※数年前にSNSに上げていた小説を再投稿。やや修正を加えています。
雨脚が烈しくなるにつれ、外で不規則にポロンポロンと鳴っていた、マリンバのような音は聴こえなくなった。錆びて穴の空いた雨樋から、雨水の滝のように落ちる音だけが耳について離れなかった。マリンバの正体はおそらく、庭に雨ざらしのまま放置されている金属のお椀だろう。野良猫のエサ用に丁度よかったのだ。もう六、七年ほど前なのだが、自宅によく来るのが一匹いた。灰トラだが家族はみな「クロ」と呼んだ。「クロ」は野良猫がやるように、出没から数週間かは私たちを警戒し、無害だと分かると私たちに甘えるようになった。エサをやるのは主に私か母のどちらかであった。住宅街の外れに傾斜の緩やかな藪があり、そこが野良猫たちの棲家になっているらしい。野良猫に関して近所の自治会長はこう言っている「ノラがこうも多いと困るね。夜な夜な鳴き声がするし、去勢に手間がかかるしで、可愛げもへったくれもない」。「クロ」は済んでいた。たしか家に寄り付いたのち、手術を施したのだ。
学校が退けて帰宅する夕方ごろに、エサをやるような習慣になっていた。ただ疲れているときや、エサが切れているときは無視して玄関の戸を閉めた。そのたび野良猫はエサのないことに怒り、戸のまえに居座って口やかましく鳴き続けたが、鳴き声はあるときスン、と止むのだった。ブリキのお椀にエサを載せ、地に置くや否や、待ちかねたように「クロ」はお椀にがっついた。クチャクチャ音を立てながら、野良猫は一心に喰らうのだった。鼠色のところどころ毛の抜けた背が、早い呼吸のためにヒクヒクと痙攣しているようにみえる。尻尾は間断なくコンクリートの地面をさすっている。私はそのひ弱な、痩せた野良猫の背を眺めるのに一種の愉しみを覚えていた。
「クロ」に触発された一家は動物の話題が増えた。主に父が最初に話題に出し始め、やがて一家全員に伝播してゆくような形だった。そして話題はやがてペットを飼うことについてというところに変遷していった。犬、鳥……魚、あるいは虫あるいは花、とそれを飼っている自分たちの暮らしの楽観的な想像を、父が語り、姉が語り、母や僕やまだ年端もない弟が、なんとなくそれに同調していたのだが、猫については全く俎上に置かれなかった。あの痩せさらばえた「クロ」の姿に憐れみもまた感じていた私は、父と母がいる前で「クロ」を飼い猫にしないかと提案した。父はたしなめるように言った「お前は分かってないね、クロにはクロの生活がある。人間にご飯は貰えるんだし、広い世界でのびのびと過ごせるんだから、アレで幸せなんだよ」と。口調に棘はなかったが、目は明らかにこちらに対して嫌悪を示していた。他方母は、怯えるようにこちらに視線を送っていた。私はそこで、一家に暗黙のうちに敷かれていた緘口令を破ってしまったのだと気づいたのであった。
あるとき、学校から帰ると私よりさきに母が「クロ」にエサをやっていたことがあった。「なんとなく外に出たら、庭にいたもんだからね」とのこと。庭の隅で屈んでいる母と「クロ」を見下ろした。「クロ」は寄ってきた足音が私だとわかるなりこちらへの関心を無くし、またエサに集中するのだった。
私は件の話題について母に訊いてみた。母はこう言った。「私もかわいそうだと思うからねえ。去勢を頼んだのも私だし、エサの管理も私がしてるし、すごく愛着あるからこのさい家ネコにしてほしいと思うんだけれど、まあほら、ウチはお父さんが強いから」
薄々気づいてはいて、後になって確信したことなのだが、父は一家のそうした均衡を乱しがちな私を疎ましく思っていたらしい。
ある休日、姉と弟とを引き連れて父は車で出かけた。私は課題をしていたので断った。そのまま数時間経った。集中力が切れて、二階の窓から西陽の庭を眺め下ろしたが、「クロ」の気配はまだない。山あいにある住宅街は、まるでひと山のしめじ茸が落窪に群生しているような様相を呈していた。茸山の隙間すきまに静脈のように根を張った道路の一本を、今に血栓症を起こしそうなほどの大きさのSUVがこちらにむかって進んでくるのが見える。父の車である。この辺りは道が狭いために、動物が無惨な姿で死んでいるのをたまに見かけるのであった。
車が停まると、後部座席から姉と弟が降りてきた。姉に手を繋がれ先導されながら、弟は片手に持ったビニールの小さな手提げをじっと見つめている。うしろの父が車から四角い水槽を引っ張り出してきたので、私にはそれが金魚なのだとやっと分かった。「お前もみろ、綺麗だぞぉ」と父が玄関から叫んだ。ワキンが二匹。紅白のまだら模様と、真っ赤なのである。
水槽は靴箱のうえに置かれた。ワキンたちはあわや水に溶けんとしている尾鰭を揺らして、水槽のおちこちを泳ぎ回っている。パートから帰ってきた母は「郵便物を置くところがない」と愚痴をこぼした。姉はときおり水槽を叩いて、彼らを驚かせては愉しんだ。弟もそれを真似した。叩き続けるうちに彼らの反応が乏しくなると、姉は退屈そうに水槽をあとにした。
母は彼らの世話を断固として拒絶しているようだった。父はそんな母が水槽の前を素通りするのを見かけるたび、鼻白んだように一瞥を送った。
私はときどきエサをやった。惚けた目をした彼らは、我々について理解すると、なにかしらで我々の腕が水槽の真上に及ぶたび、エサと勘違いして水面にやってくるのだった。なにも落ちてこない空の水面に必死に接吻する姿はおかしかった。
彼ら二匹が迎えられてから、父は頻りに「クロ」に喰われたらタイヘンだ、という悪趣味な冗談を弄するようになった。母も姉もそれを聞くたびごと、父に合わせるように笑っていた。「クロ」はといえば、相変わらず不定期に餌を求めに現れていた。金魚の到来と前後して、餌はやや安物に代えられた。
ある日。私が帰宅すると、例によって「クロ」が待っていた。餌を求めて媚びるような鳴き声は、脳裡に張りついて私を不思議な力で操るようだった。私はある強制力によって"給仕"せざるを得なかった。鳴き声が止むと私の肉体は自由を取り戻した。室外機が向こうでカラカラと渇いた音を立てている。私はこのちょこんとした鼠色の生き物に対し悪戯心が湧いてきた。尻尾を足で小突いてみる。反応はない。後足をつついてみる。「クロ」は餌から顔を離してこちらを振り返るが、またしても餌のお椀に顔を埋めた。私よりよっぽど餌である。途端、悪戯心はたちどころに稲妻のような衝動で私を突き動かした。私は右足で思いっきり、その脇腹を蹴飛ばした。「クロ」は重い鉛のように五十センチほど滑空して、室外機に打ち付けられた。勢いでお椀が甲高い音を立てて転がり、喰いかけの餌が撒き散らされた。「クロ」は地に堕ちると痛みに悶える間もなく地面を蹴って走り去っていった。……
金魚は一年経たずして二匹とも死んだ。真っ赤なほうが先に死に、もう片方も間もなく息絶えた。濁った水槽に最初の亡き骸が浮かんでいるのを弟が見つけた。
父は亡き骸の始末に困って、当初、長男である私に遠回しに押し付けようとしていたのだが、金魚の死を知って、母が真っ先に手を挙げた。母が始末をすることになってからは早かった。亡き骸なぞ最初からなかったように取り除かれた。二匹目のときなどは、水槽ごとごっそり玄関から消え去っており、私は手練れの所業を目の当たりにした気がした。私はこの素早さにある直感を抱いていた。母は死んだ金魚を「クロ」に喰わせたのではないか。父の悪趣味な冗談を、密かに現実にしていたのではないか。生前には管理能力のない父らに金魚の飼育を任せ、死後その処理を先んじて引き受けたことが、私の直感を確信に限りなく近づけた。母は一言とて金魚をどう処理したか口にしなかった。死体を忌避する父や姉もそれを訊くようなことはなかった。一家が瞬く間に金魚のいない以前の生活に戻ったことに、弟だけ順応できていないようだった。
ともあれ年月は過ぎていった。「クロ」はいつしか家に顔を出さなくなった。息も絶え絶えに、足を引きずりながらやってきたので、急いで餌を片手に戻ったときにはもういなかった。母曰くそれが最後だったとのこと。
――地元の工業高校を出た弟が職に就くやいなや、父と母は離婚した。還暦を間近にした両者の離婚裁判は、苛烈を極めた。(終)