星野瑠美衣にとって兄とは優しく、頼りがいのある兄だった。たった一つの欠点を除いては。もっとも、そのたった一つの欠点がその兄の評価を著しく下げる悪癖なのだが。
「それで、有馬さんはどうしたの?」
「家で見るって」
今日は今ガチの第一回の配信だ。つい最近復活した苺プロのアイドル部門の新しいメンバーであるかなも誘ったのだが、自宅で見ると断られて、一人で寂しく見ることになったのだ。もっとも、さすがに哀れに思ったのか、あるいはどちらにしても事務所に所属する役者が出演する番組を見る必要があったからだろうか、ルビーに付き合ってミヤコも一緒に見てくれることになった。
リアルタイムの配信まであと少し、というところで、ふとミヤコが気づいたように呟く。
「あら? そういえば、アクアは?」
「友達の家に行くから遅くなるって。それに、恋リアを家族と見たくないって言われた」
「……まぁ、そうよね」
ふぅ、とお互いにため息を吐き出す。今の白々しい会話をリセットするためだ。
「どう思う? ルビー?」
「お兄ちゃん、間違いなく先輩の家に行ってるね」
「でしょうねぇ」
はぁ、ともう一度ルビーとミヤコは溜息を吐いた。
ルビーには分かり切った展開だ。中学生の頃からこういったやり取りが増えていた。友達って誰だよ、と思うこともあったが、それが彼女であれば、隠したがる思春期で問題ないはずだったのだ。もっとも、まさかその相手が毎日違うなど思いもよらなかったが。
とりあえず、修羅場が多発した中学生時代の関係は清算させたが、まさか高校に入学して間もないうちに再発しようとは。いや、そもそも受験の時にかなに再会したのがまずかったのだろうか。もっとも、ルビーとしても再会した初日に関係を持っていたなど詳細は聞いておらず、再会後にかなが出演したドラマを手伝うような形で口説き落としたのだと思っていた。あの当時、アクアもネットドラマに出演することをミヤコに頼んでいたようだし。
「それで、どうするの? 有馬さんの事」
「う~ん、今は無理かな。あれは」
中学生時代に数々のアクアに口説かれた女の子たちと対話し、最終的に別れさせてきたルビーは、アクアとかなの関係を思い出してそう結論付けた。なにより、ミヤコに調べてもらったかなの経歴を見れば、まあ、アクアにとっては口説きやすいタイプの女だということは分かったから。なお、中学生時代は、友達の伝をたどっていろいろと情報を集めていた。
「先輩は、なんかこう……重たい感じの女だね。事務所退社して、一人暮らしてフリーになって、それでも役者の世界で頑張って来ていた。長い間日の目を見ないどころか悪化してるのに」
有馬かなの評判はネットを見ればすぐに分かる。『元天才子役』という名前だけで、少し脇役でドラマに出ても、あまり注目されない。どちらかというとピーマン体操の方が記事としては多いぐらいだ。というか、少し注目されるとなぜかピーマン体操のほうがネタになる。
「だから、お兄ちゃんにコロリとやられちゃったんだろうな」
アクアは似たような状況の女の子と過去に付き合っていたことがある。親が忙しく、一人っ子で、お金だけ渡しているような女の子だった。寂しいのに、それを表に出すことができず、燻ぶっているような女の子で、まあ、アクアに簡単に転がされていた。なお、その子も、ほかに女の子がいても関係ないというスタンスで別れさせるのにひどく苦労した記憶がある。
いわば有馬かなにとってのアクアはルビーにとってのせんせみたいなものだ。しかも、もう十年以上前にちょっと共演しただけの相手の名前を覚えていて、名前を聞いただけで問い詰めてくるほどに印象に残っていたのだ。アクアの口説きの効果は倍増だろう。
「そのおかげでメンバーが一人見つかったのだから、良かったじゃない」
「よかったのかなぁ?」
ルビーはミヤコの言葉に疑問を覚える。
アイドルユニットのメンバーをそろえるのは大変だ。そもそも今の苺プロではオーディションを開いてもそう簡単に人が集まるとも思えない。そこにフリーで、アイドルオタクのルビーから見てもこってりとしたオタの人気を稼げるほどの逸材が現れたのだ。勧誘しないわけにはいかなかったが、残念なことに有馬かなはアクアのお手つきだった。
だが、それでも、見逃すには惜しい逸材だったため、なんとか苺プロに勧誘―――アクアの「かなならアイドルぐらいやれるさ」という言葉が、クリティカルだったと思う―――して、アイドルユニットへの参加を承諾してもらった。
なお、ミヤコは、アクアと付き合ってる女の子がメンバーになった、と伝えたら、「別に妊娠しているわけじゃないんでしょ?」と軽く流された。さすが、二児の子供を育てながらドームライブ直前まで隠し続けた女だった。覚悟が違った。
もっとも、その後、かなには直接ミヤコから彼氏がいるアイドルの振る舞いを叩き込まれていたが。その中に避妊の知識があったことはルビーは聞かないことにした。とはいっても、中学生時代のアクアも、致命的な一線は超えていなかったし、一度だけ恥ずかしながらアクアに問い詰めたところ、「そのあたりはちゃんとやってる。心配するな」と鼻で笑われたものだ。
バレたら、アイドルどころの話じゃないんだけど、と中学校を卒業して以来、悩まされていなかった胃痛を再びかすかに感じながら、ともかくルビーはかなの参加を歓迎したのだった。
加入直後、かなから幼少の頃にアイをバカにしたことを頭を下げて謝られた。ルビーの心の中に燻ぶっていたことだったので、必死に頭を下げるかなに溜飲を下げたルビーはかなを許すことにした。かなの背後で微笑んでいるアクアがきっと何かしたんだろうな、とうっすら勘づきながら。
苺プロに所属したかなはよく事務所に来ていた。もっとも、今はアイドル部門が発足したといっても、やることはほとんどない。ユニット名を決めることぐらいだろうか。それでも、かなの目的は分かっている。アクアだ。
実は苺プロの所属の中でアクアが一番外の仕事が多い。そのほかはネットが中心だからだ。おそらく、アイドル部門が正しく復活すれば、ルビーたちのほうが外部露出は増えるだろうが。それまでは、アクアがモデルなどの静止画で外部に露出するほうが頻度は高い。あと、アクアが監督と呼ぶ男の元で映像系のバイトもしているという。
一度、ルビーが稼いだ金の使い道を聞いたところ、「デートなんかでいるだろ?」と平然と返してきたときは、むしろ、人数を減らせばもっと一人にお金を使えるのでは? と思ったものである。
そんなアクアだが、帰宅するのは事務所兼自宅になっているここである。普通ならかなはこの事務所には入れないはずだった。だが、事務所に所属になった以上は、入ることができる。ここでアクアの帰りを待ちつつ、帰宅した瞬間に出迎えるのだ。まるで子犬のような忠誠心である。アクアの帰宅に間に合った時は、そのまま晩御飯まで食べて、帰宅時はかなを送るためにアクアもついていく。その後、3時間程度で戻るのだが、その間に何をしたのか、聞く勇気がルビーにはなかった。大体想像は付くのだが。
さて、そんな話をミヤコとやっている間に今ガチの配信時間になった。あとでアーカイブを見ることもできるが、最速はやはり配信時間にリアルタイムに見ることである。そして、流れ出す第一回の『今からガチ恋始めます』の配信。それを見たルビーの感想は一つだった。
「うん、ただのいつものお兄ちゃんだね」
女と見れば口説く、とまではいかないが、そもそも、恋愛リアリティショーというだけあって、顔面偏差値は非常に高い。その中にあって一歩も引けを取らないアクアもさすが究極で無敵のアイドルであるアイの血を引くものの一人である。そして、恋愛リアリティショーというアクアにとってホームともいえる場所で好き勝手に暴れていた。最初だからか、鷲見ゆきにはキスして―――カメラの具合でそんな風に見えただけだが、コメント欄は荒れていた―――いたし、さらにMEMちょにもちょっかいを出して、動画について調子よく会話していた。なんというか、ほかの男性陣よりも女性陣に近い感じで、悪くいえば物色している感じがして嫌だった。
「はぁ~、先輩、これ本当に見られるのかな?」
「まあ、アクアが上手いことやるでしょう」
まあ、そうかもしれない、とルビーも思った。少なくとも、複数人と付き合って、それがバレた後で、感情的に別れる! と叫んだ女の子以外は、付き合いを継続していたのだから。むしろ、どうやったらそうなるのか、ルビーのほうが教えてほしいぐらいだった。
なお、翌日、かながむしろ艶々と元気よく事務所に来たときは思わず舌打ちしてしまうほどだった。
※ ※ ※
「それで、結局、お兄ちゃんは、『今ガチ』誰が狙いなの!?」
「それを言ったら配信の意味ないだろ」
はぁ、とアクアにため息を吐かれるルビー。もっとも、アクアの言葉が正論なのだが。出演者にエンディングを聞いてどうするというのだろうか。そのくらいはルビーも分かっている。だが、それでも、同じユニットであるかなと付き合っている(仮)のアクアが今ガチで誰かと付き合おうとしているのだ。当然、妹としては止めるほかないだろう、と思っていた。
「大体、先輩がいるのに!」
「フォローはしている」
冷たく言い放つアクアに対して、ルビーは、分かってる、としか言えない。むしろ、最近に至っては、配信日を待ち望んでいるのではないか、と思えるほど、配信日が近づけばご機嫌になり、配信日直後は、今まで積極的ではなかったアイドル活動―――現時点では苺プロのB小町の楽曲のレッスンなどがメイン―――にも積極的になるほどだ。理由は、まあ、配信を見て落ち込んだところをアクアに慰められる、という一連の流れが確定していたからだろうか。もちろん、配信を見て落ち込むのは分かるが、それ以上にその状態でアクアに慰められるというマッチポンプを楽しみにするという、倒錯しているとも思われる状態にかなはなっているとルビーは思っていた。
「じゃあ、ルビーは誰がいいと思う?」
「へ?」
「今ガチで、俺の相手になる女は誰がいいか? という質問だ。妹なんだから、兄の交際相手に口を出してもいいんじゃないか?」
にやにやとこちらを揶揄うような表情で問いかけるアクアにムカつかなかったといえば嘘になる。むしろ、彼女にはかながいるだろう、と言いたかったのだが、芸能界の役者として『今ガチ』という番組で答えは出さないといけないのだから。
「う~ん、黒川あかねかな? きっと、あの子は純粋だよ!」
数々の女の子を処理してきたルビーは思った。あの今ガチの現場の中で純粋というか、慣れていないのは黒川あかねという女の子だけだと。だから、アクアの相手としてはあかねがいいのではないか、と思ってしまった。もっとも、今までの交際歴の中であかねのような初恋すらまだというような純粋な女の子を相手にしたことはあるため、あまり参考にはならないのかもしれないが。
だから、信じられなかった。『今ガチ』の後半で黒川あかねがあんな演技をしてくるなんて。アクアとルビーにとって鬼門であるアイの演技をしてくるなんて。思わず、その姿を画面越しに見たルビーでさえ、「ママ」と呟いてしまうほどの完成度だ。それがどの程度、アクアに影響を与えたか、ルビーには分からなかった。ただ、最後に選ぶのは、『黒川あかね』だろうと双子の妹ながら思うのだった。
※ ※ ※
結局、『今ガチ』の最終回はルビーが予想したように黒川あかねがアクアに選ばれた。配信を見ている限りでは、カップルが成立したのがその一組だけというのは、物足りないような気がした。特に『ユキゆき』と言われたノブユキとゆきのカップリングは成立しそうだと思っていたのだが。「思っていたのとは違う」と振られたノブユキが哀れだった。
「はぁ~、先輩、あの配信ちゃんと見られたのかな?」
今まではせいぜいがいちゃいちゃする程度だったが、最終回はキスシーンまであった。彼氏が堂々と浮気するシーンを配信で見ることになろうとは。先輩も運がないことだ、とルビーは心底同情していた。
なお、かな更生計画として、アイドル活動に専念させるという計画を地道に行っていた。まずは、アイドルとしての実績としてYoutubeのB小町チャンネルを作った。ユーチューバーというやつである。今のアイドルの草の根運動とはこういうものを言うらしい。もっとも、初めてのコラボイベントは『ぴえヨン』とコラボで、被り物かぶってきつい運動をするとは思っていなかったが。
以降は、名付けたB小町の残っている映像記録を観賞するというやっていることがドルオタなのか、アイドルなのか分からない活動も行っていた。
「先輩、やっぱりやめるとか言わないよね」
ショックを受けて、もうやめる、と言いそうな弱さも見せるあたりが実に面倒な女だ、とも思っていた。かなのモチベーションも『今ガチ』の配信の直後は髪も肌も艶々していて、ストレスないんだろうな、と思う一方で、収録日の週末は、明らかに上の空であることが多かったからだ。明らかにアクアに依存している。もはや、かなにとってアクアとは麻薬のようなものかもしれない。というか、中学生の頃に別れさせた女の子とは執着度が違い過ぎて、対応に困っていた。
少なくとも、アクアから振られた時のフォローを考えたほうがいいのではないか? と対応をスイッチしそうになる。いやいや、そうなるとかなは常にアクアとの関係性がバレないか、と冷や冷やしながらアイドル活動することになる。そもそも、無理やり誘った側だ。それに注意するのはむしろルビーの仕事だろうか?
「だ、大丈夫だよね。先輩、芸能歴長いし。ミヤコさんにもいろいろ教えてもらってたし」
ははは、という乾いた笑みを浮かべながら、しくしくと痛むお腹をこっそりと押さえた。かなをメンバーに誘わず、アイドルユニットが組める人間を探したほうがよかったか? いやいや、目の前に現れたチャンスを逃がすような真似はしたくない。どちらを判断したとしても後悔するであろう二律背反だった。もしかしたら、起きるかもしれない未来を想像して後悔するか、すぐに動けないことに後悔するか、のどちらかである。
そうであれば、ルビーの答えは決まっていた。幼少のころからなりたかったアイドルへ向けて一直線! もしかしたら、は今は考えないようにする。なにより、かなとアクアの関係がバレたら、そもそもかなも今まで通りのアクアとの関係を続けられないのだから最大限気を付けるだろう。気を付けるよね?
やや不安に思いながら、この決断を後悔しないことにした。
そして、『今ガチ』の配信も終わったころ、ルビーにとって朗報がもたらされた。なんと、B小町の新メンバーの当てがあるとのことだ。―――アクアから。
アクアからの紹介となるとなんとなく身構えてしまうが、よくよく話を聞けば、新しいメンバーは人気ユーチューバーの『MEMちょ』だという。おそらく、『今ガチ』の縁で誘ったとなれば、間違いないと思った。アクアがあの中で選んだのは『黒川あかね』なのだから。そう思っていた。
今の『B小町』のチャネル登録は数千といったところだ。しかも、今は自己紹介動画とピエよんとのコラボ動画しかないから、それ以上伸びる気配はない。ならば、ここでユーチューバーの、しかも、小物ではなくインフルエンサーのMEMちょが加入してくれるのはありがたい。もしかしたら、チャンネルについても相談できるかも、と期待していた。
「というわけで、新メンバー候補のMEMちょ、25歳だ」
「アクたん!?」
新メンバー候補を紹介するから集まってくれ、と事務所に集められたルビーとかな、ミヤコ。そして、アクアの案内で現れたのは、PCの画面越しによく見た顔であった。インフルエンサー『MEMちょ』。現役JKとは一体何だったのだろうか? とルビーは思わず宇宙猫のように呆けてしまいそうになった。それは、ミヤコとかなも同じだ。
「どうせバレるんだから最初から話しておいた方がいいぞ」
「そ、それはそうかもしれないけど……」
もしかしたら、年齢の話はしないつもりだったのかもしれない。だが、ルビーとしてもその点はいつかバレるとは思っている。生年月日を記入する書類などいくらでもあるのだから。
「じゃあ、後は話し合いで決めてくれ」
「え!? アクたんいてくれないの?」
「お兄ちゃん?」
さすがに放置というのはどうかと思ったのだが、真面目な顔をしてアクアが口を開いた。
「あとはメムをルビーとかながアイドルとして一緒にやれるかどうかだろ? 俺ができるのは推薦までだ。だから、あとはお前らがやっていけるかどうかを決めろ」
それだけを言うと、上の階の自宅へ逃げるように去っていった。さすがに推薦者としてはどうかと思ったが、決めるのは自分たちだ、と言われれば、確かに、と頷くしかない。だから、誰もアクアを追うことはなかった。
その後、あらかじめ用意していた資料に目を通していたミヤコがメムのスペックを読み上げていた。ティックトッカーで63万人、ユーチューバーで37万人。未だに一万人を超えないB小町のチャンネルからすれば、雲の上の人物だった。ルビーとしてはたとえ25歳だとしても、アイドルになりたいという情熱があれば、問題ないと思っていた。顔も現役JKを名乗れるぐらいには童顔で、言わなければ誰も気づかないぐらいだし。むしろ、アイドル志望であれば、どこかの大手のオーディションにも残りそうではあるのだが? と疑問に思っていたが、その経緯についてはミヤコが聞き出していた。
メムの苦労話はルビーとしても同情できるものだった。アイドル志望だったのに家庭の事情で働いて、状況が改善したら、アイドルができる年齢ではなかった。その情熱でユーチューバーをやって成功したという。ユーチューバーとして成功するほどの情熱を持っているのであれば、問題ない。是非ともB小町のメンバーになってほしいとルビーは手を差し出した。
もう一人のメンバーであるかなもなぜか幼少の頃のトラウマがあるのか、年齢の件についてうだうだ言われたと滂沱の涙を流しながらメムの加入に賛成していた。
これで、B小町のメンバーが三人になった。少なくともアイドルユニットとしては最低限の人数が集まった! と喜んでいるところに水を差す様にミヤコが微笑ましいものを見ている表情を消して、真剣な表情で口を開いた。
「メムさん、一つ聞きたいんだけど―――あなた男性関係は大丈夫よね?」
ぴたっ、と空気が固まったような気がした。それは、おそらく、ミヤコの念のための質問だったのだろう。なにせ連れてきたのがアクアだ。念のためとはいえ、確認する必要がある。それでもルビーは楽観視していた。『今ガチ』でもメムは、賑やかし要員で、誰とも特に匂わせることはなかったのだから。なにより、ここまでアイドルを希望してきたメムが―――そう思って、彼女の態度をみていると、気まずそうに視線をそらしていた。
「……えっと、あの……苺プロは申告制でしたよね?」
「そうね」
端的に氷点下以下の声で答えるミヤコの声が少しだけ怖かった。え? 嘘でしょ? とルビーも叫びたかった。握ったメムの手に力が入ってしまうほどに。その握られた力に怯えたのか、メムは慌てて口を開いた。
「えっと……その……お宅のアクたんと関係があります。はい」
がくっ、と全身から力が抜けるように膝をついた。本当に泣きたかった。アイドルに憧れたのは嘘ではない。だけど、もっと、アイドルとは綺麗なものではないのだろうか!? と思った。ルビーちゃん!? という声も聞こえない。背後で椅子に座ったまま、額に手を当てて、大きくはぁ、とミヤコが大きくため息を吐いていた。そして、隣で同じようにメムの手を握っていたかなの表情は見たくなかった。
「あぁぁぁん!? どうして、どうして!? どうして、こうなるの!?」
「んっ!? へっ!? 私、なにかやった!?」
突然のルビーの慟哭に事情を知らないメムは驚くしかない。当たり前だ。想像もできるはずがないだろう。アイドルユニット内に同じ男と関係があるメンバーがいるなどということを。
「……はぁ、メムさん、あなたと同じ男と関係があると申告したメンバーがいるわ」
「――――あ~」
ミヤコのその言葉で納得したような声を上げて、視線をかなに向けたのが分かった。消去法だ。ルビーは双子の妹である。ならば、そこは一般的な常識的に除外しなければならない。そうなれば、残るのは有馬かなだけである。メムと視線が合うとメムと重ねた手を離さず、微笑んだまま口を開いた。
「同じくアクアの女の有馬かなよ」
絶句とはこのことだろう。信じられないというような表情でかなの顔を見て、その後、ミヤコに視線を移して、その意図が分かったのか、ミヤコもかなの言葉にお墨付きを与えるようにコクリと頷いた。
「あ~、アクたんに他に女がいるのは分かってたけど、まさかメンバーとは思わなかったな」
意外というような感情で告げるメムにルビーは一縷の望みを見た。まさしく、アクアへの好感度が下がったことがわかったからだ。少なくともアクアの毒牙にかかる女性は少ないほうがいい。少なくともアイドルユニットの半分以上と関係がある男なんてどこまで倒錯的なのだろうか。だから、ルビーはメムに畳みかけるように口にした。
「そう! お兄ちゃんは女関係は最低なんだよ! だから、メムちょ、別れよう! お兄ちゃん、別れるっていえば、そこは潔いから!」
それだけはアクアの唯一の良い点だと思っていた。少なくとも、別れようといった女性を拘束することはない。ドライに連絡先を消して、付き合う前の状態に戻るだけだ。もっとも、感情的にその言葉を口にして、アクアに一切相手にされず、ルビーに橋渡しを依頼してきた女の子もいたが。その子は、ルビーが責任もって傷をいやして、次の恋に導いたのだが。
だが、ルビーの言葉にメムは気まずそうに視線をそらしただけだった。
「なんでっ!?」
その対応が予想外だったルビーとしては叫ぶしかない。だが、気まずそうに視線をそらしたメムは、苦渋の決断をしたように口を開いた。
「あのね……ルビーちゃん。若いうちはいいんだよ。20歳を超えて、社会に出て交友関係が仕事以外になかったら分かるよ。私もユーチューバーとしてコラボとかあるから、人と関係はあるんだけど、遅くなって日が暮れて自宅に戻って明かりがない部屋に戻って、一人でお弁当なんかを食べてると、ふと、無性に寂しくなるの」
メムは非常に真剣な表情でその実体験を語っていた。そして、そのメムに対して、うんうん、と頷くかなとミヤコは何なのだろう? とルビーは思った。いや、ミヤコは分かるが、かなはまだ私の一つ年上なだけだろう、とルビーは思った。一方のメムはその様子に気が付かず興奮の度合いを上げて語りを続ける。
「そんな中、アクたんが救いなんだよ。あのコラボなんかで相手の登録者数をいかに利用して自分のチャンネルに誘導するか? という獲物を狩るような目じゃなくて、いろんな意味で私を見てくれて、動画の編集とか夜食とか私のためやってくれるアクたんが寂しさを慰めてくれるんだよ」
分かる、と頷くかなは本当に一体、なんなのだろう? と思ったが、メムの目には見覚えがあった。アクアが中学生の頃、公園のベンチで呆然としていた大人の女性に似ていた。なお、その後、当然のようにアクアが声をかけて、慰めていつものコースだ。さすがにこの時は、最後の結末にはアクアも焦っていた。というか、さすがに養うから、と部屋に監禁されかけたのは悪夢だろう。それでも懲りないのがアクアだが。
そして、メムの演説が終わったところで、改めてかながメムの手を握っていた。
「わかる! そうよね! アクアは、私を見てくれるっていうか―――」
「あ、有馬ちゃんもわかる? そうそう、アクたんってば―――」
なぜか同じ男の話題で意気投合する二人。ユニットが仲がよいのはいいことだ。もっとも、肉体関係のある女同士で盛り上がっているというのは一体どういうことなのだろうか? だから、少なくとも疑問の声を上げざるを得なかった。
「え? なに? 私、お兄ちゃんと関係がある二人とアイドルユニットやるの?」
ぴきっ、と空気が凍ったような気がした。少なくともルビーとかな、メムの間が凍ったのは間違いない。その凍った空気を溶かすようにメムがあはは、と軽く笑いながら口を開いた。
「い、いいじゃん。ほら、私たち色んな意味で姉妹ユニットってことで」
ぶっ! と一番に意味を理解して最初に噴き出したのはミヤコだった。そして、次に理解したのはかなだった。「お下品!」と叫びながらメムの頭をはたいていた。そして、最後に理解したのがルビーだ。ルビーは、久しぶりに感じる胃のしくしくとした痛みに耐えながら、涙を流して、笑った。
「あ、あははは……うん、B小町、頑張ろうね」
「「ルビー(ちゃん)!? 全然、頑張れそうにない(わ)よ!?」」
誰のせいだ!? というツッコミをする気力もなかったルビーは、あははは、と笑いながら、新しく結成されたB小町の誕生を喜ぶのだった。もっとも、苦労しそうなルビーを見て涙を流しハンカチで拭うミヤコは見ないことにした。
なにはともあれ、この日、新生B小町は正式にスタートを迎えるのだった。
ルビーちゃんは中学生の頃の経験から恋愛関係などに知見が深まってます。
あと、自宅と事務所が一緒なのは明記されていませんが、ここでは一緒にしています。かなとアクアの接点を増やすための小細工だったりします。
アクアのせいで苦労性になったルビー。果たして、ちゃんとアイドル活動できるのでしょうか?
次回はちゃんとJIF編ですが、アクアとあかねのデート編でもあります。
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