Re:ようこそ愉悦至上主義の教室へ   作:凡人なアセロラ

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リメイク版です。
一巻辺りは特に大きな変更等はございません。

大体週一ぐらいのペースで投稿する予定です。


プロローグ《1/3》

 

『―――時に他者を労りなさい。隣人を尊びなさい。

 どんなに粗暴なお方でも、どんな悪人だったとしても、皆等しく主の庇護下にあるのです。彼らは生まれた時から悪人ではありません。

 主がお許しになっているのならば、彼らは悪では無いのです。

 彼らが悪いことをする度に、許さなくてはなりません。彼らが改心し、その罪を懺悔するまで温かく見守りましょう。

 きっと、いつか悔い改める時が来るのですから』

 

 オルゴールが旋律を奏でた。

 儚く、そして慈愛に満ち溢れた音色は、主を賛辞する讃美歌だった。

 

 月明かりがステンドグラス越しに差し込んでいる。

 冷たい光が僅かに舞い上がる埃を照らしていた。

 

 少年は掌のオルゴールを見下ろしている。

 ギィギィと旋律の合間に、金属が擦れる音が鳴っていた。随分と古い代物だ。褪せた外装を見れば、よくこの時まで正常に動いたものだと感心する。

 

 キャソックを纏う少年は首元のロザリオを一瞥した。

 所々に傷があるオルゴール同じく褪せた十字架が紐で括られている。

 

 ロザリオ越しに空虚な瞳と目が合った。

 

 暫く旋律に耳を傾けていると、ミシリと床が軋む音がする。

 足音の主を振り返ることなく悟った少年が、一つ溜息を吐いた。

 

「もう、そんな時間か」

 

「そうだ。明日は貴様の入学式だ。朝早くに発つこととなる。夜ももう遅い。部屋に戻りたまえ」

 

「アンタに指図されなくても理解している。高齢の爺さんよりも物覚えが良いからな」

 

「⋯⋯相変わらず口だけは達者だな。指図されたくなければ、少しは行動で示すと良い。居候風情がでかい口を叩く」

 

「チッ、なんでアンタなんかが神父をやれてるのか不思議に思うよ」

 

「それはこちらも同じことが言えると思うがね。主がお膝元に在ることを許しているのならば、なにも不思議なことなどでは無い」

 

「そうかよ、アンタに主の天罰が下る事を祈っているよ」

 

「罰当たりは貴様だ小僧」

 

 十字架を切りながら悪態を吐く少年に、神父は眉を顰めた。しかし、相手にしている暇は無いとばかりに踵を返すと、少年を一瞥することも無く去ってしまう。

 

「性善説、貴女の好きな言葉でしたねシスター」

 

 少年はロザリオを引きちぎると投げ捨てた。

 同時に掌のオルゴールが床を転がる。

 

 

 

 ―――シスター、貴女は間違っていた。

 

 

 

 少年が歩みを始める。

 その軌跡には、ひしゃげたオルゴールが散らばっていた。

 

 

 

 1/6

 

 

 

 ―――その出会いは正しく運命だと言えるかもしれない。

 

 普段は運命だの、占いだのとスピリチュアルなことに関心を向けることは無いが、そんなオレがそう思ってしまうほどに、彼との出会いは運命的だったと言えるだろう。

 何故なら、彼との出会いが無ければオレという人間はこのクラスで浮いた存在になっていたかもしれないからだ。

 

 そんな彼を初めて認識したのは4月の入学式に行われた、自己紹介の時だった。

 

 平田洋介と名乗る好青年の提案によって、クラス内の親睦を深める自己紹介が始まった。他人と関わるのを嫌っている堀北鈴音や如何にも不良そうな須藤健といった生徒が、参加を拒否し教室を後にし、決して浅くない溝を作ったその時間は正しく今後の高校生活を左右するものだと言えるだろう。

 そんな中、友好的な生徒たちによる自己アピールが行われていき、そして彼の番は回ってきたのだ。

 

「次、君にお願いしてもいいかな」

 

「俺の番か⋯⋯」

 

 平田が優しくお願いすると、その彼はゆっくりと席を立った。教室に残った全員の視線が突き刺さる。注目を集めることに慣れているのか、その一つ一つの動作が綺麗で、目を惹き付ける。値踏みをするかのような不躾な視線をものともせずに、微笑みを持って穏やかに言葉を紡いだ。

 

「私は言峰士郎(ことみねしろう)。中学校では冬木市にある教会で神父見習いをしていた。見習いだけあって、大したことはしてないがね。スポーツ全般は得意で、身体を動かすことが好きだ。後、勉学にも多少の自信があるから、今後の授業など分からないことがあればぜひ頼って欲しい。趣味はスポーツ、読書、あとはボードゲームだな。三年間、長くも短い付き合いになるが、仲良くして欲しい。三年間よろしく頼む」

 

 スラスラと聞き取りやすい声音で挨拶は終わった。堂々とした立ち振る舞いに、端正な容姿、高い身長に筋肉質な体躯と全てを併せ持った完璧超人のような男だった。

 自己紹介の終わりと共に教室中に響き渡る拍手が耳を苛む。何人かの女子生徒だろうか、きゃーという黄色い声援すら飛んでいた。

 

 平田とは別のタイプのイケメンだった。平田が爽やかイケメンとするのならば、言峰はクールイケメンだろうか。対照的な二人であるが、並ぶととても絵になる男たちだ。

 いやオレが興味を持ったのは容姿では無い。それよりも興味を引いたのは教会で神父見習いをやっていたという事実だ。オレが疎いのかもしれないが、実際にそういった人間を見る機会はほとんどなかった。もしかすると、この教室内にいる生徒のほとんどがその実態を知ることは無いのかもしれない。そうだとすれば、言峰の自己紹介は十分に興味を引くものであったと言えるだろう。

 

「神父? スゴいね、僕、本物の神父さんに出会ったの初めてかもしれないよ。普段どんなことしてたの?」

 

 珍しい、と特異なものを見る目線が言峰へと向けられる。オレの予想通り、この場にいる人間が神父と言ったものを深く理解してないのだろう。

 

「正式なものじゃないし、あくまで見習いだからな。暇な時はせいぜい門前で箒をはいてただけだ」

 

「へぇ、スポーツもやってたならサッカーとか興味ない? 僕も一緒にサッカー部に入ったりとか」

 

「ありがたい誘いだけども部活動に所属するつもりは無いな。ここにも教会があるみたいだし、そこで雑用でもするつもりだ。それに、自己紹介を次に回さないとな」

 

 言峰が苦笑しつつ視線を後ろの席の生徒へと向けた。その席の女子は緊張しているのか、目が合うと俯いてしまう。

 そんな一連の様子を見た平田は「あっ」と声を漏らすと申し訳なさそうに謝罪の言葉を述べた。言峰の特異な経歴に好奇心を擽られたのだろう。他の生徒も忘れていたのを誤魔化すように平田へとヤジを飛ばした。

 

「もー、しっかりしてよ平田君っ」

 

「言峰のこと大好きかよっ」

 

「あはは、ごめんごめん。じゃあ次お願いできるかな?」

 

「あ、うんっ」

 

 女子生徒の自己紹介が始まった。佐藤というらしい。

 ぼんやりと次々に行われる自己紹介を聞き流していく。もうオレの頭の中はどうすれば言峰と仲良くなれるかという方法を考えるのにいっぱいだった。

 教室に入ったばかりの頃、まったく誰にも話しかけることが出来ず、堀北に憐れまれるという屈辱を味わったのだ。

 ここは言峰となんとしてでも接点を作り、挽回するべきだろう。あのクラスの中心人物に必ずなる男と友達になれば、堀北も悔しさからハンカチを噛むに違いない。

 

 ―――待ってろよ堀北。オレにも友達ができたことを自慢してやる。

 

 この後、ほどなくして回ってきたオレの自己紹介が失敗したのは言うまでもないだろう。

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 あの自己紹介からオレと言峰とで特別な関わりは生まれなかった。結局話しかける機会を失ってしまったオレは、ただただ虚しく言峰が平田や軽井沢たちといったリア充グループと仲良くしているのを見ているくらいだ。

 なんという失態を犯してしまったのか。あんなにも意気込んでいたというのに自ら行動を起こすことが出来ず、受動的な姿勢に入ってしまったのが敗因だろう。

 自分はこんなにも学習しない男だったのか、とオレが驚嘆に明け暮れていると、言峰たちは食堂の方へと姿を消してしまった。

 

 これが根暗と根明の差なのだろうか。

 いや、最早根暗どうこうではなく、オレ自身に問題があるのだろう。

 

 友達作りに失敗したオレに対し、クラスのほとんどはグループで行動している。教室で単独行動を取っているのは堀北や高円寺といった性格に難のある生徒ばかりだ。いや高円寺は言峰と親しげに話している様子を何度か目撃したことがある。

 と、すれば実質的なぼっちはオレと堀北だけなのだ。あの問題児にしか見えない須藤でさえ池や山内といった友達がいる。この言いようの無い敗北感は一体何なのだろうか。いや平田や言峰に関して言えば、周りの女子により邪魔されてしまう為仕方ないとは言えるだろう。更に須藤たちもたまにオレに声を掛けてくれるし、連絡先も交換した。

 何故かあれ以降遊びに誘われるどころか、メールのひとつも届かないのは端末の不具合だろうか。一度、教員に故障かどうか確かめて貰う必要がありそうだ。

 

 そんな話は置いておいて、つまり何が言いたいかと言うとこのクラスの真のぼっちは堀北のみになるのではないだろうか。佐倉という陰気な女子生徒もいるが、こちらも言峰と会話しているのをたまに見かける。

 となると、やはり堀北はDクラスきっての孤独少女となり得る。

 

「何かしら、その憐れむような視線。不快だからやめて欲しいのだけど」

 

「真の敗北者は堀北、お前だったみたいだな―――ぐはっ」

 

「よく分からないけれど、とても不愉快な発言ね」

 

「よ、よく分からないなら、攻撃するんじゃない」

 

 手刀がオレの脇腹を貫いた。さすが煽り耐性ゼロの堀北だ、煽れば速攻で粛清脇腹チョップが行われた。しかも、目にも止まらぬ早さで行われる手刀は内臓すら抉ろうとしていた。

 確実に内出血してそうだ。こいつ、武術の心得があるのか? 

 

「それで、どういった真意なのかしら?」

 

「ほう、気になるか?」

 

「貴方の得意気な表情が癇に障るから、質問は取り消すわ」

 

「そうか。気になるか。ならば答えてやるとしよう」

 

「どうせ友達がー、とかそんなところでしょうけど」

 

「勘が良いな。もしかしてオレのこと好きなのか?」

 

「そこまで頭がお花畑ならこの先何があっても幸せでしょうね」

 

「えぇ⋯⋯」

 

 隣人からはそのような同情を向けられた。⋯⋯彼女の瞳に憐れみがないことから罵倒や呆れのようなものだ。余計に傷ついた。

 ちょっとふざけただけじゃないか! そんなことだから友達が出来ないんだぞ! 

 

「そういえば寮の近くにある教会には行ったのか?」

 

「教会? 私は別に宗教に興味はないわ」

 

「行ってないのか」

 

「別に悪いことではないでしょう。それでその質問になんの意味があるのかしら?」

 

 オレがわざと深く溜め息を吐いてみれば、案の定堀北は乗っかってきた。日々、罵倒や暴力に苦しめられてはいるが、負けず嫌いなところやプライドが高いところなど、かなり扱いやすいと思っている。

 だから基本的に挑発的な行為には乗っかってくるケースが多いのだ。こうして、会話をすることによって堀北との友好度を上げ、あわよくば友達になろうと思っている。

 喜べ堀北、お前をオレの友達第一号にしてやろう。

 

「言峰がそこで神父をしてるらしいんだ。元々学校側は宗教に属する者のために設置していたらしいから、自由に使ってるとか何とか」

 

「それと私が教会に行ってないのとで何の関連性が?」

 

「いやないけど」

 

「⋯⋯腹立たしいわねあなた」

 

 猛禽類のような鋭い眼光がオレを射抜く。とても怖い。

 少しからかっただけでこの反応だ。冗談を言おうものなら粛清脇腹チョップを喰らうだろう。相変わらず恐ろしい少女だ。

 だから友達ができないんだよ。オレも人のことを言える立場ではないが。

 

「むしろ物事すべてに関連性を求めること自体が間違っていないか? オレはお前との会話の話題を作ろうとしただけだ」

 

「なぜ私があなたと会話しなければならないのか理解に苦しむのだけれど。話題云々の前に私と友達になろうとするのやめてくれないかしら?」

 

「まぁでも高校生活を送るにあたって1人くらい友達がいても良くないか? それに、隣の席の生徒と仲良くなりたいのは当然のことだと思うが」

 

「嫌よ。あなたと友達になる気は無いわ。今後、あなたから声をかけるのはやめて」

 

 オレからはダメなのか。ていうか、即答速攻大否定はさすがにきついな。勇気を振り絞って告白したというのに、こんなことあるのか? 

 泣きそうになりながらもオレは堀北の命令を受諾した。仕方ない、彼女から声を掛けてくれるまで気長に待とう。

 

「⋯⋯声をかけるなとは言ったけど、だからといってずっと視線を向けてくるのもやめてくれない? 鬱陶しいわ」

 

「お前から話しかけてくれるのを待っていた」

 

「あなた変わってるって言われないかしら?」

 

「孤高(笑)の堀北よりは普通だ──ぐはっ」

 

 痛い! 

 オレの掌を突き刺したのは堀北が持つコンパスだった。この女、何処からそんな危ないものを取り出したというのか。

 

「次は容赦しないわよ」

 

 今も十分容赦してないだろ。

 そんな言葉を吐こうとして、呑み込んだ。この場合、言い返すと更に酷い一撃を堀北は放ってくる。多少なりではあるが、オレも学んでいるのだ。

 

「そういえば、オレも行ったことないな。よし、今日の放課──」

 

「嫌よ」

 

 早いよね。言い切る前に遮られてしまった。

 まずい。このままでは堀北を友人第一号にする計画がご破算になってしまう。そうすれば、特段と会話する相手のいないオレは三年間ぼっちになってしまう可能性が益々高くなってしまう。

 

「そんなに友達が欲しいのなら、あなた一人で教会に行けばいいじゃない。上手くいけば言峰君と仲良くなれるかもよ」

 

「お前。堀北おまえ、天才か?」

 

「貴方って馬鹿よね」

 

 何やら罵倒された気がするがそんなことどうでも良くなった。どうしてオレは今まで気がつけなかったんだ。友人が欲しい、教会に行ってみたい。なら、教会に行って言峰に会えばいいだけじゃないか。

 まるで天啓を得たような気分だ。今のオレは殊勝な信者にもなれそうである。

 

 オレは放課後、言峰がいるという教会に足を運んでみようと決意したのだった。

 

 ―――しかし、気付いてしまったのだがオレは今のところ、今日今まで誰からも名前呼ばれてないな⋯⋯。嫌なことに気付いてしまった⋯⋯。

 

 

 

 2/6

 

 

 

 教会は特別棟の隣に存在していた。遠目で確認したことはあったが、実際にここを訪れるのは初めてとなる。

 真新しい、と呼べるのかは分からないがオレの目から見たところ、汚れなどはない。石造りの建物にしては苔なども生えていないし、周囲の庭の芝生が綺麗に生え揃っているのを見ると誰かが手入れをしているようだ。

 

 黒く塗り潰された柵格子を見送りながら、オレは教会の敷地内へと足を踏み入れた。

 放課後から少し、図書室で野暮用を終わらせて来たので既に言峰はこの中にいるはずだ。いつものように平田たちの遊びの誘いを丁寧に断っていたのを見たからな。

 

「⋯⋯来客とは珍しい。神へのお祈りか? 己の罪の懺悔か? この教会に一体何の用だ?」

 

 中へ入ると祭壇の手前に言峰は立っていた。その隣にはおそらく同じクラスの女子生徒と思わしき姿がある。確か、佐藤と言っていたな。軽井沢たちと共に行動していたのを何度も見かけていたので、平田と仲の良い言峰と接点があってもおかしくは無い。

 佐藤はちらりオレを見ると、言峰に何事かを告げるとそのまま教会の裏へと行ってしまった。

 

「⋯⋯邪魔したか?」

 

「気にするな。教会は迷える者を等しく受け入れる。お前を邪険に扱うことは無い」

 

「それならいいが」

 

 言峰は制服ではなく、真っ黒なキャソックと思わしきものを纏っていた。長い黒髪も相まって確かに神父っぽい。本物を見た事がないので分からないが、左手に握られている聖書らしき書物や首に架かっている十字架のネックレスでオレは神父としか思えなかった。

 じっとその姿を見ていたオレに言峰は不思議そうに首を傾げながら問掛ける。

 

「俺にこの格好は似合わないか?」

 

「いや、そんなことは無い。逆に似合いすぎて神父にしか見えなかった」

 

「そう言って貰えるのならば嬉しい限りだ。教会に仕えるものとして、正しき振る舞いを出来ているということだからな」

 

「⋯⋯言峰以外にはこの教会を管理している生徒はいないのか?」

 

「いないとも。日本人は宗教に疎いものが多いからな。むしろいずれかの宗派に属している人間の方が珍しい方だ。そういう意味では俺は珍しい人間になるのか」

 

「そうなのか、一人で管理するのは大変じゃないか?」

 

「そうでも無い。俺が来る前まではほぼもぬけの殻だったらしくてな。俺はここの掃除や片付けをする代わりにこうして、ひとつの施設をまるごと自由に扱っていいと言われてる。要するに学校側と取引をしたんだ。清潔に保っている限り、それなりのプライベートポイントが貰えるから苦には感じない」

 

 言峰が優しく説明してくれた。いつも堀北の当たりの強い言葉を聞いているせいか、こうも穏やかな声音で話しかけられると感動しそうになる。オレは今猛烈に人間の温かみを感じているのだ。

 ふと、教会内部には校舎のように監視カメラがないことに気がついた。これは言峰の意向か、学校側の決定なのか。まぁ、教会内に監視カメラって信者からすれば不愉快な話だろうが。

 

「それより、学校には馴染めたか? 綾小路」

 

 突然だった。

 自己紹介の時のように言峰と目が合う。そこにあるのは無機質な目。まるで興味のないかのような、浅い暗闇を映す瞳だ。

 オレはその質問の意図を理解しきれずに、さらに質問を返してしまった。

 

「どういう意味だ?」

 

「ああ、いやそんな難しく考えなくていい。あくまで世間話のつもりだったんだ。お前がスーパーで物珍しそうに商品を眺めているのを見たことがある。あまりそういったものを知らないんじゃないかと思ったんだ。学校生活で不慣れなことがあるかどうか、それを知りたかっただけだ」

 

「⋯⋯まぁ、新しいことばかりで楽しいな」

 

「知らないことが増えると、それだけで楽しくなる。知識は素晴らしいものだ。知るということは、人間的成長をするということだ。そう考えると、勉強だって苦にならない。これは日常生活でも言えることだな」

 

 そう言いながら言峰はオレから手元にある分厚い聖書へと視線を落とした。ペラペラと捲りながら、しかし身体だけはしっかりとこちらを向いている。

 

「不躾な質問だが、友人はできたか?」

 

「あー、残念だが胸を張ってそうだと言える相手はいない」

 

「そうか。それは失礼なことを聞いたな」

 

 堀北は友人に入るのだろうか。いや彼女なら軽蔑の瞳とともにオレをこれでもかと罵るだけだろう。

 つまりオレには友達がいない。悲しくなってくるなこれ。夢のハイスクールライフは俺のことを嫌っているらしい。

 

 ふと、聖書から顔を上げた言峰と目が合った。その瞳に宿る感情を推察することは出来ない。だが、何故か相手が親近感のようなものを抱いていると感じた。理由は分からない。目の前の男はオレに対し、仲間意識を抱いている。

 

「では、俺が友人となろう。君がより良き学校生活を送れるように、親愛を、友愛を、隣人愛を委ねよう」

 

「⋯⋯いいのか?」

 

「なんだ、俺が友人では不服か?」

 

 苦笑しながら言峰が言う。不服なぞ無い。むしろこちらから願いたかったほどだ。なるほど、もしかすると言峰はオレと同じタイプの人間だったのだろう。平田たちと親しくしてはいるが、実は大人しいタイプで、根暗なのだ。だから、オレと友達になりたがっていたのだ。

 ⋯⋯かなり無理がある話だがそうに違いない。憐れみからの提案ならオレは発狂して校内を駆け回ることだろう。

 

「是非お願いしたい。いやお願いします」

 

「そうか。では、改めて自己紹介をしよう。俺は言峰士郎。今日から君の友人だ。なんでも相談してくれ」

 

 この日、オレはDクラスの2大イケメンにして、良心とも呼ばれる男と友人となったのだった。

 すまない堀北、どうやら真のぼっちはお前だけのようだ。オレの完勝だな。

 

 

 

 

 

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