黒川あかねのお兄ちゃん   作:マッキー⭐︎

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早速高評価を付けてくださった方がいて、涙が止まりません。評価には返信できないのがつらいですが、代わりにお礼を言わせてください。
愛してくれて……ありがとう!!!


第2話

 劇団あじさい。それが俺たちの入ることになった劇団だ。

 名前からも察せられる通り、主に子役が集まる事務所で、うちのような一般家庭にパンフレットを配って役者を募っている。

 身も蓋もない話をしてしまえば、中堅ですらない事務所。それが劇団あじさいの評価だ。レッスン料としてそこそこの金を要求してくるあたり、収入のメインが演劇でなくそちらであることがよくわかる。しかしまあ、そんな所に子ども2人を容易く放り込めるあたり、我が家の懐事情は明るいな。

 

 そんな事務所でもレッスンはきちんと行われるもので、無駄に広いレッスン室で、俺たちは何度目かもわからない発声練習を受けていた。

 

 

「あめんぼ あかいな あいうえお!」

 

 

この劇団に入った唯一のメリットは、天使のお声を拝聴する権利を貰えることだ。決して得意ではないはずの、大きな声を一生懸命に出しているあかねの姿は、なかなか見れるものじゃない。

 

 あかねに劇団に誘われた時は驚いたが、既に家族の中(俺以外)では決まっていた話らしい。なぜ俺がハブられていたのか追求したいところではあるが、あかねが新しいことに挑戦できるようになったこと、兄として誇らしく思う。

 あれだけ人前に出ることが苦手だった彼女が、今までの真反対の道を歩こうとしている。

 

 

「皆もかなちゃんみたいになれるよう、頑張りましょうね~」

 

 

 講師のそんな激励が入ると、あかねはより一層目を輝かせて声を張り上げた。

 本当に本当に、心の底から認めたくはないが、あかねの心を照らしているのは有馬かなだった。曰く、かなちゃんと友達になりたい、とのこと。そこだけ聞くと不純な動機に聞こえるが、そう考えるのも理解できる。

 奇遇にもあかねと有馬かなは同い年。なんだかんだ言って年齢は大事だ。大人たちとの会話を強制されるこの業界、もし共演することになれば、親しみやすさから会話も増え、ただでさえ愛くるしいあかねの魅力が伝わり、相思相愛になってしまうことは想像に難くない。もちろん、兄として妹の友人事情に首を突っ込むなんて野暮な真似はしない。

 

 

「ま、不慮の事故が起きるかもしれんがな」

 

「おにーちゃんどうしたの?」

 

「なんでもないさ」

 

 

 練習の合間に、独り言を聞いてしまったあかねの頭を撫でてやる。こてん、と首を傾げながらも、気持ちよさそうな妹の姿は最高だ。この笑顔を、俺が守らなくては……!

 

 

「はい、じゃあ今日はここまで!」

 

 

 そんなこんなしている内に、今日のレッスンが終わった。第一次成長期の子もいる中、レッスンは緩いほうだと思う。やっていること言えば、発声練習と、せいぜいが台本読みだ。正直活発な子なら、なんてことない疲労感だと思う。

 自分で言うのもなんだが、俺はこの劇団で頭一つ抜けているほうだと思う。少なくとも、台本を読み違えたり、セリフを噛んだりといった、明らかなミスをしてしまうようなことはない。お兄ちゃんなので当たり前だがな。

 

 

「黒川くん、ちょっといいかな?」

 

「はい。なんでしょう」

 

 

 皆がお迎えに来た親御さんのもとに向かうさなか、俺だけ偉そうなおじさんに呼び止められた。自分の名字が呼ばれたあかねも、不思議そうにこちらを見ている。

 

 

「実は、君に出てもらいたい映画があるんだ。結構難しい役なんだけど、君にならできると思ってね」

 

「映画、ですか」

 

「おにーちゃん映画に出るの!? すごいすごい!!」

 

 

 これはかなり珍しいことだ。劇団あじさいのように小規模な事務所では、自分たちでオーディションを受けることがほとんどで、事務所サイドから仕事を振るのは皆無のはず。何にも出演経験がない俺を、わざわざ起用する理由、それはおそらく、

 

 

「そうですか、兄としての資質を買われてしまった……ということですね?」

 

「いや全然違う」

 

 

 なん、だと……! となるとますます分からんな。この劇団では優秀なほうだが、それは成熟しているといった意味合いが強い。演技力なんて、それこそ有馬かなの足元にも及ばないだろう。ただ台本が読めて、それっぽい動きができるだけだ。わざわざ弱小事務所の、それも無名子役を起用する理由なんて思い浮かばない。

 

 

「(ガシッ)この役はね……」

 

 

 心なしか、肩を掴むおじさんの力が強い。なんだか息も荒いような……

 

 

「君のような未発達で顔が可愛い男の子にしかできないんだよッ!!」

 

「お断りします」

 

「なぜ!?」

 

 

 今の絵面を見たら通報されてもおかしくない。人の趣味嗜好にとやかく言うつもりはないが、うちの妹が怯えてしまっているので万死に値する。

 確かに俺の顔は可愛いほうだ。さすが黒川家の遺伝子と言うべきか、そんじょそこらの女児には負けないほどの完成度はしている。あかねに言われて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()し、その気になれば美人姉妹として町中を歩けるだろう。

 

 

「お願いだから出てもらえないかな? 未成熟な男の娘を出すって先方に言ってしまったんだよ」

 

「身の危険を感じるので遠慮します」

 

 

 なぜわざわざ言い直したのか知らないが、向こうの現場もきな臭くなってきたな。このままだとイメージビデオまで撮らされそうだ。この年でデジタルタトゥーを彫られるのは勘弁願いたい。元々乗り気ではなかったが、丁重にお断りしよう。このおっさんには契約違反で地獄に落ちてほしいしな。

 

 

「本当に残念でなりませんが、この話はなかったことに――」

 

「あの有馬かなちゃんも来るんだけどなぁ」

 

「かなちゃん!?」

 

 

 おじさんが呟いた言葉に、あかねが食いついてしまった。自他ともに認める有馬かなオタクであるあかねにとって、エサはその言葉だけで十分だろう。

 変質者の口元がにやりとした。

 

 

「あかねちゃん、どこまでできる?」

 

「あっ野生のポリスメンが!!(ピポパ)」

 

「通報は止したまえっ!」

 

「かなちゃんに会えるならなんでもするっ!」

 

 

 まずい……! 頼みの警察も、大人に手を抑えられてしまった今では呼ぶこともできない……! このままではあかねが、汚い大人の餌食になってしまう。それだけはなんとしても避けなくては。

 

 

「ハァーーー。わかりました、俺でよければ力になりましょう。」

 

「いや、この際妹でも構わないんだが」

 

「どうしても!! どうしても映画に出たいんですッ!」

 

「そうか! まあ君がどうしてもっていうなら仕方がない!」

 

 

 この屑野郎が……! 人の妹を人質に取っておいてよく言う。

 だが今は、この変態不審者の口車に乗るしかない。有馬かなの名が出た以上、俺が拒否したとしても、あかねが出演するといってきかないだろう。俺が出演し、あかねと有馬かなを引き合わせるしか道は残されていない。

 

 

「家族も一緒で構わないんですよね?」

 

「勿論だとも、事務所からは私が出るが、君はお母さんと一緒に来るといい。あかねちゃんも勉強になるだろうし、姉妹揃って現場に向かうといいさ」

 

「俺は男です」

 

 

 やけに引っかかる言い方だが、とりあえずの目的は果たせそうだ。

 そうだ、有馬かなと会えるのなら、こちらも準備をしておかなくては

 

 

「現場に持ち込みたいものがあるのですが……」

 

「まあぬいぐるみが無いと演技できない、なんて子もいるからねぇ。基本的に、危ないもの以外は持っていけると思うよ」

 

「そうですか、釘とバットだけなので心配は要りませんね」

 

「凶器はダメだよ!?」

 

「何を言ってるんですか。よりよい演技には心の安寧が重要です。心配しなくても凶器ではありませんよ」

 

「釘とバットに釘バット以外の使い道が!?」

 

 

 失敬な、野球とかできるでしょ。ボールが誰かは言うまでもないが。

 

 

「じゃあ早速、この契約書にサインしてもらって……」

 

 

 いつの間にか、目の前には白い紙が用意されていた。こういうのって普通、親が記入するものでは?

 やけに難しい言葉で書かれたそれは、全てを理解するには知識が足りな過ぎた。いかに早熟といえど、俺はしょせん子供なのだ。ただ念のため、わかる範囲で読み解いていく。

 

 

「この違約金っていうのは?」

 

「ああ、これは事務所が払うものだから、君たちは気にしなくていいよ。端的に言えば、よりよい作品作りの為、ルールは守ってね、っていうこと」

 

 

 なるほど、確かにルールがないと、みんなが好き勝手して作品作りどころじゃなくなるもんな。

 

 

「演者は小学生程度の男の子であること、とありますが」

 

「これもよりよい作品作りのためだよ。ささっ、ここに親指を付けてね~」

 

 

 親指に朱肉が付けられる。そうか、ちゃんと募集要項を満たしてるか重要だもんな。

 

 

「最後に良いですか?」

 

「ん?」

 

「この女装少年っていうのは?」

 

「何度も言わせるなッ!! よりよい作品作りの為だッ!!」

 

「ふざけんな! 最初から俺にやらせる気満々じゃねぇかッ!!」

 

「はーい残念でした! もう拇印しちゃったので取り消せませーン!!」

 

 

 そういうと、変態はどこかへ消えていった。やり口が完全に悪徳業者のそれだ。あんな奴が仕切る事務所なんて、とっとと潰れてしまえばいいのに。

 ふと、俺の袖をつかんでいた妹の姿を見やる。教育に悪いものを見せてしまった。トラウマが植え付けられていなければいいんだが。

 

 

「おにーちゃん、楽しみだね!」

 

 

 俺の心配なんて杞憂だったようで、普段通りのあかねがそこにはいた。この時ばかりは、有馬かなに感謝してしまった。

 はぁ、あかねたんマジ天使。この子が喜んでくれるのなら、女装だろうがなんだろうが引き受けてやろうじゃないか。

 母さんになんて説明しようか、なんてことを考えながら、俺たちは迎えを待つのだった。

 

 

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