微睡みの中で、私は目を覚ました。
そこは穏やかな陽射しが窓から差し込み、ガタンガタンと揺れながら何処かへ向かう電車の中だった。そんな状況に私はこれが夢だと分かった。
「なんだったか……」
夢の中でこれが夢と理解できる現象には名前があったような気がするが、思い出せない。席に座る自分の他に乗客は見当たらない。この電車は何処へ向かうのだろうか。
「夢なら夢らしくさっさと目を覚まして欲しいな、私も暇じゃないんだが」
恐らく現実の私はロクな状態ではない。このまま夢に浸る余裕はないのだ。そう結論を付けて私は席を立ち、車両を区切る扉に手を掛け、次の車両に移る。
「……参ったな、夢の中で更に夢をみるやつがいるとは」
次の車両に移って目に飛び込んできたのは、誰もいない電車の中で、座席を占領しながら堂々と横になって寝ている少女がいたからだ。
夢の中で寝てる奴は普通に起こせるのだろうか?なんて思いつつその少女の肩を揺らす。
「おい起きろ」
しかし、これでも少女は目を覚さない。それどころか、涎を垂らしながら寝言まで言い出す始末。私はイラッとした。
「……」
なので、寝ている少女の鼻を摘んでやる。すると
「ふごっ!?」
突如として呼吸が詰まり体を跳ね起こす少女。その正面でじーっと見つめる私の姿を確認して彼女は不思議そうな顔をした。
「あれぇ……?先生じゃない、ですよね?」
「先生ってガラじゃねぇな」
生憎とそんな面倒な事するほど殊勝ではないのだ。
「何故ここに来れたんでしょうか……ああ!そう言う事ですか!」
うーん、と勝手に悩んで考える彼女は何か思いついたようで。しかし、そんなことに付き合う気はない。
「何でも良いが、私はさっさと此処から出たいんだわ」
夢ならさっさと目覚めろ、と現実の私に何度も思念を送ってるつもりだが、うんともすんとも言わない。だったらせめて、と手がかりになりそうな目の前の少女に聞いてみるしかないのだ。
「貴女は……『特異点』なんですね。ここから始まる始発点でも無ければ、終着点でもない。レールの何処にもない孤立した駅」
勿体ぶった言い方は嫌いだ。何が言いたいのかハッキリしろ。
「だから、ここにもきっと来れたのでしょう。きっとこれには意味がある筈」
「何が言いたいんだ」
改めてその少女を見る。見たことのない制服に片目が前髪で隠れた長い髪。いや、よく見りゃ七神リンの制服によく似ているな。連邦生徒会の誰かか?
「私が請け負うはずの事柄でした。先生に押し付けるような事になってしまいましたが……貴女にも、それを押し付けてしまうかもしれません」
そう言って彼女は明るかった顔を曇らせ、目を伏せる。そんな姿に私はため息を吐いた。彼女はそんな私の様子にビクッとして目をぎゅっと閉じる。怒られるとでも思ったのだろう。
「何のことだかさっぱりだが、私から言わせれば、そうだな──」
わざとならふざけんな、とでも言ったかもしれん、しかし口ぶりからするに不可抗力というやつだったんだろう。それなら文句を言う事はあっても怒る事はないな。キヴォトスのガキ共に振り回されるのは慣れてるんだ、今更ってやつだ。
「後悔はあっても、反省はするな」
「え?」
「お前がどう思って行動したにせよ、その行動を後悔する事はあっても、反省して顔を伏せるのだけはやめろ。何度その場に居たとしても、間違いなく自分はそうした、と自信を持って顔を上げろ」
でなきゃ、それに振り回される私が馬鹿みたいではないか。どうせ踊るなら自らの意思で踊るべきだろう。それを後からぐずぐずされたら私はどう怒ればいいのかすら分からなくなるだろ。
「その選択についていくやつを馬鹿にする行為だ、それは」
「──」
その言葉に、彼女の脳裏では色んな顔が浮かぶ。今もきっと自分の代わりにと振る舞い続けているであろうリンちゃん。そして生徒達を守ろうと必死な先生。
「それに、ガキが反省するのにはまだ早いだろ?どうせならもっと振り回してやれ」
「そう、ですか。そうですよね。きっと……」
口の中で彼女は自分の選択を噛み締める。いくらでも後悔はある。今考えたらこうしたら良かっただとか、こうすればもっと楽だった、とか。でも、その時の自分は死ぬほど悩んだだろう。その上で選んだ選択肢に、反省はない。してはいけないのだ。それは過去の自分を、そしてそれについてきた者達への侮辱だ。
だから、伏せていた顔をあげ、彼女は言った。
「我儘だと理解してます。これは貴女には関係がない。でも、私がこうしたい、して欲しいと思ったから──お願いします。貴女の力を貸してください」
そう言って、彼女は頭を下げた。
具体的な事は何も分からない。この目の前の少女が何を背負い、何を目指しているのかなんてカケラも知る気はない。だが。
「良い啖呵だ。飾りっ気のなさが好みだな」
その素直な欲を前に鬼巫女は笑った。ガキらしい我儘を聞けて満足した。
「その依頼受けた。タダ働きは御免だ……が、夢の中ってことでサービスにしておいてやるよ」
今なら確信がある。きっとこの夢は彼女との出会いのためにあったのだと。問題は山積みだが、目的一つあるだけで世界だって違って見えるものだ。モチベーションというのは案外馬鹿にできないのである。
手をヒラヒラと振って、少女に背を向け私は次の車両へ続く扉を開いた。その先は光に包まれており、その中に飛び込むと同時に意識が薄れていく。
──どうか、キヴォトスをお願いします。
薄れゆく意識の中、少女の言葉が最後まで残った。