Fate/Reach Boundary   作:日彗

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魔眼蒐集列車 7

 

 客車へと駆け戻る間は、幸い人の目に触れなかった。

 グレイが先生を背負って走り、個室の扉を開く。

 

「ひ、人を放っておけないとか言っておいて、なんで勝手に出ていくのよ!」

 

 はっと銀色の髪が振り向いた。

 この部屋に案内されていたオルガマリーが涙目になって文句をつけたところで、抱えられている先生の姿に硬直する。

 

「ちょ、何それ、どういうことよ!」

 

「すいません。どいてください!」

 

 ベッドを確保して先生を降ろす。

 上半身の服を脱がし、癒着しかけているところはナイフで切り裂いていく。

 

「……ツカサさん」

 

「…………」

 

「ツカサさん!!」

 

「ッ!あ、ああ、わかってる」

 

 集中力が途切れかけている。こうなることは分かっていたから、こうならないように準備はしていたはずなのに。俺の油断と慢心のせいで先生が目の前で死にかけている。

 

「………ッ!」

 

(俺が招いたというのなら俺がなんとかしろ!)

 

 上着を脱ぎ棄てて袖を捲る。

 指先で腕をなぞると、赤い痣のような文様がいくつも浮かんできた。

 

「それって………」

 

「外付けの魔力電池みたいなもんだ。気にしなくていい」

 

 背中がベッドに触れぬよう、横に寝かす。そして背中に文字を刻んでいく。

 癒しのルーン。とはいえ流石にこの場で原初のルーンを使うわけにもいかないため共通(フサルク)ルーンを使っているが。

 

「……犯人にやられたわけ?」

 

 治療を妨げない為か、オルガマリーが気持ち小さめの声で訊いた。

 

「わかりません」

 

「どういうこと?」

 

「襲われたのは事実です。ですが、あくまで拙たちの事情です。トリシャさんを襲った犯人と同じグループなのかは、判断できません」

 

 暗い部屋に魔術の光が煌めく。自身のものとは異なり、他者への魔術行使は難易度が変わってくる。それは治療の魔術も例外ではない。

 とはいえ、魔力量でごり押しすれば問題ない、というわけでもなく傷を治すどころか悪化させてしまう恐れもある。

 だからこそ他者への治療魔術は慣れない者がやると神経を削るのだ。

 

「そんなに大切な相手なの?あなたは魔術師でもなんでもないんでしょう?」

 

 何のことかと思ったが、そばでグレイが膝をついていた。

 

「内弟子です」

 

 と、うつむいたままグレイは口にした。

 

「たとえ魔術師でなくても、拙は師匠の内弟子です」

 

「……ふうん」

 

 納得したのかどうか、オルガマリーは離れた。

 少しして、部屋に置いていたバッグから何かを取り出してきた。

 

「だったら、これでも使ったら?」

 

 差し出してきたのは美しい小瓶だった。

 

「これ、は?」

 

「ドルイドの霊薬よ。念のためってトリシャに渡されたものだけど、私は使いようなかったから。いくらなんでも頭が生えてくるとは思えないものね。だいたい万能らしいから、適当に塗っておけばいいんじゃないの?」

 

「ドルイドの霊薬………って、つまり『プリニウス』に載ってた純正のパナケア!?」

 

 カウレスの声が部屋に響く。そういえば俺も似たような薬をいくつか作った気がする。動揺しすぎて忘れてた。

 

「いいわね。これで、アニムスフィアにはエルメロイからの借りなんてないから。そいつが死なずにすんだら、よく言い聞かせておくのよ」

 

 小瓶を押しつける様にして、少女は踵を返した。

 ひとつあくびをして、

 

「じゃあ、おやすみ」

 

 手を振って、ベッドのひとつでオルガマリーは横になった。

 しばらくしても寝息が聞こえないから、恐らく狸寝入りだろう。態々指摘するつもりはないが。

 

「グレイ。悪いけどその薬を先生の背中に塗ってあげてくれ。その後にこの布を巻きつけて欲しい。一応、回復効果のある礼装だから」

 

「はい!」

 

 とはいえどれだけの足しになるかは分からない。

 だが、さらに時間が経つと呼吸が安定してきた。

 

「ツカサさん……」

 

「大丈夫。俺が絶対に治すから」

 

 慣れない他人の治療は神経が磨り減る。

 自分自身だったら師匠との修業で嫌という程してきたから楽なのだが、やはり同じようにはいかない。

 魔刻印と黄金杯があるから魔力の心配はしていないが、後は集中力と体力の問題だな。

 

(………いや)

 

 集中力?体力?先生が死にかけているんだ、何が何でも治せ。

 もとはと言えば俺のせいだ。治せないのであればここで死ね。

 それができないなら、俺は何のために─────

 

 

 

 

 個室の窓から陽が射している。

 俺はベッドの近くにまで椅子を運び、腰をかけて呼吸が安定している先生の容態を見ていた。

 

「───師匠!」

 

「シッ。静かに」

 

 昨夜、中々眠ろうとしないため魔術で無理やり寝かせたグレイが飛び起きた。寝ていても先生の側を離れようとしない辺りには感服する。

 

「先生なら大丈夫。峠は越したし、治療魔術も一旦終了。とはいえ、あれだけの重傷だったからまだ起こすわけにはいかないけどな」

 

「……あ、ありがとうございます!」

 

 なぜかお礼を言われてしまった。

 一応、俺の先生であり義父なのだ。むしろお礼を言うのは俺の方なのに。

 ついで、

 

「おはよう」

 

 とカウレスとオルガマリーも目を覚ました。上半身をもたげ、ちらと先生の方を見て「どうやら死に損ねたのね」などと嘯いてから視線をこちらへと向ける。

 

「霊薬ぐらいじゃどうにもならないだろうし、ここじゃ施しようがないと思ってたんだけど………どうやら噂通りの怪物のようね、あなた。治療魔術は得意分野だったの?」

 

「怪我はしょっちゅうだったからな。でも、他人の治療は今回が初めてだ。慣れない作業のせいで治療しながら少しずつ最適化するのは骨が折れたよ」

 

「は、初めてっ?」

 

 素っ頓狂な声が、少女の口から流れた。

 

「……はん。エルメロイ教室の噂は聞いていたけれど……」

 

 目を細めて、オルガマリーが難しい顔になる。

 ため息をついてから、渋々といった感じでこちらに向かって切り出す。

 

「詳しく、事情を聞かせてもらえる?」

 

「それは……」

 

 グレイの視線がこちらへと向く。先生が寝込んでいる以上、判断は俺に委ねるという事だろう。

 

「彼女も既に事情と関わってるし、アニムスフィアとして聖杯戦争の知識も持っている。現状の魔眼蒐集列車(レール・ツェッペリン)の状況を考えれば、互いに協力した方が得策だろ」

 

 先生が目覚めていても同じ結論を出すはずだ、と告げる。

 どうせいつかはバレるのだ。それが早いか遅いかの差である。

 ともあれ、それで腹が決まったのか、これまでの事件をかいつまみつつ、聖遺物のあたりだけ省いて話したところ、

 

「サーヴァント?」

 

 と、少女の語尾があがった。

 

「本当に?生前の人格を持った英霊をそのまま召喚する現象なんて、冬木市の聖杯戦争以外にはありえないわよ。イギリスに出るわけないでしょう?仮に術式として存在しても、あそこの大聖杯でなければ、そんな術式受け入れられないわよ」

 

「いや、術式はともかく、召喚自体は冬木じゃなくても可能だ。それも御三家並の特権といくつかの条件があるが……」

 

「……本当に、サーヴァントだったわけ?」

 

「え、と、宝具は間違いなく本物だったと思います。同じイスカンダルの宝具を知ってる師匠も見覚えがある感じでしたし……何より、あれは間違いなく、人間の範疇におさまるものじゃありませんでした」

 

 一般的に、人間の魔術師ごときに宝具を真似るのは不可能だ。

 それこそその分野に全振りした突然変異体でもなければ。お前のことだぞ、衛宮士郎。

 

「だったら、確かに私に関係ないってことはないわね」

 

「どういうことです?」

 

「サーヴァントには、マスターがついてるものよ。しかも、異界化した空間を彷徨ってるこの魔眼蒐集列車(レール・ツェッペリン)を、サーヴァントは宝具で追跡してきたんでしょう?だったら、列車の中にサーヴァントのマスターがいる可能性が極めて高いわ」

 

 いくら英霊とはいえ、資格のないものがこの魔眼蒐集列車(レール・ツェッペリン)にまで来られるとは考えにくい。令呪を使えば別だろうが、それならマスターがこの列車に乗っていると考える方が妥当だろう。

 

「いよいよ面倒くさくなってきたわね。……で、どんなサーヴァントだったのよ」

 

「……へファイスティオンって言ってました」

 

「ん、イスカンダルの部下の?」

 

「知ってるんですか」

 

「知らないわけないでしょ。へファイスティオンは、イスカンダルの居並ぶ部下の中でも最も有名なひとりよ」

 

 断言して、オルガマリーは鼻を鳴らす。

 

「こと腹心という意味では、図抜けてトップね。なにしろ、ともにミエザの学舎に通い、ともに大学者アリストテレスから教えを受け、ともにアキレウスとパトロクロスの墓に花を捧げ、最後には同じ男───ダレイオス三世のふたりの娘を娶ったぐらいだもの」

 

「娘を、娶った?」

 

 奇怪な言葉を聞いたような顔をするグレイだが、ぶっちゃけそれはブーメランだと思う。

 

「そうよ。このへんは間違いない部分だけど」

 

「え、でも、さっきの……へファイスティオンは女性で……」

 

「それを言うならアーサー王だって女だろ。それでもグィネヴィアを妃として娶ってる。歴史的に女性が後世で男性として語られることはよくあることだ」

 

「まあイスカンダルの行状からすれば、性別詐称させて将軍に据えるぐらいはマシな方よ。というかそういう理由ならかえって納得いくわ。信用のおける幼馴染を出世させただけっていうには度をこえてたんだけど、書類に残せなかった戦功とかありそうね」

 

 とはいえ、イスカンダルの性格上、そんな単純な理由とも思えないが。そればっかりは本人たちの事情で俺たちには関係のないことだ。

 

「とにかく、本当にヘファイスティオンだったら、イスカンダルと同じ宝具を使ったのも当然でしょうね」

 

「そうだな」

 

「……そう、なんですか?」

 

 こてん、と首を傾げるグレイにオルガマリーが告げた。

 

「───彼もまたイスカンダルなのだから」

 

「……えっと」

 

「これも有名な話よ。かつてイスカンダルとヘファイスティオンが訪れたとき、ダレイオス三世の母はどちらが王か分からず、ヘファイスティオンの前に跪いてしまった。当時の王の権威からすれば何らかの刑に処されてもおかしくないぐらいなんだけど、対してイスカンダルは『彼もまたイスカンダルなのだから』って笑ってすませたそうよ。ヘファイスティオンが女性だったのなら単純に間違えたとは思いにくいし、裏もありそうだけど、同じ逸話が宝具に昇華されれば───たとえば()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()使()()()───という風に、置き換えられてもおかしくないわ」

 

 宝具とは、英霊の象徴ともいえる『力』だ。単なる武器や兵器ではなく、英霊を英霊として成立させる伝説や伝承、逸話をカタチとした概念。ある意味で名前以上に深く刻みつけられた英霊そのものと言っていいだろう。

 その宝具を使える相手など、文字通り一心同体と言っていい。

 そんな相手に、先生は「気に入らない」と否定されたのだ。

 

「で、こっちも聞いておきたいんだけど」

 

 と前置きしてから、オルガマリーが尋ねた。

 

「あなたたち、イスカンダルの聖遺物でも盗まれたわけ?」

 

「…………っ!」

 

 グレイが表情を強張らせる。

 その変化を見て取ったオルガマリーは、仕方なさそうに腕を組んだ。

 

「そりゃあ分かるわよ。第四次聖杯戦争でそこの君主(ロード)が呼び出したのはイスカンダルだったんでしょ。イスカンダルの聖遺物がどんなものだったかは知らないけれど、イスカンダルに縁が深いものならほぼ確実にヘファイスティオンにも縁が深いわ。幾多の英霊から偶然ヘファイスティオンが召喚されたと思うよりは、同じ聖遺物を媒体に使ったと考える方が自然でしょ」

 

 ぐうの音も出ない。

 ここまで話した以上、隠しておく理由ももはやないのだが、グレイは先生のためにも隠しておきたかったようだ。今度ポーカーフェイスのコツでも教えてあげよう。

 聖遺物を盗んだ相手がマスターとなってヘファイスティオンを召喚した。そしてそのマスターがトリシャ殺しの犯人だ。

 そうだ犯人。犯人である()()のせいでこんな状況になっている。先生に渡したお守りを破壊したのも状況を考えれば()()しかありえない。

 先生の謎解きまでは泳がせておくつもりだった。それでも警戒はしていたつもりだったが、相手はその上をいった。

 ヘファイスティオンが召喚され、先生は重傷を負った。この事態を未然に防げなかったのは俺の慢心のせいだが、そもそもの原因は()()だ。

 ………もう、生かしておく理由がない。そうだ、俺がもっと早く殺しておけばこんなことにはならなかったのだ。

 今殺す。隙を見て、ではない。隙がなくても、今ここで()()()を殺……………したいがそんなことをすれば間違いなくヘファイスティオンが邪魔に来る。そうなると先生の身が危ない。

 少なくとも、()()が先生から離れるまでは手を出しずらい。せめて先生を離したいが、どうする。いっそのことグレイにだけは話を───

 

「ツカサさん!」

 

 耳元で、グレイの声が聞こえる。

 顔を向けるとかなり近くにグレイがいた。どうやら何度も呼び掛けていたらしいが、気が付かなかったようだ。

 

「ごめん、聞いてなかった。何の話だっけ……?」

 

「いえ、あの、トリシャさんが自分は予測の未来視だって言ってたので。……予測ってどういうことなんでしょう」

 

 いつの間にか聖遺物やサーヴァントの話は終わってしまったらしい。

 それにしても、トリシャの魔眼、予測の未来視か。

 

─── まるで、時間の透明人間です。

 

 カラボーとの検死の時に先生の言っていたことを思い出す。

 

「ふむ。まず予測の未来視について俺が言ったこと覚えてる?」

 

「えっと、予測の未来視は人間が持つ想像力の延長で、無意識に未来を予測演算する限定的な『ラプラスの悪魔』だと……」

 

「そう。まず未来視と過去視には、双方、予測と測定の二種類が存在する」

 

 そう言って、指を二本立てる。先生のようにうまく説明できるかわからないが、出来るだけ頑張ろう。

 

「予測はさっき言った通り。人間が持つ想像力、例えばボールから手を離したら地面に落ちる、とかそういう演算の延長上。その能力を持った人間が途轍もない記憶力と演算能力を保持しているがゆえに起きる現象だ。ただ、これらの工程を意識するとたいていの人間は人格を毀損してしまうから、おおよそは無意識下でやってるんだけど」

 

「……ええと……つまり、普通の想像なんですか?」

 

「理屈は本当に普通だよ。ただこの場合、無意識下で行われている記憶量と演算量は人間に許される領域を超えていることが多い。進化の過程で最適化されてきた俺たち人間は、たとえ過去へのベクトルをもった魔術師でも肉体はおおよそ現代の人間としてのフォーマットを得ている。そこに別次元の記憶量や演算能力を載せたら、たとえ理屈が普通でも過程の異常さに耐えられない」

 

 アトラス院の錬金術師のような例外はいる。あれは高速思考と分割思考のなせる業ではあるが。

 

「たとえば、俺たちはこの場をおおよその『印象』で捉えてる。名前や表情、豪華な列車の個室、ベッドやテーブルに定期的な列車の揺れ。そういう大雑把さでね。だけど予測の未来視を行う人間は細かな光の色、一音ずつの声の抑揚、コンマ一秒ずつの瞳の動き、はては体臭の変化や窓を通り過ぎた霧の濃淡までも記憶して、環境や人の絡み合いからひとつの世界を演算している。───本来は無意識下であっても脳が焼き切れるんだけどな」

 

「……記憶と、演算……」

 

 だからこそ、予測の未来視はラプラスの悪魔によく例えられる。数学者ピエール=シモン・ラプラスが仮想した超越的知性体の概念、『ラプラスの悪魔』は「ある瞬間における全ての物質の力学的状態と力を知ることができ、かつもしもそれらの情報を解析できるだけの能力と知性が存在するとするならば、この知性にとっては不確実なことは何もなくなり、その目には未来も過去同様に全て見えている」というものだ。

 とはいえ、ラプラスの悪魔は多くの観点からの反論もあり、量子論が出てからは古典物理学では説明できない矛盾なども知られた。あくまで未来を限りなく正確に計算することはできても、それは計算であり予測。確実にそうなるという証明にはならない。

 だがこれはマクスウェルの悪魔やシュレディンガーの猫と同じように思考実験として提唱されたものだ。反論され、否定されたとしてもラプラス本人は別に気にしてはいないだろう。

 

「でも、それって……眼球というよりも脳の分野なんじゃ?」

 

「素晴らしい。実にいい質問だ。───色々と説はあるけど、魔術的な見方だと眼球がある種の魔術回路として働いて、これらの記憶や演算をしているというのが有力だ」

 

 魔術回路はある種のコンピュータのように情報の記録保存が可能だ。であれば、人間の脳が耐えられなくとも予測という形で未来を視ることもできるかもしれない。

 

「けれどさっきグレイが言ったように、本来これは脳の分野だ。どうしても眼球だけでは本領を発揮できないような魔眼だと眼球と脳の二つがセットになって初めて効果を発揮するものもある。代表的なのは直死の魔眼だな」

 

 その言葉に、オルガマリーの肩がビク、と震えた。

 対してグレイは、小さく首を傾げる。

 

「直死の魔眼……それってオルガマリーさんが食堂車で言っていた『虹』の位階の……?」

 

「そう、その直死の魔眼だ。オルガマリーがどこで情報を掴んだのか知らないが、日本には確かに直死の魔眼保有者がいる。とはいえ、伝承のバロールの持つ見ただけで殺せる魔眼とは別物だけどな。バロールの方は『虹』の位階だろうっていわれてるが、日本にあるのは精々が『宝石』だろう」

 

「…………日本って、いったいなんなんですか………」

 

「どこかの誰かさん曰く、魔術の遅れた辺境らしいぞ。その代わりに現代でも色濃い神秘が生まれやすいのかもしれないが。…………少し、直死の魔眼について説明しよう」

 

 いつの間にかオルガマリーとカウレスの視線もこちらに向いている。直死の魔眼の名前が出たから気になったのかもしれない。

 

「まず、直死の魔眼の原理としては、『終わり()を視る瞳』と『終わり()を理解できる脳』の二つがセットになって初めて成立する()()()()()()()()()()()()()だ」

 

「超能力、ですか………あれ、それだと魔眼を移植しても───」

 

「そう。仮に直死の魔眼を移植したとしても使うことはできない。元来、ヒトの脳は死をわかったつもりになることはあっても完全に理解することはできないからな。───直死の魔眼は、視たものを殺す瞳ではなく、視たものの死の要因を読み取り、干渉可能な現象として視認する能力だ。ここでいう死は『生命活動の終焉』ではなく『存在の寿命』。意味や存在が、その始まりの時から内包している『いつか来る終わり』。だから例えば死徒やゾンビ、ゴーストみたいな既に死んでいる奴等も問答無用で殺せる。果ては無機物や現象、概念レベルのものですらその瞳は死を写し取ることができる」

 

「死の要因を視る………」

 

「イメージしづらいか?誕生という大元の原因から、死という最終結果を読み取っている。直死の魔眼から視た世界は“死の線”で満ちた終末の風景らしい。“死の線”っていうのはモノの死にやすい部分。その線に沿って斬ることでその箇所を死に至らしめ、『線』をもって斬られた部分は本体の生死関係なく行動、治療、接合、再生といったものができなくなる。切断そのものに腕力は必要なく、強度も無効化される。対象が鋼鉄だろうが宝具だろうが、使うのが安物のカッターナイフでも素手でも」

 

 絶句している。無理もない。今聞いた話だけだと直死の魔眼保有者にはどうあがいても勝てないと思わされるだろう。

 実際はそんなことはなく、デメリットや弱点も多いから殺し合うとなるとグレイの方が強いと俺は思っている。

 これ以上詳しく説明したところで意味はないだろう。直死の魔眼は確かに移植は無理だが、根源の渦を『読む』ことによって物事の終わりを『識って』いるなんて、それを生粋の魔術師連中に話したらとんでもないことになる。直死の魔眼保有者は二人とも蒼崎姉妹のお気に入りなんだから下手な事はしないでもらいたい。

 

「さて、長々と直死の魔眼について話したのは、これもまた一種の未来視と言えるからだ。予測の未来視はただ視るだけ。それに対して()()はもっと積極的なものになってくる」

 

「積極的、ですか?」

 

「うん。視るだけの『予測』とは異なり、未来に働きかける異能。あるいは未来を押しつける能力とも言える」

 

 話しながら鞄を漁ってメモを取り出し、さらさらと図形を描きこんでいく。

 

「なんですかこれは?」

 

「時間の模式図だよ」

 

 メモには上に『未来』、中心に『現在』、下に『過去』と書き込み、『現在』から『未来』にかけては無数に枝分かれした放射状の経路が繋がっている。

 これはつまるところ、選択肢だ。例えば今朝、朝食にパンを食べたか米を食べたか、そうした無数の選択肢から未来という概念は成り立っている。

 

「さっき、予測は過去から現在までのあらゆるデータを記憶し、未来の可能性を演算するものだと説明した。それに対して、測定はどの未来のルートに行くか、それを自分が決めてしまえる異能なんだ。自身の行動によって、他人の選択肢を限定していくわけだな」

 

 朝パンを食べるか米を食べるか、自分で決める。

 結果として、周囲の反応や行動まで縛り付けてしまう。

 測定という意味は、自分から手を出して未来を決定───測定してしまうことからつけられている。

 

「この理屈の違いから、測定は精度において予測を大きく超えてくる。システム上、自分が居合わせる場所の未来しか視ることはできないが、一度測定が決定してしまえばその未来は()()()()()()()()。これがどれだけ恐ろしいことかは想像できるだろう」

 

 測定の未来視はかなり厄介だ。対策がないとは言わないが、それでも無限にあるべき未来をたった一つに固定されるとなると面倒くさい。

 

「ちなみにだが、この測定の未来視も日本にいたぞ」

 

「もう日本の話はいいわよっ!なんなの、私に対する当てつけか何か!?」

 

 オルガマリーがこちらを指差して騒ぎ立てる。

 俺が知っているだけでも日本には二人の測定の未来視が()()

 

「有名どころだと日の本最強の剣豪、宮本武蔵は斬ることに特化した測定の未来視『天眼』を所持していたみたいだし………あとは未来視を使って連続爆弾魔事件を起こした十四歳の子供が、さっき話した直死の魔眼保有者を殺そうとして返り討ちにあったりしてたな。どちらにせよ、既にこの世から失われてしまったことになるけど」

 

「ばくだ……っ!?い、いえ、でも未来を固定するんですよね?それならどうして」

 

「本人曰く、未来はあやふやだから無敵、それにカタチがあったら壊れてしまうのは当然。偶然には手は出せないけど、必然には手を出せるだってさ。そして魔眼で固定した『未来』を殺されたことでその“死”が魔眼にまで伝播して右目の視力と未来視の能力を失った。でも魔眼がない方が本人はイキイキしてたよ。今は絵本作家してるんだったかな」

 

 トリシャの『魔眼を持つという事は、魔眼に縛られる人生を受け入れること』

 カラボーの『この眼を意識してから、一度だって今を生きたことはない』

 これらの言葉はよく本質を突いていると思う。未来が視える者は未来に、過去が視える者は過去に縛られる。測定の未来視なんて持っていたら、自分が視てしまった未来の奴隷に成り下がることになるだろう。

 はたして眼球と本人、未来を選んでいるのはどちらだったのか。

 

「………なんとなく、分かりました。過去視も同じなんですか?」

 

「いやあ、本当にいい質問をするなあ」

 

 メモ用紙の、『現在』の下に追加で書き加えながら話を続ける。

 

「さっきまで話していた未来視と違って、過去視には予測と測定の違いは無いようなものだと言われてる。そもそも本人が区別できない場合の方が多いらしい。無限に広がった未来に対して、過去は砂の山に例えられる」

 

 未来に向けた無数の道の逆に、砂の山を描き足していく。

 こうして形にすると、まるで漏斗のようだ。未来からいろんな経路を辿ってやってきた砂の粒が、現在で一粒ずつに絞られ、過去という砂の山に落ちていく。

 

「一粒ずつ、未来から現代に滑り落ちた砂粒が、過去の山へ落ちていく。時間もまたこの宇宙の法則に縛られて、ある種のベクトルを帯びているのがわかるだろう」

 

 時間の流れ。エントロピー。

 まるで砂時計のように、刻一刻と未来は現在になり、現在は過去になってしまう。誰にも留められない───留めようもない、この宇宙に定められた一方通行。

 

「統合した結果の予測、自分の行動を起点とした測定。そのどちらだとしても、過去である以上その過程は大して変わらない。あえて言えば、自分の行動を起点にする分、測定の方がいくらか狭く、精度が上がるくらいかな」

 

 測定の未来視の脅威が『未来を固定してしまう』ことなら、とっくに固定されている過去はそのような現象と関係ない。

 

「直死の魔眼は『いずれ来る終わり』を今に押し付けるもの。言わば究極の未来視と呼べる代物だ。なんせ、終わりという事はそれ以上の未来はないってことだからな。それと同じ理屈で考えれば過去視の究極は『過去を現在に持ってくること』かな。時間旅行は魔法の域だが、現象を持ってくるだけならば魔術の域だ。かなり高度なものに違いは無いが。………とまあ、予測と測定の話はこのぐらいになるけど、なんなら他の魔眼の話でもする?」

 

「い、いえ、十分です」

 

「……………そっか」

 

 せっかく楽しくなってきたから、魔眼関連でもう少し話したかったのだがフラれてしまった。話が長すぎてつまらなかったのだろうか。

 ひとまず話が終わったところで、オルガマリーがつまらなげに鼻を鳴らした。

 

「で、それがどうかしたわけ?」

 

「いえ、師匠が言ってたんです。犯人は、過去視からも未来視からも見つからない───まるで時間の透明人間だって」

 

「時間の、透明人間………」

 

 そういえば、あの時オルガマリーは気絶していたのだった。他ならぬ俺の手で………。

 

「それでトリシャさんが予測の未来視って言っていたのが、どういうことだったのかと。………ツカサさんなら、どう考えます?」

 

「俺?俺だったら───」

 

 そこまで呟いたときだった。

 とある放送が、魔眼蒐集列車(レール・ツェッペリン)にこだましたのだ。

 

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