色々と至らぬこの作品を楽しんで頂けているようで作家冥利に尽きます
第三話、曇らせパートです。お楽しみいただけると幸いです。
もう動くことの無いユメ先輩を私はただぼう、と見ていることしかできなかった。
傷だらけの身体、青白くなってしまった肌。消えて、二度と灯ることはないヘイロー。
そしてこの部屋に持ち込まれてから嫌というほど漂ってくる
どのような愚か者でも、目の前のソレが死んでしまっているのだという事を理解させられる状態だった。
「…………リョウジ先輩」
部屋の隅でうなだれているリョウジ先輩へ声をかける。
「…………カイザーだ。アイツらがユメを殺した。借金の返済は問題なくやってたっていうのに……クソが」
リョウジ先輩の口から告げられる今回の下手人。それは私達が借金をしている企業グループ、カイザーコーポレーションによるものだった。
「そんな……だって、おかしいじゃないですか!返済能力がある債務者を殺してしまったら借金の取り立てが出来なくなってしまうじゃないですか!なのに、なんで……!?」
「細かい理由は俺にもわからない。奴らには借金以外の何かしらの目的があると考えるのが妥当だろう。だがな、小鳥遊。聞いてくれ」
うなだれていた顔を上げ、こちらに神妙な面持ちを向けたリョウジ先輩は告げる。
「俺は、こうなることを知っていてユメを死地に送ったんだ。力ずくで止めることもできたって言うのに、それを俺はしなかった。つまり、ユメが死ぬ最大の原因を生み出したのは、間違いなくこの俺なんだよ」
「────────────え?」
告げられた言葉に対して湧き上がってきた感情は、ごちゃごちゃしすぎていてよくわからない。こんわく。とまどい。ぎもん。そして、いかり。
「……………なんで、なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでどうして!?どうして引き止めなかったんですか!?死ぬとわかっていて、どうして!?」
リョウジ先輩の襟を掴み、湧き上がってきた感情をそのままに捲し立てる。
「リョウジ先輩にとってユメ先輩は大切な人じゃなかったんですか!?ユメ先輩は、リョウジ先輩の事を────!」
「小鳥遊」
名前を呼ばれて初めて先輩の顔を直視する。そこに映っていたのは、ひどい形相だった。
目の下は腫れあがり、瞳孔は大きく開かれている。リョウジ先輩の目は確かに私を映している筈なのに、そこには何も映されていない。闇しか映っていないようなドロドロとした目をしていた。
「知っている。全部承知の上で尚、俺はユメを止めなかったんだ。お前には糾弾の権利がある。お前の気が済むまで俺を糾せばいい。俺に出来るせめてもの罪滅ぼしは、それぐらいしかないから」
わからない。わからない。わからない。
この人の言っていることが何一つとしてわからない。わかりたくない。どうして、大切な人が死ぬとわかっていて止めないんだ。
「…………わかりません。リョウジ先輩が言っていることが、何一つとして」
リョウジ先輩に対しての怒りとカイザーに対しての怒りがぐるぐると混ざり合って、よくわからないものになる。
わからないのは、気持ちが悪い。そんな気持ち悪いものを身体から追い出すように、無言でリョウジ先輩の胸を叩き続ける。目からは、無意識のうちに涙が溢れ出してきて止まらなかった。
リョウジ先輩はただただ、何も言わず、何もしてはくれなかった。
暫くの間お互いに無言でただ、そうしていた。
ずっと出続けるものと思った涙は、しかしもう出てはいない。先輩を掴んでいた手も力が入らなくなり、ぶらんと垂れ下がる。
私はもう全身に力が入らなかった。ただ、その場に座り込むことしかできなかった。
そんな私を見てか、リョウジ先輩は立ち上がり一言。
「さて、俺もここを去らないといけない。お別れだ、小鳥遊」
「────────────え?」
リョウジ先輩の方を見る。でも、視界がぐらついて定まらない。ユメ先輩の死だけでとっくにキャパオーバーしているというのに、これ以上はちょっと勘弁してほしい。
「ユメを連れて帰る際、カイザーの追手に手を出してしまった。連中からすれば俺は御尋ね者で今も血眼になって探しているところだろうさ。これ以上お前にもアビドスにも、そしてユメにも迷惑を掛けることはできない。だから、お別れだ」
「────待っ、待ってください!お別れって言っても、そんな、いきなり………!」
「それならもう手は打ってある。コレだ」
そう言ってリョウジ先輩はいつの間にか用意していた記入済の退学届を私に見せてくる。
「今の俺はアビドス関係者だ。となると必然的にアビドスにも迷惑が掛かってしまうから、俺とアビドスの関係をこいつで殺す」
「────────じゃあ、ユメ先輩はどうするんですか!?ここにユメ先輩を連れて帰ってきたのはリョウジ先輩じゃないですか!?」
────────ちがう。
「ユメの事は────悪い。お前の方で何とかしておいてくれ。アイツもこんな恥さらしの顔なんて見たくないだろうし」
「何とかするって言っても、どうすればいいんですか!?ウチには死者を弔えるようなお金も無いんですよ!?」
────────────ちがう。
「金ならここに置いておく。これで火葬でもしてやってくれ」
「リョウジ先輩は何もわかっていません!ユメ先輩が死ぬ原因を作ったのも、連れて帰ってきたのも先輩なんですから!最後まで責任を持ってください!」
────────────────ちがう。
「それを言われると耳が痛い。でも、もうダメなんだ。既に賽は投げられた。もう後戻りはできないんだ。お前に辛い思いをさせてばかりで本当に、心の底から申し訳ないが────頼む」
「責任から逃げないでください!それに、私一人でいったいどうすればいいって言うんですか!?借金の事や生徒会の業務は!?今まで三人でやってきたことを一人でなんてできません!」
────────────────わたしが言いたいのは。
「できるさ。お前は俺なんかと違って強い子だ。なんてったってユメのお墨付きで、俺の自慢の後輩なんだからな。まぁ、俺なんぞに自慢されても嫌だろうけど」
「~~~~~~ッ!」
────────────────わたしが本当に言わなきゃいけないことは。
「────ズルい。ズルいですリョウジ先輩。そうやっていつも私に押しつけてばかりで……嫌い。嫌いです。リョウジ先輩なんか大っ嫌いです」
「ああ。その通りだ。俺なんか、好かれるべきじゃなかったのさ」
────────────────泣き言や嫌味なんかじゃなくって。
さて、と声を上げたリョウジ先輩は窓の方へと歩いていく。気が付かなかったが外はいつの間にか大雨になっており、風も強いのか窓がガタガタと音を立てている。
リョウジ先輩が窓を開けると同時に風と雨が部屋の中に入ってくる。当然窓を開けた当事者であるリョウジ先輩はずぶ濡れになる。
「お別れだ小鳥遊────────────────元気でな」
「待っ────────────────」
そして今になって理解した。リョウジ先輩がユメ先輩を止めなかった理由。
リョウジ先輩はユメ先輩が好きだったから、死ぬとわかっていてもユメ先輩がやりたいと思ったことを止められなかったんだと。
そしてそれは私も同じで。リョウジ先輩は目的を語ってはいなかったけど、何をするのかは想像がつく。
それはどうしようもなくユメ先輩の為で、アビドスの為で、そして、私の為で。
それを理解したから、理解してしまったから私はそこまでしか声を出すことが出来なかった。
窓から身を乗り出しリョウジ先輩は外へと出て行く。校門の方へと、一歩ずつ歩いていく。
ああ、消える消える。遠ざかっていく。行ってしまう。大切な先輩が────────わたしの大好きな先輩が。
「────────────────────────────────」
今ならまだ間に合う。優しい先輩の事だ、何か声をかければ、私が先輩に声をかければ戻ってきてくれるに違いない。
でも、私には何も言えなかった。
そうしてリョウジ先輩の姿が完全に見えなくなって。いなくなって。もう、ここに帰ってくることもなくなって。
────────────────────わたしが本当に言うべきなのは、"いかないで"の一言だけだったのに。
私ともう動かないユメ先輩だけになってしまった生徒会室。
「────あ、あああ」
昨日まではあんなに楽しかった。幸せだったこの部屋に残っているのは悲しみだけで。
「ああああああ────────」
そしてそれはもう、取り返しのつかないもので。
「ああああああああああああああああ────────────」
こうして、私の頭の中にある輝かしい思い出も、今という嫌な思い出に塗り潰されて。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
やめろ。やめてくれ。これ以上、私の頭の中に入ってくるな。これ以上、楽しかった思い出を黒く塗り潰さないでくれ。おねがいだから。三人で過ごした日々を、あのかけがえのない日々を黒く塗り替えないでくれ。
でも、涙を流せば流すほど。絶叫すればするほど、それらは止まらず、寧ろ加速していく。
「────は、あは。あはは」
壊れた。もう限界だった。
「あははは。あははははは」
笑いが止まらない。止まってくれない。
狂ったピエロのように。壊れたおもちゃのように。
────────そうだ、わたしのココロはとっくに。
ぷつん。と、糸が切れたように私は床へ倒れそのまま深い眠りへと落ちて行く。
そうだ。全部夢だ。ぜんぶぜんぶ悪い夢なんだ。このまま目を覚ませばまたいつもみたいにユメ先輩がいて、リョウジ先輩がいて。平凡だけど暖かな日々が待っているんだ。そうだ。そうにちがいない。だから、ねよう。ねてこんなゆめからさめよう。
────────本当はわかってるくせに。
「────あ」
私の意識はそこで途絶えた。
「……んぅ」
気怠さで目を覚ます。寝ぼけ眼を擦り視界に入ってくるのは、いつも朝見ているものとは違う風景。
「あれ、私どうして生徒会室に……?」
記憶があやふやになっているので、どうしてこんなことになっているのかを把握するために辺りを見回す。
そして────────
「────────あ」
ユメ先輩の死体が昨日から変わらず、そこにはあった。
「……そっか。夢じゃなかったんだ」
言葉にして脳が理解する。私が夢だと思っていた、夢ならばいいと思っていたものはどうしようもなく現実で。
でも、もう涙は出なかった。
「……やらなきゃ」
そう、先ずはユメ先輩をちゃんと供養してあげなくちゃ。
それからの事は、記憶しているけれどあまり実感がわかない日々を送っていた。
リョウジ先輩が置いていったお金を使って、ユメ先輩の火葬を行ったこと。ユメ先輩の遺骨はとりあえず生徒会室で保管していること。
そうした目まぐるしい非日常を駆け抜けている日々も世界は変わらず回っていること。
葬儀関係がひとまず終わって、相変わらず借金返済のためにアルバイトをすること。
でもどうしても私は実感が湧かなかった。
そうして、ユメ先輩とリョウジ先輩がアビドスを去ってから2週間がたったとき、アビドスに久しぶりの砂嵐が発生した。
実に2年半もの間発生していなかった反動なのか今までの物よりさらに規模が大きくなっていた。
私は何もできないとは思いつつも、ユメ先輩とリョウジ先輩がいた学校を守るために一人待ち構えていたのだが。
その砂嵐はまるで意思を持つかのように、街の方に来ることはなくただただ規模を拡大して砂漠を横断していっただけだった。
そして次の日。世間をそこそこ騒がせたニュースが私の耳に飛び込んできた。
"大企業グループ カイザーコーポレーション 各地の工場やオフィスの大損害で経営困難か"
「────やっぱり」
そのニュースを目にしたとき、私はリョウジ先輩を思い出していた。
そうだ、彼の目的は私達からユメ先輩を奪ったカイザーグループへの復讐。
そのためにこの2週間を使っていたのだろう。そして、今こうして一定の結果が出たことがわかる。
とはいえ更にカイザーに手を出してしまったリョウジ先輩はこれから更にカイザーに狙われることになるだろう。
でも、もし生きているのならば。もしかしたら何かの拍子でひょこっとアビドスに顔を出すのかもしれない。
そう考えると少し気分が楽になった。
それと、その日の放課後。生徒会の業務をしていた私の元に奇妙な大人が訪ねてきた。
そいつは黒いスーツをきちっと着こなし、本来人間の肌色が存在している部分は真黒くなって所々に白い亀裂が走っているやつだった。
「初めまして、小鳥遊ホシノさん。あなたの事は随分と前から知っていました。私は黒服。あなたの先輩、瀬戸リョウジの知己とでも思ってください」
「…………それで、用件は何ですか?」
リョウジ先輩はこんな大人といつ知り合いになったのだろうか。もしかして私たちに隠して裏で危険なことをしていたのだろうか。
「ええ。リョウジさんから一つ頼まれごとをされていましてね。こちらをあなたに渡すように、と」
そうして黒服が渡してきたのは大きな段ボール箱だった。
「これは?」
「ご自身で確認された方が早いかと。安心してください、トラップのようなものは仕掛けておりません。何なら私が封を開けても構いません」
出会ったばかりかつ、どう見ても悪い大人であるコイツの言う事を信用するわけではないが、そこまで言うのであればおそらく黒服の言う通りトラップのようなものは仕掛けていないのだろうと思った。
私は近くにあったカッターナイフで、段ボールの封を開けた。
「これは────」
そこに入っていたのは、リョウジ先輩が使っていた刀やハンドガン、そして思い出のキーホルダーだった。
「お前!どこでこれを────!」
「私としても、彼の喪失は惜しいものでした。何せ貴重な────」
待て、コイツは今何と言った?
喪失?喪失??それは、つまり。
私はすぐに愛銃のショットガンを構え、トリガーに指を掛ける。
「誤解しないでください、ホシノさん。彼は自分の為すべきことを為してこのキヴォトスという舞台から降りた。そこに私は関わってはいません」
「それを信用すると思う?」
「私が律儀に彼の遺品をあなたに渡しているこの状況こそが何よりの証拠かと」
今日初めて会ったコイツの事が何もわからないので、たとえ言っていることが本当だとしても警戒は解かない。
それに、コイツはなんだか気に入らない。
「先ほども申しました通り、私と彼は知己の間柄でした。黒服という名称も彼に付けて頂きました。そして
表情は解らないが、声色からコイツが本気でリョウジ先輩の死を惜しんでいるという事は伝わった。
「さて、私の目的は果たされましたが彼に免じて少しだけおせっかいを焼くと致しましょう」
「いらない。さっさと帰って」
「おや?良いのですか?私が今からしようとしているのはあなた方が知らない情報の開示ですが」
「────それは」
気にならないと言えば噓になる。コイツはきっと私が知らない何かを知っている筈だ。
「…………言ってみて」
「では簡潔に二点だけ。その一、カイザーコーポレーションの目的は借金ではなくこのアビドスの土地そのものです。そしてその二、私は彼らの協力者の立場ですが、私の目的はホシノさんあなたです。つまり私はあなたの敵という訳ですね」
「それは、どういう────」
「いえ、これ以上は流石に明かせません。自分で考えるなり行動して知ってください。尤も、後者の方はこれから私から何度かあなたへアプローチを掛けることになるので自ずとわかる事だとは思いますが」
そして言いたいことを言い切った黒服は「では、私はこれで」とアビドスを去っていった。
やっぱり碌な奴じゃなかった。ただでさえ大変なのに嘘か本当かわからない悩みの種を増やしていった。ダメだよリョウジ先輩。あんな奴と知り合いになっちゃ。
改めて、段ボールの中に視線を送る。
先ほどはあまり注視していなかったが、今見て見るとどれも傷がついていることがわかる。
でもそんな傷だらけの物の中で一際目立つ真っ白な紙があった。
気になって取り出してみると、私に宛てられた手紙だった。
それを私はゆっくりと丁寧に、破いてしまわないように封を開けて読んでみることにした。
小鳥遊へ
これを読んでいるという事はおそらく黒服の奴がお前に渡したってことなんだろう。
アイツは基本的にはド外道なので次会ったら問答無用で撃っていいです。
さて、一つだけ伝え忘れていたのでこれを書いています。
大人達に振り回されている俺達、いやこの世界だけども。
どうか、大人だからといって毛嫌いをしないで欲しい。
悪いのはいつだって悪意を以って他人を傷つける人なんだから。
それにいつかきっと、お前に真摯に向き合ってくれる良い大人が現れてくれると思うから。
お前は真面目で、俺に似てて、自分の事をきっと責めてしまうと思うから。
いつか自分を許してやって、幸せになってください。
追伸
こんなダメな先輩と一緒に日々を過ごしてくれてありがとう。
俺もお前たちの事が大好きでした。
ああ、ダメだ。
枯れたと思ったのに。リョウジ先輩の死を自覚してしまってまた涙が溢れてくる。
「バカ……バカ……!」
今更こんな形で一方的に伝えてくるなんて、相変わらずズルい。
もう、私からは伝えることはできないのに。
「
こうして、アビドスからかけがえのない二つの宝が失われた。
小鳥遊 ホシノ(たかなし~)
ヒロイン。アビドス1年。ご存知みんな大好き闇深おじさん。
原作ではユメ先輩だけであんなに曇ってたのに今作ではオリ主も加わってさらに曇らされる。御労しや。
ユメ先輩が大好き。オリ主の事は嫌いだけど大好き。でも大好きな先輩たちはもうどこにもいない。
ホシノ視点も残すところあと一話の予定です。
また、いろいろとifや与太話の構想が頭の中に浮かんできているのでホシノ視点を書き終わったらそれらを書くのもいいかなぁなんて思っています。
感想、評価、誤字脱字指摘などお待ちしております。