「心配ですか?ミカさん」
ここはトリニティ学園、その総本山と言っていい場所。ティーパーティの1人、ナギサは目の前の友人に話しかける。それもその筈。何故なら目の前の友人は、なんでもないような顔を繕っていながらも、コンコンとテーブルを指で叩き続け、何処か上の空であったからだ。
「え?何が?何の事だかわからないよ、ナギサちゃん」
すっとぼけた顔でそう返すのは聖園ミカ。暫定ティーパーティの1人、後任が決まり次第、その席を降りる予定であり桐藤ナギサの友人。
そんな2人の会話に胡乱げな視線を向けながらも、何も言うまいと諦めた様子なのが百合園セイアである。
既に空に飛び立った先生の事を心配しているのだろう──或いは、未だ行方不明になったままの彼女のことだろうか。しかしミカはそれを認めたがらない。さっさと吐けと言わんばかりにパスを投げ続けるナギサと、それを躱し続けるミカの攻防を既に長い時間見ているのだ。セイアも流石にこんな目にもなるというもの。
「いい加減にしてもらいたいな……」
そう2人に聞こえないようにボヤく。せめて先生がこの場にいれば収めることもできたのかもしれないが……
長く続いた、ある種の膠着状態を破ったのは、着信音だった。それはミカの携帯から鳴っているもので。
「な〜に?今そんな気分じゃ──」
めんどくさそうに、携帯を取り出し、その呼び出し主は誰かと、ディスプレイを見れば──
「鬼巫女!?」
ガタッと、座っていた椅子を倒しながら立ち上がり急いでそのコール音に応える。
『お!繋がったか!』
いつもと変わらない声に、安心すると同時に、ヤキモキさせられた分のイラつきが吹き出してきた。
「何能天気な声してんの!今どこにいるの!?」
『今?えー、これ何処だ?あっ、道間違えた、向こうだわ』
何やら電話の向こうが騒がしい。私のそんな感情を何も知らない電話の向こうの彼女は続けてこう言った。
『まあなんだ、話せば長くなるから省略する。とにかく今からミレニアムのエンジニア部に来てくれ。時間がない』
「は?」
勝手に省略するな、と言いたかったが、その前に電話は切れた。同時に私もキレた。静かにテーブルに携帯を置く所作は無駄に綺麗だった。
その一部始終を見守っていたセイアとナギサは、百面相の如く変わるミカの表情に、『あっ、これダメなやつ』と察した。
「……ごっめーん、ナギサちゃん。ちょーっと、力貸してほしいんだ」
後にナギサは語る。あれはお願いではなく、脅迫であった──と。
息を絶え絶えに、迷子になりながらようやく、ミレニアムのエンジニア部に到着した鬼巫女は、ドンドンと壁を叩きながら中に入る。
「おい!ウタハいるか!」
大声が広い部室内に響く。暫くして、奥からドタドタと慌ただしい声と足音が聞こえてくる。扉が開き、そこからひょっこり顔を出したのはメガネをかけた生徒だった。確かコトリと言ったか。
「おわーっ!?お化けだーっ!?」
「勝手に殺すな!生きてるわ!足がないように見えるのかお前!」
「だって血まみれなんですよ!?どうしたんですかそれ!?仮装!?」
そうそう、ハロウィンが近いからちょっと仮装を……ってやかましい!開口一番言う事がそれかよ!いや、突っ込んでる場合じゃなかった。
「そんな事はどうでもいい!前に頼んでた例のやつ出来てるか!?」
「例の……?ええと、何の事ですか?」
不思議そうな顔で思い当たるものがないコトリはパチパチと目を瞬かせ首を傾げる。
「だからあれだよあれ!聞いてないのか!?」
「私は何も──」
「──出来てるよ、その様子じゃすぐにでも使いたいみたいだね」
コトリと話を繰り広げていたら、コトリの後ろから現れるのは件のウタハ本人だった。目にクマが出来ているあたり、絶賛デスマーチ中のようだ。
「おぉ、良かった。用意頼む。私も空に行く」
「その血だらけな様子だとか色々聞きたい事はあるが……空に、かい?リクエスト通りブースト機能はつけたが空までは無理がある、その前に空中分解がオチだ」
「そこは気にしなくていい、こっちも算段はついてんだ」
「そうか、なら準備する。少し待っててくれ」
そう言ってウタハは再び部室の奥へ向かった。
「あとはクソガキが来れば──」
「エンジニア部ってここ?生徒に案内してもらったんだけど──」
と、良いタイミングで後ろから声が聞こえた。相変わらず生意気そうなその声に振り返る。向こうもこちらを見つけたのだろう。ツカツカと早足でこちらに来る。
「ようクソガキ、ちょっと頼みたい事があっ──」
その言葉が最後まで言い切る事はなかった。言葉より先に拳が私の顔面にクリーンヒットしたからだ。そのまま吹き飛ばされ、私は顔面を地面にズシャァァァァ!!!!とキスしながら滑っていったからだ。
「ぎゃああぁあ!?きゅ、救急車ーっ!」
かっ飛んでいく鬼巫女を見て青い顔で悲鳴を上げるコトリ。しかし殴った本人、聖園ミカは凄みのある笑顔でツカツカと殴った鬼巫女の元は歩き出す。
「遺言はそれでいい?行方不明だったんだからその前に言う事あるでしょ!?」
怒りのままに吹き飛んだ鬼巫女の襟元を両手で掴んで振り回すミカ。
「ちょ、おま、死ぬぅ」
あまりの勢いに鬼巫女はただでさえ死にかけているの言うのに、三途の川が見えそうである。襟元を掴むミカの手を必死にタップし、ようやく力が抜け、ずしゃりと、襟元を起点に持ち上げられていた体が地面に落ちる。
「本当に……」
ポタリと、鬼巫女の顔に雫が滑った。ミカは怒りと嬉しさと困惑と、自分でも分からないそれを吐き出すようなくしゃくしゃな顔でこちらを見つめていた。
「……悪いな。ちょいと野暮用でよ、今もまだそれが片付いてないんだ」
「だから、呼んだの?そんなにボロボロなのに」
「……頼む」
その言葉に、ミカは自分のスカートを両手でぐしゃりと握る。
「どうしても?」
「ああ」
はっきりと、目を見て鬼巫女は頷く。
「……本当に心配したんだよ?もう、私誰も失いたくない。ナギサちゃんも、セイアちゃんも。死んだって聞いた時は、本当に辛かった」
普段らしくない、彼女の言葉に鬼巫女は黙る。本気で心配して、怒る彼女を前に黙るしかない。
「私でも分かるよ、そんな傷……本当に死んじゃうよ?何でもないような顔してるけど、本当は痛いんでしょ?苦しいんでしょ?だったら辞めなよ、皆でここで先生の帰りを待とうよ」
鼻を啜る音が聞こえる。しかし、それでも。
「お願い、鬼巫女。私、友達を失いたくないの。もうあんな思いしたくない」
「……それでも、頼む」
その言葉に口をギュッと噛み締め、俯くミカ。
「頼むよ、ミカ」
本当に……先生も、鬼巫女も。なんで大人ってこんなにも頑固なんだろう。本当はわかってる。こんな傷なのに、それでも動くことをやめない彼女には何か大きな理由がある事を。それが私も無関係じゃなくて、きっと彼女はこのキヴォトスに関わる何かを解決しようと動いてることも。付き合いは短いけど、初めて──初めて拳を突き合わせて喧嘩した仲だもん。分かるよ。
きっと、彼女は無理をする。譲れない『それでも』の為に。だったらせめて──少しでもそれを軽くしてあげるのが、友達でしょ?
セイアちゃんにも、ナギサちゃんにも、私は助けてもらった。あれだけのことをしたのに。重いものを少しでも軽くしようって。一緒に背負ってくれた。だったら、次は私の番だ。
「……わかった。でも、帰ってきたらキツイの覚悟してね」
「今ので勘弁してくれ、顔が痛いんだが」
「自業自得だよ」
おかしい……最初はギャグ調にするつもりがガチガチのシリアスに……