スミレの剣~薩摩系女子のサムライと見習いナイトの武士道とは死ニ狂イとなる物語~   作:高田正人

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第31話:武者修行ならいつでも付き合ってあげるから

あらすじ:トラブルはあったものの、何とかセシルは機転を利かせて肝試しを無事に終える。その姿に惚れなおすスミレだった。

 

 

◆◆◆◆

 

 

 スミレの手がゆるやかに動いた。殺気もなければ焦りも恐怖もなく、脇差をつかむと静かに僕を縛る縄を切る。そして同時に僕の口を塞いでいた猿ぐつわも取る。

 

「はあっ……はあっ……」

「よくぞ耐えましたね。お見事」

「……そんなことないよ。今すぐ逃げられるなら逃げたい」

「ではセシルはお下がりに。私があれの相手をします」

 

 興奮した様子の大樹の守護者がこちらを見た。いきなり人間が二人もその場から現れたんだ。大顎の唾液が地面に落ちて湯気を立てる。明らかにこちらを警戒している。

 

「勝算は?」

「もちろんあります。肝試しは無駄に命を散らすものではありませんので」

 

 ……絶対にそれ、嘘だと思う。どう考えても命を危険にさらす綱渡りだよ、これ。

 

「ですので下がって下さい。肝試しを取り決めたのはこの私。責任を取ってセシルを守ります」

 

 ゆるやかにスミレが刀を抜こうとする。大樹の守護者が殺気を感じ取ったのか、上翅を開いて威嚇音を発する。いつものスミレと複眼の戦いだ。でも――僕は少しためらった。これは僕たちが、一方的にこの複眼のテリトリーに入り込んだだけだ。

 

 依頼を受けて複眼を狩るのは何もおかしくない。スミレと行う武者修行は狩りだ。遊びじゃない。でも、心の鍛錬と号してわざわざ危険を冒し、しかも最後は血祭りとはちょっとナイトの僕としていただけなかった。血気にはやるのを良しとするサムライとしては構わないだろうけど、僕はサムライじゃない。ナイトは不要な争いはしないのが鉄則だ。

 

「スミレ、抜かないで」

「……セシル?」

 

 僕は刀の柄を握るスミレを諫めた。確か、大樹の守護者は肉食じゃないし、本質的に大人しい部類に入る。階層を下るために敵対する複眼を殺すのは間違いじゃない。でも、今夜の肝試しは不要な争いだ。

 

「殺気を消して。自然体にね」

 

 僕だってそりゃあ怖い。でも、スミレの前だから落ち着いた振りをする。

 

 僕はスミレを諫めつつ、じっと大樹の守護者を観察する。忙しげにその触角が僕の周りで振られる。匂いを嗅いでいるんだろう。僕は刺激しないように手をそっと動かして、虫呼びの香を公器に放り込む。僕がじっとされるがままにしていると、少しずつ大樹の守護者は落ち着いてきたようだった。上翅が閉じられ、唾液が止まる。

 

「ごめんね。いきなり押しかけて。僕たちは帰るよ。君も帰って欲しいな」

 

 人間の言葉を複眼は理解できないと分かっているけど、僕はそう言う。言葉に敵意がないことを感じ取って欲しかった。まるでその言葉が通じたかのように、大樹の守護者はゆっくりと僕たちに背を向けた。飽きたかのように、その姿が密林の奥へと消えていく。

 

「た……助かったぁ……」

 

 僕は緊張の糸が切れてその場にへたり込んだ。それでも四つん這いで這って、なんとか遠くに転がっていた虫除けの香をつかむ。まだ一応火はついている。

 

「な、なんとかなったね、スミレ……スミレ?」

 

 スミレはしばらく呆然と僕を見ていたけど、やがて――その場に深々と手をついて平伏した。

 

「御見事に御座います」

「……は?」

「戦わずして争いを終える兵法の極意。私のような若輩者に二度も守りの極致を見せて下さるとは。恐悦至極に存じます」

「スミレ!? いや今回は偶然だからね? 頭を上げて? ね?」

 

 何だかスミレは僕がすごい技を見せたように思っているみたいだけど、それは勘違いだ。ただ単に、自分が出来ることをしただけだ。

 

「セシル、あなたはやはり素晴らしい方です。これほどの実力を隠されているとは。お見それいたしました」

 

 やがて顔を上げたスミレは、僕のことを尊敬の眼差しで見る。こそばゆいけど、ちょっと僕は分不相応だ。

 

「あはは……スミレの力になりたいって思ったらもう無我夢中で……」

「私のため……ですか?」

「そうだよ。自分のためでも誰かのためでもない。スミレだから、こんな無茶が出来たんだ」

 

 僕は本心からそう言った。いつでも僕が無茶をするのはスミレがそばにいた時だ。結晶カマキリといい大樹の守護者といい、本気以上の実力を発揮できたのは、スミレを守ろうと思った時だ。ナイトとしてそれは何もおかしなことではないのだけど――

 

「――セシルッッ!」

「うわぁっ!?」

 

 いきなりスミレが僕に抱きついてきた。

 

「私、なんと申し上げたらよいか――ああ、これ以上私の心をかき乱さないで下さい!」

 

 そう言いながら、スミレは夢中で抱きついてくる。怪力で少し痛い。恥ずかしいけど、同時に嬉しさがこみあげてくる。女の子の前でいいところを見せられたんだ。当然じゃないか。

 

「あなたになら――私の全てを捧げても悔いはありません」

 

 僕に抱き着いて深々と深呼吸しながら、スミレはそんなことを熱っぽくささやく。理性が根底から揺らぐような誘いだ。スミレが顔を上げて僕をじっと見つめる。異国のサムライの目は、普段の冷静さではなくて熱した蜜のような甘くて色気を帯びた輝きを放っていた。

 

「そう言ってくれるのは嬉しいけど、そういうことはちゃんと段階を踏んでからね?」

 

 僕はスミレの前髪に触れる。さらさらの感触が指に伝わってきた。本心から嬉しいのは事実だ。

 

「セシルは無欲なのですね」

 

 僕のきっぱりとした返答を聞いて、少しだけ残念そうにスミレは手をほどく。するりと静かにその体が離れる。

 

「ナイトとして恥ずかしくない生き方がしたいだけだよ。スミレだって、お兄さんとお姉さんをがっかりさせたくないでしょ?」

 

 不純異性交遊なんてものは、ナイトである僕には厳禁だ。感情に流されて不埒なことはしたくないし、ましてスミレはご家族に期待されてこの国に来たらしい。その人たちの誠意を裏切りたくはない。

 

「御爺様でしたら『生涯ん伴侶じゃと感じた相手を見つけたんやったら、一切遠慮すっな』と叱咤して下さるでしょう」

 

 でも、スミレは平然とそんなことを言ってきた。なにそれ。僕の紳士的な対応の方がおかしいってこと? でも、幸いスミレはそれ以上がっつくことなく、地面の大小を拾い上げて腰に差すと、虫除けの香炉を手に持つ。

 

「ですが、セシルの言う通りです。今宵はこれにて」

「うん。帰ろうか」

 

 それにしてもスミレは、ここまで眠った僕を担いできたんだろうか。

 

「肝試しは危ないからもう禁止だよ」

「……残念です」

 

 スミレが心底残念そうだったので、僕は代替案を出すしかなかった。

 

「武者修行ならいつでも付き合ってあげるから」

「はい! お願いいたします!」

 

 

◆◆◆◆

 

 

 

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