奴の消滅を見届けて私は膝をついて座り込む。今回ばかりは死ぬかと思った。そんな私を心配してか、社長やミカがこちらに来ようとする。
そんな生徒達を手で静止させる。今はそんなことしてる場合じゃないだろ。
「さっさと逃げるぞ、ここもすぐに消える。巻き込まれるのはごめんだ」
──脱出方法は確保してるよ
「ならさっさと使ったほうがいい。もう持たねぇぞ」
『人数分のテレポートは確保しています。順次脱出を、私も先に失礼します。地上で会いましょう』
通信越しでヒマリがそう言う。先生の指示で次々に生徒達が消える。私は──
──鬼巫女?
私の様子がおかしい事に気がつく先生は、こちらを見る。顔を見合わせて首を振る。
「私の分はいい、あいつに回してやれ」
別世界のシロコを指差す。アイツのおかげで助かったようなものだからな、私。それを返さないほど恩知らずでもない。
──鬼巫女はどうするの?
「後始末がある、先に行っててくれ。最悪私だけでもなんとかする方法くらいある」
大気圏に生身で突入しようと、私なら耐えられるだろ。やった事はないが多分いけるさ。
──戻ってくるよね?
「……ほれ、余計な問答は時間の無駄だ。もう時間もないだろ」
ドカンドカンと、次々に内部で爆発が連鎖している。ここも時間は僅かだろう。
「師匠……?」
そんな私と先生の会話を耳にするシロコ。まるで道標を失って迷子になったような表情に私は仕方ない、と嘆息して歩み寄る。
「目が覚めてるだけで人生は楽しいもんだ。お前はこれからそれを目一杯楽しんでこい。宿題だぞ?」
私は揶揄うように笑ってくしゃくしゃに頭を撫でた。
「それに、先生の言葉は聞いたんだろ?」
どうもアイツそれだけが心残りだったみたいだし。今は物言わぬ骸のようになってしまっているが──私はちゃんと受けた恩は返す主義だぞ?
「い、いや──師匠!」
一歩後ろに下がった私を見てシロコは取り乱す。しかしその前にテレポートが発動。地上へと消えていく。
──戻ってきてよ、鬼巫女。
「そりゃお前もだろ?人数分とは言ってたが、それにシロコは含まれてないだろうに。躊躇なく使うんだから中々根性あるよな」
──まあね。
お互いの顔を見合わせて吹き出すように笑った。お互いどうしようもない馬鹿だと、おかしくなったから。
「じゃ、お互い生きてたら会おうぜ」
そう言って手を振って私は先生に背中を向ける。私は今後同じことが起こらないように徹底的にこの場を掃除しなくてはならない。私が運んできた縁だ、その後始末はしっかりしなくては。
爆発と共に、大きく揺れる。天井が崩れて瓦礫が降ってくる。その中で、床に寝そべったまま物言わぬ骸と化していたプレナパテス、いや『先生』がいた。もう心残りはない。伝えたい言葉は既に伝え、残るはこの船と共に、私が沈むだけ。
うっすらと瞼を開ける。ほら、もう眼前に瓦礫が落ちて──
「そぉい!」
くる前に、瓦礫が鬼巫女の蹴りによって砕かれる。
「よう、先生。生きてるか?」
──鬼巫女。
倒れる私の横にドカッと胡座をかいて鬼巫女は呆れたように笑う。
「お互いボロボロだなぁ、私も大概だけど、先生も中々根性あるな?」
──それだけが取り柄だからね。
その言葉を最後に、爆発と揺れが支配するこの場に会話が切れる。
「……」
──
そんな空気を最初に破ったのは、鬼巫女だった。
「そういやこの前よ、うちの社長が珍しく社員に飯奢るーって張り切ったんだけどよ、結局金が足りなくてハルカが店爆破してな」
何を言うかと思えば、それはただの世間話。
──ははは、その光景が目に浮かぶなぁ。
「他にもあるぞ、ゲーム開発部の連中が社会科見学と称して便利屋に来たことがあってな。そういうガラじゃねーぞって言ったんだ」
──へぇ
「まあなんだかんだでムツキと社長が楽しそうにゲーム一緒にやってたんだけどよ。後ろでカヨコとユズが気難しそうにしてたわ」
──あの2人は案外似たところがあるからね……
「気苦労ばかり背負ってるところとか?」
──気苦労を掛ける側がなんか言ってる……
2人の会話がある間、ここは爆発する船の中などでは無く、いつも通りを謳歌するシャーレの日常だった。
しかし、それは長くは続かなかった。一際大きな爆発が起き、2人の体を大きく揺らす。終わりが、近い。
──あぁ、そうだ。鬼巫女、君に渡したかったものがあるんだ。
「うん?渡したいもの?」
──うん。瓦礫の下かも……ちょっと探してほしい
「あいよ」
この場の周りを適当に瓦礫をどかしながら探す。それはすぐに見つかった。角が取れ、ベコベコに凹んではいるものの、その形を残したままの小さい金庫だ。パスワードなんて分かるわけがないので適当に引きちぎって中の物を取り出す。
「こいつは……酒と、折り鶴?」
青い紙でできた折り鶴だ。よく分からないが、金庫にあったという事は『先生』にとって大事なものなんだろう。私はクシャクシャにしないように慎重に横たわる『先生』の手に乗せて横に座る。
「大事なもんなんだろ?しっかり待っとけ……で、渡したいってのはこの酒か」
手のひらに収まる程度の小瓶だが、中身はしっかり酒だろう。
──本当は約束通り花見の時に渡そうと思ってたんだけどね……
「いや、助かった。ドンパチやってたもんだから酒なんて今無くてな」
瓶の蓋を開けて一口。じんわりとした旨味はこの酒が上物である事を雄弁に示している。
「かーッ、美味い!いい酒じゃねーか!」
事が終わった後に飲む酒は美味いと相場が決まっている。グビグビと飲んでいる私を見て微笑んでいる『先生』
──依頼があるんだ、鬼巫女。
こちらの目を見て先生は改めて口にする。
──生きて、キヴォトスの皆の所に戻って。
酒を飲む手を止めて、バツが悪そうに顔を背ける。咎めるように『先生』は続ける。
──ここで終わる気だったでしょ
「……バレてたか」
今回の件、私がいなくてもいずれ起きていたかもしれないが、私が縁を運んできた。再び良くないものを運ぶ事は避けたかった。まあケジメだな。
──だから、ちゃんと皆の所に戻って。待ってる人がいるでしょ?
「まあな……あー」
依頼だって言うなら断る事もできたかもしれないが。今回は無理だ。
「相変わらず策士だな、この酒は先払いの報酬だろ?もう飲んじまった」
──勝手に飲んだのは鬼巫女だよ。
ふふ、と力無く笑う『先生』
仕方ない。依頼となれば私も素直にそうするさ。
「じゃ、行くかな」
立ち上がって『先生』の顔を改めて見る。包帯だらけで死に体だけど、間違いなく私の友人だった。
──ありがとね
「こっちこそ、またな」
軽く握った拳で目の前の壁をぶち破る。外壁はもうなく、破られた壁の外は空が広がっている。最後にこの景色を『先生』を贈ろう。
ピョンっと、壁から飛び出す。ふわっとした浮遊感の後に、落下が始まる。私は振り返って、壁の穴から見える『先生』に大きく手を振る。
私は大きく息を吸い込んで、落下してどんどん遠くなっていく『先生』に届くよう声を張る。きっと、向こうのキヴォトスでは誰も言えなかっただろうから。
(私が代表して言うなんてガキ共が怒るかもしれねーけど、いない方が悪い、私が言いたいんだから言わせてもらう)
このキヴォトスで飲む酒は美味かった、美味かったんだよ
「楽しかったぜーッ!ありがとよーッ!」
薄れていく意識の中で、最後に先生が見たのは──満面の笑顔でこちらに手を振る鬼巫女と、キヴォトスの全てが見える景色だった。
──あぁ。
──よかった。