第二回しぶきころしあむ投稿作品。

テーマ「人外」3000字以内。

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好き。だから……

夜の鬱蒼とした森の中、視線の先を懐中電灯の光が照らしている。泥が跳ねるのも気にせず、俺は息を切らして走っていた。

 

絵本のページを捲ったみたいに、いつの間にか森を抜けて広場に出ていた。光を右へ左へと向けながら歩き、目的の相手を探す。突然苦しそうにして俺の前から逃げて行った彼女、華がいるとすればここ以外に覚えがなかった。

 

華は広場の中央で座り込んでいた。奇しくも初めて会った場所と同じだった。立ち位置は自分と彼女で真逆だが。

 

あの時は俺が座り込んで泣いていた所に華がやってきたのだ。

 

花柄が描かれた水色の着物を着て、肩辺りで切り揃えられた漆黒の髪の天辺には角みたいな三角形の獣耳が伸びている。俺を見定める瞳は獲物を見る獣のように鋭く光っていて、明らかに人間ではない事を俺は一瞬で理解した。けれど――。

 

「迷子か? おいおい男がそんなに泣くんじゃないぞ」

 

そう言って呆れた様子で華は優しく笑っていたから、俺は彼女から逃げる事なく彼女を頼り、そして家へ帰ることができたのだ。今もその時の笑顔が脳裏から離れていなかった。

 

だから俺も同じように笑って、座り込んだ彼女に声を掛けた。

 

「大丈夫か? 心配したぞ」

 

あれから時が経ち、俺の背丈が華にようやく追いついたからか、座り込んだ彼女はとても小さく見えた。その背中に触れたいと思って、もう一歩彼女へ近づいた時だった。

 

ぐるりと華の顔がこちらを向いた。その俊敏さとこちらに向けられた輝く瞳によって、彼女が正気で無い事を直感する。あの日から何度も逢瀬を重ねてきて初めて見る彼女がそこにいた。

 

「ガアアアッ!」

 

次の瞬間、華は俺に飛び掛かって来た。俺は反射で両手を前に構えたが、恐ろしく強い力でそのまま押し倒されてしまった。その拍子に懐中電灯は手から離れ、彼女の双眸だけが暗闇の中でギラギラと燃えていた。

 

何とか華の両手を掴むことができたが、彼女はそれでも構い無しに俺の首元に首を伸ばしてきた。全力で押し返すと、ガチンと喉笛の近くで牙が鳴った。

 

俺は華を右へ払うようにして引き剝がした。急いで上体を起こして彼女から距離を取ろうと体勢を立て直そうとする。しかし、彼女の方が俺より何倍も動き出しが早かった。

 

「グアアウッ!」

 

雄叫びと共に華の光る瞳が目の前に来たと思った瞬間、鋭い痛みが顔の右側、目の辺りに走った。

 

「ぐああ!」

 

顔を抑えて地面に転がる。華の爪が顔を切り裂いたのだと理解するのにそう時間はかからなかった。右目に爪が食い込んで引き裂かれた感覚があり、本能的に右目が潰れた事を悟った。

 

華から見れば、今の俺は無防備も同然。襲うには格好の獲物だろう。しかし、追撃が俺を襲うことはなかった。多少激痛に慣れて、俺は彼女の方へ顔を向ける。

 

すると、茫然としたようにこちらを見ている華がいた。彼女は血だらけになった俺の顔を見ると、傷を付けた自身の左手を一度見て、それから嗚咽を漏らしてついには泣き始めてしまった。彼女の泣いた姿を見たのはこれが初めてだった。

 

その時、自分でも不思議な事に、たった今目を潰したその相手が、今まで以上に愛おしく感じた。

 

俺はもう大丈夫だと思い、咽び泣く華にゆっくり近づいてくと、彼女の背中にそっと触れ、そしてさすってやった。

 

「泣かないでくれ。俺は大丈夫だから」

 

 

 

 

 

風鈴の音がする。ぼやけた視界が鮮明になっていき、家の屋根を俺は見つめていた。

 

どうやら縁側で寝てしまったらしい。夕方のオレンジ色が俺と家を同じ色に染めている。唸りながら体を起こし、様々な色の花で彩られた庭先を見ながら一つ欠伸をした。

 

「起きたか」

 

声と共に背後から足音が近づいてくる。あの日から少し髪を伸ばした華が俺を見下ろしていた。それ以外は容姿も着物も何も変わらない。変わったものといえば、右目を覆い隠した黒い眼帯くらいだ。彼女の右の瞳は今、俺の右目の中に入っていた。右目を走る傷跡こそ消せなかったが、妖力とかで瞳の見た目自体は人間の目と変わらないものに変化していた。

 

「ああ、昔の夢を見たよ」

 

「嫌な夢じゃなかったか?」

 

「ああ」

 

華はそれを聞くと優しく微笑み、俺の隣に座った。夕日に照らされて、風で髪が靡く彼女の姿は世界最高の芸術のようだった。夢のこともあって気持ちが高ぶっていたのだろう。今だと俺は思った。

 

「華」

 

「ん?」

 

 彼女の顔がこちらを向く。美しいその顔に思いを全て乗せて、俺はずっと言いたかった言葉を投げた。

 

「結婚してほしい」

 

 彼女の目が一瞬見開かれた。しかしすぐに訝しんだように目を細められてしまった。

 

「……お前は馬鹿か?」

 

「おいおいプロポーズにそれはないだろ」

 

 すると彼女は俺の顔の前に指を一本立てて示した。

 

「まず私は人間ではない。化け猫だ。寿命も何もかもお前とは違う。次に私はお前の顔に消えない傷を付けた。あの日、月の暦で自分を見失う可能性があると分かっていたのに、お前と会う約束を優先したクズだ。最後に、私の顔を見ろ」

 

 俺の前に三本目の指を立てながら華はそう言った。俺は彼女の顔を、瞳を見つめる。すると目を伏せてから、再び口を開いた。

 

「こんな眼帯を付けた醜女のどこが良いというんだ」

 

「最後のは同意しかねるが」

 

俺は華の手に自分の手を重ねて下ろさせる。それに合わせて眼帯を付けた彼女の綺麗な顔が少し上がり、上目遣いにこちらを見てきた。

 

「仕方がないだろう。それでも華が好きなんだから」

 

華は口を開きかけたが、今度は何も言わずまた顔を伏せる。夕日に照らされていても分かるくらい、彼女の顔は赤くなっていた。

 

「華。お前がどうしたいのかを聞きたいんだ。俺と一緒になってくれないか?」

 

しばらく沈黙が流れた。重ねた彼女の手が何度か世話しなく動き、三度目の風鈴の音が鳴った後、華は言葉を返してくれた。

 

「じゃあ、目を閉じてくれ」

 

不思議に思いながらも俺は目を閉じる。そうして待っていると、ふと、右目をざらりとした何かが撫でた。

 

「え?」

 

つい目を開けてしまう。すると目を閉じる前よりさらに近くに彼女の真っ赤になった顔があった。

 

右目の少し湿った感覚から、華が俺の顔を舐めたのだと気付いたところで、彼女はらしくもなく慌てた様子で喋り始めた。

 

「わ、私と結婚するなら、猫の愛情表現くらい勉強しておけ!」

 

そう言って華はそっぽを向いてしまった。その様子が愛おしくて、俺は彼女を強く抱きしめた。

 

「ありがとう」

 

「や、やめろ! 人間の表現には慣れてないんだ!」

 

暴れられたので解放してやる。また顔をひっかかれるのはごめんだ。もっとも、成長した今の彼女はもう月の暦で豹変したりすることはないらしいが。

 

そんな事を考えた時、ふと気になる事が思い浮かんだ。

 

「そう言えば華。自分を見失う可能性があったのに、どうして俺に会うことを優先したんだ? お前らしくないと思ったんだが」

 

「そ、それは……」

 

華は何度か目を泳がせて、最後には顔を伏せて答えた。

 

「お、お前との約束を反故にして、お前に嫌われる方が怖かったから……」

 

心が跳ねた感じがした。幸せを感じるとはこういうことなのだろう。

 

「何だ、人間の愛情表現もできるじゃないか」

 

恥ずかしそうに唸りながら華は余計に顔を伏せた。すると、真ん中分けの前髪から覗く彼女の額が顔の前にきたものだから、俺はその額をチロリと舐めてやった。

 

夢で見た時よりも俊敏に顔を上げた華は、真っ赤な顔をして額を両手で押さえた。その様子が余りに愛おしくて、俺は声を上げて笑った。

 


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