与太話世界でのおはなしです。
「熱だな」
「熱……ですか?」
目の前でリョウジ先輩とノノミちゃんが話をしている。
どうやら誰かが熱を出してしまったらしい。
それは一大事だ。大切な後輩に何かあってはいけない。
そう思って辺りを見回してみるけれども、どうにもそれらしき人物が見当たらない。
というか、視界が安定しない。頭もぼーっとしている。
「大方、過労ってところだろうな。コイツは色々と一人で抱えてしまう所があるし」
「ってそれなら早くホシノ先輩を休ませてあげないと!」
「セリカちゃんの言う通りだ。ちょっと小鳥遊を保健室まで連れて行くよ」
リョウジ先輩が私の前でしゃがみ、背中を向ける。
「小鳥遊、掴まれるか?」
「……………?」
何故、リョウジ先輩は私に背中を向けているのだろうか。
よく、わからない。
「ホシノ先輩……?」
「こりゃ重症だな。仕方がない、か」
リョウジ先輩が何かを言うとこちらに向き直る。
そしてしばらくすると私の視界がぐらりと揺れる。
さっきまでは頭だけふわふわとしている感じだったが、今は身体もふわふわと浮いている感じがする。
それにしても、なぜ私はリョウジ先輩の顔を下から見上げているのだろうか?
「ん、リョウジ先輩。何か手伝えることはある?」
「そうだな……なら、スポーツドリンク……いや、経口補水液を買ってきておいてくれるか?」
「わかった。急いで買ってくるね」
「頼む。ああ、そんなに急がなくて良いからね?傷病者看護でもう一人増えるだなんて笑い話にもならないから」
「ん、わかってる」
リョウジ先輩とシロコちゃんが何かを話し合った後、シロコちゃんは凄い勢いで教室を出て行った。
駄目だよ、シロコちゃん。廊下を走っちゃ。
「さて、しばらく俺は保健室に居るから何かあったら保健室に来るか携帯に連絡を入れてくれると助かるよ」
「リョウジ先輩、ホシノ先輩をお願いします……!」
「熱で大げさだなぁアヤネちゃんは。でも、任されたよ」
それから、一定の周期でぐらぐらと身体が揺れるのを感じる。
なんだろう、これ。
というか、なんで私はこの揺れを身体全体で感じているんだろうか。
普通は足から伝わってくるものだと思うんだけど。
よく、わからない。
そうやって思考が纏まらないうちに揺れが収まるのと同時に、ガラガラと扉が開いた音がする。
そうしてまた身体が揺れるけれども、さっきまで長い間ではなくて。
「よいしょっと」
リョウジ先輩の顔がだんだんと離れていく。しばらくすると、ぎしり、という音と共に固いような、柔らかいような感覚が背中に感じる。
少し、冷たくて、気持ちいい。
「さて、解熱剤とかあるかねぇ」
視界に入ってくるのは一面の白。
離れていくリョウジ先輩の方に顔を向けようと頭を動かしてみる。
ただ、どうにも動きが鈍い。なぜだろうか?
どうにかしてリョウジ先輩の方を向くと、そこにも白がいっぱい。
なんだろう。どこかでみたことあるような。
でも、どこだったか思い出せないや。
ぼやけた視界と頭でただリョウジ先輩の後姿を見つめる。
リョウジ先輩は今、何をしているんだろうか。
「風邪薬とかもなし、か。ウチの貧乏さに泣けてくるね全く。シロコちゃんに追加でお願いしとかなくちゃな」
風邪薬。
先ほどから聞こえていた瓶の音、薬品の匂い、辺り一面に広がる白色。
そうか。思い出した。
ここ、学校の保健室だ。
ってことは、風邪を引いたのはもしかして。
「リョウジ、先、輩」
「ん?どうした、小鳥遊?」
私の声が届いて、リョウジ先輩がこちらに歩いてくる。
「あの、私。風邪、引いたんですか?」
「ああ。そうだな。正確な体温まではまだわからないが、ざっと38℃ほど。なにか心当たりは?」
「よく、わかりません」
本当に、わからない。
体調を崩すようなことは何もしていなかったはずなんだけど。
「まぁ、当事者ならそう言うか。いいか小鳥遊よく聞け。原因は過労だよ」
「過、労?」
「そうだよ。お前が頑張りすぎたから今こうして熱が出てるんだ。とはいえこれは本人には解り辛い事だけどな。無意識下で日々よりも頑張っていたんだろう。そうじゃないか?」
「それは────」
正直、よくわからない。
私はいつも通りの事をしているだけだ。
でも、いつも通りじゃないから、今こうなっているわけで。
「まぁ、良いか。今はとりあえず寝ろ寝ろ。病人は寝てさっさと体調を回復させるのがお仕事だからな」
そう言って、先輩は私の身体に布団をかけてくる。
あたたかいけれど、少しあつくてくるしい。
「どうだ?寝れそうか?」
「…………どうでしょう。ただ、そうですね────────」
保健室。
健康的な人間からは縁遠い場所。
勿論私からしても縁遠い場所で。というよりアビドスのみんなにとっても縁遠い場所で。
そんな場所だからか、俗世の喧騒から切り離されている感覚がする。
寝るにはもってこいの場所なんだろうけれども、それでいてこの場所はまるで別世界に来てしまったかのようにひどく静かだ。
そんな場所に万全ではない状態で放り込まれると、どうしても弱さが出てきてしまうもので。
「手を、握っていてくれませんか。今だけ、今だけでいいので」
一人きりはちょっと。余計に体調が悪くなってしまいそうだ。
「ああ、お安い御用だ」
右手がリョウジ先輩の手で握られるのがわかる。
ごつごつとしていて、少し冷たくてきもちいい。
「それにな、今だけなんて遠慮しなくていいんだぞ。お前に後輩達が出来てあの子達の力になりたいって言うのもわかるけど、それでもお前はまだ子供なんだ。というより、人間誰しも本心では誰かに頼りたいし、頼られたいんだよ」
「頼り、たい────」
そっか。わたし、誰かに頼りたかったんだ。
最近では先輩達だけじゃなくて先生や後輩達にも頼れる環境にはなったし、実際頼ったこともあったけれど。
それでも、もう少し誰かに。いや、何よりこの人に甘えたかったのか。
「…………ふふっ。ユメ先輩が、怒っても知りませんよ?」
「こんなことで怒るほどアイツの器も小さくねぇよ。お前も良く知ってるだろ?」
「…………そうですね」
身体をリョウジ先輩のいる方向に倒し、両手でリョウジ先輩の手を包み込む。
ああ、安心する。
「それじゃあ、おやすみなさい。先輩」
「ああ、おやすみ。小鳥遊」
驚くほど早く、私は眠りに落ちることが出来た。
「寝た、か」
「……リョウジ先輩」
「ん?ああ、ノノミちゃんか」
「これ、シロコちゃんが買ってきてくれた経口補水液と風邪薬です」
「ああ、ありがとう。そこに置いておいてくれないか?おじさんはちょっと手が離せないというか、離してくれないというか」
「……ホシノ先輩は、大丈夫そうですか?」
「今のところは。起きてからどうなるかって感じだな」
「…………ホシノ先輩」
「…………さて、小鳥遊の事は俺に任せておいて。そろそろ夕方だしみんなはもう帰っても大丈夫だよ」
「でも、リョウジ先輩は────」
「大丈夫大丈夫!おじさんってば大人ですし?ちょっと夜遅くまで出歩いていても問題ないですよ?」
「…………はい。お願いします。でも、リョウジ先輩も気をつけてくださいね?」
「────ああ」
「────」
「────────」
「────────────行ったか」
「さて」
珍しいね
何かあったの?
ホシノちゃんが!?
大丈夫なの!?
そうなんだ……
うん、わかった。ホシノちゃんの事はリョウくんに任せるね
ただ
できれば、リョウくんも早く帰ってきてね?
一人って結構寂しいし、それに……
リョウくんにはあまりあんな目に遭ってほしくないから
約束は、してくれないんだね
謝らないで
リョウくんはそういう人だってことも、ちゃんと知ってるから
でも
今の私にとっては、何よりもリョウくんが大切だってことも忘れないで?
リョウくんは私達とは違って、身体が頑丈じゃないんだから
……ごめんね。なんだか重い感じになっちゃった
リョウくんが帰って来るの、待ってるね
「……………………はぁ」
「なにが頼られたい、だか」
「吐き気がするな。まったく」
いつの間にかUAも2万を突破していました。
お気に入りも400件を突破していてありがたい限りです。
半月ぶりの執筆なのでちょっと勝手を忘れているというか、曇らせがあるわけではないので本編とかと比べると文量が減っちゃってますね。(あとは試験的な試みをしてみたかったというのもあります)
あ、ちなみにもう一つ降ってきた天啓なんですけど叡智版をご所望の方っていらっしゃいます?
まぁ、そういうのを書いたこと無いので習作かつ結構お時間を頂くとは思いますし、パスワード付きで公開という形になるとは思いますが……
意見頂けると有難いです。
追記
叡智版できました。
作者ページからどうぞ。
感想、評価、誤字脱字指摘などお待ちしております。