私は今顰めっ面をしているだろう。とてつもなく渋いものを食べたみたいなキッツい顰めっ面だ。それもそのはず。現在私がいるのはゲヘナの救急医学部車両の一つ。目の前には無機質な表情でこちらに無言の圧力を掛ける奴がいた。
「知ってましたね?わかってて無視してましたね??」
「あー、いや。まあそのだな」
全力で目を逸らす私を前にため息を吐く。そいつの名前は氷室セナ。氷の名が示す通りの無表情っぷりだ。
ビナーとかいうトカゲに襲われた時の傷を見せろとホシノに強引に連れていかれ今に至る訳だが。診察内容が書かれたカルテを軽く睨み、深刻そうな顔をするセナを前に私は全てを察した。
「こんな体でよく生きてますね、あなた」
「はは……丈夫さが売りなんで」
軽口を返したら睨まれた。
「目的だった傷の治療は問題ないです、既に治りかけとか医療の意味が問われるんですが置いておきます」
一呼吸、間をおいてセナはその診察内容を語り出す。
「老化……に近いですが本質は違いますね。あなたの細胞一つ一つに微細な傷が入っています。それも数え切れないほどに」
口笛を吹いて誤魔化す。これだからコイツらの世話にはなりたくなかったんだよなぁ。
「回復も追いつかないほどの傷は治療も難しく、傷ついた細胞は急速に死んでいく。結果として老化に近い現象が起きていますが、老いより先にあなたの寿命が尽きるでしょう」
「どうしてそうなったのか、を問い詰めても言わないでしょうし聞きませんが。あなた、死ぬ気ですか?」
このまま放置していたら死ぬぞ、と暗に言われた。まあ今更な話だし、私は既に結論を出している。
「悪りぃが、延命とかって話ならパスだ。私は私の寿命に納得している。寿命が人より短かっただけの話だろ?」
悪さを沢山したんだ、それくらいの因果応報が無ければ釣り合わないだろう。いや、まだ釣り合ってないかもしれない。
「……それで割り切れるもの、なのですか?この世に未練はないと?」
「未練ねぇ、そりゃ私だって人間だ。挙げればキリがないがそれはそれだ。生き物である以上生きて死ぬのはある意味義務だぜ、それくらい筋通さなくてどうするよ」
これ以上言い合っても平行線だろう。後ろでまだ言いたげだったセナを無視してその場を後にしようと車から出る扉に手を掛けたところでその扉が外から開かれた。
──今の話、本当?
現れたのは「先生」だった。それも話を聞かれていたらしい。話す気はなかったんだけどな。
「まあ……嘘ではないな」
ポリポリと頬を掻き目を逸らす。先生の脇を抜け、無言で煙草を取り出して火をつけた。
──なんで?
端的に、聞いた。すっとぼけるように私は返す。
「なんでも何も、さっきも言ったがいずれ誰にでも訪れるものだ。聞かれても困る」
──そうじゃなくて
──本当はどうにか出来るんでしょ?
吸い込んだ煙を口から吐き出して、一息。しんしんと静かな寒さが肌を刺す。
「なんで、そう思った?」
──だって、無理とは言ってなかった。鬼巫女はそういうのハッキリ言うでしょ。
「……まあな」
やろうと思えばこんな事どうにか出来る。私の力なら可能だろう。やりたくないだけだ。
──だから、なんで?
そう言う「先生」の目は真剣だ。ふざけても見逃してはくれないらしい。
「話が長くなる……いいか?」
車両に寄りかかる私の横に腰を下ろす先生。聞くようだ。
「どこから話すか……まああれだ。私は流れ者でよ、色んな世界ぶらついてた奴なんだけど」
その中でやりたい放題やってた人間でな。色んな馬鹿もしたし、色んな奴にも出会った。
喧嘩も山ほどしたし、こうして体にガタが来るのは自業自得なんだ。
「昔の私は今より荒っぽい……つーか、正直人間とは呼べない奴だった。化け物なんて言葉が似合うほどのな」
他人にそこまで関心無かったし、自分が楽しければそれで良かった。それに比べたら、キヴォトスにいる奴らなんて可愛いものだ。
「じゃあどうやって今の私になったって話なんだが。やりたい放題の私にも色んな奴がついてくるようになったんだ。酒飲んで、たまに喧嘩して。くだらないことでバカ笑いした奴らが」
ダチと呼べる誰か達。愚かと思ってた人間を面白いと思えるものをくれた奴ら。そいつらが私を化け物から人間にしてくれた。
「今は悪くないと思ってるんだ、人間ってやつは本当に楽しい。そんな時に自分の死期が分かって私は夢ができた」
望む欲と書いて欲望。よく出来てる。人間を人間たらしめるのは欲だ。これだけは譲れない自分だけの欲が獣を人にする。そんな在り方に私は目を灼かれたのさ。
もちろん私の力なら、その面白い人間達をずっと観てやる事もできた。ずっとずっとだ。
「だけど、私はそれが勿体ねぇなって思ったんだ」
だって私もその面白い人間の1人なんだぜ?観てるだけなんてつまらない。どうせなら体験したい。欲のままに踊り続けて、いつか来るその日を私は待つ。
「まあ中にはそれを見守ろうってやつもいるんだろうけど、私には合わない」
そして、自分が死ぬ前か、それとも死んだ後なのかは分からないが。いつか私の肩を叩いて追いつかれる日を夢見ている。
『老害は引っ込んでろ、ここからは自分達の道だ』
そう言って私を置いて先に進む者達を私は待っている。きっと、そいつらも自らの欲に踊りながら。
「それが私の夢だ。変人って自覚はあるがそれでも」
死ぬなんて体験、人生で一度しかできないんだ。それをパスなんて面白くないだろう。
私は私の人生を最後まで楽しむ。その後にも夢が続くんだ。だから良いんだ。
「私から死を奪う事は私が否定する。だから頼まれてもやってやらねー」
──わかった
そう言って「先生」は立ち上がった。
「なんだ、もう少し粘ると思ったがあっさりしてるな」
──言って止まる?
「ないな」
お互い顔を見合わせて笑った
踊ってない夜を知らない