「………やってしまった」
二日酔いとまではいかないまでもアルコールを飲んだ翌日のような倦怠感とそれとは別の身体の節々の違和感を感じながら、ベッドの周囲に脱ぎ散らかされた女性ものの洋服と下着、そして、男性物の制服と下着を見ながらインフルエンサーMEMちょ―――メムは、頭を押さえて呟いた。また、隣で寝ている細い金髪が垂れ、一般的にイケメンといわれるほどに端正な顔立ちの寝顔を見せる男性は意図的に見ないようにしていた。自分の罪が見せつけられるような気がして、見られないというほうが正しいのかもしれない。
そもそもの始まりは、恋愛リアリティショーである『今からガチ恋始めます』という収録の後に、夜、一人で帰ろうとするメムを送るアクアの一言から始まった。
今ガチの収録が終わった。日も沈み、人通りが多いとは言えない帰り道でアクアとメムは二人並んで歩いている途中で、不意にアクアが足を止めた。
「ん? アクたん、どうかした?」
急に足を止めたアクアが気になって振り返ってみれば、アクアは目を伏せてやや言いにくそうにしながら、口を開いた。
「なぁ、なんで成人女性が高校生の振りして『今ガチ』に参加してるんだ?」
思ってもみない言葉にドキッとした。少なくとも『今ガチ』のメンバーには誰にもばれていないと思っているメムの最大の秘密だ。『今ガチ』に出演する際の契約書にも住所と名前だけで年齢の部分は記載がなかったので、スタッフも知らないはずだ。だから、アクアのストレートな質問には白を切ることにした。
「なんのことかな? メムは18歳。高3だよ」
できるだけ不自然にならないように笑いながら、童顔といわれる顔で両頬に人差し指をつけるポーズでおどけながらいうが、アクアから疑念の眼差しは消えることはなかった。
「……メムの動画、見たよ」
「え、あ、うん。ありがとう」
メムはインフルエンサーと言えるユーチューバーだ。今回の『今ガチ』も恋愛をするつもりはなく、番組の公式SNSからメムのチャンネルへの新規登録者開拓のために参加したに過ぎない。もっとも、その前提となる『高校生芸能人』という看板が崩されようとしているのだが。
「アーカイブから見てるが、18歳が一年前から全く成長していないのはあり得ない。メムの容姿からして小柄だが、身長や体の変化が一番大きい時期に全く変化がないのはおかしい。むしろ、逆に幼いままで、成長が終わったと考えたほうが妥当だろ?」
アクアの表情を見ているともはや半ば確信しているように思える。そして、「それに―――」と苦い思い出でもあるのか、嫌なことを思い出したような表情をしてアクアは続ける。
「女が年齢のサバ読むなんて普通だろ」
「あ、なんか嫌なことあったんだ」
よくよく考えれば、アクアほどの顔の持ち主で、普通に学生生活していれば、モテるのは間違いない。ならば、その女性関係の中で、年齢に関して苦い思い出があってもおかしくはない。いや、だからこそ、メムの年齢について目が行ったのかもしれない。
「はぁ~、分かったよ。でも、こんな往来で話すようなことじゃないよね」
「だったら、どうする?」
そう言われると困った。メムはあくまでもユーチューバーであり、芸能人とはまた毛色の違うタイプだ。二人で話せる場所などカラオケぐらいしか思いつかないが、すでに場所は住宅街に近く、この近くにはカラオケボックスの店はなく、また繁華街まで戻る必要がある。しかし、それにはタクシーなどを使っても時間がかかる、などと色々と考えると容易に思う浮かぶ答えは一つしかない。一つしかないのだが―――。
ちらりとアクアに視線を向ける。細くよく手入れされているのか艶のある金髪、端正な顔立ち、そして先ほどの発言からモテていることは間違いない。そんな男性を誘うことに忌避感がないかといえば嘘になる。それに、恋愛リアリティショーとはいえ、あかねとゆきと話している様子を見るに女にも慣れていそうだ。メムとしても動画編集の話やメム以外のユーチューバー動画の話など、共通項目について話題を振って、気持ちよく話せることも、この状況となっては疑惑でしかない。
「どうかしたか? メム?」
とはいえ、他に方法がないのは確か。このまま何も話をせずに別れるわけにもいかない。確かにアクアの話は状況証拠だけで、確実な証明は難しい。ただし、この話がどこかで表に出た際にダメージとなるのは確実にメムだ。今まで築き上げてきた女子高生としてのキャラクターが崩れることは何としても阻止する必要があった。
「はぁ~、信じてるからね、アクたん」
その呟きにアクアは不思議そうに首をかしげるのだった。
そして、連れて行った先はメムの自宅。配信もここから行っているため、きれいに掃除はしている。時々、部屋に入ったアクアが、あ、と何かに気づいたような表情をしていたが、おそらく配信の動画に映っていた小物でも見つけたのだろう。コラボで人を呼ぶときにも使っているテーブルに案内して、飲み物を用意する。最初にコーヒーでいいとは聞いていたため、来客用のマグカップに入れて持っていく。なお、中身は砂糖もミルクもないブラックだ。
「それで、話してくれるのか?」
「まあ、アクたんは、もう確信を持ってるみたいだからね。誰にも言わないでよ?」
「言わない。これは俺のただの興味本位で、誰かに吹聴するつもりがあるわけじゃない」
「……興味本位で、人の最大の秘密を暴かないでほしいんだけど」
アクアの口から語られたメムに真相を聞き出そうした理由が、意外にくだらなくて、疲れたような表情をしながらメムは、自分の半生を語った。
自分が母子家庭で、弟が二人いること。普通の高校生だったころに母親が倒れたこと。家族のために高校を休学して、昼と夜のアルバイトを掛け持ちしたこと。その甲斐あって、母親は病状から回復し、弟たちも大学に入学できたこと。そして、メムの手から家族が離れた頃には23歳になっており、高卒とも言えない立場で、とりあえず配信業を始めてみたところ、『女子高生(仮)』などとやっていたらあっという間に人気になってしまったこと。そして、今に至るところまで、過去に自分がアイドルを目指していたことを除いてすべて話した。
アイドル志望の事を話さなかったのは、この年齢でアイドル志望だったことを語るのが、恥ずかしかったからだ。
「―――ってわけ。納得できた?」
「ああ、まあ、メムが意外と苦労していたのは分かった。だけど……」
「だけど?」
メムとしてはすべて語ったつもりだが、なにか疑問に思うところでもあったのだろうか、と疑問に思っていると、やがて言いにくそうにメムから視線を外したアクアが口を開いた。
「すべてが終わったのが23だったとすると、お前、一体何歳なんだ?」
「えっと~」
正直とぼけたかった。確かに、そこはメムが明確に話さなかった話題でもある。だが、話さない限りは終わりが見えそうになかった。
「アクたん、耳貸して」
「ん?」
部屋の中であろうが、大きな声で言いたくなかったメムは、ちょいちょいと手招いてアクアを近くに呼び寄せると小さく耳打ちする。最初はうんうん、と頷いていたアクアだったが、やがて、本当の年齢を口にすると、目を見開いて驚きの表情をしていた。
「がっつり盛ったな!?」
「ひぃん、ごめんなさい!!」
そう怒鳴られては、罪悪感のあるメムとしても縮こまるしかない。
「公称18だから……」
「数えないでよ!!」
ひのふのみと指を折るアクアに対して情けない顔をしながら怒鳴るメム。本当の年齢は知られたくないのだ。特にメムよりもはるかに若いアクアには。だから、はっきりと年齢についてアクアから言及されるのは嫌だった。
「いや、逆にその年齢で配信とはいえ、JK名乗って番組に出るってメンタル化け物か?」
「言わないでよ!?」
鏑木から出演の打診が来たときは少なくともチャンスだと思ったのだ。チャンネルへの導線はもちろんのこと、それ以外は、もうほぼ諦めかけていた夢へのわずかな道筋として。
「別にいいけど。少なくとも『今ガチ』の連中にはバレてないんだから」
「アクたん以外にはだけどね」
アクアの言葉に思わず不貞腐れてしまう。なんとなく一番バレてはいけない人間にバレてしまったのではないか、とさえ思う。
「まあ、メムは顔も童顔で可愛いし、今更、俺がMEMちょが成人女性だ、と言ったところで誰も信じないだろ?」
「……そうかなぁ?」
今まで可愛いとは言われたことがなかったメムは内心では気分がよかったが、疑心暗鬼になりながら呟いた。
「それで、アクたんは何か私に要望はないのかな?」
「何言ってんだ?」
「ほら、よくあるじゃん。弱みを握った女の子に―――って展開」
困惑したように笑いながらメムは、アクアに対して先手に出た。メムが警戒したのはそのありがちなパターンを考えたからだ。もしも、バラされたくない代わりに、と言われれば、よほど無茶な要求でもない限り、従ってしまいそうになる。
「―――そうだな、じゃあ」
メムの言葉に少しだけ思案した顔になるとすぐに自分の隣をポンポンと叩く。つまり、こちらに座れ、ということだろうか? と困惑しながらメムは自分の座っていた場所から移動して、アクアの隣に座る。どれほど近くに座るか少しだけ逡巡したが、夜のバイトでのガールズバーでの経験が役に立った。いや、ガールズバーはキャバクラではないため、あまり近くには座らないのだが。
「いや、近すぎる」
「は?」
サービスしたつもりだったが、余計なお世話だったようだ。逆に少しだけアクアが離れるように座りなおすと、その身体を預けるように倒れこんできて、アクアの頭がメムの太ももに乗せられる。傍から見れば、メムがアクアを膝枕しているように見えるだろう。
「アクたん!?」
「うるさい、少し甘えさせろ。こっちは女子高生二人を相手にして疲れてるんだ」
それは、まるで本当の女子高生ではないメムへの当てつけのようで、しかし、本当に疲れているのか目をつむって、癒されているような表情を浮かべており、メムとしても反応に困った。しかし、アクアの行動はまるで母親が倒れたときの少し年の離れた弟たちを彷彿させるような態度で、思わず倒れた拍子に目にかかっていた髪を梳いていた。
「メム?」
その態度に驚いたのかアクアが瞑っていた眼を開いてメムに問いかけてくる。それがなぜか弱みに付け込んで甘えてきた割には困惑しているように思えて、思わずメムは苦笑してしまう。
「もう、アクたんは仕方ないな。いいよ、私の事、秘密にしてくれる代わりに膝枕してあげる」
「……随分と安い膝枕だ」
「なら、子守歌も付けようか?」
そう言いながら、堪能しているように見えるアクアの頭を弟を相手にするように撫でながら、メムは安堵したように笑うのだった。
それから、アクアは『今ガチ』の収録の後にはメムの家に転がり込むようになった。最初の契約通り、甘えるようにメムに膝枕をしてもらいながら少し寝ることもあったが、ほかにはメムの動画編集を手伝ったり、夜食を作ってもらったり、もしかしたら貢献度だけで言えば、アクアのほうがメムに奉仕しているかもしれない、と思えるほどである。だが、それをメムもアクアも口にしない。少なくとも、二人の空間が苦痛ではないからだ。むしろ、メムからしてみれば、快適と言えるほどである。
先に宣言したようにアクアが時折甘えてくるような仕草を見せるのも弟を持つ女性としても好ましいし、甘やかしたいと思う。膝枕をしながら、あかねやゆきへ愚痴を言うアクアは幼少の頃に学校の愚痴を言う弟を思い出させ、甘やかしたくなってしまう。やはり、女性二人を手玉に取るようなキャラは疲れるのだろうか、と心配さえしてしまうほどだ。むしろ、弱みを握られたのはメムだというのに。
ただ、自分でも撮影の部屋以外の散らかり具合を掃除されたり、冷蔵庫の中身について苦言を言われるのはどうかと思うが。
その日もメムは上機嫌でお酒を飲んでいた。メムが女子高生を名乗っておきながらアルコールを購入できるのはどうかと思うが、少しウィッグと保険証さえあれば購入は可能だ。そもそも咎められるほうがおかしい年齢なのだから。
「ぷはぁ~! 今日の撮影もうまくいったね!」
「俺とゆきの頑張りによるものだがな」
アクアはすっかりお馴染みとなったメムの家に置いてあるエプロンをつけて夜食―――つまみを作って、運びながら苦々しく言葉を口にする。
もはや『今ガチ』の演出は決まっており、アクアとゆきが誰と絡むか、という段階に来ていた。本命は『アクゆき』だが、対抗馬として『アクあか』『ユキゆき』が注目されており、この四人で『今ガチ』の現場を回しているようなものだ。そして、受け身なあかねとノブユキはアプローチを待っている状態だった。その中で、メムは所々で、茶々を入れる役割を担っており、賑やかし要員として機能していた。
「メムは、このままでいいのか?」
「う~ん、私はこのままおバカ系癒し枠キープできれば、それでいいかなぁ」
そこで、やや酔った頭で、流し目をしながらアクアを挑発するように言葉を口にする。
「アクたんが、マジでアプローチしてくるなら話は別だけど?」
それは年下を揶揄うような姉としての心情として口にした言葉だろう。だが、アクアからしてみれば、話は別だったようだ。ソファーに座っていたメムを軽く押し、手首を押さえて、いわゆる押し倒すような格好になる。
「例えば、こんな風にアプローチすればいいのか?」
それは年上の女を揶揄う男の子のように微笑みながら口にするアクア。それがメムの判断を誤らせた。飲んでいたアルコールによる酔いが影響していないとは言えない。ただでさえ、弟のように思っていたアクアが、姉のメムを揶揄うものだから、ムキになって言い返してしまった。
「ふぅん、アクたんは、ここからどうすればいいのか、知ってるのかな?」
揶揄うように、挑発するようにメムは、笑いながらその言葉を口にした。
メムの判断基準は、本当の弟だった。弟たちが16歳の頃を思い出せば、好きな女の子ができただけで人騒がせし、付き合えるとなれば、嬉しさを隠せずにいたし、デートの前日となれば、服装をメムにチェックしてもらうというほどに初々しいものだった。なお、高校中退のメムにはそんな記憶はない。だから、アクアも甘えるといって膝枕するぐらいだから、それ以上の行為には怯むだろうと判断してしまった。酔いによる思考の揺らぎも影響しているとは思うが。だから、これはアクアを弟と同じように見ていたメムの落ち度だ。
メムの言葉を聞いて、アクアは一瞬、虚をつかれたような表情をすると、やがてメムの言葉を理解したのか、面白そうな物を見たような笑みを浮かべていた。あれ? と、その表情を疑問に思っている時間はなかった。
「最初に誘ったのは、メムだからな」
「え? ……んむっ!」
まさかの返しに、メムは、驚きの声を上げ、その唇をアクアの口によって塞がれた。そこからは、アクアの独壇場である。アクアは初心であると決めつけたメムの圧倒的な敗北で、経験上は初めてなはずなのに一晩中、アクアによって翻弄されたメムは、嫌悪感を抱くことなく大人の階段を上ったのだった。
そして、冒頭に戻る。
「えっ……どうしよう?」
襲われたのがメムだとしても、法律上、罪に問われるのは間違いなくメムである。むしろ、部屋に誘って二人っきりとなると誘っていると言われても否定はできない。もしも、アクアが公言すれば、メムの未成年へのわいせつ罪での逮捕さえあり得るとなると頭が痛くなるどころの話ではない。
「ん? メムか……」
あぁ~、と大きく伸びをしながら隣で寝ていたアクアが目を覚ましていた。
「あ、アクたん!? い、いや……あの……これは―――」
何を話していいのかメムも分からない。何を言っていいのかも。だが、それはアクアも同じようでメムから視線を逸らすとポリポリと頭を掻きながら口を開く。
「すまん、初めてとは思わなかったんだ」
「だろうね!?」
大切にしてきた、とは言わない。別の夢のためにそういうこととは縁がないようにしてきたのだ。アクアからしてみれば、普通の成人女性と同じような扱いだったのかもしれないが。だから、遠慮なくメムを攻め立てたのだろう。メムとしては翻弄されるしかなかったが。今でさえ、今日はまともに活動できるか分からない。
「あ~、朝食は俺が作る。なにか希望はあるか?」
「……とびっきり美味しい朝ごはんで許してあげる」
裸を見られるのが恥ずかしくて、シーツで裸体を隠しながらメムが言う。それに意外なものを見たような表情をして、分かったと、答えると散らかしていた衣服を着て、アクアがいつものようにエプロンを装着して台所へと向かう。その日の朝食はおそらく、メムが一生忘れられないほどに美味だった。
それからアクアとメムの関係は変わった。いや、変わらざるを得なかったということだろう。いつもの行動は変わらない。『今ガチ』の収録の後にアクアがメムの家へ別々に向かい、動画の編集や夜食の用意を手伝ったり、アクアがメムに甘えたりしたりするのは変わらない。ただ、メムがアクアに甘えるように、アクアがメムに甘えるように身体を重ねることが追加されたことぐらいだろうか。アクアがメムの事を「お姉ちゃん」と呼んだり、その姉を高圧的に組み伏せたりするプレイがメムには好評だった。
その行為をメムが受け入れたのは、どこかで区切りが欲しかったからだろう。年齢的な意味でもメムの夢を追うには遅すぎる年齢になっていた。だから、誰かが止めてほしかった。このままユーチューバーで、一当てすればいいじゃないか、と誰かに言ってほしかったのだろう。それが、たまたま、星野アクアという男だったに過ぎない。メムとしては大当たりとしかいえない。どこかの適当なヤリチンに丸め込まれるよりは、よほど満足できる結末だと、メムはある程度納得していた。もちろん、夢がかなわなかったことは、悲しいが、終止符が打たれた相手がアクアでよかったと思える程度にはアクアに情を移していた。
そして、いつものように体を重ねた後、余韻に浸るようにしながら、メムがアクアに話しかける。
「ねぇ、アクたん。今ガチももう少しで終わるけど、どうするの?」
枕に頭を預けながら、疲れた身体でアクアに話しかける。別に変な意図はない。単純な興味だ。
「ん~、あかねに告白して、ある程度の義理で付き合って終わりじゃないか?」
「あ、そこはゆきちゃんじゃないんだ」
「ゆきにはノブがいるからな」
今まで体を重ねておきながら、別の女の子のことを口にするアクアを咎めることなくメムは話をつづけた。
「そうだね、だったら、もっと盛り上げるためにあかねの前でアクたんの好みの女性でも聞いてみようかな?」
「……悪趣味だな。あかねなら、その好みに合わせそうだぞ」
確かに、とメムは思う。例えば、あかねがロングヘアでも、アクアが短い方が好みといえば、その日のうちに美容室でショートヘアにしそうな純粋さがあかねにはあるような気がした。
「そうそう、だから、アクたんは、ちゃんと好みの女性を考えておいてよね」
「……分かった」
おそらく、これが分岐点だった。アクアとあかねの関係を大きく変える一言を口にしたつもりがないメムは弟の恋愛を応援する姉のように無邪気に笑うのだった。
※ ※ ※
「それで、結局、アイドルすることになったのか?」
「ええ、まあ、今のままじゃ、役者の仕事が来ないのは分かっていたからいい機会なんでしょうけど……」
かなはアクアの言葉に答えながら、今の裸の男に抱かれた後という状況に、我ながら矛盾しているなぁ、と思った。
「じゃあ、俺は―――」
「苺プロは、申告制で、恋人OKだから」
アクアの言葉に被せるようにかなが答えた。驚いたように、「お、おう」と返事するアクアが新鮮だった。
「アクアと別れろって言われたら、アイドルなんてやってないわよ」
この暖かさは、かなが芸能界でやってきてようやく手に入れたものなのだ。それをみすみす手放せと言われて、はい、わかりました、と応諾できるわけがない。そもそも、金銭的な面だけで言えば、子役時代のものだけで十分なのだ。それでも、かなが役者の世界にしがみついてきたのは、手に入れたいものがあったから。自分を見てくれる誰かが欲しかったからだ。それを手に入れたのに、役者にとどまるために手放したのでは本末転倒だ。
「あんた、私がアイドルやるからって、距離取ったら―――すぐに辞めるからね」
かなの言葉に絶句したような表情を見せるアクアに対して、覚悟を見せるための言葉を口にすると虚をつかれたように驚いた表情をしたあと、アクアは微笑んでいた。
「大丈夫。かなが望む限り、一人にはさせねぇよ」
それは、『今日あま』のドラマの言葉の焼き直し。ただし、耳元で本心で囁かれれば、破壊力は段違いだ。一瞬で、顔に血が上り、ただでさえ恥ずかしいのに、顔が赤くなるのが分かる。だが、元来の天邪鬼な性格が災いしたのか、それでもアクアに言い返そうと、思わず口を開いてしまう。
「だったら、アクアと私はずっと一緒ね」
すぐに返したかなの言葉が意外だったのか、アクアは少し言葉を咀嚼するように真顔になると、かなの言葉を理解したのか、顔をかなから隠す様にそっぽ向くのだが、赤くなった顔を隠すことはできていなかった。その表情をみて、かなはにんまりと笑う。
「あ、照れた!? 照れた!? 私の告白でアクアが恥ずかしくなったんだ~!」
それは、いつも転がされているかなの精一杯の反撃だったのかもしれない。恥ずかしくさせられているかなからアクアへの反撃。それが功を奏して思わずいつものように口の悪さが表に出てしまったと考えるべきだろう。だが、常に上位にいるものへの下克上は、上位者をひどく不愉快にさせることをかなは学んでおくべきだった。
「うるせぇ」
「えっ……うっ!?」
生意気な言葉を言う口は、アクアによって強引に塞がれた。そして、その後、口だけとは言わず、身体を使って、どちらが上位者か、ということを分からせられるのだった。
はい、MEMちょ編でした。年上だけあって、ちょっとあっさり風味でした。アイドルの区切りをつけたがっていた、というのが独自設定ですね。
まあ、この後、導火線をつけられるのですが・・・
次回はあかねちゃんです。
誤字報告ありがとうございます。
また、感想がありましたら、いただけると非常に嬉しいです。