― とある庭師の、儚い恋の物語 ―
ある日、横丁まで買い物に出かけたときのことだった。八百屋で林檎を買った帰り、冬の最中だったこともあってかなり着込んでいないと寒くて外も出歩けないような冬の中、彼と出会ったのだ。いや、正確には彼を見掛けたのだ。その人は私と目が合うと、静かに微笑んだ。
その時は、目が合った彼のことなんて気にもかけていないと思っていた。
次の日、その日も仕事で私は町まで来ていた。
その日は仕事が早めに終わったため、そそくさと会社を飛び出しいざ帰ろう、と思った。しかしなんとも間の悪いことに雪が降り出してきた。寒さで吐息も凍る程に寒い気温の中、雪で濡れたくはなかったので、私は慌てて屋根の下へと入った。すると運の良いことに逃げ込んだ屋根下には、貸出用の傘が一本置いてあった。
(やった!これで帰れるぞ!)
心中でそう叫びながら私は貸出用の傘を取ろうとした。その時だった。いつの間にやら、昨日横丁で出会った彼が隣におり、私が取ろうとした傘を彼も取ろうとしていた。そして偶然にも私の冷えた手と、彼の温かな手が触れ合った。瞬間、私は触れ合った手に赤い林檎が落ちたような錯覚に襲われた。その時、冷え切った手から伝わるように、深い眠りがふっと覚めた...ような気がした。
(そうだ。私は...)
目の前には迫りくる敵。ならば、切り捨てるのみ!燃えるように、紅い林檎のように、私の白い肌を紅く染め上げてゆくこれは何だろうか。この赤は、隠せない私の裏模様だろうか。それとも、私が斬り伏せた敵の紅か...。目にも見えぬ赤い糸。未熟な私にはまだ斬れない。嗚呼、もはや声にも出せないほどに、色に落ちて、落ちて......
夢見と頬杖を絶え間なく繰り返す日々。あの日から未だに私は貴方を探している。だけど、もう半分の私は、胸の感情を嘘だと否定する。嗚呼、そうだな。嘘だと思いたいさ。
他愛もなく買ったこの簪も、ただの空ごとに過ぎない。それだけ。それだけだった。なのに、純情なこの想いも花が吹雪くように、私の中で猛る。
短く揃えたこの髪も、もし貴方が望むなら伸ばしてあげてもいいだなんて、まるで乙女の様じゃない。あの路傍に咲いている白いアルメリアの花。あの花びらのような私の想いに、どうか気づいてほしい、なんて。そんな想いを切り捨てられず、今日も私は敵を斬る。
目と目が合ったその瞬間、私達の世界は時を止めた。気づけば彼と一緒に立っていた。ここは何処だろうか。
ハッと目を開ける。いつの間にか私は雪の降り積もる森の、開けた場所に立っていた。目の前に映るはもうひとりの私。着物を着て、長い刀をもつ私。斬らなければ。今ここで、私の想いを切り捨てなければ。儚い徒桜よ!
燃え盛るような林檎は、まるで万華鏡のように、諦めをつけられない私のこの気持ちを結んでゆく。雨も、空気も、時間さえも、私に斬ることはできない。嗚呼、こんな未熟な...半人前な果実なんて、捨ててしまいなさいと誰かが囁く。私の伸ばす赤い糸は、いつかもつれていくだろう。握りしめた宿命の剣で、秘めた想いを断ち切って。本当は臨んだのだ。でも、それはもう未来永劫届くことはない。咲かない桜は、真皓な玉楼にそびえ立ち。私の冬が消えてゆく。玉楼の扉は静かに閉じてゆく。私を中に閉じ込めて。嗚呼、冬が終わる。
fin
後書きめんどくさいから書かなくていいや。