スミレの剣~薩摩系女子のサムライと見習いナイトの武士道とは死ニ狂イとなる物語~ 作:高田正人
あらすじ:サムライの少女はスミレと名乗り、パーティに加わるよう誘われるとあっさり了承するのだった。
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「援護、いらなかったわね」
イザベラさんが僕の後ろで呟く。
「たとえあの嬢ちゃんがピンチでも、俺は援護だけはしないぜ」
ローガンさんの言葉にイザベラさんが声を荒げる。
「はあ!? 何それ!? 冒険家は助け合いでしょ? あなたがそんなに臆病者なんて知らなかったわ!」
「いや、そうじゃねえんだよ」
ローガンさんは振り返る。
「俺の知り合いで、サムライが紫電アゲハと戦っているところを無断で援護した奴がいたんだ。紫電アゲハはレアだから分け前が欲しくてな」
ローガンさんは生唾を飲み込んだ。
「紫電アゲハは結局サムライが仕留めたんだが、当のサムライが『武士の死闘に出しゃばるとは何事か』って激怒して――」
ローガンさんは自分の耳の付け根を指でなぞる。
「……そいつ、片方の耳を削がれた」
アンナがぞっとした顔で僕の方を見たので、僕は妹の頭を撫でる。いくら何でもショッキングすぎる話題だ。
「いや、カミソリで斬ったみたいな切り口だったから、すぐに傷痕も残らないでくっついたんだけどさ。サムライってのは独自のルールをやたら重んじてるから、正直言ってめちゃくちゃ厄介なんだよな」
僕は改めて死闘を終えた女の子を見つめる。綺麗な子だ。血塗れだけど――だからこそ、胸が痛くなりそうなくらいに目を奪われてしまう。女の子は悠然と歩いて、近くの草地に転がっていた何かを拾い上げた。刀の鞘だ。多分戦う時に、邪魔にならないように捨てたんだろう。刀身を懐から出した紙で丁寧に拭いてから、女の子は鞘に刀を収める。
「――そこの御仁。先程から私をご覧になっていますが、何用ですか?」
その顔が、僕たちの隠れているブッシュの方を向くと、凜とした声が響いた。大声じゃないのに良く通る澄んだ声だ。
「ほら、行きなさいよ」
イザベラさんがローガンさんを小突く。
「お、俺は嫌だぞ。いきなり目か耳か鼻をなくすのは」
すっかりローガンさんは怖じ気づいている。
「ああもう、だったら私も行ってあげるから。セシル、アンナ、あなたたちはそこにいなさい」
その様子にしびれを切らしたらしく、イザベラさんが立ち上がった。さすがにそれはまずいと思ったのか、ローガンさんはイザベラさんを制して自分も立ち上がる。
「ば、馬鹿言うな。お前が片耳になるくらいだったら俺が斬られてやるって」
その言葉を聞いて、イザベラさんの顔が一気に真っ赤になった。火のつく音が幻聴で聞こえたくらいの速度だ。イザベラさん、本人は認めないけどローガンさんにベタ惚れだからなあ。固まっているイザベラさんを置いて、とうとうローガンさんはブッシュから足を踏み出した。
「あ、あはは……ようお嬢さん。本日は……ええと、お、お日柄も良く」
ローガンさんがびくびくしながら女の子に近づいていく。我慢できずに僕たちもブッシュから姿を現す。幸い、女の子は怒ってはいないようだ。
「ええ。鍛錬にはもってこいの日よりです」
思わず僕たちは足が止まる。この子、今の死闘を鍛錬にしか思っていないんだろうか。しかも、女の子はうっとりした視線で草地に転がる恐竜の生首を見る。
「もちろん、殺し合いにもよい日かと」
明らかにこう……興奮した目だ。この子、こんなに可愛い外見なのに戦いに高ぶっているよ。東の国って戦闘民族しかいないんだろうか。でも、すぐに女の子は手を打ってはっとした顔になる。
「あ……もしかして、この敵は皆様の獲物でしたか? だとしたら、誠に申し訳ありません」
ぺこりと頭を下げた女の子に、慌ててローガンさんは手を振って否定する。
「い、いやいやいや、違うって。たまたま俺たちは今日ここに依頼で来てて、嬢ちゃんの戦いを見学してただけなんだよ。ははは」
ローガンさんがそう言うと、女の子はすぐに顔を上げた。明らかにほっとしている。どうも世間知らずらしい。
「ああ、よかったです。私、まだこの町に来て日が浅くて、冒険家としての段取りや約束事に疎くて恐れ入ります」
「え、嬢ちゃん、もしかして新米なのか? パーティは?」
「ぱーてぃ……つまり仲間ということでしょうか」
女の子は少し考え込んでから首を横に振る。
「いえ、誰もいません。孤軍奮闘といったところです。恥ずかしながら」
いや――単身で表層とはいえ領主を倒すサムライだ。仲間がいなくても別に変じゃないし、なまじ仲間がいたら邪魔に思われそうだ。僕がそう思った時、それまで黙っていたイザベラさんが口を挟んだ。
「ねえ、おサムライさん。あなたがよければ、私たちのパーティに入ってみるっていうのはどう?」
女の子がそちらを見る。
「あなたほどの腕があれば私たちも心強いし。試しに少しの間仮に入団してみるのはどうかしら。私たちストームキャットは、あなたを歓迎するわよ」
「おい、勝手に決めるなよ」
ローガンさんが振り向くけど、パーティの財布の紐を握っているイザベラさんは一喝する。
「あなたは黙ってて。前からパーティに切り込み役がいないって嘆いてたくせに」
確かに、今のストームキャットはアタッカーがローガンさんだけだ。僕はディフェンダー、アンナとイザベラさんはサポーターだ。しかも僕とアンナは見習いだ。ストームキャットは元々ローガンさんとイザベラさんの二人がメインで、色々なルーキーを育成するパーティだった。つまり、僕とアンナはお二人のお世話になっているようなものだ。
「それとこれとは話は別だろ……いててっ」
ローガンさんの腕をつねりながら、イザベラさんは女の子にほほ笑む。
「ああ、すぐに決めなくていいわよ。あなただって事情が……」
「いえ、これも何かのご縁。若輩者ですが、皆様の一行の末席を汚させていただきます」
鞘に収めた刀を地面に置くと、女の子はその場に正座して丁寧に頭を下げた。
「よろしくお願いいたします。私の名前はスミレ。剣の極致を目指す――ただの武士です」
どこが「ただの」だよ、とこの場にいる全員が思っただろう。いずれにせよ、イザベラさんの誘いに即答で応じたこの瞬間こそ、スミレというサムライがストームキャットに加わった瞬間だった。そう、戦闘と首狩りにしか興味を示さない、生粋の戦闘民族が。
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