アトラ・ハーシスの船占領戦は着々と進んだ。ゆっくりと、しかし確実に。第一、第二、第三とそれぞれの区画でシロコに妨害されながら。
あと少しで目的を達成できる、と生徒たちを指揮しながら、『先生』は悪い予感を拭えずにいた。何か、言葉には出来ない気持ちの悪い感覚。例えるなら……シャツのボタンを一つ、何処かで掛け違えているような。
気のせいだと、割り切ろうにも振り切れないそれは一体何なのか。モヤモヤとしながらも漸く占領が完了し、アトラ・ハーシスの船に干渉成功──したかのように思えた。
『……やられました』
作戦を完了したと同時に、通信の先でヒマリが顔を顰めた。通信の向こうでは警告を示すブザー音が鳴り響いている。
──何があったの?
『向こうは、こちらがアトラ・ハーシスの船に干渉しようとしていた時、あちらはこちらの本船に逆ハッキングを仕掛けていました。それに気づかなかったのは悔しいですが……このままだと、こちらの船が自爆させられます』
──何とか出来ない?
『鬼巫女──彼女が作った脆弱性によって何とか足掛かりは作れますが、時間が足りません。せめてこの自爆コードだけでも解除させなければ──』
向こうではヒマリ、リオ、アコにハナコ。リンもいる。その全員が半ば叫びに近い声量で話し合い、光明が見えて来た時、地上から通信が入る。
『先生!聞こえる!?』
その声は、聖園ミカのものだった。予想外の人物からの通信に慌てながら『先生』は耳元の通信機に手を当てる。
──ミカ!?どうしたの!?
『ごめん!これは我儘だって分かってる、どうしようもないお転婆な私の我儘!それでもお願いがあるの!』
声だけ。しかし表情が見えそうな必死さを感じさせる声に、『先生』は内容を聞くまでもなく、頷く。
──話してごらん、ミカ。
『鬼巫女を助けたい!鬼巫女の元まで連れて行ってほしいの!』
──鬼巫女?でも彼女は……
彼女は自分の事で船を離れている。行き先は聞いていないが、このアトラ・ハーシスの船の何処かにいる、と思っていた。
『助けなきゃダメなの!きっと、行かなきゃ後悔する!』
──わかった。
彼女は大人だ。自分の事で周りを巻き込む事を嫌がるだろう。しかし、それでも。私は『先生』であり、ミカは私の生徒だ。なら、その願いを聞き届けなくてはならない。
──聞こえていたよね、ヒマリ
『ええ、聞こえています。しかし……』
通信先でヒマリは言葉を濁す。何か問題があるのだろう。
『私も実は気になって彼女の行方、向かった場所について探ったのです。ついでですけれど──結果は何もない。不自然なほど何もなかったのです』
『存在する筈なのに、存在しない。あるのにないという矛盾が孕んだ空間。そう私は推測していますが……多次元解釈とも違い、元から存在しないものを探す事は不可能なのです。彼女の力ならそこに行く事も可能でしょう』
その鬼巫女がいない今、そこに向かう事は不可能である。とヒマリは結論つけたのだ。
『それじゃ、助けに行けないの……?』
悲痛そうなミカの声に、誰も慰めの言葉を掛けてあげることが出来なかった。存在しないものに、最初から何もする事はできないのだから。
『せめて、目印のようなものがあれば話は変わったのですが……それでも砂浜から、一粒の砂金を見つけるようなものですけど』
ヒマリは沈んだ声でそう話す。自他共に認める天才ハッカーがそう言うのだ。その難易度は推して知るものだった。
『──あるよ』
そんな絶望にも似た空気を裂くように、不意に通信先で誰かが言った。その人物は──
──カヨコ?
『鬼巫女に、私の銃を渡してる。そんなつもりで渡した訳じゃないんだけど……』
『それは本当ですかカヨコさん?』
『うん、目印になるでしょ?』
その一言は状況を打破するものだった。嬉しさと喜びで息を吐くミカの声が聞こえる。
『現在進行形でアトラ・ハーシスの船、及びウトナピシュティムの本船の逆ハッキングの解除作業をしているのですが……』
ヒマリには既にかなりの負担を敷いている。その上でそこまでやってもらうのは心苦しい。それでも。
──ごめん、お願いヒマリ。後で何でも聞くから。
『な、何でも──!?ほんとですね!?ええ、ならやりますとも。既に本気でしたが、私にも見栄があります。ここからは全開全力です!』
そう言うと、ヒマリは既に浮かせていたデータを映すディズプレイの数を更に展開、倍以上にして、動かす指は更に加速した。
『話は聞いていたわ、こちらもサポートさせてもらう。占領で手に入れたアトラ・ハーシスの船による演算機能とサポートで見つけた空間にテレポートさせられる。同じ区画内なら制限もない。地上からこちらに転送できるのは数が限られているから、そちらで向かう人を決めておいて』
──ありがとう、リオ。
『ごめん、先生。ありがとう』
通信の向こうで、ミカが嬉しそうにそう言った。
ならやる事は決まっている。私は通信を切り、後ろを振り向く。
「話は聞こえてたでしょ!?お願いセイアちゃん!」
「勿論、既にナギサにも連絡をした。クロノス報道部に声を掛けて全学園の縁がありそうな者を募ろう」
そうして、瞬く間にその連絡は回った。そのワードはこれだけだ。
『鬼巫女を助けて!』
その言葉に、不思議そうな顔をする者も居た。しかし、その縁を知る者は各々色んな反応があった。
『行くわよ!うちの顧問がピンチだっていうのに、社長が何もしないわけには行かない!できる事をするのよ!』
『おぉ、アルちゃんかっこいい!』
『はい、アル様!』
『ええ!?あの鬼巫女が!?』
『……私は行けない、代わりに頼むわ。イオリ』
『鬼巫女が……』
『え!?何すか!?なんでこっち見るんすか!』
『イチカ、行ってこい』
『なんでっすかーっ!?』