愛を探す愛久愛海   作:天凪

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ジャパンアイドルフェス編④

 

 

 

 黒川あかねは悩んでいた。その対象は演劇ではない。今のところ、お付き合いしているといえる星野アクアについてである。

 

 お互いに忙しい身である。その度合いで言えば、あかねのほうが忙しいであろうか。稽古の日が多いのはあかねのほうだ。あかねの予定にアクアが合わせているといっていい。そして、そのデートの予定はほぼアクアが立てていた。しかも、あかねが楽しめるように気を使った予定だ。はっきり言えば、あかねは、アクアが立てたデートコースとエスコートを感心しながら楽しんでいるだけ、という感じである。

 

 ただ、最近はそれだけでいいのか? と思う。お付き合いとは、お互いが尊重し合うものではないのか? と。だが、あかねにはアクア以外にはデートなどの経験はない。だからこそこうやって悩んでいるのだが。

 

 しかし、それ以上に悩んでいることもあった。それは―――

 

「(キスって、どのくらいでするんだろう………?)」

 

 黒川あかねは恋愛初心者である。確かに、『今ガチ』の最終話の告白ではアクアとキスをした。だが、それはドラマの脚本にある予定調和のようなもので、恋愛か? と言われれば、首を傾げざるを得ない。本当に恋愛的な要素の意味でキスをしたことはないのである。

 

 だが、デートを重ねるうえで、お互いに会話を重ねたうえで、好意は募るし、あかね自身もアクアとのキスなら受け入れられるような土壌はすでに育っていた。だが、それをあかねが率先して行うほどの勇気―――というか、タイミングを見計らってキスできるような経験はなかった。

 

「あかね? 何か悩み事? さっきから唸ってるけど」

「先輩………」

 

 声をかけてくれたのは、劇団ララライの女性先輩だった。先輩といっても高校の部活の先輩というわけではなく、演劇の劇団である先輩であり、すでに成人している女性だった。悩んでいたのが自室ではなく、劇団での稽古中の控室だったことが原因だったのだろう。もっとも、最近は時間があれば、似たようなことを考えているような気がするが。

 

 それはそれとして、もはや悩みが袋小路に入っているあかねとしては、先輩たちの登場は救いのような気がした。

 

 あかねは基本的に引っ込み思案である。演劇で役に没頭すればそんなことはないのだが、学校にも友人はいるが、表面上は友人と呼べるぐらいの仲の友人しかいない。むしろ、劇団ララライの仲間のほうが仲が深いといえる。ならば、この手の悩みも言えるような気がした。もっとも、女性用の控室とあり、諸先輩方が集まっているときは結構エグイ話を小耳に挟んでいることも、相談しようとした要因でもあった。

 

「あ、あの……実は、アクアくんとの関係で悩んでて」

「アクアくん? ―――ああ、今ガチの? 今のあかねの彼氏なんだよね?」

 

 仲間内のあかねが出演しているだけあって、先輩もアクアの存在については知っていた。その番組の最後の展開についても。だから、そういう指摘ができたのだろう。アクアについて知っているのであれば話は早い、とあかねは胸の内に抱えていた問題について語った。

 

 いつも一方的にデートについて頼りきりになっていること、具体的な男女的な関りについてどのようなタイミングなのか? という事である。

 

「――――って、わけなんですけど……どうしたらいいでしょうか?」

 

 恥ずかしいのか、いつも手に持っている手帳で顔を半分隠しながら尋ねるあかね。そして、その疑問を聞いた女性の先輩方の感想はこうだった。

 

「「(初心だなぁ………)」」

 

 まるで眩しいものを見るように腕を組んで目を細める。そんな気持ちを抱いたのは一体、もう何年前だっただろうか? と。あるいは、そんな眩しいものを見せられて、そんな状況に陥ったら自分なら、と想定した際の答えが非常に下種に思えて仕方なかった。

 

「まあ、デートの件は、二人で決めてるんでしょう?」

「そうですね」

 

 あかねはこれまでのデートの行先の決め方を思い出していた。アクアがいくつか候補を上げてきて、その中で見どころや、選んだ理由を並べてその中で、あかねがいいと思える場所を選んできた。

 

「なら、いいじゃない。どこも変わらないわよ。最初にどこを選ぶかはカップルによって違うけど」

 

 そこから、先輩は、女性がここに行きたいと主導するパターンや、男性の方がここに行くぞ、と主導するパターンを教えてくれた。アクアの場合は、いくつか候補を出して、選ばせてくれるだけ優しいのだ、と言われた。

 

 アクアがそのほかの男性と比較してもあかねの意志を優先してくれるのが分かったのは、あかねにとって収穫ともいえた。むしろ、アクアが基準となった場合、アクアと別れた後に男性と付き合った場合に不満を持つと言われれば、どれだけ稀有か分かるようなものだ。

 

「あかねが決めてもらうのが不満なら、あかねもアクアくんに提案すればいいのよ。それでお互いの好みを知っていくのも恋愛の醍醐味よ」

 

 なるほど、そう言われれば、なんとなく納得できるあかねだった。今、主導権を持っているアクアとしてもデートの場所は方向性が同じわけではなく、箱モノのプラネタリウムから、近くのアウトレットモールや、カップルに人気のある飲食店など多岐にわたっている。これはあかねの好みを探っていると言われれば、納得できる内容だった。

 

「あとは……キスのタイミングねぇ……」

 

 くすくすと微笑ましいものを見たように笑われれば、あかねとしても恥ずかしい気持ちになる。さすがに大人の女性からしてみれば、それは当然のことで、子供っぽい自分を笑っているような感じなのかもしれないのだから。

 

「あ、ごめん、別に馬鹿にするつもりはなくて……ただ、なんというか、青春という年代を超えるとあかねたちの感性が眩しくて……思わず自分を嗤ってしまうよ」

 

 それは意外な感想だった。もう、先輩たちは酸いも甘いも経験していると思っていたからだ。だが、そんなあかねの感想を無視して言葉を続ける。

 

「もうね、キスとか、そんなものは、空気読め、としか言いようがないね!」

「空気ですか?」

 

 なんだか、あかねが一番不得意とするとするものが来たぞ、と身構えるしかない。台本通りに進めるのは得意だ。だが、急なアドリブは困るというところだろうか。

 

「そう。だいたい、あかねはもうできているでしょ? 今ガチの告白シーンであかねがキスを受け入れたのはなんで?」

「あれは……そうするしかないと思ったからですけど……」

 

 そう。あの告白二連敗の後にほぼ本命と思われていたカップルの告白かつキスシーンで唯一の見せ場と言えるようなシーンをお膳立てされたのだ。少なくとも拒否するという選択肢は消されていただろう。少なくとも女優の道を志すとするのであれば、あのシーンで拒否はあり得ない。もっとも、アクア以外と、言われればそれはそれで考えてしまうようなものであるが。

 

「そう、ドラマも現実も変わらないよ。そうする雰囲気であるかどうかだよ。あの瞬間、あかねはキスするしかないと思った。台本のない恋リアでだよ。だから、現実も同じだよ。キスしてもいい、と思えるシチュエーションに持ち込んで、そこで実行できるかが肝だね」

「はぁ……」

 

 そう言われても、とあかねは思う。今ガチの時は、ここで断る訳にはいかないと追い詰められたからだったのだ。今でこそ、彼氏彼女で通じているアクアと何度かデートしたが、恋人つなぎで手を繋ぐという段階は踏んだが、未だにキスというシチュエーションにはなっていない。いつか、と言われてもいつになることやら。

 

「まあ、今の力関係だとアクアくんがその状況を用意するかどうかだね。あかねはその時になってアクアくんを拒絶するかどうかだから気持ちの整理はしておくことだね」

 

 なるほど、と思う。あかねがキスするシチュエーションを用意することはほぼ不可能といっていい。今の力関係から言ってもアクアが用意するというのは正しい判断だろう。だから、もしも、キスシーンを用意したアクア―――例えば、イルミネーションの前で名前を呼んで顔を近づけるなどのサインがあったときにアクアを押しのけるか、どうか、ということを言ってると思えば、納得できた。

 

「いや、でも、あかねの相手があのアクアくんでよかったよ。これなら、キス以上の事も問題なさそうだね」

「キス以上……?」

 

 はて、先輩は何を言っているのだろう? と現実逃避するような気持ちであかねは小首を傾げた。

 

「おいおい、高校生にもなって、キスどまりなんて健全すぎる妄想はないわよね?」

「それほど潔癖なら、アクアくんにむしろ同情するけどね」

 

 からからと笑う女性先輩方。いつぞや楽屋で女子会のノリで会話する先輩方を見たが、それを否定できる要素はどこにもなかった。

 

「おいおい、呆けるなよ。えっちなことなんて、当たり前よね?」

 

 むしろ純粋にコテンと問われる男女感性に思わずあかねのほうがポカンとしてしまうほどであった。初心ということが分かっていたが、いくら何でも、あかねの感性が現実に追いついていないということは心配事の一つだった。

 

「いやいや、高校生なら、関係が進めばそこら辺まで考えるわよ!?」

「そうなんですか!?」

 

 心配して叫ぶ先輩に対して、言い返すあかね。てっきりあかねの年代でそこまでの関係になるのは恋愛上級者でなければありえない、と言わんばかりである。

 

「むしろ、これから付き合っていくのに全く考えないのも危険だろうに」

 

 それはそうだと思った。言われてみれば、ネットで少し恋愛関係を検索するだけでその手の話題は出てくるのに。なぜか自分には全く関係がないことと思っていた。

 

「はぁ~、あかねの最初の恋愛相手がやっぱりアクアくんで正解だったみたいね。初心者同士ならあかねが想像したみたいに何の関係も進まずに自然消滅しそうだし……いや、番組上の関係だから、破局報告はするのかな?」

 

 なにやら不穏なことを口にするが、確かにアクアがリードしなければ、アクアとの関係は希薄なまま、気づけば破局していたということにもなりそうだ。もっとも、番組上の義理があるから、なんか違うな、みたいな感じで半年後ぐらいには破局報告して終わりになりそうだが。いや、そもそもアクアが積極的でなければ、今ガチ自体が成立していなかったから、どこから因果を考えるかは不毛というものだろう。

 

 さて、そうなるとあかねとしてもこのまま順調にお付き合いが続いた先の事を想像してしまう。今まで想像もしていなかった展開も含めてだ。しかし、そんなことを改めて考えると、思わず頬が紅潮するのが分かる。そんなあかねを見て微笑ましいものを見るような先輩方の視線も同時に分かる。

 

「あ、あの……そういうのってやっぱりタイミングとかあるんですか?」

 

 もう恥はかき捨てと言わんばかりに意を決してあかねは聞いてみることにした。もう、このタイミングを逃すともやもやした日々を過ごすことになりそうだったから。だが、その問いに対して、先輩方は腕を組んで難しい顔をしていた。

 

「え……あの? やっぱり難しいんですかね?」

「う~ん……なんていうか……はっきり言うのが難しいんだけど……ノリ?」

「ノリ!?」

 

 まさかの回答に驚くあかね。なんというか、初心なあかねらしく、もっと尤もらしいものを期待していただけにその落差に驚いてしまう。

 

「いや、こう……さっきのキスと同じだよ。雰囲気的な……ああ、なんだ今からホテル行くんだな? とか彼氏の部屋に呼ばれた時にやるのかな? みたいな」

「直球過ぎますよ!?」

 

 何度驚いているんだろうか? というか、男女交際ってそんなに空気を読みながらやらないといけないのか? と不安になっていた。

 

「あかね、言っとくけど、雰囲気も大事だけど、初めても超重要だからね」

「え? ああ、そうでしょうね……」

 

 女性にとって初めてが大事というのは、分かっている。しかし、改めてそんなに強く念押しされるものだろうか? 先輩の言い方からするに雰囲気に流されるな、という忠告でもないような気がしている。

 

「いやいや、あかねが想像しているような意味じゃなくて……お互いそういうことが初めてで、雰囲気でそういう感じに持って行けたとして――――」

 

 そこで不自然に間を置く。まるで言いにくいことを口を仕方なく口にするように。

 

「万が一でも失敗してみなさい。どちらか片方が経験豊富ならリカバーも可能なんでしょうけど、お互いが初めてで気まずくなって別れるなんて山ほどある話なんだからね」

 

 うんうん、と横で頷くもう一人の先輩。もしかして、経験者なのだろうか? と思わず勘繰ってしまうほどである。

 

「まあ、さっきも言ったけど、アクアくんならそのあたりも問題ないと思うよ。彼、経験豊富だろうし」

「そうなんですか!?」

 

 もうさっきから驚いてしかいないような気がしていた。

 

 アクアのことを思い返せば、確かに女性との会話にも慣れているようだったし、三回ほどデートもしたが、あかねが不快に思うこともなかった。慣れていると言われれば、納得できるような言動だった。

 

「いや、驚くようなこと? 彼みたいな物腰柔らかいイケメンが、女性関係がないほうが詐欺でしょ?」

「え? でも、アクアくんってまだ高校生になったばっかりですよ?」

「いや、早い子はもっと早いからね」

 

 そんな馬鹿な!? という表情をしてしまうあかねだったが、平均ではなくアクアのようなイケメンに限った話である。先輩方の懸念が正しければ、中学生に入った直後ぐらいに三年生の女性先輩に喰われていてもおかしくない話である。なお、この場の誰も知らないことではあるが、アクアの場合はモーションをかけてきた先輩を逆に喰っていたというほうが正しい生活を送っていた。

 

「(……え? そうなのかな? だったら、もしかして、近いうちに私もアクアくんとそういう関係になるのかな?)」

 

 そもそもあかねは事前に準備は万端にする性質である。だから、女性先輩の話を聞いて、このままお付き合いを重ねていくうちにキスどころかその先がある可能性を想像して、その場合、どうするべきかを足りていない知識を総動員してシミュレーションして、自分の考えに没頭していた。だから、顎に手を当てて、ぶつぶつ考え込むあかねを微笑ましいものを見るような目でみながら、お互いにしか聞こえないぐらいの小声で会話している声は聞こえていなかった。

 

「ねえ、あかね以外に何人いると思う?」

「少なくとも正式に彼女という子は番組前に別れてるんじゃない?」

「つまり、遊びはたくさんいると?」

「神のみぞ知るってやつかな?」

 

 難儀な男に引っかかったもんだなぁ、と思いながら、本気で悩んでいるあかねを願うならば、この先の展開も相談してくれますように、と面白い玩具を見つけたような表情で見つめるのだった。

 

 

 

 ※  ※  ※

 

 

 

「それで、しばらく会えないって?」

「ああ、少なくともJIFが終わるまでは」

 

 今ガチが終わって、何度目のデートだろうか。もはや今ガチの出演していた時の総数を超えているような気もするが、正確には数えていないので分からない。

 

 いつものようにデートの終わりにホテルに行き、抱いて、抱かれたあと、少し気怠い中、一糸まとわぬ姿でベッドに横になっている時にアクアが切り出してきたのが先ほどの言葉だった。

 

「JIFって、ジャパンアイドルフェス? ああ、メムのアイドルグループが出演するって言ってたね」

 

 今ガチの時からメムのチャンネルやSNSはフォローしている。確かに、SNSにJIFに出演する旨は書かれていたような気がする。そして、メムのアイドルグループは目の前で上半身を起こしてペットボトルの水を飲んでいるアクアだ。

 

「しかし、よく成立してるわね。あの姉妹アイドル」

「おい」

 

 アクアに窘められるが、内情を知っていれば感心もしようというもの。一人はアクアの双子の妹で、残り二人はアクアと男女の関係があり、しかも、それをお互いが知っているという修羅場にならないほうがおかしいアイドルグループなのだ。あと、炎上の導火線の近くでファイヤーダンスをしているような感じだ。

 

「まあ、冗談はおいておいて、分かったわ。私も最近、少しずつ仕事も増えてきたし……どちらにしても回数は減るもの」

 

 いつからだろう。アクアとのデートのたびにファッションモデルとして手抜きできない服と同じぐらいに服の中に隠れて、アクア以外には見せないはずの下着にまで凝るようになったのは。もっとも、男女の関係になったのだから身だしなみの一つとは言えるだろうが、毎回とは限らないのに―――今のところホテルに行かなかった日はない―――つい、前回と同じ下着だ、と着替えることもあったぐらいだ。

 

 あとは、もちろん、モデルとしては気を使っていたスキンと髪のケアにも一層気を遣うようになっていた。デートだけではなく、一糸まとわぬ姿になるのだ。いつも以上に気を遣うようなことになってしまうのは自然な成り行きだった。

 

 そのおかげか、最近はスタッフからも「綺麗になった」や「色っぽくなった」という言葉も貰い、ファッションモデルとしての仕事も増えてきた。誉め言葉が増えた時期や仕事が増えた時期が『今ガチ』の放送終了後なので、あのメンバーの中の誰かと付き合っているのではないか? と思われているが、その中で一番倍率が低いアクアと愛人関係に近いようなことになっているとは誰も思っていないだろう。

 

「それでも、連絡はするんだから、返信忘れないでよね」

「俺が、今まで忘れたことあったか?」

「……ないけど」

 

 この男、クズのくせにそういったコミュニケーションに関することで苛立たせない。既読スルーなんかはない上に、デートだって、行先の好みを聞いてセッティングする。ランチを伴うときも気を使ってくれるし、これで本当の彼氏なら満点なのだろう、といつも思っている。

 

「それと……」

 

 少し恥ずかしいが、横になったままアクアを受け入れるように両手を広げる。

 

「しばらく会えないんだから、満足させてよね」

 

 アクアは意外なものを目にしたように目を見開くと、くすっ、と少し笑うと、広げた両手に収まるように覆いかぶさってきて、「任せろ」という言葉と共に唇を重ねてきた。

 

 その日、ゆきは言わなければよかったかな? と半ば後悔するほどに鳴かされるのだった。

 

 

 

 ※  ※  ※

 

 

 有馬かなは、最近少し自分でも心が不安定になっているのを感じていた。それは、急遽決まったJIFでのB小町のセンターになってしまったからかもしれないし、それに伴って歌やダンスの練習量が増えてアクアと会える日が減ったことが原因なのかもしれない。そういった小さいことの積み重ねが、かなに影響していないとは言えないだろう。

 

 別にかな自身が性欲が強いというわけではない。ただ、あの二人だけの、特別に自分だけが求められているという感覚が得られないのが不安なのだ。もしかしたら、このまま離れてしまうのではないか? というのも不安だ。ただ、それはそれとして、JIFでのセンターとなった以上、責任も感じており、自分のせいでこのアイドルグループの出立を失敗するわけにはいかない、という責任感もある。

 

 つまり妥協して、アクアと会う時間を作れればいいのだが、有馬かなは自分の仕事には手を抜かない主義の女だったというだけの話だ。

 

 そんな中、いつものようにルビー、メム、かなのグループで練習している中、休憩時間が終わった後にルビーが改めてお知らせがある、とメムとかなを集めていた。

 

「はい、JIFまで残り日数が少ないので、今日から追い込みとして合宿をやるよ!」

「いや、知ってるけど……」

 

 なお、合宿所みたいなものがない以上、この事務所のゲストルームに三人で寝ることが決まっている。苦労して運んできた荷物もそこに置いている。

 

「そして、私たちだけだと手が足りないので、サポートしてくれる人を用意しました!」

 

 それって、もしかして―――と、かなの中で期待が膨らむ。ここ最近、事務所で顔を合わせるだけで家に来ることはなかった彼ではないか、と。そして、その予想は当たっていた。どうぞ、とルビーに部屋に招かれたのは、青いジャージに身を包んだアクアの姿だったからだ。

 

「アクアじゃない!」「アクたんだ!」

 

 かなとメムは同時にアクアの名前を呼ぶ。メムも、動画編集とアイドルグループとしての練習で同じようにアクアとの時間を作れなかったのだろう。これから一緒にいられると知って、喜色の色を伴って名前を呼んでいた。もっとも、それが気に入らないのはルビーである。呆れたような目でかなとメムを見ていた。

 

「まったく、このグループには色ボケがいるので、お兄ちゃんには、これを被ってサポートして、もらいます!」

 

 そう言いながら、背後に用意していた被り物を担いで、アクアに頭から被せる。それは、苺プロでも稼ぎ頭の一人であるぴえヨンと同じものだった。

 

「はい! お兄ちゃん、自己紹介」

「やあ! ぴえヨンブラザーだよ! 今日からよろしく!」

 

 いやいや、お兄ちゃん言ってるじゃん! という内心は無視して、まさか動画のぴえヨンと同じような甲高い声を出してなり切るとは思っていなかった。思わずメムと顔を合わせて、その後、不意にこみ上げてきた笑いを押さえることはできなかった。

 

「あはははは! あんた、B小町の完コピといい、ぴえヨンのまねといい、物まね芸人でも目指してるの!?」

「アクたん! それは反則だよ!」

 

 うんうん、と頷くルビーと微動だにしないアクア―――もとい、ぴえヨンブラザー。ぴえヨンと同じ声を出すアクアに耐えきれず笑っていたが、そのインパクトが薄れた数分後、目頭の笑い泣きの涙を拭いながら、かなは疑問に思っていたことを尋ねた。

 

「ところで、サポートって、雑用はともかくほかの事でアクアが役に立つの?」

「大丈夫、お兄ちゃん、ぴえヨンさんの弟子として動画にも出てたし! 筋トレとか、持久力の強化とかは、ぴえヨンさん並みに知ってるよ!」

 

 そして、はぁ、と大きく息を吐いて、ルビーの言葉を裏付ける言葉を口にした。

 

「もっとも、私が言わなくても、先輩とメムちょは、その辺は知っているだろうけど……」

 

 ぎくっ! と肩を震わせるのはかなとメムだ。ルビーから言われて納得したのは間違いない。なぜなら、かなとメムはアクアと肉体関係があるのだ。もちろん、脱いだ姿も見ている。そして、胸板が厚かったり、腹筋がうっすら割れていたり、細マッチョとは言わなくとも、鍛えていることも、持久力があることも知っている。なお、かなもメムも、持久力では、アクアに勝ったことはなく、最後のほうはされるがままに鳴かされているのが現実であった。

 

「そ、そういえば! アクたんがぴえヨンさんの動画に出てるってどういうこと? アクたんが直接出たところは見たことないんだけど……」

 

 さすがにユーチューバーとして人気のあるチャンネルは見ている。ぴえヨンは、ジャンルが異なるため見たことはなかったが、さすがに苺プロの稼ぎ頭であるため、B小町に所属してからは見ているのだが、アクアを直接見たことはなかった。確かに時折、ゲストやコラボとしてぴえヨン以外が動画に出ていることもあったが。

 

「ボクが出たのは、ティーンエイジャーのダイエット用の筋トレ動画や中高生男子用の筋トレ動画で、同じように被り物してたからね。気づかなくても仕方ないよ!」

「……あれって、アクたんだったんだ」

 

 おそらく、該当する動画があったのだろう。メムは意外と、という風に呟いていた。

 

「タンクトップと短パンだったけど……よく出演したね」

「……ぴえヨンさんと同じ格好だったら、出演料倍額を提示されたんだけど、さすがにそこまで自分を捨てきれなかったよ」

 

 アクアが、ぴえヨンのような声で、どこか後悔するような感じで口にしていた。おそらく相当悩んだんだろうな、ということは分かった。

 

 というか、その体を鍛えた理由も女性受けがいいからなのだろうが、どこまで愛を求めるということに貪欲なのだろうか? とある意味感心してしまう。もっとも、かなとしても、貧相なアクアよりも、鍛えている身体の方がいい、と思ったのも嘘ではない。

 

「はいはい、もうお兄ちゃんの実力はいいでしょ? ダンスだって、B小町のダンスは完コピできてるぐらいなんだから」

「まあ、それはそうね……」

 

 あのカラオケでのマリンちゃん事件で、調子に乗ったアクアはB小町メドレーでほぼすべての曲でのダンスを完コピできていることが分かった。なお、後日は喉が死んでいたが。

 

「よし! それじゃ、B小町、JIF強化合宿始めるよ!」

「「「おぉぉ」」」

 

 おお! とこぶしを振り上げるのに合わせて、かなとメムとアクアが同じようにこぶしを振り上げた。そして、いざ練習、という前にルビーがかなとメムのほうに振り返って、人差し指を唇に当てながら、真面目な表情で口を開く。

 

「あっ! 分かっていると思うけど、合宿中はお兄ちゃんとエッチなことは禁止だからね!」

 

 分かってるわよ! と叫びたかったが、ルビーからそう言われると思わず同じ建物の中のアクアの部屋がある方向に目を向けてしまったのは仕方ないことだろう、とかなは思うのだった。

 

 

 

 





遅くなりました。一か月以上ぶりって・・・月日が経つのは早いですね。

あかねちゃん、恋愛初心者で思わずいろいろ考えてます。
なお、張本人はほかの女とのピロートークを入れますが・・・・

あと、合宿中は色ボケ禁止として、アクアの部屋がある階へ侵入は禁止されました。
ぴえヨンブラザーは、中学生時代のアクアの筋トレ相談のときの名残です。身体を鍛えた理由? イケメンが貧相ってアクアのモテ意識にあわなかったからでした。


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