ヒカルの碁並行世界にて   作:A。

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考えた結果、アンチ・ヘイトタグを付ける事にしました。ご注意下さい。


第八話

「うーん、微妙かもしれんな」

 

「十分に仰天映像じゃないっすか。だって、子供がプロに勝っちゃったんですよ!」

 

TV局のとあるブース内でそんな言い争う声が聞こえる。どれだけ話し合いを続けているのか、とっくにコーヒーは冷め切っていた。

 

「それは碁のルールが分かっている奴限定だ。スポーツとかの実力が分かりやすい一目瞭然(いちもくりょうぜん)なモノならともかく、これだとな……」

 

「華やかさに欠けるからっすか?」

 

「まァ、一般的な大衆向けではない。囲碁はそもそもが地味なイメージだからな。ただ、俺も碁は知っているからスゴさは十二分に理解しているつもりだ。実際に放送した場合はバラエティ番組の筈が、理解出来る一部の奴だけは全く笑えない状況になるだろうしな。間違いなくお茶の間が静まり返る」

 

「そうなんすよ! けど、コレ対局の映像が途中からなのが残念で」

 

「一部の視聴者に偏りはするものの、放送してみるか?」

 

「是非!」

 

「にしても御器曽プロは……やっちゃったとしか言えねェな」

 

「ですね。気持ちは分かるんすけど」

 

子供の対局相手が気になり、イベントに参加しているプロの情報などを既に調査し特定までしまったので、誰が打っていたかを両者は知っていた。そして、今までの感想をあらかた話し合った二人は一旦黙ってコーヒーを(すす)る。

 

「……それに対局相手の子供が気になるな」

 

「プロじゃないんすか?」

 

「プロがわざわざイベントの“指導碁”のブースに来て対局すると本気で思ってんのか? 恐らくアマチュアだろうが」

 

「あっ」

 

「子供で実力から言うと可能性がありそうなのは塔矢アキラだが、打ち方からして別人の可能性の方が高い。一体誰なんだ」

 

「今後囲碁界が(にぎ)わいそうっすね! この子供の正体が気になる所っすけど、もしプロになるなら青田買いで取材出来たら理想的なのに」

 

「丁度、この間日本棋院でプロ試験の予選が行われた所だ。ダメ元でも今年のプロはチェックしておくべきだな」

 

こうして、ヒカルの知らない間にTV局が水面下で動き始めたのだった。

 

◇◆◆◇

 

例の映像が放送される日。それは両者共に顔は見えないものの、背の高さから大人と子供が打っているというのがまるわかりだった。

 

その映像はTVに流れたが、まずそもそもの前提として対局の映像は途中からだった。最初はメガネの男性が打っている光景を丸きりなかったことにされており、最初からヒカルが映っている。そして、対局は長い為部分的にカットをされていた。

 

放送時間も囲碁ということからあまり映像的に派手さが無いため、短くなっており、打つ際には早送りも使われていた。(もっと)も、最後に碁石を混ぜる光景は映ってしまっていたが。

 

碁打ちだってテレビは見る。普段はテレビなどを余り見ない者達が居るものの、一定数バラエティ番組を見る人たちだって居るのだ。

 

しかし、囲碁を知る者が得た衝撃は予想以上に大きかった。子供がプロに勝つ。そんな実力者は中々お目にかかれない。それほどに珍しい光景である。

 

そして両極端な意見が出た。一つ目はヒカルが実力を隠しながら打ち、途中から本気になった説。二つ目は劣勢になったにも関わらず諦めず打ち、プロに逆転勝利をしているという説。残念ながらどちらも不正解である。

 

どちらにせよ怒涛(どとう)の逆転の勝利だ。強いことには変わりない。本当に子供なのか? アマチュアなのが信じられない。

 

番組に大きな反響が寄せられた。どちらかというと年齢層は高めであり、メール以外での手紙で感想を寄せてくる者が多かった。

 

その中では、相手のプロは誰だったのか?や、子供への賞賛や質問が多数を占められていたもののその中に―――NCCアカウントの中の人なのでは? というものが寄せられた。

 

秀策の手に似たものが数多くみられたからなのだが、TV局のスタッフはNCCと何の関係が? と首を(ひね)るばかり。

 

その様な経緯があり、TV局は追加で詳細な取材をしようとしたのだった。

 

御器曽プロは取材に対し、蒼白な顔色で「つい負けて感情的になってしまい、やってしまった。一人の碁打ちとして申し訳なくも情けない姿をみせてしまった」と謝罪を述べ、相手の少年については知らないと回答。それを声や顔を隠して放送後も彼は変わらず今も囲碁の仕事に出向いている。

 

少年の方については投稿者からも分からないと言われてしまっていた。NCCはネット碁とのコラボが関係があると分かったものの、ノーコメントの一点張り。

 

NCCが有力な情報だったにも関わらず、ある程度意味が分かっていてもこれだと打つ手がない。

 

手掛かりが掴めず、TVスタッフ達は一旦プロ試験が来るまでは手詰まりになり、暗礁(あんしょう)に乗り上げたのだった。

 

表向きは。と但し書きが必要だが。

 

裏。つまりネット上ではある種の祭りと化していた。もちろん、例のイベントに参加していたプロも特定済みである。そこから更に(ふるい)にかけ、対局相手が御器曽プロということも判明していたのだ。

 

ちなみに、確かに御器曽プロを揶揄(やゆ)する言葉にも溢れていたものの、子供に負けての気持ちは分かるというものや、その後の(いさぎよ)い謝罪コメントなどから彼を擁護(ようご)する言葉も多い。

 

そして、ネット内では最早『NCCアカウント=アマチュアの子供』説が定着をしていた。TV局スタッフでは最初ピンと来なかったものの、ネット碁をしている人なら知っている有名人だったからだ。

 

今まで、もちろん大人だと思われてきた事。秀策を思わせる手筋。プロだと思われてきた事。公式アカウントとはいえ、正体が不明だったにも関わらず今回、子供だという情報が入った事。これらは大きな火種となった。

 

しかし、公式では圧倒的なまでの強さだった。間違っても劣勢になることはないだろうと思わせる力があった。

 

違和感。不一致。齟齬(そご)。その為、ネットでは公式が実力を隠しながら打ち、途中から本気になった説が一番有力だったりする。

 

しかし、中には何か理由や事情があった筈だと思う者も居た。特に直接打った事がある経験者はそう考えている。その者たちは納得がいかない! とばかりに更なる情報収集をするのだった。

 

 

◇◆◆◇

 

 

国際アマチュア囲碁カップ。

 

NCCの公式アカウント。インターネットでコラボの時に登場した特殊アカウント。本当に特別なアカウントだった。見たものを魅了するだけではない。自分も打ってみたいと思わせる気持ちにさせるのだ。

 

一般的に強過ぎる相手だと尻込みをするものだ。ズバッと一刀両断される恐怖と例えるべきだろうか。

 

しかし、ところが純粋に挑戦したいと思わせる気持ちにされるのだ。自分の一手にどう応えてくれるのかを見たい。どこまでも深い読みを見たい。もっともっとと、碁打ちにとって中毒性があると例えても過言ではないだろう。

 

その魅力的なアカウントの国籍は日本。そう日本を指していた。ならば、この会場に来たならば何か知っている人が居るのかもしれない。そう考えた人は数多くいた。

 

一人が公式の名前を出した途端に、それに釣られる様に人が集まり口々に対局した時の話をし出した。

 

『アレは打って貰っただけで思い出になったよ』思い出深く語る者。

『あんな素晴らしい打ち手に出会えるなんて最高に幸せな対局だったわ!』感動したと伝える者。

『新手をさも当然の様に次々に繰り出すんだ、お手上げだ』感嘆する者。

 

人が次々に集まり熱気に支配される。会場の係が注意をするも勢いが止まる気配がない。そんな中、怪訝(けげん)そうな顔をした緒方がやってきた。

 

「どうしたんですか?」

 

「インターネットに非常に強い人が居るらしく……」

 

『日本棋院かNCCに行けば公式に会えるに違いない。会って、サインを貰って一緒に写真を撮るのさ』

『それだけで満足するの? 僕は直に対局をして貰うよ!』

『誰だか分かっていないのに? 気が早くないか?』

『トッププロの誰かなのは分かるぞ!』

 

口々に語っている皆を見て、島野は肩を竦めてみせた。

 

「ご覧の騒ぎです。皆、正体が分からないので情報を交換し合っているんですよ」

 

公式についての情報を緒方が得ていると、森下の元に和谷がやって来て主張をした。

 

「あー……公式はアマチュアの子供っスよ」

 

「なんだ和谷。そんながっかりした声をして」

 

「俺、公式のファンだったんスけど、ちょっとガッカリしちゃったもので……」

 

「ガッカリ?」

 

「だって、実力を隠して途中から本気で打つ様なマネなんかするから……最初っからネットみたく本気出せばいいんだよ」

 

その発言に――翻訳された言葉を聞いて――場がざわめいた。和谷の発言は、まるで公式を直に見たと言わんばかりだったからだ。

 

動揺が走り、通訳の人に詰め寄っている人も居るくらいだった。混乱は未だ収まりそうにない。

 

和谷に人々が殺到し、問い詰めにかかり会場の騒ぎが収まらない状態の中、今度は塔矢アキラがやってきた。

 


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