人類種と魔人種が争う世界、とかよくある設定だなぁと思ってた。
魔王の数多く存在する子どもの中の一人でしてこの世に産まれたその子どもは、異なる世で人類種として生きてきた記憶を持っていた。
異なる世のアカシックレコードに接続が出来るその存在は、慎ましやかに生きることこそを何よりも望んでいた。
だが、しかし。そのような存在でも譲れないことは確かにある。
目の前でふごふご何事かを言いながら四つん這いで媚を売る存在に目を落とす。何か、股のあたりに棒らしきものが見えるが、見なかったことにしよう。
「廃棄処分予定なんだけど、初めてならちょうどいいだろ?プレゼントだ」
無表情の子どもに寄越された、人以下として成れ果てた、悍ましき生き物は息を荒げながら、淫猥な単語を呟き続ける。
あぁ————ああ。
一人の小悪魔は、この現実を罵った。
かわいそうなのは、抜けない。
いやだって、考えてほしい。絵とか小説とかの創作物でも普通にかわいそうなのは抜けなくないか?冷静な部分の自分がこの子の今後の人生や末路を考えてしまって萎えないか?
自分は少なくとも萎える。無理っす。
ましてやそれが現実になるとか………。つまり、今この瞬間から、この存在の主人、あるいは管理人になったわけで、管理する側に回った以上、その存在の生が最適な物であるように努めるのは上位者の務めであろうて。家畜動物といえど、人間側がその生を全て利用し尽くす以上、苦痛を与えてはならないし、正常じゃない行為をさせるのは齟齬の元ってこれもうはっきりわかんだね。アニマルウェルフェアは大事。小悪魔の前世は畜産業であった。
「ありがとうございますオニイサマ」
なんだかんだで目の前の人間(仮)を家畜として見ているのには変わりないが、小悪魔は目の前の人間(仮)を素直に受け取った。
満足した兄はうんうんと頷きながら去っていく。兄なりに、この下の子どもは大切にしていたのだ。
心は折られ、人に媚びることしか知らず、その力の存在すら脳内から焼き切れた成れの果て。例え、原材料が悪魔種を数万殺してきた存在であろうと、穴はガバガバの廃棄処分待ったなしの個体だ、そう問題は起こらないだろう。
小悪魔が何を考えているかも知らずに兄は去る。
これをきっかけに、小悪魔が廃棄処分前の個体を蒐集する悪癖に目覚めるとは、兄にも予測できないだろう。
さて、ここで、「アニマルウェルフェア」というものについて説明しよう。
アニマルウェルフェアとは、生き物が生まれ、そして死ぬまでの身体的、心的な自由の権利をまとめたものである。コレは、企業や消費者側でも叶えるように務めるべき内容である。
まず一つ、不快からの自由。
まずは目の前の人間(仮)を全裸にひっぺがすと、風呂へと入れた。
何事かを喚きながらズボンを剥ぎ取ろうとする手を制しつつ、丁寧に異臭を放つ髪を洗い、身体を流す。
その後は清潔なタオルで優しく拭き取ってやってから、新品の下着を着せてやる。この時点で「おや?何かがおかしいぞ?」と訝しんだ人間(仮)はおとなしくなっていた。
火照る身体からはまだ汁が出ていたので、申し訳ないが下着はオムツを採用。履かせるのも楽ちんである。胸は申し訳ないがマタニティタイプのものを使用した。多分こっちの方が快適だろうし。
次、痛みや損傷、疾病からの自由。
性的な行為を求められていると学習した脳をあらためて再学習させるには、時間が必要だ。催眠や脳の改造で変革も可能だが、それは苦痛を与えているのと同じ扱いになるのでダメ。よってコレはひとまずスルー。
まずは過剰に汁だくになる原因の神経系の敏感化を改善。鎮静剤を打って今は様子見だろう。性行為も依存症となってしまっているので、これも長期的に性的な接触を無くすことで治すしかないだろう。荒療治だがしかたあるまい。部位に触ってしまわないように、貞操帯をポチる。
治療の為であるので、部位に触らないように抑制するのは仕方がない。エリザベスカラーだと思おう。
この時点で人間(仮)は湧き上がる性欲に対して反応をやめた肉体に恐怖を覚え、暴れ出すので、怪我をしないように手錠をかけて、足も動きを制限させる。
後ほど記述する正常行動の発現の自由に反する内容ではあるが、これをそのままにしてはそもそもの正常行動を行うことが困難な状態であるので、治療を最優先とする。
何をする際に、とは言わないが、邪魔になるからか、歯を全て抜かれて人としての顔面が崩れてしまっているので魔術でこれも治療。口内の神経が蘇る苦痛は鎮静剤の影響でほぼほぼ無いのか、口の中に蘇った固い感覚に眉を顰めていた。
何回か舌を噛んでしまっていたので、都度治療を行う。
チェックしたところ、内臓も偏った栄養や、満足に与えられない食事で異常をきたしている為、食事内容をしっかりと栄養が得られるものにし、満足いくだけ与えるようにして改善を図る。
次、空腹と、乾きからの自由。
暴れ疲れてぐったりした人間(多分)にドロドロにした粥を提供。腕にある注射跡と、脂肪はある程度付けられているのに肋が浮いている肉体から満足に食糧を与えられていなかったと推察する。
鎮静剤の影響で味はあまり感じられないだろうが、許してもらいたい。神経過敏が改善されたら鎮静剤は減らしていく。吐き戻しをしない量を与えた後は、手の甲の皮膚をつねる。正常ならば皮膚は秒もかからず元に戻るが、皮膚が元に戻るのに1秒と、やや脱水気味なので経口補水液を与える。
ひとまずはこの生活サイクルを繰り返し、数週間。
次、正常行動の発現の自由。
投薬によって過剰な反応をしていた神経系はなりを潜めたので、鎮静剤の投薬を終了。緩みに緩み切っていた筋肉はトレーニングの影響で漏らさない程度まで元に戻ったので、オムツは解除。トイレの使用を許可し、人並みに生活ができるように再学習を行わせる。過剰に膨らんだ胸も邪魔にならないように治療したが、それでも胸はかなり大きい状態のままだ。己の力不足が悩ましい。同様に股間部も、生活ができる範囲で改善を行なった。
落ち着いた時間ができたことで、かつての自分を思い出すようになったのか、情緒は非常に不安定である。気がついたらポロポロと泣いていることがあるかと思えば、こちらへ激情し、殺してやると叫ぶことも。
されど、奴隷契約をしている以上はこちら側に手を出せず、憎々しげにこちらを睨みつけることしかできやしない。
対話が可能となった時点で、最後の自由、恐怖と苦悩からの自由に着手する。
と、いっても、これに関しては、(かなり)人間が苦悩に決着をつけられるかが自分にもわからないので、対話を通して理解してもらうしかない。
「よくも俺をこんな目に合わせたな、小蝿め」
「そも、あなたがこのようになったのは人間側の裏切りであると伺っているが?我らの同胞が悪意を持ってあなたに行った行為は謝罪しよう。
されど、その怒りを私に向けるのはおかしいとは思わないのか?」
「そんなこと、」
「その怒りを私に向けるなら、私を管理する側へと導いてみせろ。私を悪魔種の王とし、醜い害虫を駆除する手助けをしろ」
「…………仮に、お前が王になったとして。人間は、人類種はどうするんだ」
「人類種は共通の敵がいて初めて結託する生き物だ。わかるだろう?内乱により売られた英雄殿。
敵として認識されぬように立ち回るには、味方であると認識させねばなるまい。人類種の征服は、そのための手段だ」
「…………」
「知っているのだろう?私が、人類種の領地を侵略した後、人間どもをどのように管理しているか。
侵略側でありながら、人間に慕われている存在であるということを」
「何が、したいんだ」
「ただ、今の世界の在り方が気に入らない。だからそれを捻じ曲げようとしている。その欲にただ、私は従っているのみだ」
「…………お前、名前、なんて言うんだ」
「管理人と呼べ。魔人としての名は、役割を下された時にでも名乗ろう」
「…………わかんねぇ、わかんねぇよ、アンタ。なんたってそんな、そこまでしてクズどもの上に立とうとする?そんなの、ただの貧乏くじじゃないか」
「それでも、愛おしいものがあるからだよ」
平和な営みに愛を。やさしい世界に感謝を。
自分はただ、絶望が待ち構えるやさしくない世界を見たくなかっただけである。かわいそうなのは抜けないので。
そうして、人間は、悪魔へ忠誠を誓った。
尚、人間さん、小悪魔さんの性別がどちらなのかは不明とし、ご想像にお任せします。