あれから暫く入院した、というよりもさせられたというのが正確だろうか。まあ軟禁状態だったがようやくそれも抜け出せた。あのくらいならそのうち治るって言ってんのに周りがうるさくて仕方がなかったわ。
で、今はそのリハビリとしてトリニティ学園を散歩しているわけだ。なんでゲヘナじゃないのかって?治安悪すぎてリハビリしようとした結果私が暴れるから無しになった。
私としては誠に遺憾だ。そんなわけで比較的治安がいいはずのトリニティでリハビリに励むことになった。しかしまあ……
「ん?どうしたんすか?何かあったっすか?」
なんで正義実現委員会に監視されにゃならんのか。私そんなに信用ないのか?
「いやぁ、前例がありすぎてこっちも無視はできないっすから……」
あはは、と愛想笑いで誤魔化すのは正義実現委員会の仲正イチカ。糸目系黒髪少女で癖のある委員会の中じゃ穏健主義だろう。あそこの長からして癖あるしな。初めて見たぞ照れ隠しで銃乱射するやつ。その巻き添えになった不良生徒には初めて同情した。
「歩くだけじゃ暇なんだよなぁ……トリニティは平和すぎてつまらん」
「平和……っすか?」
平和も平和だろう。ゲヘナじゃ歩くだけで銃撃戦は起こるわ爆発は起こるわで平和なんて言葉は遥か彼方だ。その中で取り締まる風紀委員会の大変さは筆舌に尽くし難いというか。それに比べたらこっちはお淑やかにも程がある。
しかし、私はゲヘナよりもトリニティの方が嫌いであったりする。その理由は今もなお続く陰湿な視線にある。
「……」
視線の方に目を向ければ、目が合ったトリニティ生徒が目を逸らしてそそくさとその場を離れる。これだ、確かに物理的に何かする者は少ないが、精神的にネットリしているのだトリニティは。
物理的でも言いたいことは、はっきりしているゲヘナは私としては好感が持てる。建前に建前を重ねてひたすらに陰湿なトリニティは私の肌に合わない。これで病む奴も大勢いるんじゃないだろうか?
それらを口にすればイチカはあー、と納得した。
「まあそういうところがあるのは否定しないっす。ぶぶ漬けでもどうです?的なやり取りが普通みたいなところあるっすから」
「苦労が多そうだなお前も」
実感の籠った言葉だった。もし私が最初にキヴォトスに来てトリニティが一番最初だったならさっさと帰ってたかもしれん。いや、案外中には骨のある奴もいるからそうならないかも?なんてどうでもいい仮定の話はさておき。
「で?いつまでやるんだこれ、散歩にしては少し長くね?」
「もうちょっと歩くっすよ……あ、ダメっすよ?先生からも頼まれてるんで甘くできないっす」
非難の目を向けるがイチカも譲る気はない。というのも前もって委員長の剣先ツルギや羽川ハスミに口酸っぱく言い含められていた事や、先生からの頼み事であったからだ。
(いや、最初は私も渋ったんすよ?エデン条約の時はこの人に助けてもらった事もあったっすけど、普通に怖かったっす)
複製との戦闘時、突然降ってきた鬼巫女によって嵐の如く薙ぎ倒されていく複製。その時の雰囲気はとても味方とは思えないものだった。うちの後輩達もそれに怯えていたし、私も隠してはいたが恐れがあった。
だから最初は断ったが……。
──今回の件、彼女には大変お世話になりました。助けられた生徒の数は3桁は超え、正実も大いに助けられた。その恩をそのままというのは。
──いやいや!だったら私じゃなくてもいいじゃないっすか!
──まだ後始末が残っている。今責任ある立場で動けるのはイチカだけだ。
──それは……そうっすけど。
実を言えば、鬼巫女の立場は危うい。シャーレ預かりとはなっているが、今回の件で力を見せすぎたのだ。それを危険視する派閥も少なからずいた。その抑えとしてイチカはここにいる。よからぬ事を考える者を前もって抑止するため。それに、下手に刺激する事で鬼巫女の学園への印象を更に悪くするのはマズイ、とトリニティ上層部──ティーパーティは考えた。危険がない事をアピールする目的もあり、こうして学園内を歩いているのだ。
事情を知るだけに肩に力が入るイチカは、その疲れも相まってふぅ、と息を吐くのがやっとであった。
(後で先生には何か奢ってもらうっすからね!ほんとに!)
この場にいない先生に向けて文句を飛ばしながら、イチカは顔にその内情を出さず至って普通の顔で鬼巫女の背中を押して催促した。
おかしいな、最初はもっと日常っぽくするはずだったのに……まるでイチカが中間管理職みたいな事になってしまった