黒川あかねのお兄ちゃん   作:マッキー⭐︎

4 / 8
たくさんのお気に入り&評価ありがとうございます。
評価返信はあとがきで行うタイプなので、心当たりのある人はニヤリとしてみてください。


第4話

 変な奴が来た。

 そいつは男のくせに女みたいな顔をして。

 そいつは男のくせに、私よりも髪が長くて。

 そいつは子供のくせに、大人よりも気が回って。

 

 

「いい加減にしろッ!!!」

 

 

 そいつは、私よりも年上のくせに――

 

 

「靴まで舐めるって言ってるだろッ……!!」

 

 

 私よりも、頭が悪かった。

 

 

「だから、頼まれてもサインなんて書かないってば」

 

「こうして頭も下げてるのに!!」

 

「その土下座やめなさいよ! 私が強要してるみたいでしょ!?」

 

 

 そういうと、あおいは素直に従った。ただでさえ評判が悪い有馬かなというブランドに、いわれもない傷が入るのは避けたい。……自分で言ってて悲しくなってきたわね。

 世間での評価はともかくとして、裏方の評価は、残念ながら高いとは言えないだろう。あれだけギチギチに詰まっていたスケジュールも、今となっては恋しいものだ。

 背が伸びるにつれて、目に見えて減っていく仕事。普通なら喜ばしいことでも、私にとっては忌々しく感じた。

 そういった事情もあり、 こんな低予算の作品に出演するほど、事務所も焦っているようだ。

 

 こんな変な子役と同じ現場だなんて、信じたくはなかったが。

 

 

「あとそれ、似合ってるわよ? あ・お・いちゃん?」

 

「サンキュー。まあ元が良いからな」

 

「馬鹿にしてるんだけど……?」

 

 

 先ほどメイクも終わり一息ついているこいつの今の服装は、漆黒のワンピースだった。髪と同じく、漆のように深く、全ての光を吸収してしまいそうな黒。それがなんだか様になっていて、少し腹立たしい。

 なぜかこなれているのが、更に苛立ちを加速させた。可愛らしいというよりかは、美しい。そう認めざるを得ないほど、絵として完成されている。

 ……中身を知っているぶん、気持ちが悪いのだが。

 

 

「ちょっと教えてほしいところがあるんだが、有馬特等捜査官」

 

「変なあだ名付けないで。で、どの部分?」

 

 

 こういうふざけた部分も、ちょっとは慣れてきた。ようは馬鹿なのだ。こちらが相手にしなければどうということはない。

 

 今回のあおいの役だが、かなり複雑だ。演技力が問われるかと言われればそうではないが、かといって普通にやるだけでは味気ない。出番はワンシーンしかないようで、その一瞬がかなり重要なのだ。

 

 

「どうやって泣いたらいい?」

 

 

 ただ涙を流す。それだけが、黒川あおいに与えられた役割だった。

 今回の物語は、性同一性障害に悩む会社員の話で、彼が担当するのはその幼少期のワンシーンのみ。

 自分が周りと違うのだと初めて自覚し、やり場のない思いとこれからの日々に絶望しながら、静かに涙を流すシーンだ。

 おそらく本編の回想として入れられるシーンだが、それゆえに難しい。普通、前後のつながりがあって、そこでの感情を元に涙を流すものだ。

 

 ぶつ切りに撮られる中、最高の演技をするのは至難の業だろう。ま、私なら余裕だけど。

 

 

「そうねぇ…… ママが死んだら、って考えたらどう?」

 

「うーん、泣くっていうよりかは、俺がしっかりしないと! って気持ちのほうが強くなっちまうな」

 

「ママに限らず、大事な人なら誰でもいいんじゃない? 誰かいないの?」

 

「妹」

 

「な、なによ……急に怖い顔しないでよ……」

 

「妹」

 

「わかったわよ! あなた、妹いたのね」

 

 

 さっきまでうんうん唸っていたと思いきや、急に能面みたいな顔になるんだもの……本当にびっくりした。豹変するってああいうことを言うのね。

 

 

「いくつ離れてるの?」

 

「俺の1個下。有馬と……くっ、同い年、だな……ッ!」

 

「なんでそんな嫌そうな顔してるのよ……?」

 

 

 初対面の時から思っていたのだが、もしかして私の過激派アンチなのだろうか。芸能人には付き物だから、石ころにぶつかったとでも思うしかない。

 と、妙案を思いついた。これなら自然に、泣く演技ができるのではないだろうか。

 

 

「たすけてー! おにいちゃ――――」

 

「は?」

 

「誰が? お前の? 何?」

 

「……私が悪かったから、顔を離してちょうだい」

 

 

 人には触れてはいけない場所があるのだと、今知った。結局泣く演技のとっかかりも掴めないまま、あいつは呼びに来たスタッフさんに連れられて行ったのだった。

 

 私の出番はまだ先だけど、見学しに行こうかしら。

 散々バカにされて腹も立っているところだし、監督に怒られるあいつの姿でも見て、溜飲を下げよっと。楽屋に戻ってきたら、散々バカにしてやるんだから……!

 

 

 

 

 

そう、バカにするつもりだったのだ。

 

 

 

 

 監督の合図でカメラが回りだす。先程の喧騒が嘘のように静まり返り、黒川あおい只一人に、この場の視線すべてが向けられていた。

 業界未経験の、それも子供が、こんな状態でまともに演技できるはずがない。それを誰もが知っているし、誰も責めない。何度か撮り直しも覚悟しているだろうスケジュールが、それを物語っていた。

 彼が、普通の子供であればの話だが。

 

 

「――あ」

 

 

 セリフが無いはずの場面で、彼が声を発した。一瞬、撮り直しが頭をよぎった。監督が動き出そうと腰を上げた瞬間、すぐに固まった。

 彼の正しさに気が付いたからだ。

 

 自らの異常性に気が付く少年の演技。言葉にしてしまえば簡単だが、本当の意味で演じきるのは至難の業だ。まして経験の浅い子供などには到底無理だろう。

 

 それが分かっているからこそ、大人たちは彼にセリフを求めなかったのだ。ただ泣く、それだけで十分だと思っていた。何も期待していないからこそ、自分たちが演出をコントロールできる最低限を求めた。

 それをこの男は、容易く覆した。 たった一言、それだけで、自らの感情に説得力を持たせる。誰にも言われず、自らの意思で。

 そんなこと、私にだってできやしないのに。

 

 少女になりたい少年が発する感情が、情報として頭に流れこんでくる。どうあがいてもなりたいものになれない絶望、そして今まで歩んできた人生への後悔。この世全てを恨んでいるような、深く、そして悲しい想い。

 

 彼は涙を流していない。それなのに、泣いているのだと理解させられる。月並みな表現ではあるが、心が泣いているのだ。

 

 語りえぬものには沈黙しなければならない、とは、まさにこのことだ。形容する言葉を持たない以上、沈黙が唯一の正解だった。

 

 

「黒川、あおい」

 

 

 誰にも聞かれないよう、小さくその名を口にする。

 きっと、これから先何度も聞くことになる名前だから。

 

 

 

 

 

 

************************************************

 

 

 

「ふぃー。結構疲れるもんだな」

 

 

 ようやく撮影も終わり、方々に挨拶をして、楽屋に戻ってきた。

 いやはや、思っていたより数段疲れたな。あれだけ衆目に晒されることがストレスになるとは思わなかった。こんなこと毎日続けている有馬かなは、やっぱり根っからの役者なんだな。

 

 あかねが心配だし、とっとと帰ろう。サインが手に入らなかったのは痛いが、帰りにケーキでも買っていってあげよう。

 

 

「お疲れ様。初めてにしては悪くなかったんじゃない?」

 

「お、サンキュー。」

 

 

 席を立った時、有馬かなとばったり出くわした。そうだ、ダメもとでもう一回お願いしてみるか。

 

 

「なぁサインを」

 

「はいこれ。あなたがみっともないから書いてあげたわ」

 

「なん……だと……」

 

 

 あれだけ渋っていたサインを、あっさり手渡されて驚いてしまった。色紙に格好良く書かれたそれは、手抜き感は一切ない。まさか俺の為に、こんな立派なサインを書いてくれるとは思わなかった。

 あかねのやつ、すげぇ喜ぶだろうなぁ…… はしゃぎまわるあかねの姿を見て、思わず笑みがこぼれてしまった。

 

 

「ありがとう! 本当にうれしいよ」

 

「大切にしなさいよね」

 

「あぁ、きっと大切にする」

 

「……そう」

 

 あかねが。物持ちもいい子だから、10年くらいは平気でもつんじゃないだろうか。それまでに何としても興味を引きはがさなくては……!

 

 

「じゃあまたな。色々とありがとうございました」

 

「あおい!!」

 

 

 楽屋を出ようとすると、大きな声で呼び止められる。そうだ、ちょうど俺も言いたいことがあったんだった。

 

 

「また演りましょうね!!」

 

「あおいって芸名だから、外では呼ばないでくれよな!!」

 

「は?」

 

 

 あー、やっと言えた。訂正する暇も意味もなかったから言わなかったけど、あかねによく似た芸名をつけただけだったんだよな。なんか芸名で呼ばれるのはむずがゆいから、ちゃんと訂正しておかないと。

 

 

「はぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 

 うるさいですね…… そんなに驚くことか?

 まあ用は済んだし、とっとと帰るか。あかねー!! 今行くぞー!!

 後ろで何やら叫んでいる大御所を尻目に、俺の初演技は幕を降ろしたのだった。

 

 

 

********************************************

 

「ほんとうにもらってきてくれたの!?」

 

「お兄ちゃんが約束を破ったことがあったか?」

 

「ううん!! お兄ちゃんだいすきっ!!」

 

「おっふ、ドゥフフフ」

 

「かなちゃん、どうだった?」

 

「そうだな…… 虫とか食べるの好きみたいだぞ。カマキリとか特に」

 

「そうなんだ! かっこいいね!!」

 

「ハハハ。俺もそう思うよ」

 

 





感想に評価にありがとうございます。至れり尽くせりでうれしいです。

全力で高評価ありがとうございます。全力お兄ちゃんをこれからもよろしくです。

日本語通じてないやり取り、大好きなのです。

コミカルさ頑張って出してます。気を付けないとシリアスになってしまうので……

最高評価ありがとうございます。これからの展開にこうご期待。

的確な分析ありがとうございます。シリアスパートでも評価されるよう精進します。

最高評価ありがとうございます。その言葉だけで頑張れます。

楽しく読ませてもらってる? 否、読んでもらってるのはこっちですよ。ありがとうございます。

兄妹愛、デカすぎんだろ……
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