愛を探す愛久愛海   作:天凪

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ジャパンアイドルフェス編②

 

 

 

 ただいま、という声と共に自宅のドアを開けた瞬間に料理の匂いが感じられるのはいったい何年ぶりだろうか? と有馬かなは思う。幼少のころから芸能界にどっぷり漬かっていたかなは家庭の料理をあまり味わったことはない。天才子役と呼ばれた時代は、ほぼ朝から晩まで稽古と撮影でてんてこ舞いで、お弁当や総菜を食べていたものだ。それは、売れなくなっても同じだった。いや、売れていない頃のほうが、親は現場に対して文句や、浮気をする父親に文句を言うばかりでかなのことは見ていなかった。必然的に作り物が多かった。

 

 だから、この感覚は久しぶりだった。いや、単純に料理の匂いという意味では、アクアと交際をはじめてから何度も感じていることではあるが、このドアを開けた瞬間に料理をしているという匂いを感じられるのは久しぶりだった。

 

「アクア、今日は何を作ってくれるの?」

「まあ、出されてからのお楽しみってやつかな」

 

 飄々と台所にエプロンをつけて立つアクアが返事をする。もっとも、彼の料理の力量を疑っているわけではない。もう何度も作ってもらっている料理に満足していないわけではないのだ。ただ単にその料理の中身が知りたいだけだった。勿体ぶるのもいつものアクアのことだが。

 

「ちょっと! 糖質は抜くって言ったじゃない!」

 

 用意された晩御飯に文句を言うのは間違っているとは思っている。だが、付き合い始めてもう数か月。このくらいの文句は特に問題ないことはかなも理解していた。それはかなにとって甘えているといってもいいかもしれない。現に、面倒くさそうな表情をしながらもアクアは理由を告げていた。

 

「最近は、ダンスの練習で身体を動かしてるせいか痩せてるだろ。もう少し食べないと体力がつかないぞ」

「……いや、なんで分かるのよ?」

 

 確かに女優として体重管理は大事だ。適正体重というのがある。痩せている方が健康的という風潮もあるが、痩せすぎは不健康というのもある。だからこそ、成長に合わせて適切な体重を維持するのが大事だということも分かっているが、最近は、いつもの走り込みに加えてダンスの振り入れのために練習しているせいか減っている傾向にあった。痩せている分には問題ないと思っていたかなであるが、体形ではあまり差がないと思っていたため、アクアに気づかれたことで疑問に思った。

 

 そのかなの疑問の言葉を聞いて、はぁ、と呆れたようにため息を吐いたアクアに少しイラっとしながらも彼の言い訳を聞いた。

 

「いや、抱いてれば分かるだろう。特にかなは抱き着くのが好きだからな」

「~~~~っ!?」

 

 一瞬で顔が紅潮するのが分かった。確かにかなは抱き着くのが好きだ。全身でアクアの温もりを感じられるのが好きだ。耳元で囁かれるのが好きだ。それが自分を見てくれている証拠であるようで。だから、基本的に快楽で酔っている最中はアクアに強く抱きつくことが多い。まさか、それで体形まで理解されているとは夢にも思っていなかった。アクアからすれば、甘いと言われるかもしれないが。

 

「だから、安心して食べろよ。もう少し太らないと逆に不健康だぞ」

「ふん! 分かったわよ!」

 

 気を使ってくれた嬉しさ半分、自分の体形を把握されているという恥ずかしさ半分でそっぽ向きながらかなはテーブルに座った。用意された料理からはおいしそうな匂いがする。この男、監督とやらの母親から料理を習ったというが、家庭料理という分類に入るはずなのに美味しいと言えるのが驚きだった。もっとも、家庭料理に飢えているかなにしてみれば、多少変な味でも嬉しいと思うかもしれないが、アクアの料理の腕前は今まで十分証明されていた。

 

 満足そうに食べているかなに安心したように微笑むとアクアも正面に座って自分用に用意した食事に手を付け始めていた。いつもはかなが先に帰宅して、それからアクアを招くから、もっと時間がかかるのだが、今日は合鍵を渡していたおかげで早い食事のタイミングとなった。

 

「それにしても、あんたの妹とメムについてくのやっぱり疲れるわ。ドルオタのモチベーション合わせられないわよ」

 

 食べながらの会話―――というか、かなの愚痴もいつものこと。アイドルをやる理由が根本的に異なる以上、不平不満は出てしまう。だが、それを直接ルビーやメムに聞かせられないかなとしてはアクアが唯一の発散場所になっていた。

 

「だろうな」

 

 ルビーのB小町のドルオタとしての熱意を知っているのだろう。アクアは苦笑でかなの愚痴に同意していた。

 

「はぁ、なんでアイドルやるなんて言っちゃったんだろう?」

「役者やるためだろう?」

 

 思わず口にしてしまった愚痴にアクアが不思議そうに答える。アクアの言うようにアイドルから女優というルートは不思議ではない。もっとも、かなの場合、元天才子役という肩書もあるので、天才子役⇒アイドル⇒女優という何とも不思議なルートになるのだが、天才子役⇒天才役者のルートが歩めなかった以上、間に何かを挟むのは仕方ないだろう。

 

「……そうなんだけどぉ」

 

 何ともルビーやメムの熱量を目にすると弱気になってしまう。果たして、本当に自分がアイドルなんかをやっていいのか? と疑問に思うのも仕方ない。だが、それをアクアは笑って切り捨てていた。

 

「まあ、目的のための手段と割り切るべきだな。少なくとも俺はかなはアイドルやって人気になると確信できるぐらいに可愛いと知っているぞ」

 

 平然と口説き文句のようなことを口にするアクア。もう何度言われたか分からない言葉。だが、何度言われても嬉しいと思ってしまう自分は、相当にやられているなと思う。

 

「―――知ってるわよ、バカ」

 

 何度も何度も睦事で囁かれた言葉。ルビーという顔のいい妹がすぐそばにいる環境の男から認められたなら、自覚せざるを得ない。だが、それを正直に言うには恥ずかしい。だから、口にできるのは憎まれ口だけだった。

 

 

 

 

 食欲の後は性欲。もっとも、そんなに簡単なものではないが、晩御飯を食べた後に少しまったりとして、先に来ていたアクアが掃除してくれたのだろう綺麗になった浴室でたっぷりのお湯につかり、その日の疲れを癒したところで、時間的には合鍵を渡した効果で、数時間は余裕がある。ならば、いつもは余裕がない中でも時間を使っていたベッドの上の行為に期待するな、というのは無理なもので、綺麗に自身の身体を拭き上げた後で、タオル一枚で洗い物をしているアクアの背後から近づいて誘ったのは仕方ないことだ、とかなは思った。

 

 もっとも、アクアも期待していなかったといえば、嘘になるのだろう。背後から抱き着かれた後に、すぐにエプロンを外して、かなを抱き上げたかと思うとすぐにベッドに移動したのは、あらかじめ予想していたからだろう。ベッドに運んで半ば期待通りに、あと半分は無理やりかなの唇を奪うとバスタオルを外して、期待通りの行動に移る。アクアのほうが綺麗にしていない? 几帳面なこの男が女の家に行く前に身支度していないということはなく、すでに身綺麗にしていたアクアはかなとの行為に溺れるのだった。

 

「ところで、黒川あかねとはどこまでいったのよ?」

「……今、ここで聞くことか?」

「満足した今しか聞けないから聞いているのよ」

 

 いつもの行為が終わった後のベッドの上、足をバタバタと遊ばせながらかなは気になっていた事をアクアに聞いた。素面の状態ではとても聞けない。聞いてしまえば、自らの嫉妬心やら脆い自尊心が壊れてしまう。だから、こうして愛された、と満足した一瞬を選択したのだ。

 

「はぁ……どうして、お前たちはほかの女の事を聞きたがるんだ?」

 

 かなからしてみれば心外である。こうして身体も許している男がほかの女に現を抜かしてるのを許しているだけで十分寛大なのだ。それが配信という形で全国に知らしめた相手となれば、その進捗を知りたいというのは十分予想される女心だろう。だが、そんなことよりも気になる単語があった。

 

「お前たちって、私以外に誰か黒川あかねの関係を聞いた女がいるの?」

 

 ここまで明確にしまった、という表情をした男というのをかなは初めて見た。もっとも、付き合う男もアクアが初めてなので、何とも言えないのだが。

 

「ふぅん、もしかして、メム?」

 

 かなとメムはお互いにアクアと関係があることを白状している。つまり、『今ガチ』関連でほかに言うとすれば、メム以外にはあり得ないと思ったのだが、アクアはなぜか頷くことなくそっぽ向いて顔を隠そうとした。

 

「あっ! メムじゃないのね!? えっ!? ……まさか、嘘でしょ!? アンタ!?」

 

 アクアの美点として嘘を言わないというのがある。それは双子の妹であるルビーが嘘が嫌いということが関係しているのかもしれない。妹が嫌うから言わないというのは相当のシスコンだな、と思うのだが、女好きのアクアが浮気について嘘が言えないというのは相当のデメリットになるのだが、未だにそれは頑なに守っている。だから、かなとしてはわかりやすいのだが。そして、『今ガチ』関係でメム以外にあかねの関係を気にする人物など一人しか思いつかなかった。

 

「鷲見ゆき―――こら! こっち向きなさいよ!」

 

 いよいよ隠し切れないと思ったのか、そっぽ向くアクアを無理やりこちらに向かせるが、相変わらず視線をこちらには向けない。罪悪感なのか、気まずさなのか分からないが、おそらくかなの碌でもない予想が的中していることは直感でわかった。

 

「はぁ、嘘でしょ? もしかして、『今ガチ』の番組の最中に口説いたとか言わないでしょうね?」

「……そんなこともあったかもな」

「この、バカちんが!」

 

 『今ガチ』配信当時に恋愛リアリティショーと銘打った番組の前で胸をときめかせた男女が真実を知った際には到底足りない憤りを代弁したように、ぺしん、と思わずアクアの頭をはたいてしまう。

 

「え? なに? あんたは『今ガチ』の番組の途中で、鷲見ゆきとメムを手籠めにして番組に出演してたの!?」

 

 かなの追及に何も言わないアクア。だが、それが明白な回答だった。アクアは基本的に嘘をつかない。それは妹のルビーが嘘が嫌いだから。あのぴえヨンとのコラボで、嘘は嫌だ、と言ったルビーからも分かる。だから、嘘つくタイミングで嘘を言えずに沈黙で雄弁にイエスと答える人間なのだ。

 

「今すぐ、『今ガチ』を楽しみにしていた視聴者に土下座で謝りなさいよ。ノブユキとケンゴは道化じゃない」

 

 何が恋愛リアリティショーだ。対象の女の子三人はアクアに口説かれており、裏ではすでに勝敗が決している八百長だったことが分かった。必死に口説き堕とそうとしていたノブユキは完全に決着のついている試合に挑んでいる道化に過ぎないことになってしまう。なお、ケンゴは元からやる気……というか、あまり恋愛的な絡みがなかったため、除外できる。

 

「まあ、その……ノブユキは受け身でケンゴはやる気がなかったから、俺とゆきで『今ガチ』をコントロールするしかなくて、そうこうしているうちに、な?」

「な? じゃないわよ! あんた、メムに年齢詐称でメンタル最強だな、って言ったみたいだけど、あんたの方が最強じゃない!?」

 

 もっとも、よくよく考えれば、並行で複数人と同時に女と関係をもって平然と愛を囁くような男なのだ。メンタルが弱い人間ができる所業ではないと思う。そして、バレた後も平然と続けられるメンタルも。この場合、それを許している女は度量が大きいのか、あるいは、それでも縋り付かないといけないほどの弱い女なのか、と考えるところがないとは言えないが。

 

「番組が無茶苦茶になるとか考えなかったの?」

「なるとは思わなかったな。あの配信は俺とゆきで回していたようなもんだから、俺たちが破綻しなければ問題なかったさ」

 

 何気に鷲見ゆきのことを名前で呼んでいるが、もうかなは気にしないことにした。そんなことを気にしていたらアクアの隣にはいられない。それよりも気になるのは、番組の成立に一応の勝算があることを確信していたことだ。何も考えず下半身に思考が直結しているんじゃないか? とも考えたのだが、さすがにそこまで考えなしではなかったようだ。

 

「かなは、番組が評価される方が好きだもんな。そのくらいは考えてる」

「……バカ、そんなんじゃないわよ」

 

 自分の事を理解してくれて嬉しいという気持ちも浮かんでくるが、照れ隠しのように誤魔化すと、何とか鷲見ゆきとの関係も気にしないようにして、結局一番聞きたかったことを聞くことにした。

 

「はぁ、『今ガチ』の件は、もういいわよ。それより、黒川あかねよ。どこまでいったのよ?」

 

 はっきり言えば、心の満足度は先ほどの鷲見ゆきの件で減ったような気がするが、このまま聞かないという方が気持ち悪いので諦めて聞いてみた。だが、アクアは意外にも困ったような表情をしていた。

 

「いや、そんな風に言われても期待しているようなことはないぞ」

「は? 私を初日で口説き落とした男が何言ってるのよ?」

 

 自分としてもそんな軽い女ではないと思っていたのだが、アクアにはであった初日で口説き落とされて喰われたのだ。その男が『今ガチ』が終って少し経つのに全く進展がないとは考えにくかった。

 

「そもそも、デートした回数だって、まだ一回だけだ」

「なら、その一回でホテルまで連れ込みなさいよ! 私がチョロい女みたいじゃない!?」

 

 かなの言葉に驚いたような表情をするアクア。その視線には、え? おまえ本気で言っている? と明白に語っていた。そして、アクアが驚いていることに言葉を失っているかなに苦笑するようにわらった後、口を開いた。

 

「まあ、かなは子供の頃に会った俺の事がずっと好きだったみたいだしな」

「はぁ!? そんなわけないじゃない! 私はただ……ただ―――」

 

 小さいころの演技が忘れられなくて、減っていく子役の仕事をやりながらそれでも星野アクアの名前がないかずっと探してて、脳裏にずっとちらついてただけ、と言おうとしたが、どう考えてもただの自爆であった。自分でも気づいていなかった感情に気づかされて恥ずかしさと一緒に頬が赤くなるのが分かる。アクアに目も合わせられなかった。

 

「まあ、あとかなが弱ってる所に付け込んだからか?」

 

 そう言われれば、確かに再会した時は、『今日あま』のひどい現場に呼ばれてて、久々の主演級の役なのに、と落ち込んでいたのは確かだ。それに、それまでは減っていく仕事に対して、マネージャーも家族も離れていって、一人で頑張らないと、と弱音を吐けずに気を張っていたことも確かであり、アクアを部屋に招いて、全部吐き出しながら甘えたのも確かであり、それを弱みに付け込まれた、といえばそうなるのかもしれない。

 

「―――悪い男ね」

 

 だが、それでも、付け込まれた結果は、決して不快なものではなく、それからもアクアに嵌っているのだから、自分のチョロさを恥ずかしく思い、苦笑しながらつける悪態は、せいぜいこの程度だった。

 

「ねぇ……」

 

 思わずアクアの腕を握る。不思議そうにかなのほうを見てくるアクア。

 

 かな自身でもよく分からなかった。おそらく、鷲見ゆきと黒川あかねのことを聞いたのが原因か、あるいは自分が溺れるきっかけを思い出してしまったのが原因か。先ほどまで満たされていると感じていた心が空っぽになっていた。

 

「甘えたくなってきちゃった。―――もう一回しよ?」

 

 分かっていた。自分の気持ちに気づいたからこそ、もう一度はダメになる。この星野アクアという甘い優しさに惹かれてしまう。溺れてしまう。今やっているアイドルという仕事も失ってしまうかもしれない。役者への道も完全に閉ざされるかもしれない。それでも、離れられないほど甘美な誘惑がそこにはあった。

 

 かなの言葉に対してアクアは優しく微笑んだあと、貪るように口づけし、かなは星野アクアという誘惑におぼれるのだった。

 

 

 




いつもより少し短めですが、かなちゃんの物語でした。前回の帰宅した後の話ですね。
最初からこの短編連作ってクズアクアくんに喰われる重曹ちゃんのお話だったので・・・とりあえず、甘く溺れるさまを書いてみました。次回からJIF参加編に戻ります。

原作の最新話(127)について『ネタバレありなので文字色白で書いてます。反転するとわかります』


衝撃の最新話。まさか、疫病神ちゃんがあんなキャラになるとは。見開きのでも、神様っぽいのは確定?
でも、一番の受けるところは重曹ちゃん卒業延期(笑 頼まれたら断れない有馬かなでした。
このまま卒業詐欺やりそうな気がします・・・15年の嘘の映画撮影編楽しみですね。


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