案の定、本体を丸ごとぶっ倒したら分身やらは全て消え、静かな遊園地に戻った。先程と違いボロボロになっているのはご愛嬌、と言うことにしておく。遊園地のあちこちを回って、前に通った馬鹿デカい扉を再び発見した。
「……前のようにはいかねーぞ」
ポケットから、黒服に貰った『不思議なアメ』を取り出し、一口で飲み込む。その効果はすぐに現れ、酒を飲んだ後のような喉の奥の焼けるような感覚を味わった後に、体の芯から湧き上がる力を感じ取った。
今までよりも幾分か身体が軽い。これなら普段よりもやれるだろう。ふん、と鼻を鳴らして私は扉をぶん殴り、破壊して中に突入した。
中は以前と変わらず、高い位置に存在する玉座がこちらを見下ろしていた。
「芸がないな、せっかく模様替えしたんならここもしたらどうだ」
「これがお気に入りでね。それに芸がないのは君もだろ?懲りなさは相変わらずらしい」
「はっ、お喋りだな。長い付き合いなら知ってるだろ?私は自分よりお喋りな奴が嫌いだってことも。なぁ、『
ハイカラで縞々な服を着る文字通りの道化師。しかし、その視線は今もまだ冷酷なそれだ。玉座から腰を上げ、階段を降りてこちらに歩き出す道化師を前に、私も無言で歩く。
まるで、西部劇のガンマンが銃を抜き合う瞬間を待つような空間。ピシピシと空気は張り詰め、悲鳴をあげている。濃密な殺意は物理的に空間を歪めるほど。
今か今かと待ち続ける殺意は不意に、しかし必然的にぶつかった。
──必然『キング・クリムゾン』
全開全力の殺意を込めた技を片手に握りしめた大幣で振り抜く。しかし、目の前の道化師は笑うばかりだ。お返しと言わんばかりに大仰にあげた両手を振り回せば、それは空間を引き裂き、全てを切り刻む斬撃となって鬼巫女に肉薄した。
「チッ……!」
全てを回避するのは無理だと即座に判断。ならば──
──魔神『死狂い』
振り回される大幣から放たれる無数の赤黒い斬撃が、道化師の放った斬撃と衝突。お互いを喰い合うそれは無軌道に辺りに撒き散らされ、空間がようやくその衝突を理解したように遅れて炸裂音が響き渡った。
「前よりはマシになった──」
軽口を叩こうと、鬼巫女の顔を見て笑おうとして道化師の顔色が変わる。
──いない
先程までいた筈の鬼巫女が消えた。しかし、この界隈においてこの程度はなんでもない。即座に当たりをつけて振り返る。
「無駄無駄」
振り返った先で鬼巫女と目が合う。既に攻撃態勢に入っている。
──
弓のようにしならせ溜めた足から放たれる巨大なナイフによる斬撃が道化師の肩から脇腹を抜けるように一刀両断に着弾。そのままの勢いで吹き飛び、壁に激突。破壊しながら土煙をあげる。
一連の流れを見守り、油断なく鬼巫女は土煙の向こうを睨む。
──なるほど。鬼巫女を相手にするという事はこういうことだったね。
ガラガラと自分の肩に乗る瓦礫を弾き飛ばして、服についた埃を払いながら道化師は考える。彼女の経歴はおおよそ知っている。自分と違い、彼女は才能を全く持たない失敗作だった。底辺と言っていい彼女は、数えきれない戦いによって積み上げてきた強さを持つ。
そんな鬼巫女を相手にする、という事は。彼女が積み上げて来た戦歴。その全てと同時に相対する事と同じである。
しかし、しかしだ。それを思い出してなお、道化師は嗤う。
(昔の君なら、それでも君自身の技で来るだろう?手札の多さは僕たちには大した意味を持たない。必殺と呼ぶ技こそ価値がある。気丈に振る舞い、他人の技を真似して誤魔化しているけど……その苦しさは隠しきれないよ)
かつて戦った頃であるなら、こんな攻防もない。技を放ちあってそれで終わる。それが出来ない時点で、鬼巫女の強さが知れたようなものだ。いずれ、こちらに勝ちが来るだろうと確信して道化師は嗤う。
──なんて、考えてんだろうな。
土煙の向こう、見えない道化師を睨みながら鬼巫女は考える。向こうの考えそうな事はこっちだってお見通しだ。しかし、しかしだ。
(そいつは、お互い様だろ?私がお前をぶっ殺した時は、もっとお前は強かった。理由は知らないが、開幕でこっちを殺さない時点でお前の強さも高が知れてんだよ)
強化したとはいえ、衰えに衰えた私の技で奴を殺し切るのは難しい。しかし、一瞬だ。一瞬の隙間を抜けて一刺し出来たなら、私にもまだ勝機はある。
お互いの思考が交差する。既に賽は投げられた。その結果は、互いの血によって現れるだろう──
空に向かって飛んでいった後も、その先の空をずっと見上げ続ける。両手をギュッと合わせて祈る。どうか、どうか無事に帰って来て、と。
そんな事しか出来ない自分に悔しさと腹立ちを感じながらも、それでも強く合わせた両手を握るしかないのだ。彼女の表情には一種の覚悟があった。もう会えないかもしれない、という悲壮感を薄らと感じさせる覚悟。
「だったら、迎えに行けばいいじゃないか」
「え?」
振り返る。そこにいたのは私の親友。一度は傷つけてしまった友達。
「すまない。見ていられなくて口を挟んでしまった。君はそんなにお淑やかだったかな」
いつものように馬鹿にしたような口ぶりに、頬を膨らませる。しかし、そんな虚勢も彼女にはお見通しらしい。
「軽率で感情的。前にそんな風に言ったかもしれない。だけどそれは短所であり長所だ。君は君のやりたいようにしたらいい。助けたいんだろう?」
その言葉に、私は迷う。きっと鬼巫女はそれを良しとは言わないだろう。彼女は自分でなんとかしようとするだろう。
「いいのかな」
「良い、悪いではないよ、ミカ。君のやりたい事は何だ?」
私の……やりたい事。以前にもそう問われて、言葉に詰まった。だけど、今は。
「私、私は、鬼巫女を助けたい。体を張って止めてくれた彼女を、今度は私が助けたい!」
そうだ。我儘だろうと、それがどれだけ荒唐無稽だろうと。望む事は何も悪い事じゃないんだから。
「なら、そうすればいい。私も、それにナギサも。協力する」
目の前の親友は、そんな私を見て微笑む。
振り返る前から、ありもしない事を考えてウジウジするなんて私には合わない。だって、振り返るのは終わった後、なんでしょ?だったら私は、いつものように彼女を振り回そう。悪戯をした後のような笑みで彼女を助けるんだ。
──待っててね、鬼巫女
私は祈りではなく、あの空の先にいる彼女を目指して空を睨んだ。