彗星の上でティータイムをする話。

1 / 1
彗星の鋲

「おや、久しい来客だ。ようこそ、紅茶とコーヒーどちらがお好きかな。ふむ、紅茶。アールグレイでいいかな」

 

 女性はポットにティーカップを用意すると、椅子に座るように促した。

 テーブルの上にはお茶菓子が用意されていて、やけに華やかなティータイムがかえってこの星ではおかしく思えた。

 

「ここは何か。うん、当然の疑問だ。ここは彗星だよ。あぁ、異常者を見る目はやめてもらっていいかな。考えていることはよくわかる。尾を引いていないし、そもそも宇宙空間を微動だにしていないんじゃないかということだろう。その通りさ。この彗星は動いていない。ここに固定されている」

 

 女性は説明をしながらカップに紅茶を注いだ。ほのかに良い茶葉の香りがした。

 軽く口に入れたスコーンは熟練の腕前を感じさせるもので、他のお菓子の期待が高まる。

 

「理由を聞かれても困るなぁ。私は不法滞在者でね。廃墟に住み着くホームレスのようなものだ。私が見つけた時からここはこの位置にあったし、尾を引いたことはない。私の煙草の煙が精々というところだろうね」

 

 確かに、テーブルの隅の灰皿らしきものが奇妙ではあったが、高貴な顔立ちに美しい衣服を纏ったこの女性が煙草を吸う姿というのは酷く想像し難いものだった。

 

「とにかく、私はここに住み着いて、たまにいる君のような迷い人とティータイムを楽しんでいる。安心したまえ。ここから一番近い文明のある星は知っているから、行き方くらいは教えてあげるさ。あ、どうだいそのアップルパイは。よかった。はじめて作ったものだから、自信がなくてね」

 

 それは嘘偽りのない感想だった。アップルパイは多少不慣れゆえの強い甘さなどはあったものの、間違いなく美味しくて、一つ丸ごと平らげたのが何よりの証拠だった。

 

「私のことが気になるかい。残念だが、何も教えられない。女は謎が多い方は魅力的だなんていうが、そもさ謎が多い人は信用しない方がいいだろうね。君もそうだ。当然のように私が注いだ紅茶を飲みお菓子を口にしているけれど、睡眠薬なんかが盛られていたらどうするつもりなんだい。うん、それは結果論だろう。私に悪意がなかっただけで、今回が幸運だったというほかない。くれぐれも気をつけたまえよ」

 

 やがて、紅茶を飲み干した。茶菓子も食べ尽くした。そして、女性は煙草に火をつけた。先程想像できないと思ったけれど、いざ見ると全く違和感がなかった。

 

「そろそろ時間のようだ。もう会うことはないだろう。私のことなど忘れて元気で。また礼をしに来ると言ってくれるのは嬉しいが、ここを君が見つけることは二度とないだろう。理由は、残念ながらこれまた語れない。私は謎が多いからね。そして、謎が多い者を信用するべきではないとも言った」

 

 唐突に襲いくる眠気。視界がぼやけ、声は揺れて聞こえる。

 

「悪意がないとは言ったが、睡眠薬を盛っていないとは言っていないよ、私は。大丈夫、安心して眠ると良い。害意がないのは本当で、目覚めた時君は見知ったところにいるだろうからね。良い時間だった。深い感謝と共に、深い眠りに君を見送ろう」

 

 消えかけの視界に、女性の顔がぼんやりと映る

 

「君がこれから見る箒星の中に私はいない。そして、君がこれから見上げるであろう輝く星々の中にもいないだろう。だから、これは夢のようなものだ。輝かず、誰も姿を捉えられず、誰も目指せぬこの星は、ただ宇宙に穿たれた鋲のようなものでしかないのだからね。アップルパイを褒めてくれてありがとう。次の来客には、もう少し甘さを控えめにしたものを提供することにするよ」

 

 そうして、意識は闇の底へ沈んだ。

 

 目覚めた時、見知った景色がそこにあった。住んでいる星の、住んでいるエリアの景色だった。

 しばらくあの彗星を探してみたけれど、結局見つかることはなかったし、彼女のことを知っている人もいなかった。空に輝く星々に彼女はいない。駆ける箒星のいずれにも彼女はいない。

 ただ、どこにも見えないからこそ、いつだって空のどこかにあの彗星があるような気がした。

 憧れで蒸した紫煙が、見上げた夜空を横切った。




『第二回しぶきころしあむ』参加作品となっております。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。