月の輝きが、私を狂わせる。
その魔性の輝きが、昼間は大人しい女の子の私を獰猛な獣に創り還る。そんな風になればいいと思う。だってそれくらいじゃないと、私の心は釣り合わない。普段の私は、ぎゅっとぎゅっとお母さんのおにぎりと同じくらい強く押し込まれて、どうしようもないくらい不恰好で、痛くて硬く生きる事を余儀なくされている。
だから満月の夜くらいは解放される日が来てもいいと思う。
まぁ、戯言だけどね。
学校帰り、陽の落ちる寸前、遠い地平線が朱に染まる頃、私はリアと田んぼのあぜ道を歩いていた。素足を雑草がさわさわと撫でて気持ちが悪い。刈って欲しいけど、放置農場にそんな事をする暇人はいない。かつての稲は喪われ、今は夢の跡地しか残っていない。そしてその夢の痕が、今を生きる私とリアの邪魔をする。
「農家辞めたい」
「そういわないで~」
私の呟きに、彼女が返す。明日は土曜日。田植えの手伝い。この帰り道だって、田んぼの水路の確認を兼ねている。
私と彼女の生活に、農業はしみついていて離れてくれない。
「そんなに悪い事ばっかじゃないでしょ?」
「リアがそれを言うの?」
「そうだよ。こういう田舎でスローライフ。最近の流行でしょ」
「まぁ……」
私が黙ると、彼女が勝ち誇ったように笑う。そうすると、特徴的な銀髪が揺れる。
リアはロシアの方の国のハーフで、珍しい瞳と髪の色をしている。具体的な国の名前は教えてくれなかった。彼女曰く「あっちの方はめんどくさいから」だそうだ。もしかしたら、部落的な問題のある地域なのかもしれない。老人たちがよく蔑むように「かがみの方」とか言ったりする場所がこの辺にもあるけど、そういうのがロシアの方にもあるんだろう。
まぁそうだったところで、私には分からないけど。
「たんぼ。水ちょうどいいくらいだね」
「ちょっと多すぎじゃない? 今夜雨だし」
「え~、もういいよ。めんどうじゃん」
「それで怒られる方が嫌だよ」
私は田んぼに流れる水をせき止めるべく、近くにあった石を手に取った。その拍子に着ているセーラー服の裾が汚れた。私は「これじゃどっちが本業か分かんないな」と思い、苦笑する。
「もう、高二だね」
「どうした急に」
「急だからどうした?」
「めんどいね、リア」
「いまさらだよ、鈴」
石をパイプに詰めながら、私と彼女は会話する。
「あと一年、そしたら、どうする?」
「どうもしないよ。ここにいて、農家する」
「その後は」
「さぁ、誰かと結婚でもするんじゃない?」
「好きな人とかいる?」
「いないよ。リアは」
「私もいない」
淡々と会話は進む。だってそれは分かりきった事だから。朝の「おはよう」、夜の「おやすみ」。それくらい、私にとってはその未来は既定路線。それしかない。選べない。
「リアはどうするの?」
「私は……大学、行こっかな」
「へぇ」
「京都のさ、私、昔から歴史が好きだったでしょ。だから、昔ながらの街に囲まれて、勉強が出来たらって」
「いいんじゃない?」
ぽいと石をパイプに放り込む。びゅびゅびゅという汚い音がして、その後お腹を壊したみたいな地響きが鳴る。
「あの……さ。どうせここにいても農業するだけなんでしょ?」
「そうだよ」
そして水が止まる。私が顔を上げる。頬には泥水が跳ねていて、白いセーラーにはいくつものシミがついている。
「だったらさ。私と一緒に大学行かない?」
彼女の青い瞳が私を貫く。私は思わず目を逸らす。私はずっと彼女の瞳が嫌いだった。
「絶対楽しいよ。もったいないよ。鈴、頭いいじゃん。農家辞めたいんでしょ。チャンスだよ。おじいちゃんに言
われるがままじゃない人生を歩くチャンス!」
だってその青色が、空の青に海の青によく似てたから。
「私もこんな生活やだよ! デートにだって行けないし、未来がない。化粧だってもってのほか。男子は芋ばっか。都会に行って、生まれ変わるんだ」
彼女は私と違って、自由すぎる。海とか空みたいに。
「だからさ、鈴も一緒に行こうよ」
リアが白い手を伸ばした。
私はそれに背を向けた。
「なにを馬鹿な事言ってるの。そんなにくだらないことばっか言ってると、四辻で鬼と出くわすよ」
私はそう言って、颯爽と歩きだした。リアはついてこなかった。
海越え山越え屍越えて。そうやって、きっと生きていく。敷かれたレールを見ないふりをして、自意識とすり替えて。
その一走に魂を賭して。