若葉睦と夏祭りに行くだけのお話

1 / 1
花火は空に打ち上がって行くときと散り際が一番綺麗


花火と一緒に散ってしまえ

 お家柄の付き合い、ということで親に付いて昔から色々な人と接してきた。でも、覚えてる人はそう多くない。多分、僕と合わないから。

 顔を見ずに一番最初に名前が出てくるのは睦、若葉睦。

 肩先まで伸ばしたブロンド色の髪が目立つ、無口な彼女。睦の親と僕の親が同級生だとかで家族で一緒に旅行とか、何度か行ったことがある。接した回数も人一倍多いし、僕も口数が多いわけじゃないから、一緒にいて悪い気はしない。

 かくいう今日も、親に言われたから二人で夏祭りに行く。甚平と下駄で無駄に着飾って、荷物も財布とスマホが入った肩掛けだけ。待ち合わせの5時5分前には睦の家の門の前についた。ここまで、俺の意思は何一つない。

 

「お待たせ、伊織(いおり)

 

 5時のチャイムがなると同時に睦は門からでてきた。

 古風な金魚柄が目立つ淡い青の浴衣に身を包んで、髪はシンプルに後ろで纏めて玉簪で一挿し。夕焼けを背にこちらを見つめるその姿の奥ゆかしさにほんの数秒、見惚れてしまった。

 

「大丈夫?」

「大丈夫。似合ってるね」

「ありがとう。行こ」

 

 箇条書きの交換ノートのような会話を交わし、近くの会場に歩を向けた。歩を進める度にチリンチリンと音を鳴らす巾着についている金鈴。どこか風情があって心地よい。

 

「人、すごく多い」

「ホントだね」

 

 歩いて十数分で会場には着いた。目玉の打ち上げ花火まではまだ時間があるというのに、目の前の通りには親子連れやカップルでごった返し。両側に屋台が並び立ち、これが夏の風物詩という光景なのだが、想像以上に人が多くて思わず脚を引いてしまう。

 

「とりあえず何か食べる?」

「伊織は何を食べればいいと思う?」

「この前本で見たのなんだけど、リンゴ飴?とかどうかな」

「じゃあ、リンゴ飴食べたい」

「分かった。探そっか」

 

 睦の要望通り、リンゴ飴の屋台を探してみる。とは言え、人生初の夏祭り。どこに何があるかなんて見当も付かない。通りに入ってみるも、加えて進んでいるのか戻されているのか分からない人の波に飲まれている。視界に睦を捉えているだけで精一杯な状況。そのまま流され、脱出できたのは入ってきたのとは真逆の場所。この先にもいくつか同じような通りがあって、その全体が会場になっているみたい。屋台の見取り図なんてあればいいんだけど、そんなものはないらしい。

 

「……リンゴ飴」

「やっぱり気になる?」

「この写真、美味しそう」

 

 細道に逸れ、どうしようか悩んでいるときに睦に見せられたスマホの画面。表示されていたのは近くで有名な店のリンゴ飴の画像で、ちょうどこの夏祭りに出店しているみたいだった。

 

「ちょっと歩くかもしれないけど、このリンゴ飴探す?」

「うん」

 

 それじゃ、ということで再度人の波に身を乗せた。

 はぐれないように、それでいて屋台を探していく。普段使わない神経まで総動員して、二つのタスクを同時に並行に処理する。飲まれ流され耐えきれず、行き着く先には人集り。二度目三度目と休憩を挟む頃には僕も睦も少しだけ息が上がっていて。でも頭の中には諦めの文字はなくて、また挑戦してみる。どこか意地を張っていた風にも感じるぐらいに。

 

「あれ、かな」

「お店の名前、同じ」

 

 ようやく見つけた屋台。残るリンゴ飴はちょうど二人分。息を切らしながらその場で即購入して、初めての買物が出来た。

 目的のリンゴ飴が買えたものの、この後どうしようかと悩んでみる。花火の時間まで残すところあと30分程度。僕がお祖母様に教えて貰った花火がよく見える神社まではここから歩いて十数分。

 

「あとは何かいる?」

「あそこのお面とラムネ」

 

 リンゴ飴片手に指差す先にはお面と飲み物を並べている屋台があった。無論、そこでも即購入。睦の要望通りに瓶ラムネとお揃いの狐の目鬘を一つずつ。

 それからは花火を見るために神社へ向かった。小高い丘の上にあって、知ってる人も少なくない。けれど、階段が急だからって言う理由で行く人が少ないんだとか。

 

「足、痛くない?」

「うん、痛くない」

「後もう少しだよ」

 

 頂上に着くと、お祖母様の言うとおり僕たち以外に人はいない。境内の前に設置してあるベンチに陣取り、といっても二人だけ。少ない荷物を置いて腰を休めた。

 息をつき、喉が渇いたとラムネを手に取る。月光で綺麗に光る瓶を眺めながら、隣に座る睦に視線を向ける。何を思っていたか、睦もラムネを手に取っている。

 

「ラムネ、飲む?」

「喉渇いたから」

「開け方、分かる?」

「ううん、分からない」

 

 聞いた手前、分からないとは言えない。開け方は知ってはいるけど、動画で見ただけ。キャップについている玉押しを外して、そのままビー玉の上から力を込める。ポンっという音共に二酸化炭素が抜けた事を知らせる白煙。すぐに消えて、そのまま睦に差し出した。

 

「いいの?」

「いいよ。僕はまた開けるから」

 

 同じ手順で開けて、渇いた喉にラムネを流し込む。久しぶりに飲んだ炭酸。刺激が強すぎて噎せそうになる。でも、これがいいんだと思う。月光を当てると今度はビー玉が綺麗に光る。家の中では見ようとも思わない光景。普通の生活をしている人が少し羨ましく感じる。

 

「伊織」

「なに、睦」

「リンゴ飴、食べよ」

 

 言われて思い出したリンゴ飴。包み紙を剥ぎ取り、直で見る飴に包まれたリンゴ。飴の膜には気泡がなく、棒が少し湿っている。実物を見るのは初めてで、ちょっとした芸術品と思ってみたり。勿体ないと思いつつも、薄いところを口にしてみる。もう一口食べたくなるようなほどよい甘さ。そのままリンゴの方にもかぶりついてみた。ガリッと音を立てながらの一口。家でこんなことしたら絶対怒られる。

 

「美味しい」

「うん、美味しい」

 

 ふと出た言葉に隣の睦が相槌を打つ。睦もかぶりついていて、口の端に飴の破片が付いている。それなりに睦と長くいたつもりだけど、こんな睦は初めて見た。

 

「顔、変?」

「ううん、口元に飴が付いてるよって」

「それを言うなら伊織も」

 

 どうやら人に言えた口じゃないらしい。

 

 半分ほど食べ進めた時、花火が始まるアナウンスが聞こえた。その数秒後、夜空に打ち上がる一筋の線。ある一定の高さに到達すると、爆音を伴って綺麗に散る。リズムを変え、色も大きさも変え、打ち上げては散っていく。

 この目で初めて見た打ち上げ花火。華の散り際が美しいように、花火の散り際も美しい。ずっと、この場で見ていたい。

 

「伊織は、夏祭り、私と来て楽しかった?」

「楽しかったよ。お祖母様にここのことも教えてもらえたし」

 

 親に言われて来たにしては楽しかった、気がする。とはいえ、こういった経験が無いに等しいから比較対象が少ないのが残念でもある。

 

「今日、私が行きたいって言ったの」

「そう、なんだ」

「そう。伊織と二人で行きたいって言ったの」

 

 花火の音に混じっての突然の告白。ちょっとした、いや結構な驚き。僕と一緒で、親の言うことばかり聞いていた睦が自分で行きたい、ましてや僕と二人で行きたいだなんて言っていたことに。

 

「どうして僕だったの?」

「……わからない。でも、伊織じゃなきゃダメだった」

 

 残ったラムネを片手に聞いてみた。答えは案の定わからない。僕が睦の立場だったとしてもわからないって答えてたと思うし、睦じゃなきゃダメだったって言ったと思う。

 でも、一つだけ分かる事がある。睦は僕と一緒に親の言うことだけを聞いていた頃とは変わったってこと。

 

「来年は僕から誘うよ」

 

 なら僕も変わろう。親に言われたからじゃなくて、僕が会いたいからで睦に会いに行こう。これが俗に言う思春期、反抗期ってやつだろうか。親に反論するのは気が引けるけど、そんな不安も花火と一緒に散ってしまえ。

 

「……うん、待ってる」

 

 返事をしてくれた睦の表情がいつもより柔らかく感じた。頬が少し赤らんで見えたのはきっと花火のせいなんだろう。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。