スミレの剣~薩摩系女子のサムライと見習いナイトの武士道とは死ニ狂イとなる物語~ 作:高田正人
あらすじ:そしてセシルたちのパーティの快進撃は続く。スミレの剣とセシルの盾はこれからも共にあることだろう。
◆◆◆◆
遺跡の中層。「揺らぎの湖」。そこでセシルとスミレの所属するパーティであるストームキャットが、今まさに巨大な複眼と戦っていた。水中での生活に適応し、水上を滑走しつつ鋏と毒針で獲物をしとめる黒色の水棲サソリだ。しかし、実質戦っているのはセシルとスミレだけだった。残りの三人は岸辺で二人の戦いを観戦している。
「なんて言うか、さあ」
水棲サソリが鋏から飛ばす水流をセシルが盾でことごとく弾き、攻撃の隙間を縫うようにしてスミレが斬りつける。見事な連携を眺めながら、ローガンがため息をついて言う。
「何よ」
隣のイザベラがじろりと彼の方を見た。
「俺たち、いる意味あるの?」
リーダーのやる気のない発言に、すぐにイザベラは反応した。
「あるに決まってるでしょ? 遺跡をレンジャーの探索やドクターのバックアップなしで安全に踏破できると思ってるの?」
「いや、そうなんだけどさあ……」
近くで公器から触媒を並べて整理していたアンナも会話に加わる。
「お兄ちゃんとスミレさん、最近二人で遺跡に行くことも多いからね。あ~あ、ちょっと残念」
「まあ、少しは大目に見てあげましょう。あなたのお兄さん、冒険家にしては珍しく将来設計ができているみたいだからね」
ローガンには辛辣だが、イザベラはアンナには甘い。
「いい? 結婚したら、もう冒険家なんてリスクの大きい仕事は辞めなさい。騎士団、それも事務方に回るのがいいわね。元々セシルは後方支援が得意だから問題ないわ」
一度この手の話題になるとイザベラは止まらない。
「今のうちに資格を取っておくのもおすすめよ。簿記や法律関係の資格を取っておけばまず食べていくのに困らないわ」
「あはは……お兄ちゃんに伝えておくね、できれば」
まくしたてるイザベラに、アンナは苦笑するしかなかった。何しろ、当の本人がいまだに現役の冒険家だ。
「やれやれ、小姑みたいだぞ、イザベラ」
ローガンが茶々を入れる。
「うるさいわね! 私は真っ当に老後を送れるように助言しているだけよ!」
イザベラとしては老婆心から言っているのだが、あいにくと冒険家を目指すような者たちに堅実なんて言葉は存在しない。
「……って、言ってるうちにあの二人、仕留めたみたいね」
◆◆◆◆
人間の胴体を軽々挟めそうな鋏を駆け上がったスミレが、水棲サソリの頭部に深々と刀を突き刺した。眼球のある辺りに刺さったそれは、見事に鍔元まで埋まる。大きく水棲サソリの体が痙攣した後、スミレに向かって突き出そうとした毒針のついた尾がだらりと垂れた。
「どうやら終わりみたいだね」
「ええ、今回も素晴らしい守りでした、セシル」
スミレがストームキャットに所属したころは、僕はまったくスミレの動きについていけなかった。予備動作が一切ない彼女の足運びは、盾を構える暇さえなかった。でも今は状況が少しだけ変わった。次にスミレがどこに行くのか。いつ刀を振り下ろすのか。それが言葉にできないけれども、直感のように感じられるようになってきた気がする。
「ようやく君の動きが分かりかけてきたみたいだよ」
僕は本心からそう言う。初めて出会った時は雲の上の存在にしか思えなかったスミレという可憐なサムライ。同じ戦場にずっといることによって、僕は少しだけ彼女に近づけているのかもしれない。
「ふふ、それは頼もしいです」
「じゃあ……」
僕が死んだ水棲サソリに近づいた時だった。
「いえ。どうやらまだのようです」
スミレが鞘を拾わずに僕を制する。刀が引き抜かれた傷口から、どろりとした体液が岸辺に広がっていく。鼻をつく異臭が漂う。魚の燻製のような、薄めれば食欲をそそる香りかもしれない奴だ。けれども、そう感じたのは僕だけじゃなかったみたいだ。空気を震わせる羽ばたきの音が聞こえてきた。
「あちらがどうやら本命、この階層の領主のようですね」
スミレが刀を振って水棲サソリの体液を刃から飛ばす。遺跡の太陽が一瞬陰った。僕たちの前に現れたのは、四枚の羽根を猛烈な勢いで羽ばたかせる、巨大なトンボだった。発達した両眼が無機質にこちらを見ている。何よりも恐ろしいのは、獲物を捕獲するために棘だらけになったその前脚だ。
暴風ヤンマ。冒険家の知らない空路を使って下の階層からやってきた領主だ。
「アンナ、触媒の用意を」
僕は振り返って、岸辺で待機していたアンナに告げる。
「うん、分かってる、お兄ちゃん」
すぐにサイエンティストの顔になる僕の妹。
「さて、やっと俺たちの出番みたいだな」
ローガンさんが腰の銃を抜く。銃身を切り詰めた散弾銃だ。
「ええ。安心して。私がついているわ」
イザベラさんが僕たちに並ぶ。ドクターのイザベラさんがいると、僕は安心して防御に専念できる。本当にこのパーティは釣り合いが取れている。改めて、僕はこのストームキャットに巡り合えたことに感謝していた。
「では――まずあれを落とします」
スミレがそう言って前に進み出る。
「……は?」
落とす? 空中でホバリングしているあの巨大な複眼を? けれどもスミレの歩みに迷いはない。いつもの戦闘だ。スミレが斬りこみ、僕たちが援護する。これからも当分、こういう戦闘ばかりの日々が続くだろう。慢心だけには気を付けたい。常勝なんてありえない。僕は強くない。だからこそ強くなりたい。
でも。それでも僕はスミレの隣にいることを選んだんだ。スミレの助けになるために、この子を守るために。
彼女の剣が――スミレの剣がよりまばゆく輝くために。
――その後、僕たちストームキャットが遺跡の踏破で快進撃を続けたこと。
――ついに僕が東の国に行き、スミレのお兄さんとお姉さんに面会したこと。
――なによりも、スミレに求婚して返事をもらえたこと。
それらはまた、いつかまた別の機会に話してみたいと思う。
僕はスミレの隣に立つと、彼女を横目で見る。信頼しきったスミレの表情に心が引きしまる。スミレが刀を無造作に担ぐような構えを取った。暴風ヤンマが甲殻と棘に覆われた前足を軋らせる。
「壱ノ秘剣――――」
◆◆◆◆
(スミレの剣――完)