スミレの剣~薩摩系女子のサムライと見習いナイトの武士道とは死ニ狂イとなる物語~   作:高田正人

10 / 32
第10話:……僕が君を守る

あらすじ:ボスの結晶カマキリに対する対策を練る二人。セシルがボスの攻撃を受け止めた一瞬の隙にスミレが斬る。そう申し合わせて二人は一蓮托生の思いでボスに挑む。

 

 

◆◆◆◆

 

 

 そう言うなり、スミレの姿が消えた。いや、消えるほどの速さで座った体勢から、一瞬で僕の懐に飛び込んだのだ。女の子の柔らかな感触を味わうことなんてできず、僕はみぞおち付近に打撃を食らって息が止まった。ほとんど痛みがないから、スミレが手加減しているのがよく分かる。僕はスミレと一緒に折り重なって、結晶の柱の陰に倒れた。

 

「息を止めて。お静かに。来ています」

 

 何が? とは僕はさすがに聞かない。僕だって冒険家だ。ギシギシと関節が軋る音が聞こえる。カチカチと硬いものが噛みあう音。僕はゆっくりと目をそちらにやった。

 

「…………ッ!」

 

 叫びそうになったその時、さっとスミレの手が僕の口に当てられた。

 

「お静かに」

 

 そこにいたのは、数メートルはある結晶カマキリだった。毒々しい極彩色の甲殻に覆われていて、全身から甘ったるい不思議な芳香を漂わせている。鎌の形をした凶悪な前肢は、熟練の冒険家でもあっさりと葬ってしまいそうな殺気を漂わせている。明らかにあれは、この階層の領主だ。深層から上がってきて、この場所を狩り場にしているんだろう。

 

 僕たちはその狩り場に迷い込んでしまったというわけだ。結晶カマキリは、先ほどスミレが見つけた木の周りを歩き回りながら、その花を食べたり鎌に蜜をこすりつけたりしている。あの花にひかれて集まってきた獲物を捕まえているのかもしれない。

 

「……戦う?」

 

 嬉々として抜刀するかと思いきや、スミレは真剣な目で結晶カマキリを見つめる。

 

「私一人ならば首級を上げるのも可能かもしれません。しかしセシルがいる今は隠れましょう。あなたを守りながら戦う自信はありません」

「ごめん……」

「お気になさらず。蛮勇は時に英雄になり得ますが、匹夫の勇は犬死にです」

 

 そう言ってスミレは、そろそろと僕から離れると立ち上がった。僕も立ち上がると、そっと結晶の柱の陰から顔を出す。

 

「僕が囮になるから、その隙にスミレが斬ると言うのはどう?」

「その場合、私はアンナに兄の遺体を届ける羽目になるでしょう。愚策です」

 

 確かにそうだ。もし僕が結晶カマキリに殺された場合、そのことをスミレは妹のアンナに伝えることになる。そんな辛いことをスミレにさせたくはない。下手をしたら、スミレが責任を感じて自決しかねない。

 

 それはさすがに困る。誰かのために死ぬのならばナイトとして覚悟しなければならないけど、自分のために誰かが死ぬのはむしろナイトの恥だ。正義の女神からナイト失格と裁かれかねない。

 

「しかし……いや……あるいは」

 

 スミレはじっと結晶カマキリの動きを観察しながら、しばらく考え込んでいたけれども、やがて僕を真剣な目で見た。

 

「セシル。お願いがあります」

「この窮地を脱することができるなら、僕は何でもする」

「あなたの盾に賭けましょう。一度です。一度だけ、盾で結晶カマキリの鎌を防いで下さい」

「その隙に斬る……という作戦?」

「ええ。一度で十分です。雷光の速度を求める我らもののふの刀は、一太刀で敵を屠る必殺の剣なれば」

 

 僕はごくりと唾を飲み込む。これは、ナイトの盾の見せ場だ。全身全霊で、はるかに格上の複眼の攻撃を防ぐ。失敗すれば僕は死ぬか大怪我だ。それは仕方ない。ナイトたるもの、仲間を守るための死や怪我を恐れていてはいけない。恐れるべきは、スミレが傷つくことだ。

 

「君の刀に僕の命を預けるよ、スミレ」

「あなたの盾に私の身命を賭しましょう、セシル」

 

 スミレは強い意志を込めてそう言った。

 

「ふふ……ふふふ……これが心ですか、兄上、姉上」

 

 ふと、スミレが僕から目をそらしてそう呟く。

 

「お喜びください。愚妹は今、ようやく刀に込めるべき心が分かりかけてきました」

 

 そう言ってスミレは刀に手をかける。

 

「『攻』ではなく『守』の心。私の刀では敵を傷つけることしかできませんでした。セシルの盾のように守ることはできない。私の刀には『攻』はあっても、『守』はない。でも今私は、あなたを守りたいと強く願っている」

 

 すらり、と愛用の月影胴切を抜いたスミレの姿は、怖気を振るうほどに美しかった。

 

 彼女はやはりサムライだ。強者を前にして、斬らずにはいられない修羅だ。鞘を捨てて腰を落とし、片手で刀を持つともう片手を柄にわずかに添える柔軟そうな構えを取る。

 

「兄上、姉上。私にもついに守りたい人ができました」

 

 スミレは結晶カマキリに向かっていつものようにゆらりと歩き出す。僕もその後に続く。

 

「……僕が君を守る」

 

 ナイトの誓いを胸に、僕もそうつぶやく。僕たちは今、「守る」という言葉の元、一人のようにして呼吸を合わせる。結晶カマキリはその気配を感じ取ったのかこちらに振り向いた。耳障りな警戒音と元に、結晶カマキリの極彩色の羽が広げられた。鎌をぴたりと体にくっつけ、結晶カマキリは油断なく構える。

 

「機会は一度のみ。間合いと拍子はあなたに任せます」

「分かった。全力で受け止める」

 

 滑らかに刀を構えたスミレを背にして、僕は前に踏み出し盾に全身全霊を集中する。一度だけ、という言葉に僕はむしろ安心していた。ただナイトの得意とすることのみを突き詰めればいい。自分そのものさえも盾だと思えばいい。

 

 だからこそ、僕は迷いなく一歩を踏み出した。ただ最初の一撃を受け止める。それだけが頭の中にあった。結晶カマキリが動いた。時間が間延びして感じる。極限まで集中すると、こうなるんだと僕は頭の隅で思った。普段なら絶対に見切れないし、絶対に反応できない速度で、結晶カマキリの鎌が振るわれる。

 

 

◆◆◆◆

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。