スミレの剣~薩摩系女子のサムライと見習いナイトの武士道とは死ニ狂イとなる物語~ 作:高田正人
あらすじ:剣の腕が上達したことで猛烈に興奮したスミレに、セシルは襲われてファーストキスを奪われるのだった。合掌すっど。
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僕が木刀を下ろすと、スミレの手からぽとりと木刀が落ちた。両手でスミレは自分の肩を抱く。
「ああ……ああっ!」
なんか……発情してる。
「なんということ! 攻ばかり求めた私のなんと愚かだったことか! そして守を意識するだけでこんなにも……こんなにも求めていた境地に近づけるなんて!」
スミレは熱い吐息をもらしながら、うるんだ目で身を震わせている。僕にはついていけません。
「なんだか分からないけど、よかったね」
そう言うしかないじゃないか。スミレが嬉しいのは僕も嬉しいけど……ちょっと雰囲気が危ない。
「セシル――あなたのおかげです」
「僕の?」
スミレは熱い吐息をもらしながら僕を熱っぽい瞳で見つめる。
「はい。結晶カマキリと戦った時、あなたは守りの極致を見せて下さった。そしてあなたに守られ、私は捨身の突きを放つことができた。その二つが重なり合い、私に剣の道とは何かを示してくださったのです! 本当にありがとうございます!」
この戦闘民族。剣の絶技が開眼したことで猛烈に興奮してるよ。
「あ、あの、じゃあ僕はこれで――」
「どこに行こうというのです?」
一歩、スミレが僕に近づく。あれ、これちょっとまずくない? 何度となく遺跡に潜った時に見た既視感。違うのは、遺跡の時はスミレが抜き身の刀を持っていて(スミレはすぐに鞘を捨てる癖があるらしい)、今は無手なだけだ。僕は何度も見た。複眼にゆらりと間合いを詰め、神速の一撃でその首を落とすのを。
「あの、スミレ、いったいなにを……!」
次の瞬間、僕は結晶カマキリのいたあの結晶の林を思い出した。スミレの姿が視界から消える。同時に僕の体にスミレが体当たりをする。ほとんど体重をかけていないし、衝撃もない。みぞおちにかすかに触れる手の感触。でも完全にバランスを崩して倒れる僕と、それに重なるスミレ。
あおむけに倒れた僕に、スミレがのしかかる体勢だ。スミレの目は――猛禽の目だった。
「ス、スミレ! 落ち着いて!? ね!?」
「もう――我慢できません」
「なんで!?」
男子が女子に襲われている。恥ずかしすぎるシチュエーションだ。
「こんな喜びを教えて下さったのはセシル、あなたですよ。どうか責任を取ってください」
僕はもがこうとするけど動けない。関節を締められているいるわけじゃないし、怪力で押さえつけられているわけでもない。スミレは僕の肩と腰をピンポイントで押さえているだけだ。てこの原理か何かで押さえられているらしく、全く体が動かせない。正確に体が動く際の起点を潰されている。ゆっくりとスミレが顔を近づけてくる。
「待って! 待ってスミレ! こういうことはその、もっと段階を踏んでからじゃないと!」
スミレは強いし綺麗で(戦闘の時以外は)お淑やかで理想の女の子だけど、だからと言って襲われるのは御免だ。物理的に怖い。
「むぐっ……!」
視界いっぱいにスミレの顔が迫るのと同時に、強引に唇と唇がぶつかった。歯と歯の当たる音が聞こえた気がした。
ああ……一応僕、これがファーストキスだったんだけどなあ。頬を両手でしっかりとつかまれ、生命の危機を感じるほどの勢いでキスされる。口をこじ開けられ、口内にスミレの熱い舌が入ってきた。
(そこまでするの!?)
頬の内側や歯茎まで蹂躙される。息が苦しい。酸欠で頭がくらくらしてきた。
「ぷはっ! ……はあっ……はあっ……!」
目の前が少し暗くなってきたとき、やっとスミレが離れた。咳き込む僕を、スミレは熱に浮かされたような目で見ている。あの目……自分の前に複眼の生首を並べてうっとりしている時よりもさらに怖いんだけど。
「敵を斬るよりも――この口づけの方が昂ります」
だからそういう愛情と殺意が同居していることは言わないでよスミレ!
「セシル……どうかもう一度」
またスミレが顔を寄せてくる。僕は思わず目を閉じた。まぶた越しでもスミレが笑っているのが分かる。きっと獲物を前にした肉食獣みたいな笑顔だ。その時だった。
「……おい、セシルにスミレ。お前ら朝っぱらからなにやってるんだ? 盛るのもいいが時間と場所を考えろよ」
いきなりローガンさんの声が聞こえて僕は目を開けた。首だけで声がした方を見ると、二階の窓から呆れた顔でローガンさんがこっちを見下ろしている。昨日あんまり寝てないのか、目の下に隈がある。
「っていうか、お前らいつの間にそんな仲になったんだ?」
「あ、あの! 違います! これは、その……!」
「違わねえだろ」
僕たちナイトは、厳格な規範に従うことを入団の際に誓っている。こんなところでふしだらなことをしているなんて思われたら、資格をはく奪されかねない。ナイトの象徴である盾を取り上げられて、無職へまっしぐらだ。
「まあいいけどな。お前ら若いしお似合いだよ。でも、ほかの奴らもここを通るんだから、ほどほどにしておけよ」
ローガンさんは頭痛がするのか頭を抱えながら、窓から顔を引っ込めた。改めて、気まずい沈黙が僕たちの間に流れた。僕が体を起こそうとすると、スミレは僕から離れた。さっきまでの積極性が嘘のように、口元を着物で隠している。お互いに顔を赤くしながら、黙ったまま見つめ合った。そして、ほぼ同時に言う。
「忘れよう……」
「そうですね」
とりあえずその日はそれで済んだ。スミレが剣の秘奥に近づいたという報告は、僕のファーストキスと引き換えにもたらされたのだった。スミレは何とか引き下がってくれた。でも、僕は何となく感じていた。あの食いついたら絶対に離れないスミレが、これくらいで満足するはずがない、ということに。
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