強化人間部隊ヴェスパーの9人目   作:ねむい

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4話 ハンドラーの猟犬

 

 

 

 壁越えの大まかな作戦プランが決定され、後は誰を“壁”にぶつけるか、という話し合いの段階まで来ていた。

 

 第1候補はもちろん、ヴェスパー内トップの実力者フロイト。第2候補に壁内部に侵入しているため勝手を知るラスティ。そして第3候補がそれまでの作戦成功率と熱意の点でメーテルリンク。

 

『私としてはフロイトに正面から突入してもらい、ラスティ、メーテルリンクのどちらかが比較的防御の薄い裏から挟む形で攻撃、というプランで進めたいのですが。これに対する意見は?』

 

『特になし』

 

『右に同じであります』

 

『私もありません』

 

 それぞれが納得する内容の作戦をスネイルは立てていた。特に反対意見も見受けられず、会議はよりスムーズに進んでいく。

 

『では、概ねその方向で作戦を練りましょう。各自の端末に翌日以降の作戦予定を通知しておきます。必ず目を通しなさい』

 

『はっ!』

 

『では、定例会議を終了します。何か通達事項は?』

 

『はっ、第8隊長ペイターであります』

 

『どうぞ、ペイター』

 

『は。先日公募したグリッド135における大豊核心工業集団のMT部隊強襲の任務にて、独立傭兵を雇ったのですが、かなり腕の良い傭兵でした。第3隊長殿の仰られていた()()()かと思われます』

 

『俺の方で洗っておこう。名前は』

 

『はっ。登録番号Rb23、独立傭兵レイヴンであります』

 

『……………レイヴンか。わかった』

 

『はっ、以上であります』

 

『よろしい。では本日の定例会議はこれで以上とする。解散』

 

 

 

 

 ……モニターの通信が切れる。止まっていたような息がふっと漏れる音がする。

 

「ふぅ……お疲れ、トーマス」

 

「緊張感があるよなぁ…お前は良く平気でいられるよな」

 

「まあ、慣れたし」

 

 コンロの火をつけ、ポットの水を沸かせる。最近はペイターから受け取ったオキーフからの贈り物のフィーカを飲むのが夜の日課になっている。チョコレートクッキーを引き出しから取り出し、ソファに座って机の上を整理し、ものが置けるようにしてからカップにコーヒーを入れてクッキーをつまみ、一口かじってからフィーカを流し込む。

 

「……いる?」

 

「いや……クッキーだけ貰おうかな」

 

「引き出しにまだいくつか入ってると思う」

 

 トーマスが私の引き出しの中からクッキーを一箱取り出し、テーブルを挟んで対面に座ってクッキーを頬張る。私も、もう二口ほどフィーカとクッキーを口に入れた。

 

「明日の予定はなんだ?」

 

「ん……待って、今見る」

 

 言った通りに端末を確認する。メールが一通届いており、差出人はもちろんスネイル。何人かの名前が羅列されており、私の行先は───。

 

「ああ、戦闘行動だ。ターゲットはガリア多重ダムで……あれ?」

 

「…? どうした?」

 

「これ、防衛だ。ガリアは確かルビコン解放戦線の拠点だったと思うんだけど……」

 

 スネイルに確認を取る必要があるだろう。もう夜遅いが、スネイルに連絡する。呼び出しからわずか3コール以内に出るあたりは、仕事が出来る人間というイメージそのままだ。

 

『こちらV.II スネイル。ノイン、緊急の用ですか?』

 

「いえ、緊急では無いのですが、翌日のガリア多重ダム防衛の件に関して」

 

『ガリア……? 貴方にはボナ・デア砂丘の調査任務を与えているはずですが。しっかり確認しなさい』

 

「しかし……あ、そうだ。 第2隊長から送られたメッセージをそのまま転送します。確認願います」

 

『ふむ……来ました。 ……確認しました。確かに書き換えられていますね。誰かのイタズラでしょう。貴方は私が口頭で伝えた通り、ベリウス西部で活動するルビコニアンの戦力調査に赴きなさい』

 

「了解です、第2隊長」

 

 通信が切断される。メッセージ内容はどうやら、改竄されたもののようだった。誰がそんな事をする必要があるのだろうか。ルビコン解放戦線? しかし、先日に“壁”で手痛い損害を与えたはずの私に、そんな回りくどい方法で指示を飛ばそうとするだろうか。

 

 しかし、私に多重ダムを守らせようとするという事は、私たち以外にもルビコニアンと敵対する存在……つまりベイラムからの攻撃を事前に察知しているのだろう。

 

 そこまでは考えればわかる。

 だが、それをわざわざ敵である私に頼む意味が無い。仮にそれを私が受けたとして、防衛戦力や陣地の詳細を持ち帰り、綿密な計画のもとダムを落とすだけだからだ。

 

 それに、ルビコニアンに高度な情報戦能力があるとも思えない。第三者がそこに絡んでいるような気がする。アーキバスのネットワークになど、誰も介入できないはずだが。

 

 考えていても仕方がない。最後の一口を流し込むと、まだクッキーを頬張っているトーマスを自身の部屋に帰し、私はベッドで眠りについたのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 友軍機より先行するACがいた。その機体はジャンク屋で知られるRaD謹製の、最低限の性能を持つ低負荷だけが取り柄の機体だった。レッドガンの依頼を受けるにあたり、その総長からG13という名を貸与された傭兵。

 

 武装も標準的な普及型アサルトライフルに、パルス発振器(ブレード)、4連装ミサイルだけの、お世辞にも強力とは言えないものばかりだ。

 

 しかし、その傭兵は突撃を繰り返し、敵中に入り込みながらも、被弾という被弾が全く見受けられず、それどころか武装を的確に用いて敵機体を次々に屠っていく。

 

『やるじゃねえか……ズブの素人ってワケでもねぇな』

 

『G4、一体いつ貴様が素人で無くなった?』

 

 同行するタンク型ACのパイロット、G(ガンズ)4 ヴォルタが、指揮権限を持つレッドガンの総長ミシガンに怒鳴られる。

 

『チッ、いちいちうるせぇな…』

 

『G5、まだ舌が回るようだな!』

 

 G5 イグアスの余計な呟きによってまたも共有無線に怒声が響く中、もっとも前線に出ている独立傭兵は状況に対して何も考えていなかった。

 

 何も、である。

 

『前線は全て片付いたようだな。次に向かえ、6()2()1()

 

 強化人間C4-6()2()1()。 独立傭兵レイヴン、それが彼、あるいは彼女の呼び名だった。性別が不詳であるのは、621が作戦中一切の文言を話さず、コンピュータに意思表示を頼りっぱなしだからである。

 

『よう、野良犬。お前のような木っ端は知らんだろうがな。俺たちは()───』

 

『G5! 貴様、作戦中に余計なお喋りをする余裕があるのか!! とっとと任務を遂行しろ、馬鹿者ォ!!』

 

『うるせぇな…クソッ、興が削がれた。とっとと終わらせて帰んぞヴォルタ』

 

『あいよ。つまんねぇ任務だしな』

 

 怒鳴られてなお悪態をつき続けられるのは強いメンタルを持っているからか、反骨精神からだろうか。621はライフルのリロードを挟みつつダムの上部へと登っていく。

 道中のMTはマシンガンを散発的に撃ってくるか荒い狙いのグレネードキャノンを撃ってくる程度で、それまでの戦闘経験が豊富な621には些末な相手だった。

 

『G13を見ろ、貴様ら。寡黙に仕事をこなしている、貴様らと違ってな。貴様ら数学はできるか? 格下ナンバーに何もかも負けているぞ!!』

 

 総長ミシガンの叱咤が更に響く中、621は三つめの変電施設を破壊していた。

 

『目標はあと一基だ。 ……む』

 

『そこの独立傭兵……走狗となって満足か…!』

『殺し、奪うだけの企業に与し……戦士としての誇りは無いのか!!』

 

『……ACか。施設破壊を優先するかAC撃破を優先するか……621、お前自身で判断しろ』

 

『ACが混じってやがるぜ』

 

『MTと大差ねえ。時代遅れのゴミだ』

 

 ダム施設の屋上から飛び降り、3対1という戦況に身を投じる敵AC。

 

 登録番号Rb39、識別名インデックス・ダナム。

 AC名バーン・ピカクス。

 基本的にバーストマシンガンやミサイルによる牽制を織り交ぜつつ、本命のバズーカによる攻撃を行う。

 

 マシンガンこそ何発か掠るものの、弾速の遅いうえ警告がCOMによってなされるバズーカには直撃するはずもなく、ダナムは着々と追い詰められていく。後続にイグアス、更に遅れてヴォルタが来ると、ダナムの劣勢はMTからの援護があって尚覆らぬものとなる。

 

『待て……独立傭兵!』

 

『何を───』

 

『我々の側につき、企業の手先を排除してくれ……ベイラムの倍額出そう』

 

『621、どうするか決めろ』

 

『頼む……我々はこのダムを失う訳には……!』

 

 ダナムはもはや自身の力だけではレッドガンの侵攻を退けることは不可能だと悟り、敵の不安定な戦力を引き入れることで戦況の巻き返しを狙う腹積もりだった。

 飼い主たるハンドラー・ウォルターから手網を離され、どちらにつくかを621は迫られていた。

 

『───なっ!? て、てめぇ……野良犬! 何しやがる!!』

 

 それに対し、621が取った行動は至極単純だった。ハンドラーからの指示という最優先の認識を失った猟犬が選ぶための材料は、自身に残された最後の戦う理由……すなわち、人生を買い戻すための金である。

 より高い金を払う相手……感情や思考能力の過半を無くそうとも、理由を持つ621にはそういう相手の味方になるだけの感覚は残っていた。

 

 不意打ちを受けたイグアスのACはスタッガーを引き起こし、パルスブレードの二連続の斬撃によって大きくAPを削られる。膝を折り、戦闘継続が難しくなってしまう。

 

『クソッ……てめぇ、ふざけやがって……!!』

 

『イグアス!! この野郎、余計な仕事増やしてんじゃねぇ、殺すぞ……!!』

 

『イグアス! 撤退しろ、貴様は後でこってり絞ってやる! ヴォルタ、貴様は残ってG13と遊んでやれ!』

 

『言われなくともそのつもりに決まってんだろ……!』

 

 621がヴォルタのタンクと撃ち合う。基本的に二脚とタンクの撃ち合いではタンクに分がある。装甲や積載能力、特に火力で劣る二脚は正面からの撃ち合いをしようものならすり潰されかねないからだ。

 

 しかし、621には撃ち合いを可能とするだけと反射神経と経験があった。ライフルとミサイルによる波状攻撃でヴォルタの機に休む暇を与えさせず、ライフルのリロードが終わると同時にミサイルを発射し、アサルトブーストで一気に距離を詰める。

 

『へっ……バカが、俺の間合いに突っ込んできやがるとは』

 

『───違う、回避しろヴォルタ!!』

 

『……ッ!?』

 

 ミシガンからの指示が出るが、ヴォルタはもう既に武器のトリガーを全て引いてしまっていた。二連分裂ミサイル、二連グレネードキャノン、ハンドグレネード、射程型重ショットガン……全て当たれば並のACであれば塵も残さず消し飛ぼうかというほどの火力偏重。

 だが、それをたった一度の回避機動で全て回避してしまった。ミシガンがヴォルタへ回避指示を下したのは、621の実力を過小に捉えていないからだった。

 

 判断をミスする。それだけでAC同士の戦闘では、片方に戦局が大きく動いてしまう。

 ヴォルタのACキャノンヘッドにパルスブレードが深く突き刺さる。幸いにもコクピットを掠ることは無かったものの、戦闘機械としての機能は期待できない。

 

『クッ、機体がイカれた……離脱するしかねぇ……!!』

 

 壊れかけの機をどうにか動かし、アサルトブーストで敵中から抜けてヴォルタも撤退する。

 621のミッション完了報告と共に、ミシガンのため息が小さく聞こえてきた。

 

『やってくれたな、ウォルター。この落とし前はどうつける?』

 

『俺の指示でやった事だ。お前のところの機体の修理費は俺につけておけ』

 

『……舐めた真似をしてくれるな。授業料の分は差し引いておくぞ』

 

 作戦が終了し、メインシステムが通常モードに移行する。この連戦の中にあっても、621の機体はリペアキットを3つあるうちの1つを消費したに過ぎない。その程度の損害で、多数のMTを相手にした上でAC2機を撃退するという戦果を挙げている。

 

 戦闘を終えた621のもとに、先程依頼の上塗りをしてきたインデックス・ダナムが近付いて話しかけてくる。

 

『……感謝する。おかげで我らはこのダムを失わずに済んだ。これで我々の生活圏は守られる───』

 

『……てた……う、が……良い…』

 

『……すまない、今なんと?』

 

 その()の声の主は、ダナムの目の前のACの中身だった。話せたのか、と内心では思いつつも、聴き逃してしまった言葉を聞き返す。

 

『ダム……捨てた……方、が……』

 

『──ダムを? バカな! ここを捨てれば我々の南部での活動が縮小する! 拠点を失うことになるのは不味いのだ……!!』

 

『それ、でも……駄目…』

 

 621は更に続けようとするも、その先の言葉をハンドラー・ウォルターに遮られてしまう。

 

『621……帰投しろ。帰って休め』

 

『──了解です。ハンドラー・ウォルター。システム通常モード。巡航状態に移行します』

 

『あ……ま、待ってくれ、独立傭兵!! どういう事だ、我々がこのダムを捨てねばならん訳は……!?』

 

 彼女に代わり、彼女の意志を代弁するCOMが返事をする。引き留めようとするダナムを待つ者は、もういなかった。

 

『……どういう事なのだ……。 ドライ殿が生きておられれば、その意味もわかるのかもしれんが……』

 

 ダナムは死者の名を呼び思いを馳せる。彼と同じように師父ドルマヤンの意志に共感して解放戦線に加わったゲリラのひとりで、しかしベイラム部隊と会敵し徹底抗戦の末に戦死した高潔な戦士だった。

 その生き様が、清廉たる烈士と同志達に呼ばれるダナムの今に、大きな影響を与えるほどに。

 

『……同志達よ、よく生き延びた。被害状況を纏め、戦力を再編するぞ。ダムは棄てる。残念だが、こうまでやられては修復も望めんだろう』

 

 土壇場で独立傭兵に依頼の上書きを試みたのが結果的に功を奏したものの、本体が無事とは言えど変電施設を全て破壊されてしまっていては、流石に再稼働をするのは無理だと言わざるを得なかった。

 

『同志ダナム。BAWS四脚とアミール達の小隊は無事です』

 

『そうか……よかった。荷物を纏めたら出るぞと、そう伝えてくれるか』

 

『わかりました、同志』

 

 ところどころから黒煙が立ち上る戦場跡を見遣る。また今日も。多くの同志が死んでしまった。

 師父ドルマヤンは、きっともう一度立ち上がってくださる。師叔フラットウェルが我々を支え、師父ドルマヤンが我らを引っ張りあげてくださる。

 

 ダナムは、そう信じるしかなかった。

 企業の戦力が相手では、民間人上がりのゲリラじゃどうすることも出来ない。見敵必殺を掲げ、ACを駆る私が矢面に立つしかない、と。

 

 勝利を信じる傍らで、敗北も感じ取っていた。

 

 

 








 621
 レイヴン、621、G13…複数の呼び名を持つ傭兵。
 ハンドラー・ウォルターの猟犬。その素性は飼い主ウォルターでさえ把握できず、ただ第4世代の強化人間である事と、感情や生理的現象、身体機能の殆どを失っている事、そして女である事だけがウォルター含むごく一部にのみ知られている。
 中古品に過ぎない機体でベイラムの精鋭部隊に配属されたカスタムACを撃破するなど、その能力は並の傭兵など相手にさえならないと思われる。ハンドラー・ウォルターの言う事だけは素直に聞く。これは命令などでなくとも同様であるらしい。


 インデックス・ダナム
 士気が高いルビコニアンの烈士。28歳。
 BAWSから購入した装備を使い、企業勢力を相手に戦い続けるルビコニアン。多くの同志が倒れる中、べリウス南部地方で複数選ばれた代表のうち彼だけが生き延びたため、現在ベリウス南部の反企業ゲリラ達の主導者でもある。

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