評価返信はあとがきで行うタイプなので、心当たりのある人はニヤリとしてみてください。
変な奴が来た。
そいつは男のくせに女みたいな顔をして。
そいつは男のくせに、私よりも髪が長くて。
そいつは子供のくせに、大人よりも気が回って。
「いい加減にしろッ!!!」
そいつは、私よりも年上のくせに――
「靴まで舐めるって言ってるだろッ……!!」
私よりも、頭が悪かった。
「だから、頼まれてもサインなんて書かないってば」
「こうして頭も下げてるのに!!」
「その土下座やめなさいよ! 私が強要してるみたいでしょ!?」
そういうと、あおいは素直に従った。ただでさえ評判が悪い有馬かなというブランドに、いわれもない傷が入るのは避けたい。……自分で言ってて悲しくなってきたわね。
世間での評価はともかくとして、裏方の評価は、残念ながら高いとは言えないだろう。あれだけギチギチに詰まっていたスケジュールも、今となっては恋しいものだ。
背が伸びるにつれて、目に見えて減っていく仕事。普通なら喜ばしいことでも、私にとっては忌々しく感じた。
そういった事情もあり、 こんな低予算の作品に出演するほど、事務所も焦っているようだ。
こんな変な子役と同じ現場だなんて、信じたくはなかったが。
「あとそれ、似合ってるわよ? あ・お・いちゃん?」
「サンキュー。まあ元が良いからな」
「馬鹿にしてるんだけど……?」
先ほどメイクも終わり一息ついているこいつの今の服装は、漆黒のワンピースだった。髪と同じく、漆のように深く、全ての光を吸収してしまいそうな黒。それがなんだか様になっていて、少し腹立たしい。
なぜかこなれているのが、更に苛立ちを加速させた。可愛らしいというよりかは、美しい。そう認めざるを得ないほど、絵として完成されている。
……中身を知っているぶん、気持ちが悪いのだが。
「ちょっと教えてほしいところがあるんだが、有馬特等捜査官」
「変なあだ名付けないで。で、どの部分?」
こういうふざけた部分も、ちょっとは慣れてきた。ようは馬鹿なのだ。こちらが相手にしなければどうということはない。
今回のあおいの役だが、かなり複雑だ。演技力が問われるかと言われればそうではないが、かといって普通にやるだけでは味気ない。出番はワンシーンしかないようで、その一瞬がかなり重要なのだ。
「どうやって泣いたらいい?」
ただ涙を流す。それだけが、黒川あおいに与えられた役割だった。
今回の物語は、性同一性障害に悩む会社員の話で、彼が担当するのはその幼少期のワンシーンのみ。
自分が周りと違うのだと初めて自覚し、やり場のない思いとこれからの日々に絶望しながら、静かに涙を流すシーンだ。
おそらく本編の回想として入れられるシーンだが、それゆえに難しい。普通、前後のつながりがあって、そこでの感情を元に涙を流すものだ。
ぶつ切りに撮られる中、最高の演技をするのは至難の業だろう。ま、私なら余裕だけど。
「そうねぇ…… ママが死んだら、って考えたらどう?」
「うーん、泣くっていうよりかは、俺がしっかりしないと! って気持ちのほうが強くなっちまうな」
「ママに限らず、大事な人なら誰でもいいんじゃない? 誰かいないの?」
「妹」
「な、なによ……急に怖い顔しないでよ……」
「妹」
「わかったわよ! あなた、妹いたのね」
さっきまでうんうん唸っていたと思いきや、急に能面みたいな顔になるんだもの……本当にびっくりした。豹変するってああいうことを言うのね。
「いくつ離れてるの?」
「俺の1個下。有馬と……くっ、同い年、だな……ッ!」
「なんでそんな嫌そうな顔してるのよ……?」
初対面の時から思っていたのだが、もしかして私の過激派アンチなのだろうか。芸能人には付き物だから、石ころにぶつかったとでも思うしかない。
と、妙案を思いついた。これなら自然に、泣く演技ができるのではないだろうか。
「たすけてー! おにいちゃ――――」
「は?」
「誰が? お前の? 何?」
「……私が悪かったから、顔を離してちょうだい」
人には触れてはいけない場所があるのだと、今知った。結局泣く演技のとっかかりも掴めないまま、あいつは呼びに来たスタッフさんに連れられて行ったのだった。
私の出番はまだ先だけど、見学しに行こうかしら。
散々バカにされて腹も立っているところだし、監督に怒られるあいつの姿でも見て、溜飲を下げよっと。楽屋に戻ってきたら、散々バカにしてやるんだから……!
そう、バカにするつもりだったのだ。
監督の合図でカメラが回りだす。先程の喧騒が嘘のように静まり返り、黒川あおい只一人に、この場の視線すべてが向けられていた。
業界未経験の、それも子供が、こんな状態でまともに演技できるはずがない。それを誰もが知っているし、誰も責めない。何度か撮り直しも覚悟しているだろうスケジュールが、それを物語っていた。
彼が、普通の子供であればの話だが。
「――あ」
セリフが無いはずの場面で、彼が声を発した。一瞬、撮り直しが頭をよぎった。監督が動き出そうと腰を上げた瞬間、すぐに固まった。
彼の正しさに気が付いたからだ。
自らの異常性に気が付く少年の演技。言葉にしてしまえば簡単だが、本当の意味で演じきるのは至難の業だ。まして経験の浅い子供などには到底無理だろう。
それが分かっているからこそ、大人たちは彼にセリフを求めなかったのだ。ただ泣く、それだけで十分だと思っていた。何も期待していないからこそ、自分たちが演出をコントロールできる最低限を求めた。
それをこの男は、容易く覆した。 たった一言、それだけで、自らの感情に説得力を持たせる。誰にも言われず、自らの意思で。
そんなこと、私にだってできやしないのに。
少女になりたい少年が発する感情が、情報として頭に流れこんでくる。どうあがいてもなりたいものになれない絶望、そして今まで歩んできた人生への後悔。この世全てを恨んでいるような、深く、そして悲しい想い。
彼は涙を流していない。それなのに、泣いているのだと理解させられる。月並みな表現ではあるが、心が泣いているのだ。
語りえぬものには沈黙しなければならない、とは、まさにこのことだ。形容する言葉を持たない以上、沈黙が唯一の正解だった。
「黒川、あおい」
誰にも聞かれないよう、小さくその名を口にする。
きっと、これから先何度も聞くことになる名前だから。
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「ふぃー。結構疲れるもんだな」
ようやく撮影も終わり、方々に挨拶をして、楽屋に戻ってきた。
いやはや、思っていたより数段疲れたな。あれだけ衆目に晒されることがストレスになるとは思わなかった。こんなこと毎日続けている有馬かなは、やっぱり根っからの役者なんだな。
あかねが心配だし、とっとと帰ろう。サインが手に入らなかったのは痛いが、帰りにケーキでも買っていってあげよう。
「お疲れ様。初めてにしては悪くなかったんじゃない?」
「お、サンキュー。」
席を立った時、有馬かなとばったり出くわした。そうだ、ダメもとでもう一回お願いしてみるか。
「なぁサインを」
「はいこれ。あなたがみっともないから書いてあげたわ」
「なん……だと……」
あれだけ渋っていたサインを、あっさり手渡されて驚いてしまった。色紙に格好良く書かれたそれは、手抜き感は一切ない。まさか俺の為に、こんな立派なサインを書いてくれるとは思わなかった。
あかねのやつ、すげぇ喜ぶだろうなぁ…… はしゃぎまわるあかねの姿を見て、思わず笑みがこぼれてしまった。
「ありがとう! 本当にうれしいよ」
「大切にしなさいよね」
「あぁ、きっと大切にする」
「……そう」
あかねが。物持ちもいい子だから、10年くらいは平気でもつんじゃないだろうか。それまでに何としても興味を引きはがさなくては……!
「じゃあまたな。色々とありがとうございました」
「あおい!!」
楽屋を出ようとすると、大きな声で呼び止められる。そうだ、ちょうど俺も言いたいことがあったんだった。
「また演りましょうね!!」
「あおいって芸名だから、外では呼ばないでくれよな!!」
「は?」
あー、やっと言えた。訂正する暇も意味もなかったから言わなかったけど、あかねによく似た芸名をつけただけだったんだよな。なんか芸名で呼ばれるのはむずがゆいから、ちゃんと訂正しておかないと。
「はぁぁぁぁぁぁ!?」
うるさいですね…… そんなに驚くことか?
まあ用は済んだし、とっとと帰るか。あかねー!! 今行くぞー!!
後ろで何やら叫んでいる大御所を尻目に、俺の初演技は幕を降ろしたのだった。
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「ほんとうにもらってきてくれたの!?」
「お兄ちゃんが約束を破ったことがあったか?」
「ううん!! お兄ちゃんだいすきっ!!」
「おっふ、ドゥフフフ」
「かなちゃん、どうだった?」
「そうだな…… 虫とか食べるの好きみたいだぞ。カマキリとか特に」
「そうなんだ! かっこいいね!!」
「ハハハ。俺もそう思うよ」
感想に評価にありがとうございます。至れり尽くせりでうれしいです。
全力で高評価ありがとうございます。全力お兄ちゃんをこれからもよろしくです。
日本語通じてないやり取り、大好きなのです。
コミカルさ頑張って出してます。気を付けないとシリアスになってしまうので……
最高評価ありがとうございます。これからの展開にこうご期待。
的確な分析ありがとうございます。シリアスパートでも評価されるよう精進します。
最高評価ありがとうございます。その言葉だけで頑張れます。
楽しく読ませてもらってる? 否、読んでもらってるのはこっちですよ。ありがとうございます。
兄妹愛、デカすぎんだろ……