拝啓、お母ちゃん。
先週は手紙をすっぽかしてしまってごめんなさい。というのも、実は二週間前、
友達がいっぱい遊びにきてくれたけど、やっぱりスズカさんがいない夜は寂しくて、スズカさんと直に話せないのは寂しくて、久しぶりのスズカさんとの相部屋に、私は大はしゃぎしてしまいました。
でも、それが手紙を滞らせてしまった理由ではないんです。
あれは、ちょうどスズカさんが日本に帰ってきてから一週間が経った頃でした。多分、今後経験することはないだろうことが、スズカさんの身に起こったんです____
◇◇◇
「んう゛っ…… んー」
エアコンのごうごうという音に起こされたのか、妙に寝覚めが良かった。薄暗い天井を眺めながら、妙に重たい身体を伸ばそうとした時、胸の上でもぞもぞする感覚がした。
視線を胸の方にやると、そこにあったのは、見まごうはずもないスズカさんの栗毛だった。寝起きで効きの悪い鼻が、ふんわりとスズカさんの甘い匂いを捉えた。寝ぼけているのかと思って目を擦ろうとしたけど、がっちりホールドされて動けないから現実として受け入れることにした。
「すー…… すー……」
わたしの胸に顔を埋めてすやすや寝息をたてているスズカさん。トイレに行った時に間違えて入ってきたんだろうか。そんな可愛いミスする人、なのかもしれない。へたった耳がとっても可愛い。
エアコンの涼しさとスズカさんの体温で心地良くて、いつまでもこうしていたくなる。でも、ちょっと催してる。
「……スズカさ〜ん」
「んぅ……ん」
手足が拘束されているから、身じろぎして声をかけると、スズカさんは耳をぴこぴこさせて頭をぐりぐりしてくる。くすぐった可愛い。でも、心を鬼にして声をかけ続けると、「すぺちゃん……」と声を上げて、むくりとスズカさんは顔を上げた。
なんだか、雰囲気が違う。髪の毛が跳ねてるから? 気のせいだろうか。気のせいか。
「スズカさん、ちょっとトイレ……」
「……」
寝ぼけた翡翠の瞳がぱちくりとはためいて、そんなスズカさんの長い睫毛の目に見惚れていると、へにゃりと笑ったスズカさんが急に隣にぽすんと寝転んだ。心地よい重みが消えた。
ちょっとドキドキしてる胸を宥めながら起き上がって、ぐっと伸びをする。壁にかけた時計は6時前、わたしにしては随分早起き。スズカさんに抱き枕にされてたからだろう。
スズカさんの方のベッドを見ると、蹴飛ばされたように皺がよった薄布団がつくねられている。この前にスズカさんが話していた
なんだか、やっぱり今日のスズカさんは不思議かも知れない。
「……あれっ」
ともあれトイレに行こうと、スズカさんの旋回癖の跡が残ったフローリングを進んで行った時、ふと目についたのは、スズカさんの勉強机だった。ちょっとごちゃついてるわたしのとは違って、必要最低限をスッキリ揃えたスズカさんの机の上には、一枚の紙切れが置いてあった。
そこにしたためてあったのは、“走ってくる”という一言だけ。ぴょんぴょん跳ねていきそうなスズカさんの書く文字。早朝よく走りに行く時、スズカさんはこうやってわたしに書き置きを残していく。
でも、振り向くと、わたしのベッドで背中を丸めて、再び寝息をたたせ始めているスズカさんがいる。
わたしが寝た後にでも、昨日の夜に書いておいたのだろうか。でも、そんなことする人だろうか。それに、この筆跡は居ても立っても居られない時のスズカさんの筆跡。平常ならもっと穏やかに跳ねてる。昨日一昨日も走りに行っているのに、特に面白いことも自然現象だとかも無い今日をそんなに楽しみにすることなんてあるのだろうか。いや、スズカさんにとっては毎日の走りが新鮮で面白いんだろうけど。
でもなんだか、やっぱり変じゃないか?
____ガチャッ…… ギッ……
「……!」
肩が跳ねる。何故なら、後ろのドアの方から音がしたから。明らかに扉が開く音だったから。
スズカさんが戸締りを忘れた? いや、ありえないこともないけど無い。なら寮長が合鍵を使って? ならインターホンなりで知らせてくれるだろうし、何より朝一に来るとは思えない。
____ひた、ひた。
「ぴっ」
スタスタと進んでくる足音がする。
背筋がぞわぞわする。振り向けば居るのは誰かもわからない何か。まさか不審者?
体が強張って動かない。
____……
わたしの真後ろで音が止んだ。思わず息を呑んだ。香ってくるのは、柔軟剤と汗の匂い。なんだか嗅ぎ慣れた匂い……。
いや、知っている。わたしはこの匂いを知ってる。
「スペちゃん、邪魔」
「あっ、っご、ごめんなさい
そういえば、わたしはリビングと廊下の出入り口に突っ立っていた。慌てて身を引くと、よくよく見知った明るい栗毛の髪を靡かせて、湿った体操着を身につけたスズカさんが入ってきた。
急に体の力が抜ける。どっと心労が押し寄せる。
そんなことも梅雨知らず、スズカさんは着替えを出して、再び廊下の方へ向かう。お風呂に入るんだろう。
「……そんなところで、何していたの」
洗濯カゴに汗を吸った体操着を投げ入れる音と一緒に、洗面所から聞こえてきたのは、そんな当たり前の疑問。
わたしは当たり前に口を開いた。
「い、いやぁ、不審者でもきたのか……」
……
何かおかしくないか?
何か忘れてないか?
「んう、まだ? スペちゃん……」
その時、後ろからすりすり布団が擦れる音がした。
後、寝ぼけたスズカさんの愛くるしい声。
……
「…… ケッ……!?」
思わず、エルちゃんの口癖が飛び出たのは仕方ないと思う。
◇◇◇
____増えちゃってたんです。スズカさんが、二人に。