「あのまま死んでくれたら楽だったんだけどな」
子供達の間を歩きこちらに対峙する因縁を前に道化師は嗤う。しかし激昂しているかと思っていたが、目の前の彼女の表情にそれはない。
「私の諦めの悪さは昔から知ってるだろ?」
時に泥を啜り、地に伏せようとその度に己を超えて立ち上がる。それが彼女だった。
「でも依然として君の不利は変わらない。むしろ更に酷くなった。力なんてもう無いに等しいだろう?君に勝ち目なんて──」
「言葉が多いな。確かに事実だが、そりゃ前提が『私1人』だ」
道化師の言葉を遮る。
出来る事なら私1人でなんとかしたかったが、ガキ共はそれを許してはくれなかった。今回ばかりは私が折れるさ。
──後ろは任せて
「指示は任せるぜ先生。私は駒だ。上手く動かしてくれよ」
「私たちもいるからね!」
鬼巫女、ミカ、別世界線のシロコ、アルの4人が前に出る。表情に恐怖の翳りはない。誰もが前だけを見据える。
「なるほど──仲良しだ、なら死ぬのも一緒でいいね」
「ぬかせ、ここで死ぬのはお前だ」
道化師の攻撃が来る。再び放たれるは空間を引き裂く斬撃の雨。それに対してまず動くのは鬼巫女だ。
「何度も見せられりゃ対処も楽に決まってんだろ!」
──魔神『死狂い』
大幣を振り抜き大量の斬撃がお互いを喰い合いズガガッッ!と衝突音が響く。
その合間を縫うように、それぞれ生徒が走る。
──そこから射撃!その後すぐ離脱して!
『先生』の指示で生徒達が一斉射撃。弾丸を受けて瞬き程に怯む道化師。
(何が目的かな?生徒達の攻撃じゃ僕にダメージはない。有効な手段を持つのは鬼巫女1人、その彼女をサポートに回す意図は──)
うっすらと嗤いながらも道化師は思考を続ける。でたらめな威力と耐久が一見派手に見えるが、実のところ鬼巫女も道化師も、その真骨頂は相手への分析、そして干渉が主だ。
目に見えるものはそこまで重要ではない。
しかし、この場には1秒以下の怯みを隙と言えるだけの人物が1人だけいる。
「余所見してんじゃねぇぞ!」
「やはり来るよね」
怯んだ瞬間を狙ってこちらの懐に潜り込む鬼巫女と視線がぶつかる。片手で振り抜く大幣に赤黒い『否定』の力が乗る。
(もう使えない筈じゃ──いや、違う。衝撃の瞬間のみに使用、かつ一点に集中させているのか)
じっくりと観察を続けながら手のひらで受け止め、大幣を掴んで鬼巫女をぶん投げて道化師は地面に手を置く。
「うぉっ!!?」
──鬼巫女!大丈夫!?
投げられた鬼巫女が数メートル後ろに吹き飛びながらゴロゴロと着地。それを心配する先生。
「こっちの心配はすんな!それより大技来るぞ!」
先生を一喝して鬼巫女は周りに注意を促す。
道化師の手に溜められた力が地面を伝わる。詳細を知らずとも、ピリピリとした肌で分かる力の流れに先生は即座に判断。
──あれは耐えられない、鬼巫女!できる!?
「無理言ってくれるな!だがやってやるよ!」
大幣を地面に突き立て鬼巫女も反撃の技を放つ。本来なら世界そのものを武器として攻撃に用いるそれを、限定的に空間を区切り領域とする事で負担を減らす。その技の名を──
──絶望『鮮血の結末』!
道化師の放つある種の神々しさすら感じる濃い青黒い光の奔流と、鬼巫女のマグマを思わせる炎と地割れと共に奔出する赤黒い濁流がぶつかり合う。
既に範囲外に抜けた生徒達はそのぶつかり合いを前に、驚きと畏れの目を向けるばかりだ。
──ヒマリ!
先生はそんな目の前の現実から目を逸らさず、通信先の生徒に指示を出す。
『ええ、ほぼタネは割れています!その男の強さの源、いえ、不死性の正体はこの空間そのものです!』
通信先で、ポタポタと鼻から血を流しながらも意気揚々と宣言するヒマリ。
目の前に見える男はある意味フェイク、本質では無い。この空間こそ、この男の本体である。そこにハッキングを仕掛けていたヒマリは、弱体化をずっと狙っていた。
先生は事前にその事をヒマリから聞いていたのだ。
──アル!
それを聞いた先生は指示を飛ばす。それを受けて範囲外に逃げていたアルがその場で大きな狙撃銃を対象に向ける。
「わかってるわ!こんな時の決め台詞は決まってる──さぁ!あなたの罪を数えなさい!」
(教えたのは私だけど、多分この場面で使うセリフじゃねーぞ、それ)
攻撃を相殺する事だけに集中しながら心の中で呟く。
アルの放った神秘を纏った弾丸が道化師に着弾、数秒の時間差を置いて爆発して煙幕を発生させた。
「ぐっ……ッ!?」
その弾丸を受けた道化師は目を見開く。
(何故攻撃が効いている!?いや、これは──)
自身の手を見れば、その輪郭にノイズが走り歪んでいる。自身の存在そのものに揺らぎが発生している。
『空間そのものをハッキング……掌握は無理ですが、データの一部を弄る事は出来ました……その攻撃力も、桁外れの防御も、弱体化しました!先生、時間がありません!すぐに決着を!』
その言葉を受けて、先生は声を張って指示を出す。
──ミカ!シロコ!
「任せて!」
「ん、なら私が行く」
アトラ・ハーシスの箱舟の補助を受け、シロコは空間転移で傷だらけで色の落ちたショットガンと盾を取り出しそのまま盾を構えて突撃。近距離で散弾を全弾発射。
「やってくれるね……ッ!」
その散弾を手で弾き逸らし返す刃で放たれる斬撃。それを盾で受けながら無理に抵抗するのではなく、わざと後ろに飛んで衝撃を殺すシロコ。小癪な小技に苛立ちを隠さず追撃に移ろうとするも、体が動かない。
(今の攻撃で
突如として向こうのいいように運ぶ状況に歯噛みするも、まだ相手は止まらない。
数秒もない硬直を狙って放たれるは祈りの弾丸。
「手応えあった。多分弱点はこれ」
「なら私のも効くんじゃない!?」
ズダダッ!っという音からは想像できない程にミカの放った重い弾丸がヒット、避けることもできずマトモに受けて道化師は怯む。
「ダメ押し」
更に空間転移を使い取り出すのはガトリング銃。腰に据えて構えて放たれる銃弾の雨が道化師に迫る。
「舐めるなァッ!!」
その弾丸の雨を手で、或いは足で全て弾いていく。しかし──
(何故弾いた筈の弾丸が当たる!?)
弾いた弾丸は壁や床を跳ねて、四方八方を飛び回り道化師の体を貫く。シロコは初めから弾かれる事を想定し、その反射まで計算して撃っていた。まさに神業。それは、彼女にとって自らが会得した思い出のもの。
「これくらい出来てスタートライン──だよね。師匠」
その言葉を受けて道化師は熱くなった頭でハッとする。居ない。あれほどの存在感を持つ彼女が──
(鬼巫女は何処に消えた!?一体──)
「ここだよ」
耳元で聞こえる声に振り返る。既に拳を構えられている状態。咄嗟にしては、正確に、そして適切に攻撃できたと我ながら思った道化師の斬撃。避けられない。既に鬼巫女の拳は体重を乗せて放たれている。ここから回避は不可能。
(見てわかるさ、その右拳に君の全力、雑巾を絞り切ったような正真正銘の最後の力が入ってる事は!これを潰せば致命傷はない!)
そして、彼女にこちらの攻撃を耐えられるだけの体力も、耐久力もない。ここまで追い詰められた事は癪だが、最後に勝つのは僕だと、嗤う。
そして、その瞬間は訪れる──筈だった。ぶつかり合う斬撃と拳は、一方的に鬼巫女の右腕をグシャグシャにする事で結果が出る。
「ばーか」
もはや愉快なオブジェのような右腕をダラリとぶら下げながら、彼女は笑った。
「弾ならまだあるぜ……ッ!」
体重を乗せて振り抜いた形から、ダンッ!と足で地面を踏み締め、姿勢を変え、残された左拳──最後の最後まで残した弾丸の発射態勢に入る。
それを見て道化師は自分の失策、相手の意図を即座に理解した。
(
最初の攻防で大幣に力を込めて攻撃していたのも布石。わざとらしく見せる事でここ一番に決める為に!斬撃とぶつかる直前にそれらしく見えるように力を少しだけ入れた拳。それに騙された──!
「だけど奥の手を持ってるのは君だけじゃない!」
使うつもりのなかった対鬼巫女用の防御障壁。『否定』を誰よりも脅威と理解しているが故の対策。それをここで切る。
ギリギリで展開されたそれを前に、鬼巫女が出来ることはただ一つ。後ろでボロボロになりながらもこのチャンスを作ってくれた生徒、先生の分も、この一撃に込めてぶん殴る事だけだ!
(折れるな、ビビんな、前を向け。いつだって道は前にしかねぇだろ!)
「うおおおぉあああッッッ!!!」
障壁と拳がぶつかる。衝突だけで轟音が鳴り響き、鬼巫女の体は悲鳴の声をあげる。ピシ、ピシ、と骨に亀裂が入る。筋肉の繊維が一つ一つブチブチと千切れる音がはっきりと聞こえた。それでも。
(折れるな折れるな折れるな折れるな!)
祈るように、縋るように、前へ前へ、拳を前へ。永遠に思えたその衝突は実のところ一瞬だったかもしれない。障壁は大きく亀裂を作り、ヒビがない所など無いくらいに破壊されながらも、その形をなんとか残し、力の抜けた拳がズルリ……と前へと落ちる。
(やった……!僕の勝ちだ!)
前へと身体ごと傾いていく鬼巫女を前に、ニタリと、勝利を確信して嗤う道化師。だからだろうか。
前へと傾いた事で、鬼巫女のズボンの腰に挟んで仕舞っていた銃がずり抜けて、地面へと落下していくのを見逃したのは。
「あ……」
その銃を見た時、彼女は考えるより先に身体が勝手に反応した。その銃に、約束が身体を動かしたのだ。
残った左手で地面に落ちる前の銃をキャッチ。勢いのまま道化師に背中を向ける。
「何を──?」
疑問の声をあげる間もなく、道化師に背中を向けたまま鬼巫女は片手で構えた銃を発砲。その手に伝わる反動を敢えて受け止めず、引っ張られるように背中が動く。そう──障壁に背中から体当たりするように。
「な……ッ!?」
「うおおおおおぉあああああァァァァァァ!!!!」
叫びながら弾丸を次々に発射。その度に反動を受けて彼女の体が跳ねて、障壁がパラパラと亀裂を大きく、ひび割れていく。弾が尽きると同時に、障壁は壊れて消えた。
「馬鹿な──ッ!?」
だが、彼女に既に残された力はない!このまま攻撃されたところで──
──前に言ったよね、切り札はお守りじゃない。使わないと意味がないって!使うよ!鬼巫女!
しかし、その思惑を断ち切るように、後ろで先生が声を張ってその手にある大人のカードを掲げる。
その効果はすぐに現れる。鬼巫女の内から、無くなった筈の力が湧き上がるのを感じた。これなら──
「何故だ!?何故そこまで──ッ!?」
もはや定められた結果を前に道化師は疑問を口にする。口にせずには居られなかった。
「──決まってんだろ」
わかり切った事を聞く道化師に、力無く口の端をあげる。空になった銃を床に落とし、再び拳を握る。
「こんなふざけた世界でも、私にはやりてー事がある。『それでも』って叫ぶだけのもんがある」
この瞬間だけは
「今日も明日も、私は酒が飲みてぇ。馬鹿みたいに笑いながら美味い酒が飲みてぇんだ」
何も美味いとは酒の良し悪しだけに限らない。花を肴に飲む酒が美味いように。月を見ながら飲む酒が美味いように。私はその全てが好きだから。
道化師の顔に拳が直撃する。無間すら丸ごと砕いて、肉片一つすら残さず消滅させる。一瞬、瞬き程しかない一瞬だけど、その時先生は鬼巫女の姿が真っ赤な巫女服に見えた。
大人のカード×2でやっと一瞬だけ片鱗が見えるというバランス。
めっちゃ悩みながら書きました