「うへ~、今日も寝坊しちゃったなぁ」
日課の夜間パトロールをしている所為でどうしても寝る時間が遅くなってしまう。
それに、どれだけ眠ってもあまり眠気は醒めてくれなくて。布団に包まれていると、あたたかくて。楽しい思い出が蘇ってきて。
あの子たちには申し訳ないと思いつつも、どうしてもあの心地よい刹那を手放せずにいる自分が居る。
対策委員会の教室の扉の前に立つと、教室の中から楽しそうな声が聞こえてくる。
いつものように騒がしいけれど、あたたかい日常。それに一秒でも長く浸っていたいから、ドアノブに手を掛け扉を開ける。
「あ、おはようございます。ホシノ先輩」
「おはようホシノ先輩!」
「ホシノ先輩おはようございます!」
「おはよう、ホシノ先輩」
「"おはよう、ホシノ"」
アヤネちゃん、セリカちゃん、ノノミちゃん、シロコちゃん、そして先生が出迎えてくれる。
そして────────
「おはよう!ホシノちゃん!」
「よう、漸く来たか寝坊助め」
そこには
────輩。
ぴしり、と罅の入る音がした。
なんてことはない、いつもの一日。
ああでも、先生がいるからいつもとはちょっと違うのかも。
みんな先生の事が大好きだから、いつもよりやる気が出ているのがわかる。
かくいう私も、先生の事は好ましく思っている。
───先輩。
ぐにゃり、と視界が歪む。
「さて、全員揃ったようですし今日も借金返済についての議論をしましょうか」
「はい!じゃあまずは私!」
セリカちゃんが挙手をして声を上げる。今回も自信満々なようだ。
「この前街で見かけたんだけどね!治験を1回するだけで50万円!破格だと思わない!?」
「却下」
「なんでよ!?」
そして相変わらずどう考えても胡散臭い儲け話を持ってきたセリカちゃんの案はシロコちゃんに突き返された。
──ノ先輩。
だんだんと、地面が歪んで。座っていることすら難しくなってきて。
「やっぱりここはアイドルかと!」
セリカちゃんの次はノノミちゃんが提案する。やっぱりノノミちゃんはアイドルを諦めていないようだった。
「ノノミちゃんの案にさんせーい」
「わぁ!そう言って頂けて嬉しいです!■■■■■■!」
「"ちなみに、その心は?"」
「え?単純に俺が可愛い後輩たちがアイドルやってるところ見たいだけだけど。先生も見たくないか?」
「相変わらず、リョウくんらしいね」
─シノ先輩。
形が保てなくなって。バラバラに、バラバラに。もう、声しか聞こえなくなって。
「もう!先輩方や先生まで!ちゃんと考えてください!」
「いい案だと思うんだけどなぁ」
学生らしく、各々がやりたいことを言い合う。
議論という体を取ってはいるが、その実内容は実に混沌としたものだ。
「ホシノ先輩は何かありますか?」
「──えっ、私?」
唐突に自分に話を振られて少し慌てる。どうしよう、正直何も考えていなかった。
ああでも、そうだ。これがやりたいことを語る場なのであれば、私も一つやりたいことはある。
「そうだなぁ────」
わたしのやりたいことは────────
"みんなとずっと一緒に居られたらそれで充分かな"
────ホシノ先輩。
もう、声すら聞こえなくなる。目の前にあるのは眩い一筋の光だけ。
ああ、わかっている。わかっていたんだ。
これが夢だってことくらい。だって、あの二人が居るはずが無いんだ。
でも、少しくらい。あと一秒でも良いからこの幸せな夢に浸らせてはくれないか。
偽りだとわかっていても、甘い夢だとわかっていても。
どうしても、この夢から醒めたくなくて。
────────ホシノ先輩!
「…………おはよう、ノノミちゃん」
「…………おはようございます。ホシノ先輩」
先ほどから私を起こそうとしていてくれていた声。それはノノミちゃんのものだった。
「…………あの、ホシノ先輩。私────」
「良いんだよ、ノノミちゃん。元はといえばずっと眠っている私が悪いんだから」
「…………」
私は別にノノミちゃんに対してなんとも思ってはいない。むしろ、後輩にそんな気分にさせている私の方が何倍も気に入らなくて。
「ホシノ先輩。その、涙が」
「えっ?……ああ」
ノノミちゃんに言われて気が付く。どうしても幸せな夢を見ると、涙が出てしまっているらしい。
「いけないなぁ。歳を取るとどうも涙もろくなっちゃって」
「…………また、
「……うん。とっても、幸せな夢だったよ」
「…………ごめんなさい。ホシノ先輩」
「だから謝らなくていいよ、ノノミちゃん。何度も言うように、私が、私だけが悪いんだから。可愛い後輩に謝られちゃうと余計に気が滅入っちゃうな~。だから、私の方こそごめんねノノミちゃん。いつも損な役回りをさせてばっかりで」
「…………」
私の言葉を受けて余計に顔に影が出来てしまうノノミちゃん。
ああ、もう。そんな顔をしないで欲しい。ノノミちゃんには、それこそ太陽のような、花のような笑顔が一番似合っているのだから。
悪いのは我儘な私で、ノノミちゃんは本当に何も悪くないんだから。
────ああ、嫌になっちゃうなぁ。
相変わらず、吐き気は止まってくれない。原因もわかりきっている。おそらく、それを解消する方法も。
でもそれをすると、もっとこの子たちに迷惑を掛けてしまうことになるから。
私が耐えればいいだけなら、容易いことだ。
「────さて、行こっか。ノノミちゃん。みんなもう待ちくたびれてる頃合いだよね?」
「…………はい」
他の子たちを心配させないように、私は仮面を被る。
薄っぺらで、偽物の笑顔の仮面を。
それで、あの子たちが幸せなら。それで、良いんだから。
────────ごめんなさい。リョウジ先輩。多分私は一生、私の事を許すことが出来そうにないです。
あれから一年が経った。
私はもう三年生になり、アビドスの生徒も私を含めて5人になってしまった。
私以外みんな後輩で。みんないい子たちばっかりだ。
言葉に棘があるけれども、その実誰よりもアビドスの事に対してまっすぐ向き合ってくれるセリカちゃん。
一年生なのに誰よりもしっかり者で、みんなのまとめ役をやってくれるアヤネちゃん。
色々と危なっかしい面はあるけれど、アビドスの事をよく考えてくれているシロコちゃん。
その気になったらアビドスの借金は返済できるというのに、私たちの意思を尊重してくれるノノミちゃん。
本当、私にはもったいないくらい良い後輩たちだ。
それに、後輩が出来たからだろうか。今になってユメ先輩やリョウジ先輩が言っていたことが理解できるような気がする。
ちょくちょく、みんなと遊びに行ったりして思い出作りをしている。
みんなにとって、それが輝かしいものになってくれていることを願うばかりだ。
わたしには、それぐらいしかできないから。
それと、相変わらず借金は減らないどころか増え続けていること。
今ではもう総額が9億円程にまで膨れ上がっていて。毎月の利息だけでも700万円以上払わなくちゃいけなくて。
でも、黒服の奴が言っていたようにカイザーの目的が借金ではなくこのアビドスの土地であるという事も知っているから、利息を払う事で何とか耐えている。
というか、学生の身分で利息を払うだけでも精いっぱいなのだが。
私の周りはすっかり変わってしまったけれども、私たちを取り囲むものは何も変わっていなくて。
いや、一つだけ。大きな変化があった。
最近このキヴォトスにやってきた『先生』。
先生は失踪した連邦生徒会長が設立した機関、シャーレの顧問となって全ての学園の自治区に自由に出入りできる大人だった。
そんな先生がアビドスにやってきて、私たちに力を貸してくれた。
私も最初は今までの大人と同様、私たちを利用しようとしているだけのただの悪い大人なんだろうと思っていた。
だけど先生はアビドスに、私たちに親身になって接してくれて、このアビドスが抱えている問題を解決とまではいかなくとも大きく動かしてくれた。
その一件で私は黒服に捕らえられて、街がカイザーの連中に襲われる事態になっちゃんだけど。
みんなは私を/私なんかを連れ戻しに来てくれた。そしてそこのみんなには、大人である先生も含まれていて。
────とても、嬉しかった。
リョウジ先輩の手紙に書いていたことが嘘じゃなかったことがわかって。
この人は心の底から生徒たちの力になりたいと思っていることがわかって。
────────でも、欲を言うのであれば。もっと早くに先生に来てほしかったというのも事実で。
でも、どうにもならなかったことを考えていてもどうしようもないのでこれ以上はやめておきます。
「"ホシノ"」
「ん?あれ、先生?」
私だけが居たはずの教室にいつの間にか先生が入ってきていた。
「"ホシノに会いに来たんだけど…何か考え事でもしてた?"」
「うへ、先生にはわかっちゃうか~」
度々思うのだが、先生はちょっと人の機微に聡すぎると思う。それとも私がわかりやすすぎるのだろうか?
「……まぁ、ちょっと昔の事をね。なに?先生も
「"知りたいか知りたくないかで言えば知りたいけど"」
「けど?」
「"それは、ホシノが私に話してもいいと思った時でいいよ"」
「…………はぁ」
何故だろうか。見た目や言動は全然違うのに先生を相手しているとリョウジ先輩の事を思い出す。
正直ちょっと勘弁してほしい。それは先生にもリョウジ先輩にもきっと失礼だろうから。
「おじさんにそんなに優しくしても何も出てこないよ?先生」
「"いらないよ。ホシノからはもういっぱい貰ってるから"」
「?」
なんだろう?先生が私に何かを贈ってくれた記憶はあるのだが、私から先生にというのは記憶にない。
「"ホシノと一緒に過ごした時間だよ"」
「…………うへ~、真顔でそんなこと言っちゃう?先生。それ、結構気持ち悪いよ?」
「"え!?そ、そうだったかな!?"」
自覚無し、か。まったく質が悪い。これじゃあみんなの事が余計心配になっちゃうよ。
「先生はそのうち生徒から刺されても文句言えないと思うよ?」
「"うっ、それは勘弁願いたい"」
「女心は繊細だからね~」
ホント、どの口が言っているのだか。
若干の自嘲混じりの溜息を心の中で漏らす。
「"そういうホシノは、そういうのに興味はないの?"」
「え?ああ~いや、おじさんはもうそういうの疲れちゃったからさ」
「"疲れた?"」
「おっと、それ以上はまだ秘密だよ先生?」
うん、ああいうのはホント体力とか心が擦り減るから。
一度経験したらしばらくは良いかなぁって。
「ま、安心してよ。先生。いつかきっと、
「"……うん。待っているよ"」
「ありがと。先生」
先生とそんな他愛のないやり取りをする。しかし、昔の話をしたからだろうか。私は特に何を思ったわけでもないのだが、窓の方を向いてみることにした。
そこには、いつの日か見たものと全く変わらない。しかし、決して同じものではない夕焼けが私たちを照らしていた。
「"綺麗だね"」
「うん。そうだね。……泣きたくなっちゃうくらい」
先生といるとやっぱりどうしても私のペースが乱される。さっきからなんだか、
ああだめだ、やっぱり結構感傷に浸っちゃってたかも。ホントに涙が出てきそう。
「……ごめんね先生。今は何も言わないでいて」
そう言って私は先生の胸元に顔を埋め涙を流す。
いつも触れている肌とは違う、男の人のゴツゴツとしててあたたかい肌。良い匂いという訳ではないけれど、不思議と安心する匂い。
先生は私が急に泣き始めたことに少し驚いていたようだったが、私がさっきに言った何も言わないでの言葉通り何も言わず、ただ頭を撫でていてくれた。
────────あ。
男の人に頭を撫でられるなんて、これで二度目。
そうだった。そういえばこんな感触だったな。
それを思い出して、そしてリョウジ先輩はそういう事滅多にしない人だったな。なんてことを思い出す。
そして、また涙が溢れてくる。
────────ああ、ホント昔はこんなに泣き虫じゃなかったんだけどなぁ。
暫くの間、私は何も言わずただただ泣いていた。
そうしてから、
「…………ふう。いやぁ~ごめんね先生。見苦しい所見せちゃって」
「"ホシノが私を頼ってくれて嬉しいよ。ちょっと驚いたけど"」
「……そっか」
窓を見ればもう夜のとばりが下りていて、とっくに帰る時間になっていた。
「さて、そろそろ帰ろっか。先生」
「"そうだね"」
それからは特に私と先生の間で交わす言葉もなく校庭に出る。
「う~…。春とはいえやっぱり夜はまだ冷えるねぇ~」
「"風邪ひかないように、早めに帰らなきゃね"」
「だね。あ、見て先生」
私が空を指差したのを見て、先生も空を見上げる。
そこに広がっていたのは、満天の星空。
「知ってた?アビドスの星空はこんなにも綺麗なんだよ」
「"綺麗………!"」
「昔、これを教えてくれてね」
って、先生は星空に夢中で聴いていないみたいだ。まぁいっか。
まだ、私の中ではあの出来事を思い出として整理はできていない。
もしかするとそれは一生できないのかもしれないし、それとも案外直ぐにできるのかもしれない。
というか、そんなことできる筈がないって思ってる。
私には────そうやって生きていく自信も強さもこれっぽっちも無いってわかってるっていうのに。
それでも、アビドスのみんなが居て。先生が居てくれて。そして、先輩たちが居てくれたから。
そんな大切な人たちの力を借りて、大切な人たちが安心できるように。
せめて、それぐらいはしようと心に決めたんだ。
それが、何も返せなかった私の唯一の恩返しになると思うから。
うん。だから────────
「────だから、見てて。ユメ先輩、リョウジ先輩。私、頑張ってみるから」
私の
────ふと、一陣の風が私の頬を撫でる。
────寒かったけれど、少しだけあたたかい。そんな風に思えた。
これにてホシノ視点完結でございます。
短い間でしたが、多くの方に拙作を楽しんでいただけたようで何よりです。
では、いつかまた会う日まで。
感想、評価、誤字脱字指摘などお待ちしております。