愛を探す愛久愛海   作:天凪

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ジャパンアイドルフェス編③

 

 

 

「いや~、マッサージもありがたいとは思ってるんだけど……その後に毎回ベッドに行ったら意味あるのかな?」

 

 裸で胸元まで身体を隠しながらメムは、となりで同じく上半身を起こしてペットボトルの水を飲むアクアにこれまで不思議に思っていたことについて聞いてみた。

 

「メムがえっちな声で喘ぐのが悪い」

「うぐ」

 

 最初は否定していた。そんなわけないよ、と。しかし、懐から取り出したアクアのスマホに録音されていた音声を再生されたところで否定ができなくなってしまった。これが本当に自分の声? と思ってしまうほどだった。

 

「だって、仕方ないじゃん! アクたんが上手なのが悪いんだよ! だいたい、なんでそんなに上手なの!?」

 

 本職にも負けていないと言いたくなったが、そもそも、本職のマッサージなど受けたことがないメムには言えなかったが、少なくともダンスの振り入れの練習で強張っていた身体は解されており、調子はよくなるのだから本職に負けてないと言ってもおかしくないだろう。

 

「まあ、ちょっと伝があって本職から教えてもらったんだ」

 

 曖昧に笑うアクア。

 

 あ、別の女に教えてもらったやつか、と思わず直感してしまう。ルビーがよく言っている。中学生時代は手あたり次第だった、と。その中には同年代だけではなく大人の女性も含まれており、そこで女の扱い方を覚えたに違いない、と。まさか、マッサージまで教えてもらっているとは思わなかったが、こうして自分をベッドでいいように鳴かせるぐらいには役立っているようだった。

 

「はぁ、役に立ってるからいいけど」

 

 自分以外に女の影が、と嫉妬するのがバカらしいのは分かっている。なにせ、自分の所属しているアイドルユニットに同じく関係を持つ女がいるのだから。しかも、メムよりも若い。いや、それ自体はどうでもよいのだが。昔で言うところのクリスマスケーキの年齢は超えている。遊んでいるとも言えないし、本気ともいえない。寂しいから、という何とも言えない理由で流されているような気もするが、心地よいのだから仕方ない。そう自分を納得させていた。

 

「あっ、そういえば忘れてた。アクたんに渡すものがあったんだ」

 

 かなの事と絡めて思い出したのは何とも言い難い気持ちになったものだが、アクアに渡すものがあったのは事実だ。なにも着ていないため、今まで隠していたシーツで前だけ隠しながら―――後ろは見えているかもしれないが、今更だと割り切った―――編集用のPCの袖机の引き出しに入れていた物を取り出した。

 

「はい、これ。アクたんにあげる」

「……鍵か?」

「そう、この家の合鍵だよ」

 

 摘まんでアクアの前に差し出したのは、メムの家の合鍵だった。珍しいものを見たような目でまじまじと合鍵を見つめるアクアをメムは不思議に思った。合鍵程度、アクアであれば貰いなれているものであると思っていたからだ。

 

「あれ? そんなに不思議かな? かなちゃんからは貰ってるんでしょう?」

「いや、何で知ってるんだよ?」

「え? かなちゃんが事務所で自慢してたから」

 

 はぁ、まったくあいつは、と呆れたように言うアクア。だが、メムとしてはかなの自慢したくなる気持ちは分かるような気がしていた。言うまでもなく、自分たちとアクアの関係は秘密の関係だ。どこからもバレてはいけない関係だ。だからこそ、言い合えるのは身内だけとなる。しかも、同じ相手と関係を持つメムは一番自慢しやすい相手だろう。マウントというレベルではないが、その日あったことを告げてくるのだ。

 

 別に嫌な気はしない。かなの自慢話に共感できる部分もあるのだから。だが、合鍵を渡して帰宅前にいろいろとかなのために準備してくれるというのは、いいなぁ、と思ってしまったのも事実だった。だからこそ、この鍵を用意したのだが。

 

「まさか、事務所で俺のこと話してるのか?」

「事務所以外では話せないでしょ? ルビーも時々混じって仲良く話してるよ?」

 

 絶望に突き落とされたような感じで珍しいことにアクアが落ち込んでいた。まあ、そんな表情になるのも分かる。二股している男が、相手にしている女が同じ男の話で盛り上がっているのだ。なんの冗談だ、と思っても仕方ないだろう。お互いに割り切っているためか、アクアと一緒の時の行為を自慢しあっても、次に機会があれば、自分もしてもらおうと考えるのだから、関係性は悪くないのだろう。これが、アクアの愛は自分だけのものだ、と考える女がいれば修羅場だっただろうが。もっとも、冷静になれば、そちらの方が多いと思うのだが、どうやら少しメムは自分は芸能界という特殊な業界に毒されたようだ、と思った。

 

「だから、はい、これ」

「いや……まあ、受け取るが……」

 

 そう言いながら、ベッドの隣に置いていたバッグからキーケースを取り出し、いくつか並んでいる鍵の中の一つにメムの家の鍵を追加していた。

 

「あ~、これでアクたんに動画編集とかお願いできるね」

「いや、今までのはお手伝いのレベルだったが、正式に依頼するんだったら作業料ぐらいは欲しいぞ」

「え? まあ、アクたんのレベルだったら、確かに払ってもいいけど……愛人割引ぐらいは欲しいな~」

 

 最初は恋人と言おうとしたが、残念ながら、その場合、メムは犯罪者だ。未成年、深夜、連れ込みというトリプル役満でも言い訳ができないレベルなのだ。だから、ややぼかして愛人を自称してみた。

 

「愛人はやめろ。外聞が悪い。身内価格ぐらいにはしておいてやるから」

「やった!」

 

 言ってみるものだ、とメムは思った。メムのチャンネルはまだまだ外部の人間に編集を任せられるほどではないが、一人で作業するのはややつらい、というレベルであり、ここでの予算は削られるところは削りたいというのが本音だった。もっとも、その代価がメム自身の身体であることに変わりはないのだが。

 

「あっ、鍵はあげるけど、撮影部屋には入らないでね」

「分かっている。万が一があるからな」

 

 身内扱いしておきながら、入室できない部屋があるのはどうかと思ったが、そのあたりはアクアも分かってくれているようだった。

 

「そうそう、万が一、配信切り忘れで、アクたんが部屋に入ってきたら事故ってレベルじゃないからね」

「そこから、生配信が終わったメムにあすなろ抱きしたり?」

 

 アクアに言われて一瞬、想像してみる。配信が終わった後に、「アクたん終わったよ~」と告げて、部屋に入ってきたアクアが、メムをあすなろ抱きして、キスするシーンが配信忘れで、視聴者に見せつけられた場合を。想像だけだというのに冷や汗が止まらず、乾いた笑みしか浮かべられなかった。

 

「はっはっはっ! ……もう、ぺんぺん草も生えない事態になるだろうね」

 

 今のところ、アクアはあかねと付き合っていることになっているのだ。それが、実は裏ではメムと付き合って、家に招くような間柄でした、しかも、今度アイドルとしてデビューします、となれば、三倍役満というどころのレベルではない。メムのチャンネルは炎上したうえに何も残らない焼け野原になってしまうだろう。

 

「そういえば、鏑木さんからメムに何か連絡がなかったか?」

「へ? アクたんも鏑木さんから聞いたの?」

 

 意外な組み合わせか? と思ったが、『今ガチ』に出演したのはアクアも同じなのだ。そして、苺プロに所属していることは知っているはずだ。そうなれば、連絡がいってもおかしくはない。そこまで鏑木がメムのグループであるB小町に固執する意味は分からないが。

 

「そうそう、鏑木さんからB小町に所属したことを知って、ジャパンアイドルフェスにねじ込んでくれるって話が来たんだよね」

 

 ジャパンアイドルフェス、と小さくアクアがつぶやく。そこには訝し気に思っている色が含まれていた。

 

「なんで、鏑木さんは私たちみたいなデビュー未満のアイドルを呼んだんだろうね?」

 

 確かにジャパンアイドルフェスは地下アイドルも含めて多数のアイドルが呼ばれるフェスだ。捻じ込むという表現をしていたが、当然、地下アイドルも含まれるということは様々な事情からキャンセルするグループもいるだろうから、1グループをこのひと月前という時間で参加させることができないとは思っていない。

 

 だが、再結成されたB小町は、まだデビューもしていないアイドル未満といっていいほどのグループである。ただし、B小町には十数年前に殺された人気絶頂だったアイが所属していたグループということもあり、『B小町』のグループ名だけで世代だった年代の客層を呼べるかも、という読みがあることは理解できる。あとは、メム自身の知名度である。チャンネル登録が37万を超えるインフルエンサーがアイドルになった。発表した当時は生放送でも色々聞かれたものである。その1%が冷やかし半分で来たとしても3000人が堅いとなれば、B小町の知名度と合わせて、呼ぶには十分すぎる。さらに、知名度だけで言えば、有馬かなも元天才子役として名前は売れており、こちらもアイドルデビューとなれば、いろいろと憶測が飛び交っている。

 

 そんな予想はできるが、ただそれだけでどんな結果になるか分からないアイドルを呼ぶ理由にはならないだろう、とメムは怪訝な顔をしていたのだが、不思議そうなものを見るような表情をしながらアクアが口を開いた。

 

「メムは知らないのか? 鏑木さんは面食いで有名だぞ。つまり、三人とも顔がいいからだろうな」

「うぇ!? そうなの!?」

 

 インターネットテレビと配信業の差であろう。そこまで鏑木についてメムは知らなかった。『今ガチ』もあくまで自分の分野ではないところの露出を増やしてチャンネル登録数を増やせれば、と思っただけだったので、そこまで調べていなかったのだ。

 

 ただ、言われてみれば『今ガチ』の出演者たちは全員顔立ちは整っていた。てっきり恋愛リアリティショーとはそういうものだ、と思っていたのであまり気にしなかったのだが、プロデューサーのそういう趣味だ、と言われれば、なるほど確かにと頷くことはできる。

 

「え? じゃあ、私もその部類に入っているってこと!?」

「『今ガチ』に出演しておいて、今さら何を言ってるんだ?」

「てっきり色物枠かと……」

 

 芸能界という中でユーチューバーという色物の職業なだけあって、あの中で賑やかし要員を求められているものかと思っていた。しかし、今のアクアの説明を聞く限りでは、どうやら、顔の良さも込みのようだ。

 

「いや、普通にメムは可愛いと思うぞ」

 

 その顔で、当然のことを言うように平然と事実を口にするような感じで突然言わないでほしい、とメムは思った。心臓に悪すぎる。いきなりのストレートな誉め言葉に年甲斐もなく照れてしまう。もっとも、経験値だけで言えば、アクアと比べると、かなり低いのだが。ルビーに言わせれば、比べる対象が間違っているといわれるかもしれない。だから、せめてもの意趣返しに年上らしくできるだけ妖艶めいた笑みを浮かべる。

 

「そうなんだ。だったら、アクたんが証明してくれる?」

 

 ああ、茶番だ。映画やドラマの中でしかないような言葉のやり取り。おそらく普通の恋人関係ではないやり取りだろう。だが、それが楽しい。所詮、今の環境は泡沫の関係と理解している。アクアもメムが言わんとしていることは分かっているのだろう。

 

 ゆっくりと身体を近づけてくると、その整った顔立ちで意地が悪そうに微笑みながら口にした。

 

「ああ、証明してやるさ。メムが望む限りな」

 

 アクアに押し倒されるままに身体をゆだねるようにして目をつむった。快楽の夜はまだまだ続きそうだった。

 

 

 

 ※  ※  ※

 

 

 

 ルビーは、カラオケボックスでメムと激闘を繰り広げていた。お題は歌唱力。お互いに交互に歌い合って、その点数を競うという戦いだ。その戦いはほぼ拮抗していた。仮にそれが少なくとも8割は評価されるほどの歌声であれば、熱戦といえるのだろうが、残念ながら5割程度となれば、底辺の争いとしか言えなかった。

 

 さて、そんな争いをしている理由は、突然、メムから伝えられたB小町のジャパンアイドルフェスへのお誘いからだ。『今ガチ』のプロデューサーである鏑木から捻じ込んでもらえるということで、お誘いが来たことが発端だ。

 

 ルビーとメムは、参加に賛成したが、かなだけが難色を示した。最終的にはアイドルのお仕事として納得したが。そして、正式にデビューするにあたって出てきた問題。誰が、このアイドルグループのセンターを務めるか? という問題だ。今までは、ダンスの振り入れなどの練習を優先していたため、明確に決めていなかったが、これから急ピッチでフェスに参加するためにアイドルの体裁を整える上では必要となった。ゆえに、誰がセンターか? 問題が勃発した。

 

 かなは、早々に離脱。過去の自分の売れなかったことを思い出して、トラウマを勝手にえぐられたのか、一人で落ち込んでいた。

 

 よって、ルビーとメムが残り、どちらがセンターをやるか? という問題で、雌雄を決するためにカラオケで競い合っていたのだが、どちらも50点近い点数でうろちょろし、明確な勝ち負けを決することができず、はや3時間近く時間が経とうとしていた。途中から、どちらかというとカラオケを普通に楽しんでいたような気もするが。

 

「はぁ~、歌った、歌った。少し休憩しようか?」

「そうだね。ここら辺で、何か軽い曲……」

 

 でも歌おうか、と言いかけた二人のスマホにB小町のグループにメッセージが来た音が鳴った。

 

「あ、かなちゃん、もうここに来てるって。部屋番どこ? だって」

「よかった~、先輩もやっぱりセンターは気になるんだね」

 

 もしかしたら、無理やりアイドルに誘ったため、興味がなく、このセンター争いにも興味がないかと、内心冷や冷やしたものだが、さすがに自分のグループのセンターぐらいは気にしてくれるようだった。

 

「あ、アクたんも一緒だって」

「お兄ちゃんが……?」

 

 ルビーは怪訝に思った。少なくとも、この話をする直前は、アクアはいなかったはずだ。だが、それがかなと一緒に来ている。何かひどく嫌な予感がした。そして、この嫌な予感は残念ながらよく当たるのだ。

 

「来たわよ。どっちがセンターか決まったの?」

 

 部屋の番号を伝えてちょっとすると、カラオケボックスの部屋の入り口を開けて入ってきたのは一人で事務所に残っていたはずの有馬かなだった。事務所から出る直前は、膝を抱えて落ち込んでいたのだが、今はニコニコと笑顔で、どちらがセンターに決まったか? と尋ねてくる。その後ろからのっそりとアクアもいつものように胡散臭い笑みを浮かべながら同行していた。

 

「先輩! 来てくれ―――」

 

 たんだ、と続けようとして近づいたところ、不意にかなから香る匂いに気づいた。そして、かなの服装を確認する。少なくとも、ルビーたちが事務所から出てくる直前と変わっているところはないように見える。だが、そうだとしても、この短い時間でかなが何をやっていたかは、その髪と身体から香る匂いが雄弁に語っていた。だから、抱き着こうとした予定を急遽変更して、肩をつかんでかなを正面からルビーは見据えてた。

 

「な、なによ?」

 

 その真面目なルビーの表情に怖気づいたような、戸惑ったような声で尋ねるかな。

 

「先輩、もう細かいところは、気にしないことにするから、一つだけ聞かせて」

 

 ゴクリとかながルビーの真剣さを感じ取って唾をのむ。メムは突然のルビーの豹変ぶりにおろおろとするしかない。そして、真正面から見据えたルビーがかなに聞きたかったことを口にした。

 

「事務所でやってないよね?」

 

 ……という感じで謎の沈黙がかな、メム、アクアの間を支配した。ただ、ルビーは真面目で、その言葉の意味を理解するのに数瞬だけ時間を必要としていた。そして、そのルビーの問いを理解したかなは、あっ、と何かに気づいたように狼狽えた後、ルビーから視線を外して答えた。

 

「い、言ってる意味が分からないわ」

 

 ―――あ、こいつ惚ける気だ。

 

 ルビーとメムの心境が一致した。もっとも、さすがに直球過ぎたか、とルビーも反省する。さすがに開き直って、堂々と答えられても困るというのも事実だからだ。だから、推理を披露する探偵のようにルビーは逃げられない事実を突きつけることにした。

 

「あのね、先輩が使ったと思うシャンプーとボディソープって家でやった後に女の子にアクアが使わせるやつで、特徴的な香りがあるんだよね」

 

 その言葉で、ばっ、とかながアクアを振り返るが、アクアは、それが何か? という表情で平然としていた。このあたりはこの手の追及に慣れているやり手特有の物だろう。そして、知らなかったかなはご愁傷様である。

 

 なお、このシャンプーとボディーソープは生前のアイ(ママ)が好んで使っていたもので、女性用としてそこそこ高級品である。女誑しで、複数人と同時に関係を持つ外道で、マザコンなのがアクアである。なお、中学生の頃、日替わりで異なる女の子からその香りがしたときは絶望したものである。ルビーからしてみれば、それはある種のマーキングのようなものである。

 

 そして、その証拠をルビーが提示した瞬間にかなはあわあわと慌て始めた。当たり前だ、当人の妹から追及されたのだから平然とされても困る。

 

「だ、大丈夫よ! 事務所じゃなくて、アクアの部屋だったから」

「いや、かなちゃん、情事の場所が事務所だったら、私たち、明日からどんな気持ちで、事務所使えばいいの?」

 

 呆れたように口にするメムと、結局やることはやってこの場にいることがバレて気まずく、俯くかな。ルビーは、ぎりぎりでアクアが場所を移したのだと思っている。少なくともそういう致命的なところは避ける兄であることは知っているから。もっとも、ルビーとしては過去の歌が売れなかったトラウマから落ち込んだ状態のかなのメンタルを回復させて、このセンター争いの場に連れてきただけでも御の字だとは思っている。方法については考えないことにする。

 

「し、仕方ないじゃない。あんたらを見送った後にアクアが現れて、そこから慰められているうちに盛り上がっちゃったんだから」

「それ、仕方ないっていうの?」

 

 かなの言い訳ともいえない言葉にルビーは諦めたようにため息を吐く。かなも分かっているのか、顔を赤くして俯いていた。ルビー、かな、メムの間に言葉がなくなってしまう。

 

 さて、そんな渦の中心にある意味いるアクアだが、ルビー、かな、メムを見渡すと呆れたように言葉を口にしていた。

 

「アイドルグループが交わす話題じゃねぇな」

「「「誰が言わせてるの!?」」」

 

 少なくとも三人の心が一つになった瞬間だった。だが、幸いなことにその言葉が仕切り直しとなった。フリードリンクから入手したであろうウーロン茶の入ったコップを手にソファーに座り、改めてかながルビーとメムに確認する。

 

「それで、ちょっと話題が逸れたけど、センター決まったの?」

 

 その問いに、ルビーとメムは顔を見合わせる。底辺の争いをしており、どちらが? という決定打がないからだ。だが、ここには幸いなことに第三者が現れた。ならば、その判断に委ねることは悪いことではないだろう。むしろ、センターを望んでいないメンバーに託そうと思った。それは、メムにも通じたのか、うん、とルビーの思考を読んだように、うん、と頷いた。

 

「ちょっと、問題があって、決まってないの。だから、先輩が判断して、どっちがセンターに相応しいか!」

「そうだね、かなちゃんの公正な判断を尊重するよ!」

 

 二人の主張に目を丸くするかな。もう決まっていたと思っていたのだろう。二人で決めて、と言っていたのも気にしていたのかもしれない。だから、改めて二人から依頼されたことに驚いていた。だが、一瞬驚いたような表情をした後は、面白いものを見たように表情を緩めて、足を組んで値踏みするようにルビーとかなを見た。

 

「へ~、そこまで言うなら、二人の歌声聞かせてもらおうじゃない」

 

 それは挑戦者を見つめる強者のようでもあった。もっとも、目の前の二人は圧倒的な弱者であるのだが。だが、判断してほしいと依頼したのはルビーとメムだ。だから、覚悟を決めて、それぞれ歌う歌を手元のリモコンから入力した。

 

 最初はルビーだった。興味深げな笑みを浮かべられるのは最初の一小節だけだった。以降は、嘘でしょ? というような表情を浮かべて、一曲披露したルビーを驚愕の表情で満足げに歌い上げたルビーを見つめていた。なお、点数は46点だった。

 

 次は、メム。彼女の歌を聞くときはさすがに次は大丈夫だろう、と油断したのだろう。やはり真面目に聞けたのは最初の一小節だけだった。ルビーの分だけ驚愕が上乗せされたのか、次に浮かべたのは驚愕ではなく、呆然だった。そして、彼女たちが言っていた『問題』に気づいたのだった。メムが歌い上げるまで、その呆然とした表情で聞き、最後に表示された54点を虚無の表情で見つめていた。

 

「先輩! どうどう? どっちがセンターに相応しいかな?」

「かなちゃんの判断に従うけど、やっぱり音痴よりヘタウマのほうがましだと思わないかな?」

 

 ルビーとメムに詰め寄られるかな。だが、あいにく彼女はあまりの事態に震えていた。

 

「あぁ! アンタたちは、なんでこの歌唱力でアイドルやろうと思ったの!? 顔の良さにかまけていたのがよく分かるわ!」

「辛辣ぅ~」

 

 そうルビーはいうものの、かなの主張は分かる。お互いに下手なのは違いはないのだから。

 

「……かなが手本を見せてやったらどうだ?」

「は? 何言ってるの?」

 

 アクアが不意に横から口を出した。まるで、かなの歌唱力を分かっているような口ぶりだった。

 

「持ち歌で、これならいけるだろう」

 

 勝手にリモコンを操作して曲を入れる。そして、ルビーが持っていたマイクをかなに渡して、センターへと送り出す。カラオケのモニターに表示された曲名は『Full Moon…!』であり、歌手は『有馬かな』だった。

 

「「えぇぇ!?」」

「あ、あんた! 後で覚えておきなさいよ!」

 

 イントロが流れてすぐに歌となっていた。不意打ちのような形だったが、かなとて、歌いなれているのだろう。突然、流れたカラオケに対応するようにすぐに歌う態度になり、実際に歌唱の部分になると歌い始めた。その歌はルビーやメムは比べるのも烏滸がましいほどであり、この瞬間にセンターが決まったといってもおかしくないだろう。

 

 時間にして5分とちょっと。歌い上げたかなは満足げにマイクを下すと改めてアクアをにらみつけていた。なお、その後に表示された点数は98点であり、もはやセンターが誰か、という論争は覆しようがなかった。

 

「う~ん、これはかなちゃんで確定だよね?」

「先輩! お願い!」

 

 ジャパンアイドルフェスはB小町にとってもデビューとなる記念すべきイベントだ。ならば、最善とするべきだ、というのはルビーも分かっている。だから、かなにはセンターをやってほしい。だが、肝心のかなが乗り気ではない。いろいろと説得しようとルビーとメムが口にするが、かなは過去が気になるのか、なかなか首を縦に振ろうとはしなかった。だから、最後は結局、いやだと思いながらもこの男に頼るしかなかった。

 

「別に、JIFだけかながセンターでいいんじゃね? そこから先は特訓なりで改善が見られたら交代してもいいだろう」

「まあ、イベントでのセンターだから、改めて楽曲の場合は交代してもいいかもね」

 

 結局、今のB小町は過去のB小町の曲を使うしかないのだ。オリジナルでない限り、センターを交代して行うのもありといえばありだろう。結局、そこが着地点だろう。もしも、ルビーかメムが歌唱力の向上が見られた際にはかなからセンターを交代する。それを条件にJIFではかながセンターとすることを納得してもらった。

 

「そういえば、私たちはそれぞれ歌ったんだから、アクたんも歌ってもいいよね?」

 

 メムの言葉でアクアに注目が集まった。その視線を受けてキョトンとした表情をするアクア。当たり前だ。この場は、あくまでもJIFのセンターを決める争い(?)であり、アクアは関係ないのだから。だが、それが一段落した以上、アクアの歌唱力を知りたいというのは、無駄な好奇心とは言えないだろう。なにより、カラオケボックスは人数課金だ。ならば、一曲も歌わず退出するのはもったいないというのは分かる。だが、アクアはおまけだ。だから、ルビーは余興としてアクアに要望した。

 

「あ! お兄ちゃん! あれやってよ!」

「あれか? ……本当にいいのか?」

 

 双子のやり取りに不可解な表情をするかなとメム。双子特有の共感性によるものだ。その表情をするのも仕方ない。ニコニコと笑って承諾するルビーとその表情を見て仕方ないと諦めたアクア。マイクを手に持つとリモコンから歌う曲の番号を入力する。カラオケのモニタに表示された曲名は、B小町の『サインはB』という大ヒットソング。しかも、それをキー操作なしで、曲に挑むアクア。ちゃんと歌えるのだろうか? という疑問は、最初の一小節で霧散した。

 

 アイドル用の高い声に合わせてきた歌声、さらにお立ち台に立ち、振り付けも完璧だった。完全に学友同士のネタ曲に近い装いなのだが、今この場にいるのが新生B小町となれば話は別だった。一体、なにを見せられているんだ? という表情になる。ルビーだけは、なぜかタンバリンを打ち鳴らしていたが。

 

 結局、最後まで歌い上げたアクアとそれに興奮してタンバリンを振り鳴らすルビー。その二人を見ながらかなは思わず虚無の表情で呟いた。なお、点数は93点だった。

 

「もう、あんたがルビーの代わりにマリンちゃんでセンターやったら?」

 

 アクアの歌声を聞いたかなが、はぁ、と溜息を吐きながら言う。そして、それにコクコクと頷くメム。彼女の脳内でも女装したアクアがセンターで歌い上げるJIFの舞台が想像できたのだろう。しかも、それがしっくりくるのが質が悪い。思わず賛成してしまうほどには似合っていた。それに慌てたのはルビーだった。

 

「藪蛇だった!? B小町が乗っ取られる!?」

「いや、やらねぇから」

 

 冗談と分かっていながら、反対するルビー。だが、女装したアクアと左右を固めるかなとメムのB小町を想像したところで違和感がないのが問題だ。ただし、その場合は、肉体関係のある関係者同士のアイドルグループという地獄のような状態になるのだが。

 

 結局、色々と紛糾したのだが、最後にはセンターはかなが担当することで穏当に落ち着くことになる。マリンちゃんの出番がなかったことにこっそりと安堵のため息を吐くルビーであった。

 

 

 





「マリンちゃんセンター」の一文のために頑張りました。
女装アクアのアイドルデビューが見てみたいですね。

なお、本編のアクアが歌がうまい理由は中学生のデートがカラオケが多かったからで、歌った時に下手だったら幻滅されるからでした。

感想などありましたら、いただけると非常にしいです。
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