半分少女のヒーローアカデミア
「残り1週間かぁ……」
目の前のバケツと焚き木を前に唸る。
それは緑谷くんが戻ってきた直後、とある事実が判明したことに由来してる。
──死柄木弔の復活まで残り3日である。
この事実はヒーロー側に凄まじい緊張を齎した。なにせ、セントラル病院での調査から、死柄木の肉体が出来上がるまで2か月かかるだろうという予測だったからだ。決戦まではあとひと月弱あると踏んでいたのに、それを一気に縮められてはたまったものじゃない。
なので、対策を打とうにももう時間切れという最悪な状況だった。まぁ、襲撃されたタルタロスの職員が決死でこの情報を守っていなければ、私たちは知らずに向こうからエントリーされてて、負けは確定的だったと思う。それを教えてくれたのが、ステインってのは首を捻るけどね。オールマイトへの熱烈なラブレターと一緒に入れてあったんだってさ。
それはさておき。じゃあ、なんでたった3日だった残り時間が1週間に伸びたかと言うと、日本からのSOS(多分明日くらいに滅びます)を聞きつけて、文字通り飛んできたぶっちぎりの凄い人がいたからだ。
アメリカの誇るNo.1ヒーロー
──スターアンドストライプ──
明日来てという無茶ぶりや派遣手続きの煩雑さ、自国の状況を全部丸めてポイして来日したらしい。しかし、その無体が通せるだけの力を持っている。大国アメリカでNo.1を張るのは伊達じゃなく、彼女はオールマイトに匹敵するくらい強い。
そしてその強さは死柄木がわざわざ出向く程だった。脅威だと認め、脅威故に奪いたいと思わせる強個性、新秩序〈ニューオーダー〉。
結果、死柄木弔、スターと彼女率いる戦闘機部隊は千葉県沖の海上にて会敵、ものの十数分で海が割れるほどの戦闘を繰り広げたと聞いた。しかし、触れて名を呼んだ対象に新しいルールを付与する「新秩序」は、意識がオール・フォー・ワンと融合しかけてる死柄木には不発に終わる。最終的にスターは殉職、個性を奪われる形になるが、彼女の残した一手が今の1週間に繋がった。
「新秩序」が「新秩序」自身に付与した「他の個性と反発する」というルール。
それが大量の個性を内包する「オール・フォー・ワン」と反応、無数の個性を破壊すると共に「新秩序」も壊れ、個性を奪わせず、ダメージまで負わせるという戦果を上げた。
その戦闘記録を持ち帰った戦闘機部隊のお陰で、私たちは1週間の猶予を知り、そして得ることができたわけですね。
今はそれを利用して、最後の個性訓練をやってるってわけ。焚き木やら水バケツやらを眺めてるのも火の番をしてるわけじゃないです。
「では、いただきます。」
手を合わせ、いい感じに燃えてきた薪を持つ。そしてそのまま先端の炎を齧った。
「うげぇ、焦げ臭い……」
水と同様、自分のストックにできてる感覚はある。でも全然美味しくない。ストック回復の実験だったけど、炎なんてどこでも用意できるわけじゃないし、やっぱりサブかなぁ。色々試して、焚き木が一番マシだったレベルだし。
ガス火はガス臭くてとても食えたもんじゃなかった。あとは個性由来はどうかと、あの作戦中にエンデヴァーの炎をこっそりパクって食べてみたけど、なんか加齢臭がした……
ていうか水ならともかく、炎が食べられるってだいぶ変な体質してる。
「さて、次はっと。」
水炎転身・紅焔、発動しまして。
「焚き木に触れて……えい!」
炎を操って、自由自在に動かす!
蛇腔戦以降、考えていた応用をやっと試せた。紅焔状態の私が炎に近い体なら、別の炎に触れて操れないかな?という思いつき。そもそも形態変化の個性と操作の個性が混じりあってるから、こっちが出来ない理由もなかった。
ネックは紅焔使わないと操れないことかな。今まで手応えすらなかったし、纏炎だとダメなんだと思う。あと検証しておきたいのは……
「ちょっといいか?」
「お、轟くんいいところに。」
ナイスタイミングだ。
「なんか用事?」
「あぁ、新しい赫灼のことで聞きてえことがある。」
「あれね。冷たくも熱くもない凄いやつ。」
私たちが雄英を空けてる間に彼は新技の開発に勤しんでたらしく、この前見せてもらった。前々から練習してた左右の同時発動、それの完成が近いんだって。
「両方を体の中心で発動させるのはいいんだが、これの維持が難しいんだ。なんか良いアイデアねえか?加山も同時発動できるだろ。」
「できるけど……」
難しいこと聞くねぇ。
確かに、私は水蒸気爆発とか水炎転身で部分的に同時に使うとかやってるけど、彼とは違う。私のは2つの個性の使用に左右がないから、使いたい方のスイッチを入れるってイメージで発動してる。
水炎転身の並列化は、ここまでを水にしてここからは炎って分けてるのが使えそうではある。でも彼も同じように体質が変わる体の中心で分けて発動というのは既にやってるし。それで上手くいかないとなると、どうしたらいいのか……
「うーん、うーーーん……」
半冷半燃を同居させられるように、中心で発動するってのは間違ってないと思う。ここからダメだったら、そもそも同時発動は無理だ。
……こういうときセンスでねじ伏せていく天才マンが羨ましい。
中心、中心……でしょ?これ、よく考えたら大体真ん中ならいいんじゃないかなぁ。コンセプト的にも。
いけそうじゃない?
「新しい赫灼、氷結と炎熱の個性が中和し合って、片方ずつより出力上げようってことだったよね、血流を利用して。」
「そうだな。」
「でしょ?それなら、そもそも完全に中心じゃなくていいと思う。」
「………あぁ、そういうことか。」
彼の胸、若干左側を指して言う。
言いたいことは伝わったらしい。
「心臓を起点に、両方を……」
「お、」
言うが早いか、彼の姿が変わる。右側は冷気で凍りつき、左側は熱気によって舞い上がる、普段とは違う髪の逆立った彼がそこに居た。
これかっこいいんだよね。キラキラしてるし、強そうだし。まさに強化形態って感じ。
「……?」
あー、やっぱり左右で制御がブレてる。前より良くなってはいる。でもちょっと不安定だ。
最近じゃ、炎熱の扱いもだいぶ追いついて来てるけど、氷結の出力がまだ高い。癖みたいなものだから簡単に無くせるものじゃないし、無理に抑えようとすると炎熱の制御が甘くなる。
この赫灼、つまり個性の同時発動は、左右の出力が均等であることがミソだ。発動、維持が出来ても、これだと少し実戦には足りない。技を出そうとして力んだら解除されかねないのは致命的になる。轟くんが、ちょうど塩梅を掴めるかどうか、バランス感覚に近い。
……惜しい。
同時発動の感覚、私ならちょちょいのちょいなんだけど……
うあああ!もうじれったい!!
「轟くん!」
「なんだ?…ってお前……」
ふむふむ、ほうほう……なるほどね。
こんな感じに力が流れてるのか。密着してみるとよくわかる。確かに中心の炎も炎なのに熱くない。けど、見た通り氷結に偏ってるね。
「なぁ、こういうの良くねえと思うんだが……」
「とりあえず右側に集中して、私が手伝う。」
「だから……」
「早くしなさい。」
「……………」
よし、右側は落ち着いた。
この出力が自然体でいられる、言わばニュートラルな状態と仮定して、今だと6対4、いや左側は5.5くらいか。これなら私が炎熱を彼から移動させれば……
うん、出来たね。ぶっつけ本番でもやれるもんだ。
触れられれば相手の炎熱にもちょっと干渉できる。転身を使ったらもっといけそう。
「どう?これで赫灼も落ち着いたと思うけど。」
「は…?」
調整が終わったので離れる。
あれ?ポカンとしてない?
「どうしたの?」
「……なんでもねぇ。確かにさっきより楽だな。」
「なら良かった。」
さっきまでうわの空な顔してたけど、それで赫灼が解けてないならいいや。むしろ安心できる。
さてと、轟くんのサポートは終わったし、私もそろそろ……
「加山、加山はいるか?」
む、相澤先生だ。
「ここですよ〜」
「……そこに居たか。急だが西側の仮設住宅に行ってくれ。」
「仮設住宅、ですか?避難民用の。」
「あぁ、水道管が割れたらしい。セメントスとホイールローダーが直してるが手が足りなくてな。」
「またですか……」
戻ってきて何回目だろう、これ。
なんなら寝てる時でも呼ばれるからね。
「悪いな。個性で簡単に建てられても、突貫工事だと色々脆くなるのはどうにもできん。」
「まぁ、しょうがないですよね。行ってきます。」
「救かるよ。」
ちょい面倒だけど、これもヒーロー活動の一環かな。先生も褒めてくれるし、一石二鳥だ。
言われた所はここから近い。走っていけば十分間に合う。
……あ、そうだ。
「轟くーん!さっきの感覚忘れちゃダメだからね〜!」
「……おお。」
声ちっさ。
風邪でも引いてないといいけど。
「轟、加山と何かあったか?」
「いえ、何でもないです。」
「そうか……」
※ ※ ※
「うひゃあ、服びしょびしょだ……」
個性で乾かせなかったら、さすがにうんざりする不快感だよ。
結局、爆ぜた水道管を3つも直すことになってしまった。あっちで噴水、こっちで噴水、中々手強い奴らだった。
と言っても最後までやったわけでもなく、「残りは先生たちでやっておきますよ。」とやんわり追い出されてたりする。もちろん私が役たたずだったとかじゃないよ?本当になんでか急に戻っていいよって帰された。
その前にセメントスとパワーローダーで何やらゴニョゴニョ話してたので、それ関係とは思うけど。戻る先も謎に警察の臨時施設だしね。
なんともいい予感がしないのは気の所為であって欲しいな。
「玉川さーん、A組の加山です。今、戻りました。」
「あぁ、加山さん……」
入口に立ってたのは玉川三茶さんだった。塚内さんの部下で、顔見知りの1人だ。猫のお巡りさんだね。犬のお巡りさんもいて、バランスが取れてるかもしれない。
……という現実逃避は置いといて。
見るからに私が来た瞬間、バツの悪そうな、来ちゃったかぁみたいな顔してる。
「やっぱり何かありました?」
「いや、その…ですね。」
「言いづらかったら、自分で行きますよ。」
「待って待って。」
ダメらしい。
相当に厄いな……
「……分かりました。言います、言いますよ。加山さんを入れるかどうかは、これを伝えてからにしろと、塚内さんから言われてますから。」
「ぜひ、お願いします。」
「大丈夫ですか?一応言っておきますけど、聞いたあとに暴れるとかやめてくださいね。」
「私をなんだと思ってるんですか……?」
誰が瞬間湯沸かし器だ、誰が。
確かにお湯は作れるし、病室とかぶっ飛ばしたこともあるけど……
正直、今から飛び出してくる内容、一学期くらいの私なら視界が真っ赤になってるようなやつそうでよろしくない気はする。ただ、今は秩序が消え去る瀬戸際、超常黎明期まで逆行しかねない混沌が足元まで迫ってる。個人的な感傷で駄々を捏ねてる暇じゃない。
この世は善悪だけで白黒はっきりするような分かりやすい世界になってない。グラデーションがある、それを直に見てきた。
清濁併せ呑む覚悟は、もうできてる。
「じゃ、じゃあ話しますよ?」
「はい。」
ドンと来い!
「実は、先程ですね───」
あーー、そっかぁ……
──やってくれたな、ほんと。
※ ※ ※
感情の張り詰めた一室。
ここだけ空気が薄いような、そんな息苦しさを感じる。
この先にはA組と教師陣、警察が詰めている。
──青山優雅とその両親は、オール・フォー・ワンの手先である。
詳細は省くけど、緑谷くんと葉隠さんに正体を看破された結果、拘束されるに至ったと聞いている。初めに聞いた時は、かなりクラっと来たね。信頼してた仲間が入学した時点でもう裏切ってたってことになる。天地がひっくり返る思いだった。
ただ、青山くん本人にも彼の両親にも怒る気には到底なれない。お門違いだし、棚上げもいいところだから。
「ふぅ………」
気づいたら呼吸が浅くなってた。深呼吸、深呼吸だぞ私。あれこれ言ってみても、やっぱりショックなものはショックだったみたい。
でも、もう行こう。後ろの玉川さんも緊張で毛並みが萎れてきてるし。
「──失礼します。」
中に居た全員の目がこちらを向く。弾かれたように、息を合わせたみたいに。
みんな固まってる。現状と私を繋いで渋い顔をする人もいる。その中で真っ先に口を開いたのは、プレゼントマイクだった。けれど向ける先は私じゃない。
「な、相澤なんで呼んだ!?」
「俺が共有しても問題ないと判断した。加山もA組の1人だ。」
「だからこそだろ!」
「……マイク先生。」
両手を挙げて制止する。
先生の懸念はよく分かってる。私が青山くんへ殴り込みにでも来たのかと焦ってるんだ。相澤先生の次に私を知ってる人だし、状況が私の地雷を踏んでるのは間違ってない。
故に、優しく笑って彼に敵意も害意も無いことを示す。
「私は青山くんと話がしたくて来ました。彼に何かしようなんて考えてないですよ。」
「oh……悪かった、お前の方が断然クールだったらしい。」
「はい、キレてたら壁ごとぶち抜いて来てましたよ。」
「怖ぇこと言うなって……」
若干、顔をひくつかせながらも、脇に退いてくれたので遠慮なく通らせてもらう。
……さて、当の本人はと言うと。
わぁお、いつも眩しいお顔が涙やらなんやらでグズグズに……
私が前にしゃがめば、彼は少し体を震わせる。表情も一層悲壮感が強まった気がする。
怖がらせるつもりはなかったんだけど、一連の反応を見れば僅かにあった不安要素も霧散した。
──こんなに泣いて泣いて後悔してる人が、悪意を持って周りを騙してたなんてありえないや。
「ね、青山くん……」
「………」
「って拘束されてたらお話できないじゃん。」
ダメですか?と言葉を込めて塚内さんに視線を送る。が、にべもなく首を振って断られてしまった。
「これ、個性対策ですよね。私って前例があるなら、時期的に彼も大丈夫だと思いますけど。」
「それは我々も把握しているよ。ただ前例と言うとナガンの一件もある。劣勢のこちら側としては、万が一は神経質なくらい無くしておきたい。」
「そう、ですか……でも、せめて耳あてだけは外せませんか?」
今度はちょっと潤ませて言ってみる。
勝率を相澤さん相手に3割出してる優秀な戦法だ。
「………いいだろう。重要な話は済んでるしな。君の気持ちも無下にはできん。」
「ありがとうございます!」
これで一応話はできるね。
「この空気で言うことじゃないけどさぁ。あの顔はクるものがあったよな……」
「あぁ、自分のツラを利用する悪い女だぜ。」
そこのブドウとテープ、うるさいよ。頭男子高校生め。
こほん……
「青山くん、ずっと怖かったよね。アイツに従わないといけないのも、みんなに後ろめたいことがあるのも……」
「……私もさ、そうだった。悪夢で飛び起きる日もあった。こういう出自だって知られたら、居場所が無くなるかもって何回思ったか分からない。けどね、打ち明けちゃえばそんなことなかった。私が知ってる欠点より、私の知らない長所はみんなが知ってくれていた。……だからさ、」
オール・フォー・ワンに手綱を握られ続けた青山くん、放り出された私、境遇は似てるようで違う。けど、アイツが恐ろしいって感情は共有できるはずだ。自分の人生にチラついて仕方ない影、安穏と過ごせることはなかった。
敵連合に与したのは消えない事実、だとしても彼がヒーロー科として積み上げてきたものも、また消えない事実である。
「私も知ってるよ?青山くんがクラスのムードメーカーだってこと、ちょっと怖がりなこと、合わない個性でも使いこなそうって人一倍努力してたこと。それをずっと見てきた。そう在れる人だって、今までもこの瞬間も疑ったことはない。」
ヒーローは厳しい職業だ。
成るのでさえ、とても狭き門。現場に出れば自分も仲間も市民も、そしてヴィランの命にも責任を持たなければならない。遥か上にいると思ったベテランがあっさりと死ぬ、人を人とも思わない悪意の煮凝りがそこかしこにある。ともすれば、必死に守った人たちから石を投げられる。
ショーなんかじゃない。泥臭い仕事だ。
「君は辛くても、苦しくても投げ出してない。恐怖で雁字搦めにされても心を明け渡してない。私たちとここに居る、これが君の資質を証明してると思う。」
だから、嘘で人はこんなに頑張れない。
「青山くんは──紛れもなくヒーロー科1年A組だよ。」
喋れないから分かんないけど、伝わったかな?すっかり伏せてしまった顔を覗き込んでみる。
……って凄い泣いてる。Cant'stop TwinkRingなんでしょ?泣かない泣かない……うわ、ハンカチで拭ってもキリがないな。
というか、いきなり来てペラペラ喋るってだいぶ迷惑だったよねこれ。みんな顔に気まずいって書いてたもんね?もしかしなくてもめちゃくちゃやったよ。
いつもめちゃくちゃやってるって?……否定できない。
「相澤……お前、ほんっと見る目あるよな。」
「そうか?今となっちゃ半分だが。」
「笑えねぇのやめろって。」
「……アイツの下手な冗談が移ったか。」