一人称が「おじさん」のホシノの先輩   作:惡喰

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これは、あり得たかもしれない異聞(if)

彼女がもう少し欲深ければ、

これはたったそれだけの違いの物語。


いかないで

夜闇へ溶けていく先輩の姿を私は見ている。

 

時間にして数秒の間だというのに、時が止まってしまったような刹那。

 

そうだ、

 

わかってる。わかっているんだ。

 

でも、それでも。そうだとしても。

 

これ以上大切な人を────好きな人を失うのは耐えられない。

 

「────────」

 

言葉もなく立ち上がる。

 

私がこれから行うのは、リョウジ先輩の意志と反する行為で。それがきっと、彼を傷つけてしまうことも分かっていて。

 

彼が誰のために、何をするのかも頭では理解していて。でも心はそれを納得していなくて。

 

だから私は、自分の浅ましい欲望(エゴ)という楔を彼に打ち込む。

 

窓に手をかけ、開く。身を乗り出し、外へ出る。

 

走る。奔る。はしる。

 

目の前にあるけれど、とても遠くにあると錯覚するリョウジ先輩(いとしいひと)に。

 

「────待って、待って────────!待ってください!リョウジ先輩!」

 

心臓がうるさいくらいに鼓動(おと)を鳴らす。

 

体を急にフル稼働させた影響か。はたまたこれから私が行うことに対する緊張か。

 

私の声に気づいたリョウジ先輩は足を止め、ゆっくりとこちらにふり返る。

 

それを確認しても私は速度を落とさない。いや、落とせない。

 

もしもがあるといけないから。もしもがあるといやだから。

 

「────小鳥遊?」

 

降りつける雨と吹き荒ぶ風が私を邪魔する。

 

まるで、私をリョウジ先輩の元へと行かせないかのように。

 

────邪魔だ。

 

それらを無視して、地面を蹴り穿つ。

 

一歩一歩確実に。リョウジ先輩の元へと。

 

今からでも遅くない。彼のことを思うなら引き返せ/もう遅い。私の賽も既に投げられた

 

自分の行動が彼にとって良くないことだと知っているだろう/それでも、私は私の欲望を優先する

 

なんて、醜い女/そうだ、そんなことは端から理解している

 

頭の中で理性(天使)本能(悪魔)を殺そうとする。

 

でも、こうなったらもう止まらない。

 

天使は悪魔によって打ち殺され、天から堕ちていく。

 

────そうだ、おまえたち全部邪魔だ。

 

────────────私にはもう、あの人しかない。

 

────────────私にはもう、あの人しかいらない。

 

そうして私は────────────

 

「先輩────────!」

 

リョウジ先輩の胸へと飛び込む。

 

手は背中へ回して、失わないように。何処へも行かさないように。もう、離れないように。

 

大切な宝物を丁寧に丁寧に。壊れないように扱うように。これ以上、損なわないように。

 

「────────」

 

顔を見上げてリョウジ先輩の顔を直視する。

 

そこにあるのは私がこんなことをするとは一ミリも思っていなかったのか、困惑の顔。

 

ごめんなさいリョウジ先輩。私変わっちゃったんです。

 

ユメ先輩と、リョウジ先輩と三人で過ごして、幸せな日々を味わって。

 

わたし、悪い子になっちゃったんです。

 

だから、これから私はもっとわるいことをしてしまいます。

 

許してくれだなんて言いません。そもそも思いもしません。

 

それだけのことをしている自覚があって。それ以上のことをする自覚があって。

 

でも、優しい先輩だから。きっと私のことを赦してしまうんでしょうね。

 

だって、今全身であなたを感じてより一層思ってしまったんです。

 

この愛おしい人を、

 

この弱っちい生命を、

 

この狂おしい感情を、

 

ただただ、失いたくなくて。

 

だから、もっと我儘になって。

 

「…………いかないで、行かないでください先輩!わたし、もうこれ以上大切な人を失うのは嫌なんです!」

 

押し留めていた感情の堰が決壊して口から溢れ出してくる。こうなるともう止められない。止まらない。

 

「ユメ先輩だけじゃなくリョウジ先輩までいなくなっちゃったら私……わたし……!」

 

「小鳥遊────」

 

感情と比例するように、言葉を真実だと思わせるように。私の腕に力が込められて、強く。より強く先輩を抱きしめる。

 

「────────好き、好きです先輩。だから、だからどうか────────わたしをひとりにしないで────────」

 

ああ、ついに言った。言ってしまった。言っちゃった。

 

こんなことを言ったらどうなるか。わかっているのに。

 

「────────────────────────」

 

そら見た事か。そんな自分勝手な言葉を口にするものだから、リョウジ先輩の顔は呆気に取られて。段々と歪んできて。

 

「ごめんなさい……!ごめんなさい先輩……!自分勝手でごめんなさい……!我儘でごめんなさい……!でも、私────────」

 

全てを言い切る前に、私の体が抱きしめられる。

 

「────────あ」

 

全身がリョウジ先輩に包まれる。

 

優しいけれども、どこか壊れ物を扱うような。そんな不安に満ちた手。

 

右手は頭に置かれていて、いつかの日のように私を安心させてくれる。

 

────嬉しい。

 

「……………………ああ、そうだな。そうだったな。ソレはあまりにも酷すぎるな。ごめん。ごめんな、小鳥遊。俺は、お前になんてことを────────」

 

「…………良いんです。良いんです先輩。悪いのは、わたしなんです」

 

「それでも、そうだとしてもだ。おまえをそういう風にしてしまったのは、他でもない俺なんだから。ここで放り出すなんて、なんて────自分勝手」

 

私を抱きしめる力が強くなる。でも、決して痛いわけではなくて。

 

暫く私たちは無言で抱き合う。雨に濡れることも気にせず。ただただ、お互いの温もりを。お互いの存在を味わうように。

 

────────嬉しい。

 

永遠に思えるような時間。でも実際に経過した時間はきっと短くて。

 

静寂を破ったのはリョウジ先輩だった。

 

「なぁ、小鳥遊」

 

「…………なんですか?」

 

「さっきも言ったように、俺はもうここには居られない。それでなんだが、もし、もしお前さえよければ────────」

 

その先の言葉も予想できてしまう。

 

大丈夫です。リョウジ先輩。私は、貴方さえいてくれればもう。

 

「────────キヴォトスの外に行かないか?」

 

でも、それは。

 

「でも、それは────────」

 

「ああ、わかっている。でも、今はおまえが何よりも優先だ」

 

ああ────────────────

 

「…………ごめんなさい。…………ごめんなさい、先輩」

 

「良い。良いんだ。もう────────」

 

もうここには、悲しみしか残っていないから────────────────

 

ああ、なんて────────残酷。

 

私が我慢していればよかったのに。私が余計なことを口にしなければ、いらないことをしなければ、この人はユメ先輩のために殉じれたというのに。

 

それらをすべて踏み躙って、泥を塗りたくって。今すぐにでも恨みを晴らしたいだろうに、そこに首輪をつけられて。鎖に繋げられて。

 

今まで先輩という器を満たしていた中身(ユメ先輩)が無くなったから、そこに中身()を注いでいる。

 

そう、それだけだ。それだけなんだ。私のやっていることなんて。

 

そしてその中身も、リョウジ先輩を蝕むもので。

 

────────それでもわたしは、あなたを失いたくはなかったのです。

 

「…………先輩が、リョウジ先輩がいてくれるなら。私はどこへでも」

 

「…………すまない」

 

────────────嬉しい!

 

ホント、卑しい女。

 

…………ああ、吐き気がする。

 

リョウジ先輩は目を閉じ、上を見上げ、長い、とても長い深呼吸をする。

 

いち、に。

 

「────────────よし。行こう小鳥遊」

 

「────────────────はい」

 

リョウジ先輩が私の手を取り駆け出す。

 

二人揃って、校門を出て。

 

私には目的地が分からないけれど、リョウジ先輩は迷わず駆けていく。

 

私の手を握るリョウジ先輩の手は、決して離さないという決意が感じられて。

 

────────────嬉しい。

 

ふと、後ろを振り向く。

 

視界に映るのは、遠ざかっていくアビドス高等学校。

 

────────────ごめんなさい、ユメ先輩。

 

改めてこんな状況を作ってしまったことに対してユメ先輩に謝罪する。

 

私には謝罪する資格もないということはわかっているけれども。

 

おそらく今を逃してしまったら二度とユメ先輩に謝罪することが出来ないということも感じていて。

 

どうか、どうか。私を恨んでください。あなたの想い人を奪ったのも。あなたの死後の安らぎを台無しにしてしまったのも。あなたの唯一の願いを踏み躙ったのも。

 

────────────全部私なのですから。

 

さようなら、私の大切な場所(アビドス)

 

さようなら、私の大切な先輩(ユメ先輩)

 

そして────────────

 

「────────────────さようなら、私の青春(ブルーアーカイブ)

 

もう、振り返ることは無かった。

 

 

 

 

それから、随分と長い間何も言わずただただ走っていた。

 

いつの間にか空は明るくなってきていて。

 

私たちは、海沿いの寂れた無人駅にやってきていた。

 

おそらくここが目的地なんだろうと、思う。

 

そうして、一歩一歩と近づくにつれて。

 

ふと、駅のベンチに誰かが座っているのが見える。

 

ソイツはヒトの形をした異形で────────

 

「────────黒服」

 

「お待ちしていました。瀬戸リョウジさん。小鳥遊ホシノさん」

 

ソイツを視認したリョウジ先輩は刀に手をかけ、私の前に立つ。

 

その様子を見た私もトリガーに指をかけ、いつでも発砲できるように準備をする。

 

「何の用だ」

 

「そう身構えないでください。ただの見送りですよ」

 

「それを信用する根拠は」

 

「ないですね。ですが、そうですね…………」

 

黒服と呼ばれたソイツはわざとらしく顎に指を置く動作をする。

 

私はコイツの動作を見逃さない。怪しいことをすればすぐにでも。

 

「別に止めるために戦っても構わないのですがね。ただ、そうなった(・・・・・)あなた相手だと良くて相打ちでしょう。私も自分の命は惜しい質でしてね」

 

「────────────────」

 

その無言が何を意味するのか、私はリョウジ先輩の背後に立っているから表情が分からない。

 

「加えて、小鳥遊ホシノという大きな外的要因も加わっている。そうなってしまえば私の勝利などそれこそ那由他に一つくらいでしょう」

 

「────────そうか」

 

その言葉を聞いて、リョウジ先輩は構えを解く。

 

私は、コイツのことがいまいち信用できないから構えは解かない。

 

万が一、億が一があっては、ここまでやってきた意味がなくなってしまう。

 

「なので、見送りに来ました。私の興味を大いに引く二つの対象がキヴォトス(ここ)を去ってしまう…………まぁそうですね。私なりのケジメとでも思ってください。それに────────」

 

口ぶり的にコイツと知り合いと思われるリョウジ先輩はともかく、私もコイツの興味の対象────────?

 

「あなた方がその決断を下した瞬間に、このキヴォトスの結末は定まりました。彼の存在が訪れたところで、これはもう覆しようがありません」

 

「────────やっぱり、そうなるか」

 

リョウジ先輩から発せられたその声は、とても悲しそうで。

 

「お前はこれからどうする」

 

「今しばらくはキヴォトスに留まるつもりです。あなたの言っていた彼の存在が気になりますしね」

 

「そうか」

 

わからない。この二人が何を言っているのか。私にはわからない。

 

きっと、わからなくてもいいことなんだろう。

 

もう、私たちには関係の無いことなんだから。

 

「そろそろ時間です…………あまりこう言うことは似合わないかもしれませんが、お元気で」

 

「お前もな…………結局、殺し合うことにはならなかったな」

 

二人はそんな物騒な別れを交わして、先輩は再び私の手を取り駅のホームへと向かっていく。

 

改札を抜ければ、一台の列車が停まっていて。

 

私たちが乗車して、席に座った瞬間。

 

扉は閉まり、ゆっくりと列車は動き始めていく。

 

乗客は私たち以外には誰もいなかった。

 

ふと、リョウジ先輩に握られていた手に違和感を感じて。

 

そこに視線を移してみると手は震えていて。

 

────────ああ。

 

「リョウジ先輩。その、手」

 

「えっ、あ、ああ。ずっと握ってたもんな。悪かった。痛かったか?」

 

「…………いえ」

 

そう言って先輩が手を放す。

 

でも、手が離れるとどこかへ行ってしまいそうで。

 

何より、今のまま放っておくことが出来なくて。

 

「────────あ」

 

さっきまで握られていた手に、私の指を絡める。

 

離れないように。離さないように。

 

少しでも、震えが止まってくれるように。

 

「リョウジ先輩。私、ちょっと眠くなってきました。肩、貸してもらっても良いですか?」

 

「────────ああ。これからきっと忙しくなる。今のうちに眠っておけ」

 

「そうさせてもらいます」

 

リョウジ先輩の肩に頭を置いてから、今までの疲れが一気に来たのか直ぐに眠くなる。

 

眠りに落ちる前に、リョウジ先輩の顔を見ようと顔を動かすと────────────────

 

ただただ、一点の方角(アビドス)を瞬きもせずに、涙を流しながら見つめる先輩がそこには映っていた。

 

────────ああ。

 

「ごめんな、さ……………い……………」

 

プツリ、とテレビの電源を落としたかのように。

 

私の意識は闇に落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれから、しばらく経って。

 

私たちはキヴォトスの外で一緒に細々と暮らしていた。

 

ただただ、何を語り合うわけでもなく。

 

指を絡め合って部屋の中から、夜空を見上げる。

 

そこには、かつてと同じようにきれいな星空が広がっていて。

 

「ねぇ、リョウジ先輩」

 

「ん?」

 

「先輩は今、幸せですか?」

 

「どうだろうな────────お前はどうなんだ、小鳥遊?」

 

「私は幸せですよ。先輩が居てくれるので」

 

「そっか。────────そうか」

 

そう言って私の顔から再び星空へと視線を移す先輩。

 

「…………俺も、小鳥遊が居てくれるから幸せだよ」

 

────────────────ああ。

 

わたし、知ってるんです。

 

先輩が毎晩、眠れないこと。魘されていること。

 

救いたかったもの。掬い上げられなかったもの。

 

本当に自分がやりたかったこと。

 

それら全てを捨てて、私を選んだこと。

 

間違ったことはしていないと自分を納得させようとしていて。

 

頭では理解しているけれど、心はどうしても納得できていなくて。

 

だから、だから。どうか。

 

私にできることは何でもやります。

 

ユメ先輩の代わりでも。劣情のはけ口にでも。

 

貴方の代わりに外で働いてきて、あなたは何もしなくても。

 

それで、あなたの気持ちが少しでも楽になるのなら。

 

でも、きっと。先輩は優しいから、一生一人でその罪を抱えようとしてしまうんでしょうね。

 

本当に悪いのは、私なのに。

 

わたしも、夜空を見上げる。

 

星々は私たちとは違ってどこまでも、どこまでもきれいで。

 

それが、ひどく。残酷に思えて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

よかった(うそつき)




こうして、少女は一足先に大人になる。

自らの罪の象徴と寄り添いながら。




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