スミレの剣~薩摩系女子のサムライと見習いナイトの武士道とは死ニ狂イとなる物語~ 作:高田正人
あらすじ:王道のデートの締めくくりはレストランだったのだが、スミレが手洗いに行っている間に強盗たちが乱入してきた。自殺志願者のエントリーである。
◆◆◆◆
少し開演に遅れそうになりながら、僕たちは劇場にたどりついた。観劇は、デートの基本だ。そこで人気の悲劇を鑑賞したんだけど――スミレは号泣していた。話は有名な奴だ。二つの家が対立していて、そこの息子と娘が知らず恋仲になる。二人は対立する家に翻弄されながら愛を育むけれども、ボタンを掛け違えるようにしてすれ違っていく。
ちなみにラストはいろいろあって、僕たちが見たのは二人で心中するエンドだ。ほかにもヒロインだけが死んで主人公が復讐の鬼になるエンドや、互いに手を取り合って駆け落ちするエンド。ひどいのはいきなり世界が大戦争で滅んで、二人が荒野をモヒカンになって駆け抜けて終わる世紀末エンドもある。どこが悲劇だよ喜劇じゃないか。
僕はストーリーを知っていたから、少しじーんと来るくらいだったけど、スミレはもう後半はひっきりなしに涙を拭いていた。自分の手巾を濡らし、僕の差し出したハンカチも同様に濡らしてしまった。スミレってこんなに感情豊かな子だったんだ。今まで顔色一つ変えずにモンスターや複眼を皆殺しにする姿しか見ていなかったから、意外だった。
◆◆◆◆
劇場を出て、僕たちはレストランに入った。少し遅めのランチだ。
「お恥ずかしいところを見せてしまいました」
スミレは少し顔を赤らめながら、運ばれてきたパスタに口をつける。
「ううん。全然平気。でも、スミレが泣くところは初めて見たよ」
「当然です。あんなにも悲しい物語を見れば、胸が抉られるのは必然ではないですか」
実際、素直に物語に感動できるのはいいことだと思う。内容をあれこれ論じるより、心のままに劇中の人物の一挙一動に喜んだり悲しんだり出来る方がいい。
「きっと、あのスミレを見れば原作者も俳優も喜ぶだろうなあ」
「セシルは優しいのですね」
「悲しい時に泣くのは自然だからね。でも、サムライは泣いちゃ駄目とかそういう掟があるの?」
「いいえ。確かに心が迷い偽りの喜怒哀楽に惑わされるようでは、サムライ失格でしょう。ですが、人としての情も持たぬ虎狼では、主君の信頼を勝ち得ることが出来ないのもまた事実かと」
思ったよりもサムライはまともだ。てっきり親兄弟でも必要ならば斬殺するバーサーカーかと思いきや、ちゃんと人情を大事に考えるらしい。
「不思議ですね」
サラダにも忙しくスミレは口をつけながら言う。僕は割と食が細いけど、スミレはこう見えて食いしん坊だ。なんて言うか、見ていて飽きないというかほほえましい。
「何が?」
「刀を置いて、これほど自然に振る舞えるとは思いませんでした」
確かに、ほぼどんな時でもスミレは帯刀していた。刀を持ってないのは今日くらいだ。
「刀とは私そのものと言ってよいものでした。でも、どうしてでしょう。セシルとこうして過ごしていると、刀がないこの時間が心地よく感じてしまうのです」
フォークを置き、スミレはこそばゆそうに僕を見てくれる。
「君をエスコートできて本当によかったよ」
その視線がむずがゆくて、僕はそう言いつつも結局ほとんどランチの味が分からなかった。
◆◆◆◆
「少し、手洗いに行かせていただきます」
一通り食事を終えて後はデザートという時に、スミレは席を外した。
「うん、分かったよ」
スミレがテーブルを後にしてから、僕は大きく息をついた。
「よ、よ、よかったぁ……」
ほっとした。本当に緊張した。初めての女の子とのデートは、なんとかうまくいっているみたいだ。
しかも、相手はスミレという美人のサムライだ。緊張しっぱなしだったけど、同時にすごく幸せだった。天にも昇る、っていうのはこういう気持ちを言うんだろうなあ。一足飛びだとか舞い上がっているとか周りに言われるかもしれないけど、スミレも僕のことを好きでいてくれるんだろうか。好きだったら嬉しいし、できればもっと親密になりたい。
そりゃあキスした仲だけど、あれは襲われたと言うか、勢いでと言うか。どうせならロマンチックにキスしたい。どんなのがいいだろう。スミレが喜んでくれるのなら、少し強引な方がいいかな。肩を抱いて、力を入れて。「君が欲しい」なんて格好いい台詞を囁きながら。スミレは身を任せてくれて、少しだけ顔を仰向けて、目を閉じて――――
いや、違う違う。欲望が暴走している。僕はナイトだ。ふしだらな妄想は禁止。それにスミレはサムライだった。今は刀を持ってないから大人しいけど、もし何かあったら嬉々としてナチュラルボーンバーサーカーに変貌するだろう。ほんのわずかのきっかけさえあれば充分だ。そうだ、例えば――――
「手を上げろ!」
「大人しくしな!」
その瞬間、凶悪な人相の一団がレストランになだれ込んできた。そう、ちょうどこんな、ぶちのめされても文句が言えないような、典型的な悪人たちがいれば……って、ええっ!?
「全員立って後ろを向け! おかしな真似はするなよ!」
「金目のものを全部出しな! 親の形見とかだったら勘弁してやるが、財布の中の金は残らずいただくぜ!」
僕は全員を見た。スミレはまだお手洗いから帰ってきていない。でも、こんな悪人を見たら――
「まあ、カモがネギを背負って来ましたね」
僕は幻聴が聞こえた。半日刀を持っていないスミレの前に現れた彼らなんて、「ぶち殺して下さい」と言わんばかりの的だろう。
「皆さん逃げて下さい!」
僕は叫んだ。レストランの客にではなく、強盗たちに。
◆◆◆◆