならぬ場合、どんな事が起こると思う?」
またお得意の時間稼ぎか、と思うが、相手は如何せん謎多きサーヴァント。少しでも情報を得られるのならと考え、私はその問いに乗ることにした。
「少なくとも衝突は免れないでしょうね」
「あぁ、そうだ。マスターの場合、必ず魂の方が勝つだろうさ。なんせ魂は第四の壁の向こうから来てるんだからな。物語の一部である肉体にゃ、勝ち目が無ぇ。だが、それでは都合が悪かったのさ」
「都合が悪い?」
「そう。魂が勝ってしまえば、必然的に肉体もそれに引っ張られるのさ。例えるなら人の身で神になる、とでも言おうかね。存在が曖昧で世界の干渉を受けなくなる。それじゃあ、困る。マスターには同じ所まで堕ちてもらわないとこの舞台は成立しない」
「長々と言わずに結論を言いなさいよ」
あいも変わらず理由のわからない事を話し出したアンリマユに痺れを切らして私は簡潔に述べるように促す。
「せっかちだなぁ……。つまりはアレさ。マスターの魂をこの世界に堕とし込む。それが馴染むって言う事さ」
「随分とまどろっこしい言い方するじゃない」
「そりゃ、ミスリードを誘うのがオレの目的だったからな。どの道、堕とすのも馴染むのも最終目的地は一緒さ」
「そのミスリードもたった今、貴方が訂正したけれどもそこの所はどうなのよ」
「別に何も?コレを知られても問題無ぇしな」
「何ですって?」
こちらの冷静さを欠かす為の言葉だとは分かっている。けれども、こうも問題無いと言いたげな声や表情をされると少し頭にくるものがあった。故に反応を示してしまうと、彼はニヤリとこちらを嘲笑う笑みを浮かべながら、
「だってアンタらがコレを知ったって、何にも出来ないだろう?アハハハッ!」
さらなる挑発の言葉を口にしてきたのだった。しかし、そんな安い挑発に乗るような小物には成り下がらない。どんな時も優雅たれ。遠坂家に代々伝わる家訓を心の中で復唱し、心を落ち着かせる。
「……いいえ。出来る事はあるわ」
私の発言にアンリマユの眉がピクリと反応した。
「へぇ……?何が出来るんだ?」
そしてその後、何度も見せつけられた歪んだ笑みを浮かべながらこちらに何が出来るのかと問い掛けてきた。だから私は高らかに宣言する。
「アンタを倒すことよ!!アーチャー、ブチかましなさい!」
「了解した。マスター」
「私も援護します!」
私の声を合図に、全員でアンリマユに私はガンドを主軸に、アーチャーは遠距離からの射撃、セイバーは彼の後ろに周り至近距離の接近攻撃で一斉攻撃を行った。
「あっぶねぇなぁ……。マスターが怪我したらどうするんだよ」
しかし、それらはアンリマユと衛宮君を囲うように展開されたドーム状の影によってあっさりと防がれてしまった。オマケに彼は口では危ない等と宣っているが、どう見ても余裕そうな顔を浮かべている。
「余裕そうな顔をしておいて良く言うわね」
「いやいや!本当にかなーり危なかったんだぜ?流石に三対一は無理があったっての」
「それならば血の一滴でも流してくれればこちらとしては助かるのだがね」
「アハッ、お断りだっつうのー」
アーチャーの嫌味なんて痛くも痒くもないとでも言うかのように、アンリマユは上機嫌に笑ってその場でクルクルと回る。
「でもまぁ?そちらがその気ならばこっちにだって考えがあるんだぜ?」
そして目を閉じてボーっとし続ける衛宮君の元へと行くと、
「そろそろ起きろよ、マスター。新たな舞台の始まりだぜ?」
と言って衛宮君の後ろから首に腕を回して彼の顔をこちらに向けさせた。すると衛宮君の瞼がピクリと反応した。
「衛宮く────っ!」
開かれた瞳を見て私は言葉を失った。今の彼の瞳は、側に居るアンリマユと兄弟と言われても相違無いくらいに赤黒い瞳であったからだ。そんな風に何もかもが変わってしまった彼が、こちらを見てうっそりと微笑んでいた。