私は今何処にいると思う?キヴォトス中をふらつきながら良い気分で酒を飲んでいたらいつの間にか辺境の砂漠地帯へと足を踏み入れていた。
既に辺りは暗く、月夜に映える冷たい風が肌を撫でた。夏だと言うのにこの砂漠地帯は昼と夜で温暖差が激しい。昼間は激しい日光と砂から発せられる熱で茹で上がるほどに暑いが、夜になると真冬のように冷たくなる。
「流石に薄着じゃ寒いな、さっさと帰ろ」
ぶるりと震え、両腕を抱いて回れ右だ。どうせこんな所に何かあるわけでもない。せいぜいが砂漠に埋もれた廃墟だろう。昔はここもアビドス自治区の一部だったのだろうが見る影もない。廃墟だけがそれがあったことを知らせていた。
そんな時に、背後からジャリ……っと砂を踏む音が聞こえる。振り向けばそこに居たのは小鳥遊ホシノ。いつも眠そうなオッドアイの目が特徴的な女だ。
「こんなところで会うとは珍しいな」
「うへー、できれば会いたくなかったけどねー。特に夜は」
そういう2人の吐く息は白い。とても夏とは思えない光景だ。
「ひどい言い草だ」
「そう?順当じゃないかな?」
HAHAHA、こやつめ。ほんわかした雰囲気してる癖して私にはよく毒を吐く。実は腹黒じゃないか?
「で?」
何してんだこんな所で。と目でコチラに伝えてくるホシノに私は誤魔化すように煙草を取り出し口に咥えた。
「ちょっと」
ジト目でこっちを睨むホシノに目を逸らして言った。
「迷子になった」
「迷子?鬼巫女が?へー、そんな事もあるんだねぇ?」
そう言ってニヤニヤしだすホシノに私は咥えた煙草を噛む。だから言いたくなかったんだよちくしょうめ。絶対笑うし揶揄うだろう事が予想できたからな!
「待て、言い訳させろ言い訳を!そもそもこの自治区が砂まみれで土地勘のない私からすりゃジャングルより酷いぞ」
その上、アクセスも悪いからここは陸の孤島みたいなもんだ。ふらっと迷い込んだら最後。運が悪いとそのまま遭難もあり得るだろう。
「まあ確かにそうだけどねぇー?あんな傍若無人が服を着ているみたいな人が迷子だなんてねー?」
「チッ……」
煙草に火をつけて思いっきり煙を吸い込む。ガキの前で吸うと後で『先生』にどやされるが知らん!揶揄ったこいつへの罰だ罰!当てつけに思いっきり煙吹き掛けてやろうかな、と考えつつも煙草の煙はふわふわと何にも無い宙に消えていく。
「まあ丁度いい。道案内頼む。適当にふらついてたからここが何処なのかも良くわかってないんだわ」
「だらしないなぁ……おじさんもだらしないと思ってたけど私以上がいるとは思わなかったよ」
「酒に溺れるとお前もこうなるぞ、多分」
以前の事を考えるに酒に弱そうだしな、コイツは。
「こっちだよ、この辺は庭みたいなものだからすぐ帰れる」
「そいつはありがたい。さっさと戻りたいからな」
ぶつくさ言いながら足を踏み出す。しかしその歩みはすぐに止まる。
「……ん?」
「どうしたの?」
足を止めて辺りを見渡す鬼巫女に訝しげな顔を向けるホシノ。
「いや……」
具体的なことは一つもない。強いて言うなら本能。鬼巫女が持つ経験から来る直感とも言うべきものが何かに反応したのだ。その『何か』は揺れとなってこちらに危険を知らせ始めた
「地震……いや違う?」
辺り一帯が揺れる。それは立っていられないほどに激しく。ホシノは四つん這いの形となって揺れに抵抗する。鬼巫女もまた、足に力を入れて踏ん張りながらも視線は辺りをずっと監視したままだ。
変化は揺れだけに留まらない。次第に砂漠が割れ、のっぺりとした白い金属が砂の中から姿を表す。砂に隠れまだ全貌は見えないまでも、こちらに向けられた殺気を肌で感じ取った鬼巫女は咄嗟にホシノを抱き抱えて後ろへ飛ぶ。
「チッ、避けきれないか!」
それでも避けられない事を理解した鬼巫女はせめてもの抵抗とばかりにホシノを庇い背中を盾にした
「へっ?」
ホシノはまだ事態を上手く理解できていなかった。気がついた時には視界が白く染まり劈くような音はまるで悲鳴のようだった。
それが収まった時、自分の服が汚れていることに気がつく。赤い。何処までも赤く、鉄のような匂いをこれでもかと叩き込んでくる。血だ。しかし自分の体に痛みはなく、特に動けないと言う事もなかった。
「一体何が──」
ではこの血は誰のものだろう?その答えはすぐにわかる。派手に吹き飛ばされたのか、瓦礫が砂に埋もれ、ほどよく視界を遮る。それでもダラリと流れる血はすぐに砂を赤く染め、その存在をこれでもかと主張してやまない。
「え──」
鬼巫女が、倒れていた。その頭から血を流し、身体からも決して少なくない血が。その事実を前にホシノは震えた。
「や、やだなぁ!おじさんを揶揄うのは……」
違う。そんな訳が無い。頭の何処かで理性が叫ぶ。お前はこれを一度見た事があるはずだ。
「ほら、揶揄ったことは謝るからさ!だから──」
そう言って体を強請ろうとする手が途中で止まる。嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!
現実を直視したくなくて、首を横に振る。嗚咽が口から漏れる。まるで昔に戻ったようだった。自分を引っ張っていつものほほんと笑っていた先輩がそうだったように。
触れた体が冷たくなる感触。それを思い出すのが嫌だった。
そんな事実を認めない。だから立ち上がり周囲を見る。
「あ──」
瓦礫の隙間、そこから見えたのは鋼の蛇。頭にヘイローをつけ、巨体で周りを破壊しながらコチラを探す姿があった。
見た事がある。『ビナー』と呼ばれる災害級の化け物。何度か『先生』と他の生徒と協力して撃退した事がある。しかし、一対一で勝てる相手では無いのは確かだ。
「私を──庇ったか、ら」
私のせいだ。私のせいでまた誰かが。震えが止まらない。でもやらなきゃ。いつものように。銃を握り、形見の盾の取手を握り締める。呼吸が荒れる。
「ヒュー……ヒュー……」
視界がブレる。呼吸は不規則で浅くなっていく。
「私がやらなきゃ……!」
頼れる大人が今はいない。私1人だけ。ズルズルと重たい足を引きずるようにして歩き出す。視線はビナーに向けられている。
「私が──やるんだ」
一歩一歩。確実に踏み締めていく。瓦礫の隙間を避け、奴の視界に入る──寸前で、肩を掴まれた。ガクッと体が揺れる。
「え……?」
「勝手に行くんじゃねぇ」
私の肩を掴んでいたのは鬼巫女だった。ポタポタと服から血が垂れているが、その目はギラギラと鋭かった。
「い、生きて──」
「人を勝手に殺すんじゃねぇよ!?」
体から力が抜ける。ストンと人形のように座り込み、そのまま体ごと溶けてしまいそうだった。
「しかしまあ、五体満足ではないけどな。ちっくしょー油断した」
衰えたとは思っていたがここまでとは思わなかった、と彼女は続ける。言葉のままにホシノを押し除け、ビナーへと向かう鬼巫女。
「ちょ、ちょっと!」
慌てて止めようとするホシノに鬼巫女は振り向き、両肩を掴む。傷を負った人とは思えない力強さがその手にはあった。
「お前が私に誰を見てるのかは知らん」
「──」
「亡霊でも見たのか知らんが、私から言えることなんて大したものでも無い──私はそいつには成れないし、代わりなんてしてやらん」
私は悪い大人だからな、と自嘲しながら彼女は続ける。
「だが、これだけは言える」
「私は死なねーよ。少なくとも寿命以外で死ぬ気はないね。だからそこで見てな。いいもん見せてやるよ」
そう言ってくしゃくしゃと荒々しく私の頭を撫で付け、ビナーへと歩いて行った。それを私は止める事ができなかった。彼女の自信溢れる姿にその気が失せたのだろうか。
ざくざく、と砂を踏む。冷たい夜空はそのままに。星のようにキラリと光る二対の目がこちらを見ている。その目を睨み返す。
「昔はもっと凄かった、なんて言い出すと言い訳みたく聞こえるから言わない。まあ衰えたのは事実だけどよ」
昔の私なら、初見で避けるなりぶん殴るなりして即解決してただろうしな。油断してたとはいえアホすぎるぜ私。
歳はとりたくない、とはよく言われるが自分が体験する事になるなんて思いもしなかった。
「そんなことはどうでもいいんだわ。やられた仕返しもあるがついでだついで」
ギリッと拳を握り締める。ビナーはこちらを脅威と判定したのだろう。口を開き、その中にエネルギーを溜め込む。
「今一番!ムカついてんのは──」
ビナーの口にチャージされたビームがコチラに迫る。しかし、その場に鬼巫女の姿はすでにない。ビナーの頭上。遥か上に飛んでいた。空振りしたビームが砂を焼き、吹き飛ばす。
空を跳び、振り翳した鉄拳が月夜に映える。
鉄よりも硬い鉄槌がビナーの頭へと雷のような轟音を響かせ、落ちる。
「テメェ人のダチに手ェ出しといてタダで済むと思ってんじゃねぇぞ!」
ビナーの巨体が凄まじい速度で砂の大地に激突し、衝撃で砂の津波かと思うほどに砂が吹き飛んで行く。
ビリビリと拳が痺れる感覚を味わいながらもその視線はまだ鋭い。巻き上げられた砂で視界が遮られた瞬間を狙って放たれたミサイルの雨がコチラに迫り来る。
未だ空中の鬼巫女にそれらを全て避けることは不可能と思われた。しかしここに居るのはそれら不可能を可能とする規格外。本調子には遠いが、それでも。
「冷たい夜には丁度いい!精々足掻きな!」
赤黒い軌道を描きながら放たれる蹴りや拳がミサイルの一つ一つを砕き、破壊していく。不思議な事に爆発する事もなかった。
更に砂が舞い上がる。
「チッ、こいつはそういうことか」
舞い上がる砂に際限がない。まるで砂嵐のようなそれは突風を纏い、刃物のようにこちはを斬りつけてくる。
あの蛇の仕業かと思い当たると即座に行動に移す。拳を再び大きく振りかぶり、自由落下していく鬼巫女。
「無粋な砂嵐には退場願うぜ、今宵の月には星だけで充分だ!」
振り下ろされる拳が更なる風を巻き起こす。それは空気砲の如く空間をぶっ叩き砂嵐を掻き消した。
再び月が照らし出す砂漠には先程まで居た蛇は居なかった。気配もない事から逃げたのだろう。
スタッと着地し、破壊され尽くした廃墟の残骸を蹴っ飛ばしながらホシノの元へ戻る。
涙の跡が目立つ顔がコチラを見ていた。あり得ないものを見るような目だがよくある事だ。
「ほれ、これで信用できるだろ。このくらいじゃ死なねーよ」
「人間、え?何類なの?」
「霊長類だバカヤロー。ほれ、騒ぎになる前に逃げるぞ。派手にやったから誰か来るだろ」
「いや傷ぅ!そのままにしておけないでしょ!」
「そのうち治る」
「何類!?本当に!?」
「人類だアホ」
そうしてトラブルありの散歩は幕を閉じる。先生にバレてめちゃくちゃ怒られた挙句医者というか救急医学部に連れて行かれたのは後のお話。
今度こそ曇らせ!になれ!!!