囚われていたイシュタルファミリアのホーム『
昏睡していたロキファミリアの団員達が次々と目を覚ましていたのもあり、仲間に最低限の事情を説明するのみで地上に戻ったのは予定よりも一日遅れの帰還が急いだ理由だった。
「止まれ、ヘスティア!」
『
「離してくれ、タケ! ベル君達が、ベル君がダンジョンから帰って来ないんだ! ボクが探しに行くしかない!」
「ダンジョンでは予定が遅れるのはままあることだから、ここは信じて待つべきだ! 二度目はギルドも黙ってはいないぞ!」
聞こえてくるのは切迫したヘスティアと、彼女を拘束しているらしいタケミカヅチの声。
仲間内で顔を見合わせ、遅かったかという気持ちを共有したところでドタバタとドア向こうから聞こえる騒がしい音にアルスが一歩下がる。
「HA☆NA☆SE!」
「うぉっ!?」
どうにかしてタケミカヅチの拘束を脱したヘスティアがドアを開けてて勢いのままに飛び出してきた。
玄関ドアは中からは外側に開くタイプなので、予想していたアルスは一歩下がっていたお陰でバンと勢いよく開いたドアに当たることは無かったが、拘束を抜け出して外に出ることを優先していたヘスティアはドアの外に誰かがいることを想定していない。
結果、ドアの外に立っていたアルスとの身長差もあって鎧姿の胸元に自ら飛び込んでいくことになった。
「ふぎゅっ!?」
→これ、前にもやらなかったっけ?
俺の胸にようこそ、神様
「やってたね、中層で」
顔面から突っ込んだヘスティアに既視感を覚えているアルスに、ダフネ・ラウロスが記憶を辿りつつ開いたドアの向こうを見ると、あちゃーという顔をしているタケミカヅチの後ろには一緒に来たらしいカシマ・桜花とヒタチ・千草の姿もある。
「ま、前より、痛い……!」
「前の『シルバーメイル』より今の『あつでのよろい』の方が守備力が高いからな。そりゃあ痛いだろ」
再会の喜びよりも顔面の痛みに悶絶しているヘスティアに、ちょっとズレているヴェルフ・クロッゾが冷静に分析する。
(…………装備よりも勢いが強かったからのような)
ヤマト・命は装備の問題というよりも単純なヘスティアの突撃の勢いの違いではないかと思うも、内心で呟くだけに留めていた。賢明な判断である。
「はぁ、全く…………カサンドラ様、お願い出来ますか?」
「ヘスティア様、動かないでくださいね」
――――――――――カサンドラは ホイミを となえた!
――――――――――ヘスティアの キズが かいふくした!
溜息を漏らしたリリルカ・アーデの頼みに、苦笑しつつ引き受けたカサンドラ・イリオンの『
一通り叫び尽くした後、一周回ってヘスティアも落ち着きを取り戻したので談話室に移動して事情説明タイムとなった。
「――――――――――ー事情は分かった。よし、イシュタルをぶっ殺しに行こうか」
「落ち着いて下さい、神様」
説明を続けるごとに表情から感情が剥がれ落ち、殺意の波動に目覚めたヘスティアをベルがどうどうと落ち着かせる。
アルスの『インフェルノソード+3』を借りようとしていたヘスティアもベルの抑えに一応は殺意の波動を抑え、ドスンと音が立つほど荒々しくソファに腰を落とす。
「そうは言うけどね、ベル君。イシュタルは奔放で慈悲深くもあるが、同時に執念深く冷酷でもある。一度標的を定めたのなら、逃げてもどこまでも追いかけてくる女神だよ」
大半の女神がそうだが、とタケミカヅチは内心で思うだけで懸命にも口には出さなかった。
「なんにしても無事に帰って来てくれて良かったよ。ボクはまたダンジョンで何かあったのかと思ったよ」
「心配してくれるのは有難いのですが、、またダンジョンに入るのは如何なものかと。いい加減にリリ達を信じてほしいものです」
「異変が起こったらギルドから懲罰物だしね。今度はどれだけ罰金を取られることになるか」
「うっ!? き、気をつけるよ……」
心配性な主神に嘆息するリリルカと、以前と同じように『神災』を起こせばギルドも黙ってはいないだろうと告げるダフネの二人に苦言を呈されたヘスティアは縮こまって人差し指を突き合わせる。
「駄目な気がする」
気を付けるというだけで二度としないとは確約出来ないヘスティアにヴェルフが見たままを告げる。
「まあまあ、タケミカヅチ様もご迷惑をお掛けしました」
周りを宥めまくるベルはタケミカヅチにも謝意を示す。
「心配するヘスティアの気持ちも分かるから俺は別に構わんさ。しかし、イシュタルファミリアに襲撃されたというのは穏やかな話じゃない」
後ろに桜花と千草が立ち、来客用の一人用ソファに座るタケミカヅチファミリアが顎に手を当てる。
「ヘスティアが言ってたように、標的を定めたイシュタルがこれで諦めるとも思えん。ヘスティアファミリアの成長促進スキルのことを思えば、そう時間をかけたくないはずだ。ギルドに懲罰を求めて動きを封じるか?」
「恐らくギルドは動いてくれないでしょう。イシュタルファミリアに対して強く出れないようなので」
ベルがエイナ・チュール経由で聞いたギルドの事情からリリルカが断定する。
「もどかしいね。前はもっとギルドって強い力があると思ってたのに、『
「本当に!」
ヘスティアが憤懣やるかたないという様相でいると、ファミリアの金庫番であるダフネが大きく深く同意する。
「襲撃に関しては今に始まったことでもないしな」
アポロンファミリアとの『
ヴェルフの述懐に若干引き気味になりながら桜花はイシュタルファミリアの目的を推測する。
「やはり、イシュタルファミリアの目的は成長促進スキルなのか?」
「だと思います」
「で、でもどうして今なんでしょうか? スキルがあると分かってから一ヶ月も経ったのに」
返事をしたベルに、千草が当然の疑問を口する。
「暫くは他のファミリアが襲撃していたから様子見をしていたとかでしょうか?」
「それもあるかもしれませんが、アルス様がメレンでイシュタルファミリアの眷属と戦ったことと、歓楽街に行ったことで興味を持たれた可能性が高そうです」
カサンドラが思いついたことを口にして、否定はしないが可能性としては別にありそうだとリリルカは自らの推測を語る。
「なんにしても、今後の方針を決めておいた方が良さそうだ」
「だな。ヘスティア様とタケミカヅチ様の話通りの女神なら今後も狙ってくるだろうしな」
契機はどうであれ、襲撃して拉致するほどの興味を抱かれており、神二人が知るイシュタル評にダフネとヴェルフの二人は戦うか、逃げるかの選択を脳裏に思い浮かべる。
「対応と言っても、ファミリアとしての規模、人員全てにおいてこちらを大きく上回っています。現段階では、真っ向から戦えば確実に負けます」
「相手はオラリオ内でのファミリアとしての強さは確実に両手の指の数に入る。戦うという想定自体が無意味だ」
ヘスティアファミリアとイシュタルファミリアの差は歴然である。誰が見ても分かる戦力差を冷静に見据えたリリルカの評価に、タケミカヅチファミリアの団長である桜花は想定すること自体が間違いであると修正する。
「そう、今はね」
現段階では勝機は薄い。しかし、ヘスティアファミリアに勝機が無いわけではないとダフネは身を以って思い知らされた側なのでとても実感が籠っていた。
「ベル、向こうさんはこっちがファミリア単位で動いている時の算段は悲観的だったんだよね?」
「ええ、逆に敗北もあると言ってました」
「現状でもそうなのですから、ファミリア単位での成長促進スキルがあるので時間はリリ達にとって最大の味方となります」
時間さえかければ成長促進スキルで急速に強くなるヘスティアファミリアとイシュタルファミリアの立場が入れ替わるのはそう遠くないことである。実体験として絶望的な戦力差をひっくり返したことがあることがリリルカ達の自信となっていた。
「私達が『
元教会地下の隠し部屋の隠し部屋から見つかったゼウス・ヘラファミリアの物と思われるレシピの使用権を対価に、ヘスティアファミリアパーティーがダンジョンに潜る際、がら空きとなる『
幾らイシュタルファミリアがオラリオ有数のファミリアであろうと、こと鍛冶という一点に限ればオラリオでゴブニュファミリアと並んでトップに立つヘファイストスファミリアを敵に回すことは出来ないだろう。
「イシュタルファミリアの最高Lv.が5だもんな。真っ向からでも勝つようになるのに、そう時間もかからないんじゃないか?」
エイナが調べたベル経由の情報からヴェルフは楽観的に告げる。
「でも、気になるのは他にも何人か公表されているLv.以上の強さの攻撃力があったことだよ」
襲撃された時も全員のLv.を把握しているわけではないが、ベルは自身のLv.と比較して想定以上の攻撃力を持つ者がいたことを覚えている。
それだけではなく、アルスの話だとメレンでLv.で劣るフリュネ・ジャミールがアイズ・ヴァレンシュタインを圧倒していたのを目撃している。
イシュタルファミリアは公称Lv.を偽ってるのかと、ギルドも以前にそのことで査察が入ったが、結果は白だった。その所為でギルドはイシュタルファミリアに強く出れない。
「…………前にも団員のLv.や戦力を偽っているとギルドの調査が入っていて、Lv.差があるのが一人だけではないということは他者のLv.やステイタスを上げる魔法やスキルを習得した者がいると考えた方が良いかもしれない」
ダフネは『デビルモード』というLv.に近いステータスアップを行える命を見ながら推察する。
「辻褄が合うとしてもあり得ない! 命のように発動者自身のステイタスを上げる魔法やスキルはあれど、それを他者に行えるなど今までに聞いたことがないぞ!!」
「ありえないというなら、リリ達だって前代未聞のファミリア単位の成長促進スキルを持っています。神々が言うところの下界の未知というやつです」
桜花が自身の知識を照らし合わせて尚も否と叫ぶのをリリルカは冷静に見据える。
「…………未知が既に起きているのなら、他の場所でも起きても不思議では無いということか」
「はは、未知のバーゲンセールになっていても、ボクは驚きはしないぜ!」
この場にいる大半が下界の未知を引き起こし続ける現状にタケミカヅチが唸り、ヘスティアは誰にも言っていないが嘗てベルにもアルスと同時期に別種の成長促進スキルが目覚めていたことを思い出した。
『
「アルス君達が最初そうだったように、目覚めたとしてもギルドに報告はしないだろうね。無駄に注目と干渉を受けるだけで、百害あって一利もない」
「…………そうだ、もしも
もしも、他者を階位昇華させる魔法があるのならば春姫だとベルは確信する。
「春姫ちゃんがですか?」
「でないと、説明の出来ない状況があるんです」
ベル達が囚われていたあの場に春姫がいた理由。更にイシュタルが春姫を使えばLv.で劣るアイシャ・ベルカでもフリュネ・ジャミールを抑えろと言っていたこと。彼我のLv.差を考えれば春姫が階位昇華を行える魔法を習得していると考えれば納得できる。
「襲撃時に複数人に公称Lv.に違和感があるとしたら、もしかして一人だけじゃ無くて複数にかけられるのかもしれないね」
「となると、複数人のステイタスを同時に上げられるとしたら、下手をすると一人に収束することでいくつもLv.を上げられたりするのか?」
「流石にそれは無法が過ぎると思うのでないとは思いたいですが、可能性としては否定できません」
推測に推測を重ねることになるが、今のところ反証がないので嫌な想像まで出来てしまう。
ヴェルフの思いつきにリリルカが嫌そうな表情を浮かべる横で、頬に手を当てたカサンドラが結果を想像する。
「Lv.5を幾つも上げるとなると、Lv.6とか7?」
「都市最強に並ぶのは流石に無理なような……」
Lv.7は世界でフレイヤファミリアのオッタルと、学区のレオン・ヴァーデンベルクの二人しかいない。過去にはそれ以上がいたとしても、今の最高位はその二人だけ。
幾ら魔法ありきとはいえ、同Lv.帯だとしても並ぶのは無理だろうと命は考える。
「春姫がそのような魔法を持っていると想定するとなると、決してイシュタルファミリアは春姫を手放すことはないだろう」
「そう、なりますね」
話に聞くだけでもイシュタルファミリアの中枢深くに関わっていると分かる春姫の現状に、昔馴染みの桜花の言葉に否定できる論拠がない命の顔が俯く。
「リリ達が成長促進スキルを持っていることを知っているのだから、時間こそが勝敗を左右する鍵になると向こうも知っています。それこそ今度はアポロンファミリアのように『
春姫に思い入れのないリリルカはもしも自分がイシュタルファミリアならどうするかを語る。
「今の段階で『
『
「だからこそ、容易には『
「とはいえ、仮に俺達を取り込んだとして、イシュタルファミリアは何がしたいんだ? 今更、成長促進スキルに頼らなくても十分に強いだろ」
「…………ヘルメスから前に聞いたことがあるんだが、イシュタルはフレイヤのことを嫌っている――――疎んでいると言ってもいいらしい」
「ヘファイストスも似たようなことを『
「全てはフレイヤファミリアを追い落とす為と?」
イシュタルファミリアの動機に検討がつかないヴェルフは神二人の情報に目を丸くする。
「現段階では件の春姫が階位昇華系の魔法を使えるというのも、有力ではあるが仮定の段階。ファミリアの中心部にいるのは間違いないけど全体的に情報が足りていない。他に何か知っている者は? イシュタルファミリアに関わるものならなんでもいいから」
「あっ、ヘルメス様がイシュタル様に届けたアイテムがあると言っていました」
情報を求めたダフネに、真っ先にダフネが先程も名前が出たヘルメスから連想して口にする。次いで、ヘスティアもそのアイテムのことを思い出すように顎に指を当てる。
「ああ、確か『殺生石』だっけ?」
「なにっ!? 本当にイシュタルの手元に『殺生石』が!?」
ヘスティアが口にしたアイテム名に、立ち上がったタケミカヅチが目を剥く。
「あ、ああ…………そう聞いたけど」
剣幕に驚きながら返すと、タケミカヅチは力無くソファに腰を落とす。
「…………『殺生石』は狐人専用の禁忌のマジックアイテムだ。イシュタルは春姫の魂を使って、魔道具を完成させるつもりだ」
「ちょ、ちょっと待って! 禁忌の魔道具とか、魂を使うとか、一体どういうことなんだい?」
「『殺生石』は『玉藻の石』と『鳥羽の石』を素材に生成される魔道具だ。『玉藻の石』は狐人が使う特有の魔法、『妖術』の効果を跳ね上げる道具で――」
自身の言葉が浸透したのを確認し、タケミカヅチは口にするのも憚るとばかりに沈鬱な表情のまま続ける。
「――――その素材は狐人の子供の亡骸、つまりは遺骨から作られている」
「「「「「「「「「っ!?」」」」」」」」」
素材がなんであるかを知った全員が絶句する。
「もう一つの『鳥羽の石』というのは、『月嘆石』のことですか?」
素材の中には出自が悍ましい物があることを知っているヴェルフが努めて冷静に問う。
「ああ」
「『月嘆石』?」
聞き慣れないアイテム名にカサンドラが疑問符を浮かべる。
「月の光を浴びることで色を変え、光を放ち、魔力を帯びる特殊な鉱石だ。ダンジョンでは意味がない鉱石なんで、オラリオには出回っていない鉱石なんだが……」
「『鳥羽の石』の効果が最大限に発揮されるのは満月の夜、故に『鳥羽の石』を素材としている『殺生石』が力を発揮するのは満月の夜だ。二つの石が融合した『殺生石』は満月の光と生贄である『
ヴェルフの言葉に頷きながら、タケミカヅチが説明を引き継ぐ。
「魂を得た『殺生石』は込められた魂の『
「なっ!?」
「石を砕かれたら中の魂は…………春姫ちゃんはどうなるんですか!?」
イシュタルファミリアの元には『殺生石』があり、妖術を持つ『
アマゾネスが大半を占めるイシュタルファミリアの中にあって、これだけの条件に他に当て嵌まる者がおらず、命が言葉を失う中で千草が切り込む。
「『殺生石』を肉体に注入すれば目を覚ます。だがもし、砕けた欠片が紛失したり壊れた場合、例え残った破片全てをかき集めて肉体に戻したとしても元には戻らない。良くても赤子も同然となるか、廃人だろう……」
「実質的に殺すようなものじゃないか! 人の命をそんな風に扱うなど、して良いはずがない!」
桜花が非難しようとイシュタルファミリアは揺るがないだろう。ギルドも動けず、明確な確証も証拠もなしではどこも動いてはくれない。
「…………捕まった時、イシュタル様が儀式まで二日しかない、準備を急げと言っていました……」
「二日後が満月だね」
あまりにも間近過ぎる期限に、誰もが口を開けない。
→助けよう
俺達には関係の無い話だ
「気持ちは分かりますが、どうやってですか?」
「ここまで進めたのなら説得が通用する相手ではないし、儀式を阻止するだけでは意味が無い。それこそ主神の送還か、イシュタルファミリアを完膚なきまでに叩き潰せなければ同じ事の繰り返しになる」
→助ける
何度だって叩き潰してやるよ!
「こうなったアルス君は意見を翻さないだろう」
具体的な方法を求めたヘスティアファミリアの頭脳係に頑として救出を唱えるアルスに、仕方なしとばかりに大きな溜息を漏らして顔を上げるヘスティア。
「なに、アポロンとの『
「どこまでもお供させてもらいます、ヘスティア様」
「私もです! ねっ、ダフネちゃん」
「する側からされる側になったからって逃げやしないよ」
「例え行き先が地獄だろうと、リリは運命を共にすると決めています」
「相手が都市有数のファミリアだろうがやってやろうぜ」
「…………」
春姫救出を選択したヘスティアに次々と追従する中、ただ一人ベルだけは口を開かない。
「ベル君、君はどうするんだい?」
「僕は――」
ベルが即決できない理由が脳裏を過る。
【ありがとう、オリオン】
涼やかな声が耳奥で残響している。
「僕は……」
まだ出来たばかりの傷からジワジワと血が流れていく。
「ベル君、ボクは君がどんな選択をしても受け入れるよ」
「…………神様、僕は」
→ベル、お前はどんな英雄になりたい? ビルガメスのような英雄か?
即決できないベルは居残りな!
「ビルガメス?」
「確か、悪役の娼婦を討つ英雄譚の主人公だったはずです」
英雄譚に詳しくないヴェルフが首を捻り、孤児院の時に聞いた覚えのあったリリルカが記憶から説明する。
『知っているぞ、淫蕩のバビロン! 貴様が犯した悪行の数々を! 一体何人の男を誘惑し、陥れ、悲惨な末路へと導いた!? 恥を知るがいい、妖婦め!』
主人公であるビルガメスが、娼婦のバビロンの求愛、懇願を切って捨てる場面が脳裏を過る。
『それが何だというの、英傑のビルガメス。私は男が欲しい。愛が欲しい。全てが欲しい。私の空洞を埋めるには、この世の全てをもってしてもまだ足りない! ただ、しかし、お前こそが、私の空虚を埋めてくれると思ったのに!』
『私はお前を斬り捨てねばならぬ! 海底に沈む真珠のように美しかろうと、罪を知らぬ子供のように無垢だとしても! 真実その身に怪物を飼っているのならば! おお、神々よ、ご照覧あれ! 我が剣が淫蕩の女王に鉄槌を下す、その時を!』
『ならば、死ね! 死んでしまえ! 私の思い通りにならぬ男など要らない! たとえその殺戮の剣で、この身を断ち切ったとしても! お前とそれにまつわる者のあらゆる破滅を、冥府の淵で永久に祈り続けてくれよう!』
バビロンは討たれ、死んだその後も自分を殺した英傑ビルガメスの破滅を望み続けた。
【――――――英雄にとって、娼婦は破滅の象徴です】
初めて会ったあの日、悲しみに暮れるわけでもなく、笑みを浮かべて淡々と春姫は全てを受け入れていた。
「…………分からない。分からないけど僕が成りたい英雄は、きっと違う」
ビルガメスはバビロンを、娼婦を討った。英雄には憧れたけど、アルスに問われて求めている英雄象は違うような気がした。
「春姫さんがいなくなるのは、嫌だ」
そしてそれはアルテミスが認めてくれた『
「行こう、春姫さんを助けに」
前を向いたベルのはっきりとした宣言にヴェルフが立ち上がる。
「よっしゃぁっ! じゃあ、早速――」
「行かないよ」
「ですね」
今すぐにでも春姫を救出だと張り切ったヴェルフと、同じ気持ちだった桜花が肩透かしを食らったようにカクンとなった。
二人をそうさせたリリルカとダフネは冷静だった。
「儀式は二日後の夜。なら、それまで春姫様の安全は担保されています。イシュタルファミリアとの戦力差は歴然。だけど、リリ達には戦力差を埋められる可能性があります」
「たったの二日、されど二日ある。その間だけでもうちらなら強くなれる」
その場の熱情を押さえつけてエネルギーとしながらの二人の意見に納得したヴェルフは当然の疑問を抱く。
「実際どうなんだ? この一ヶ月、アポロンファミリアとの『
「そこについては考えがあるんだ」
「考え、ですか?」
「ダンジョンでの探索で得られる経験値は深い階層の方が多く得られますが、前後の階層に比べて突出して経験値を得られる階層が今までありました」
一週間9、10階層を周回したことを覚えているヴェルフとベルに比べて、命とカサンドラはピンと来ていない様子だった。
「ああ、『
「その時は9、10階層だったね」
「ええ、ですが9、10階層で得られる経験値では今のリリ達には物足りません。なので、その後に到達した階層――――25階層です」
そういえば、25階層を探索した後は取得経験値が多かったなと今更ながらに思い出す男二人。
「両者には共通するモンスターはいませんが、一般的にメタル系と呼ばれている共通する系統のモンスターがいます」
「メタルスライムとはぐれメタルだね」
素早くて倒すどころか攻撃を当てることも困難なメタル系モンスターの相手を一手に引き受けることが多いベルはメタル系と言われて直ぐに気づいた。
「も、もしかしてメタル系って、私達にとっては得られる経験値が大きい?」
「多分、だけどね。けどまあ、闇雲に到達階層を増やすよりかは可能性はあると思うよ」
話の流れから経験値の元がメタル系モンスターにあると察したカサンドラに、明確な論証はないけど春姫の階位昇華魔法説よりかは確証は高いとダフネも請け負う。
「じゃあ、決まりだな!」
方針は決まったとヴェルフが膝を叩くのにベルも頷く。
「二日間、25階層に籠もって経験値を稼いで少しでも強くなる。パーティーで行動していれば襲われる可能性も低くなる。残るアンナさんと神様は――」
「アンナ君には暫く暇を出すよ。一応、ギルドを経由した雇用だから人質に取られる可能性は低いと思う。ボクもヘファイストスの所で匿ってもらう」
家政婦として雇っているアンナ・クレーズはこういう事態も予測してヘスティアファミリアへの直接雇用ではなく、ギルドを介しての契約になっているから目を付けられる可能性はあるが高くはない。パーティーがダンジョンに籠もるならば後はヘスティアが手を出しにくいヘファイストスファミリアにいれば襲われる心配はぐっと低くなる。
問題はヘスティアがヘファイストスに働かされるかもしれないが必要な苦労と割り切るしか無かった。
→成ろうぜ、春姫様の英雄に!
春姫を助けてオラリオから逃げようぜ
「え? 春姫『様』?」
まさかの敬称に命が目を丸くする。
命だけではなく、他の皆も大なり小なりアルスが春姫に敬称をつけたことに驚いていた。
「アルスは春姫さんに尊厳を救われたから……」
「もしかしてイシュタルに襲われた?」
「イシュタル様に襲われたかけたのは僕の方で――」
「何ィッッ!?」
やぶ蛇というべきか、飛び火したというべきか。再びのヘスティアの叫びが『