スミレの剣~薩摩系女子のサムライと見習いナイトの武士道とは死ニ狂イとなる物語~ 作:高田正人
あらすじ:結晶カマキリを討伐した後日。セシルは鍛錬中のスミレと出くわす。スミレは上機嫌で剣の腕が上がったと報告する。
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バキバキに折れた両手をイザベラさんがその場で治療した後、僕は病院に担ぎ込まれた。スミレの応急処置がよかったらしく、かなり早く快復することができたのはありがたい。ナイトの先輩もお見舞いに来てくれて「あのセシルがいつの間にか一人前になっていたんだなあ。よくやった」って誉めてくれた。スミレの指示のおかげなんだけどなあ。
ちなみに、結晶カマキリに引き裂かれた盾を見た鍛冶師はすごく驚いていた。「普通盾ごと両腕をもぎ取られているぞ」と言われて、改めてぞっとした。盾で受け止めるのではなく、受け流すということを学べたのは幸いだった。でも、もう一度同じことをやれと言われても絶対無理だ。あの痛みと恐怖を思い出してしまう。一方スミレはと言えば――
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早朝。冒険家たちの宿舎で起床して着替えた僕は、階下の食堂に行こうと廊下に出た。中庭を見ると、質素な着物姿のスミレが素振りをしている。日課の朝練みたいだ。
「スミレ、おはよう」
「セシル。おはようございます」
僕が庭に下りると、スミレは刀を鞘に納めてぺこりと頭を下げてからこちらに駆け寄ってきた。なんか、いつもと違う。
普段のスミレは丁寧だけど、こちらにわざわざ近づくことはない。僕に一度頭を下げてから、また黙々と鍛錬に励むのが普段のスミレだ。
「どうしたの? なんだか、嬉しそうだね」
「む、分かりますか」
「これ以上ないくらいにね」
「それでは――こほん」
スミレは咳払いをして居住まいをただす。どうしたんだろう、改まって。
「聞いてください、セシル。不肖ながら私は、あの結晶カマキリとの死闘を経てまた一歩剣の秘奥へと近づくことができた気がいたします」
「え? そうなの。よかったじゃないか。でも、その秘奥って自分で分かるものなの?」
ナイトの奥義とかは、信仰する神から授かるとされるものが多い。でもサムライはどうなんだろう。
「ええ。一目瞭然です。ご覧ください、セシル」
「え?」
スミレはそう言うなり、僕から後退すると滑らかな動作で鞘から刀を抜いた。いつ見ても自然できれいな抜刀だ。全体の動きが滑らかすぎて、どの瞬間を取っても違和感がない。
「初ノ太刀――火勢」
うなりを上げて刀が振られた。一度、二度、三度仮想のモンスターに斬りつける。
スミレの太刀筋には凄味があった。確実に殺すという意志が込められていた。
「これが、以前の私の太刀筋です。お見苦しいものをお見せしました」
「え、え……あ、大丈夫だよ」
「そして、これが――今の私の太刀筋です」
再びスミレは刀を振り上げる。
「――参る」
同じ動きをするスミレを見て、僕は首を傾げていた。
(あれ?)
スミレの動きはとてもゆっくりだったからだ。目で追えるし、そんなに雰囲気も怖くない。さっきとは全然違う。むしろ……僕からすれば腕が落ちたように見えるんだけど、どうしてだろう。
「ああ……是非兄上と姉上に今の技をお見せしたいです」
スミレは感極まった様子で、刀を抱いて身を震わせている。ちょっと怖い。
「ええと……スミレ。言いにくいんだけど、僕にはその、今の君の技の方がゆっくりで怖くなかったけど……それでいいの?」
「はい! セシルもそう思って下さるのですね!?」
僕がどう言おうか考えた末に当たり障りなくそう言ってみると、スミレはがっついてくる。
「え? それでいいの?」
「はい、はい、嬉しいです!」
何度もうなずきながら、スミレは刀を鞘に納めて置き、木刀を手に取った。一本を握ると、もう一本を僕に差し出す。
「これをお持ちください」
「え? 僕、刀は初めてで……」
振り回せばいいメイスが僕の得物だし、一般の剣は結構雑に使っても大丈夫だ。でも刀は違うらしい。木刀でもでたらめに振ったら、スミレから見れば見苦しいだろう。
僕はそう言ったけれども、スミレは僕に木刀を押し付けてきた。
「ご安心を。絶対に怪我はさせませんから」
そこまで言われると、僕としても受け取るしかなかった。スミレは正眼に木刀を構える。相変わらずすごくきれいな姿勢だ。着物姿の少女が、凜とした姿勢で木刀を手に立つ。ここに画家がいたら、きっとスケッチしたいと思うに違いない。
「速く、鋭く、恐ろしく。殺害を旨とする刀の理は確かにそれで正しくはあります。しかし、より速く、より鋭く、より恐ろしい相手にはたやすく上をいかれてしまう。ならばこちらもさらにその上を――と行けば際限がありません。さらに所詮我が身は人。遺跡の複眼にはなれません」
スミレは刀を構えたまま、僕に促す。
「どこからでもどうぞ」
「お手柔らかにね」
「もちろんですとも」
僕はメイスを持つ感じで木刀を握る。刃物と思わず鈍器と思うしかない。
「――はあっ!」
僕が一歩を踏み出して木刀を振り下ろそうとした瞬間――ぴたり、と手首にスミレの木刀が当てられていた。
「ここで私が刃を引けば、それで終わりです」
「速い……」
スミレが木刀を動かす瞬間が僕には見えなかった。
「ですが、速いだけ」
スミレは僕が誉めても、神妙な顔で木刀を下ろした。
「一方、攻ではなく守を理解すれば、畢竟刀は遅く、鈍く、穏やかになります」
「だめでしょ、それ」
スミレの刀は神速が特徴だったはずだ。パーティで一番速くて一番殺傷力のある自分の刀がむしろ鈍るようなことを言っているのに、スミレはものすごく嬉しそうだ。
「では、今度は私から。見える速度で振ります。受け止めてください」
「分かったよ」
僕は木刀を構えた。これを盾だと思えばいい。守る。それはナイトの真骨頂だ。守ることだけを考えて、集中する。さっきとは違い、自分の得意分野だから自然と気が引き締まった。
「――参ります」
スミレが摺り足で近づき、木刀が振り上げられた。
動きは緩やかで、ちゃんと目で捕らえることができる。これなら受け止められる――
「あれ?」
まるですり抜けたかのように、僕が構えていたにもかかわらず、スミレの木刀が僕の首筋にぴたりと添えられていた。
「もう一度。今度は突きます」
先にそう言われた。やはりゆっくりとスミレは刀を突き出してくる。僕は払おうとした。
ちゃんと動きは目で追えてるし、怖いという感覚もない。それなのに、僕が払うより先に胸にスミレの木刀の切っ先が当てられる。
「さらに一度」
僕は思い切って自分から動いてみた。メイスみたいに片手に持って振る。スミレは避けない。なのに――当たらない。わざわざ紙一重でかわしているような動きさえ、スミレは見せない。
それなのに僕の振るう木刀はスミレにかすりさえせずに、逆に無造作に突き出された切っ先で僕の手から木刀がすっぽ抜けた。力なんか全然加わっている様子がないのに、自然と消え失せたみたいな感じだ。変わった動きをしているわけじゃない。でも避けられない。対応できない。
「スミレ、何か特殊な権能でも使ったの?」
「いいえ。何一つ」
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