「そろそろ行こう」
サオリがそう宣言する。30分程度とは言え休んだ、これ以上のロスは出来ない。
「で、どうやって行くつもりなんだ」
特にそういう話を聞いてない私はそう聞き返す。この数でアリウス自治区の中を突っ切るのは無謀だろう。私1人ならともかく、コイツらをカバーしながらは私もキツい。
「アリウス自治区の最奥に通じる通路が旧校舎にある、という話を聞いた事がある。マダムが来る前に作られた古いものだから恐らく知られていない筈だ」
「根拠薄いなー……ま、仕方ないか」
ここは相手の本拠地、確実なものなど無い。ならば多少でも可能性のある選択肢を取るのは間違いでは無い。それに時間がないのだから。
そんな訳でサオリ含むアリウススクワッド……いや1人いないからスクワッドじゃないが、とにかく案内で銃で武装した生徒達の視線を掻い潜りながらそちらへ向かう。
「……待て。少し様子がおかしい」
薄暗い路地の一角で、壁に背中を当てて身体を隠しながらサオリが路地の向こうを覗く。皆で同じように覗いてみるとそこに居たのはエデン条約で暴れていた人間モドキ──
「何故だ?エデン条約は既に取り消された。使役はできない筈だ」
「……考えてみればおかしかった。そもそも私たちの任務はあの複製を確保して、トリニティとゲヘナの自治区を占領する事だった。まあ負けたんだけどさ」
「私たちが追われている理由もそれだからな……だというのに、アリウス自治区。『彼女』は既に複製の能力を確保している……?」
「間違いなくあの時のやつと同一だろうな、気配が変わらん」
あの時にドンパチやってた人間モドキと似てるではなく、全く同じ。というのがミソだ。複製の名の通り、どこまでも同じものなんだろう。
「つまり……私たちの本来の任務はエデン条約を乗っ取り、複製を一度起動させるだけでよかった。その後の事は全部おまけ……?」
ほー、の割には執拗に『先生』や私を狙ったミサイルが来てたけどな。何にせよその『彼女』だの『マダム』って言われるやつが元凶か。どんなやつなのか聞いてみたいところだ。話を聞く限りろくでなしっぽいが。
「──一体何の意味があったのか、それが知りたいのでしょう?」
突然声が聞こえて全員の視線がそちらへ向く。それと同時に先ほどまで徘徊していたはずの複製達はこちらへ集まり、取り囲んだ。
ビジョンとして映し出される電子像がこちらを見る。血のように赤い肌、赤が映えるような白いドレスに、女性の体を台無しにするかのような頭に無数の目が覗く。
「バレてたんだ、私たち」
忌々しそうに周りを見ながらミサキが呟く。それに返答を返すのはその通信先の誰か。
「ええ、その通りです。ここは私の『領域』皆さんの位置や目的地、その経路に至るまで全て把握しております……あなた達が旧校舎の回廊に向かうことなど最初から分かっていました。愚かな子供達──私に隠し事なんて不可能ですよ」
「……マダム」
サオリが目を細め、呟く。こいつがそのマダムか。黙って監視してりゃいいのにわざわざこうして姿を現す辺り、性格悪いな?
あー、くっそ。こういう時にタバコやら酒が欲しいのに無いから色々思考が回る。面倒な事はしたくないんだけど。
そんな事を考えていると、複製達にアリウスメンバーが撃たれて膝をつく。どういう訳か私や『先生』を攻撃しない。
「初めまして、『先生』そして、『特異点』」
初めてマダムと呼ばれた女はこちらを見た。口元を扇子で隠しているがその端から見える口元はまるで裂けたチーズのようだ。
「私はベアトリーチェと申します。既にご存知かもしれませんが『ゲマトリア』の一員です。通信越しでの挨拶になる事をお許しください」
そう名乗った。随分礼儀正しいがその裏で傲慢さが隠せてねーぞ。この状況なら仕方がないかもしれないが。
「黒服やマエストロ達から、あなた達については色々と話を聞いております」
──あなたがアリウスを支配している……ベアトリーチェ?
『先生』の表情は硬い。しかし生命の危機に対し怯えているのではい。ここまでアリウススクワッドを、そして自治区を追い詰めたであろう張本人を前に怒りを抑えているのだ。感情のまま動くのは大人のする事ではないから。
「はい。そして、ゲマトリアにおける現在唯一の成功者です。私の事が気になりますか?どうやってアリウスを手中に入れたのか、必要ならば知っている情報と交換する事もできますよ?」
──必要ない
『先生』らしからぬ冷たい声でその提案を切る。
これは相当頭に来ているな、冷静さは失ってないが。
「ほぉ、そうですか。ちなみに名誉の為に言っておくと、私は特殊な能力など使っていません。洗脳や超能力……そんなものがあれば便利でしたが、残念ながら、それは『大人』のやり方ではありませんので」
弁明する、というよりまるで自慢するかのようにベアトリーチェは語り出す。
なんだこいつ、さては
「憎悪、怒り、軽蔑、嫌悪──そういった負の感情を利用し、偽りと欺瞞で子供達を支配してきました。単純ですが、確実な方法──あなた達ならよく知っているでしょう?」
……まあな、よくある話。と言えるくらいには私もそういうのを見てきた。私もガキの頃にそう成りかけたこともあった。まあ原因はキッチリぶっ殺したけども。
「そもそも、この自治区は私が来る前から内戦をしていました。お互いの負の感情は既に満ちていた──私はそれを利用したに過ぎません。そんなもの別に特別ではないでしょう?そういう意味ではここよりもトリニティの方が余程……」
「私はただ、そういった様に動いてきました。生の謙虚さを教える金言は、無価値な空虚へと歪曲し……堕落を警戒する厳格な自責は罪悪感へ。事実を歪曲し、真実を隠蔽し、本心を曲解し、嫌悪を助長し、憎悪を煽り、他人を……永遠に、お互いを他人とさせること。楽園は届かないからこそ楽園なのです。その中で『大人』は『子供』を支配し搾取し、捕食する」
それを聞いてるうちに私は腕を組んで指をトントンとしていた。そうでも誤魔化さないと私が話遮ってキレそうだったから。私の地雷とも言えるやり方だ。昔に心底嫌っていた奴にそっくりだったから。
それじゃあ人は人にならねーんだよ。それは人ではなく家畜と変わらん。その中で生まれるものなんて何もない。本当の虚無だ。誰かが誰かから搾取する事を否定はできないが、それとこれは別だ。
決めた。こいつはぶっ飛ばす。全力も辞さない程に私は少し頭に来ている。
──私はあなたを大人として、許す事はできない。子供の夢、考えは全て未来の現実だ。それを笑う貴方はもはや『大人』ではない。
私と『先生』はそう言って通信越しに見えるベアトリーチェを睨む。
「なるほど、やはりこうなるのですね……分かりました、貴方は私の敵です」
そう言ってベアトリーチェは通信を切る。と同時に複製達が一斉に銃を向けた。が、しかしだ。
「私がいくら放置主義とは言え、ここに至って何もしないわけがないだろ?」
私がパチンと指を鳴らすと周りを囲んでいた複製は全て掻き消えた。
──何をしたの?
初めてみる光景に『先生』が尋ねてくる。いや別に特別な事はあまりしてないぞ。ここいらで体力も使い切る算段がついたから自重をやめようかなって思っただけだよ。
マラソンでゴールが見えてきた途端全力出すアレですね。私は最初に全力で走って残りヘロヘロになる人ですが。