いい眺めだ。素直にそう感心する。これでも色んな場所を旅したが、私にとって一番好きなのは何気ない素朴な景色だった。理由は知らない。なんとなく好きなのだ。そんな景色を肴に煙草の煙を昇らせる。
「ゴホッゴホッ……!」
咳が漏れる。口から出る血を適当に拭い笑った。
「流石に今回は無茶が過ぎたか」
どうしてもやらなくてはいけない案件だったが故に無理をした。そのツケが来ている。今更寿命が来る事に恐れはないが、いつか来る終わりを予感していた。身構えている時に死神は来ないものだが、それでもいつかはやってくるものなのだから。
金網のフェンスに背中を預けてズルズルと座り込む。
「少し疲れたな」
一度便利屋にも顔を出さなきゃならんのだが、今顔見せると確実に病院に行けだとか煩いからなぁ。後でいいだろう。今は眠気が来ている。少し寝よう。
それからどれだけ時間が経ったのか。少し寝るつもりがだいぶ時間を食ったようだ。目が覚めた、いや起こされたのは随分と後の話だった。
「師匠、起きて」
「ん……」
そう言って体を揺すられて俯いていた顔をあげる。そこに居たのは砂狼シロコだった。それも数年ほど成長した姿のだ。
「何だお前か。どっか行ったと思ってたぜ」
「……ん、平気そう」
そう言って微笑むシロコ。ため息一つで起き上がり背筋を伸ばす私。
「衰えたとは言えガキに心配されるほど老耄しちゃいないぞ」
「ん、それは心外。私もあの頃とは違って背も伸びた」
そう言って薄らと頬を膨らませるシロコに私は問う。
「で?何しに来たんだ。ここアビドスの学校だぞ。忘れ物でもしたか」
そう、ここはアビドス高校の屋上。たまーにホシノが昼寝に使うくらいで来る奴など本来ならほぼ居ない。
「行く前に、この景色を一度見たいと思って」
「……そうかい」
それだけ言って2人で朝日が照らす屋上からの景色を暫し無言で眺めていた。
「……ねぇ、師匠」
その空気を破ったのはシロコだった。表情がわかりにくい奴だけど、この時の顔は少し悲しげに見えた。
「大人ってどうすれば大人なの?」
「藪から棒に唐突だな。大人ね……」
歳を取れば大人と言えるだろうが、そういう風に聞くって事は物理的な意味では無いんだろうな。
「先生は、大人だからっていつも言ってたけど。私にはそれが分からない。大人ってなに?どうすれば大人なの?」
「んー、難しい話だな。アイツも中々覚悟がキマッてた珍しい奴だったが」
鬼巫女の言葉には間があった。嘲るでも巫山戯るでもなく。考え悩む時間が暫しあった。あくまで自分の思う事であり正解ではないと前置きしつつ、彼女は口を開いた。
「私が思うに、思い出を語れるようになった時じゃねぇかなぁ」
「思い出?」
「そう、思い出だ。ふとした時に昔はこうだった、とか。あの時はこうしていただとか。思い出す時」
そう言えばシロコの顔は曇る。そのまま話を続ける鬼巫女。
「何も忘れろなんて言ってねぇよ。そこに置いていけって訳でもない。その時の悲しみも。楽しみも。穏やかに思い返すことができた時に、一歩ずつ大人になっていくんじゃねぇかな」
そう言ってシロコの顔を見る。渋い顔を見るに難しいようだ。そりゃそうだろう。すっと納得できるような事でもない。自分の中で存分に噛み砕き答えを出せばいい事だ。
「……もし、それができなくて大人になれなかったら?」
その言葉に私は笑って答える。
「笑って誤魔化せばいいさ。無理して大人になる必要もない」
気がつけばなるものだと思っているからな。私は。それに、一生子供だったとしても、自分が納得した上なら何も問題はない。
「まあ自分で答えを出してみるこった」
「ん、頑張る」
そんな話をしていると校内に入る階段へ続く扉が開かれる。2人で振り向けばそこには小鳥遊ホシノが居た。
「やっと見つけたよー、シロコちゃん。あ、鬼巫女も居たの?便利屋が探してたよー」
「げっ、まだ探してんの?しゃーねぇ、ちょいと逃げるか」
ホシノを見るシロコの表情を見て鬼巫女は自分の場違いを察して、さっさとその場を立ち去る事にした。のだが──
「ちょっと?逃げちゃダメだよ?」
2人をそのままに横を抜けようとしたところをホシノに腕を掴まれる。
「ん、師匠は早く病院に行くべき」
何故かシロコにも腕を掴まれる。
「おまっ、さっきまであんな顔してた癖に裏切るのかよ!」
「うへぇ〜、腕が冷たいじゃん。よくこれで大丈夫みたいな顔してたねー。よく見れば顔も青いし」
「これは別にそういう訳じゃな──」
「ん、問答無用」
シロコに羽交締めで拘束され、そのまま病院に搬送される鬼巫女であった。
こうして、色彩が起こした事件は幕を閉じる。これからもキヴォトスでは様々な事件が起こり、その度に誰かが傷つき、泣き崩れるかもしれない。しかし、心配はいらない。
何故なら、この街には『先生』がいて、鬼巫女がいるからだ。
始発点を出た列車の道のりは、まだ遠い