とある事情から住んでるアパートに戻れなくなった恋鐘が一人の不思議な青年と出会う。
これはアイドルになる前の月岡恋鐘が体験した一つの物語。
※アイドルマスターシャイニーカラーズと仮面ライダーキバ(小説基準)のクロス小説になります。ご注意下さい。
しばらくぶりの投稿になります。一話完結式の短編小説で投稿させていただければと思います。
字数が思いのほか多くなったので分けようかとも考えたのですが、一話きりの短編で出そうと考えこのような形を取りました。
お時間があれば読んでいただければと思います。
(またやってしもうた……)
月岡恋鐘はため息をつきながら帰路についていた。
理由は働いていたアルバイトをクビになってしまったからである。
彼女は高校を卒業してすぐ、地元である長崎から都会へ上京した。
高校を終えた若者が都会へ上京する理由のほとんどは、大学への進学か就職が目的であると言われているが、恋鐘が上京した理由はそれではなかった。
彼女はアイドルになることを夢見ており、自分はそのために生まれたと信じていたのである。
その夢を叶えるため、上京してからいくつものアイドル事務所へ応募しオーディションを受けていた。しかし結果はどれも良い方向へはいかず、現在もアルバイトで生活費を稼ぐフリーターとしての生活を余儀なくされていた。
そのアルバイトも上手くいっているとは言えなかった。
元々彼女はよく転ぶ、物事を間違えることがある等ドジな部分が多く見られた。
アルバイト先の人達からは最初こそ優しく迎えられるも、ドジな部分が目立つと次第に冷たい対応をされていき、責任者からクビを宣告されてしまうといったことが何回も起きていたのである。
日々の生活、アイドルのオーディションに必要なものやダンスレッスンを受けるための費用等、金銭面では苦しい状況が続いていた。
だが家族からの資金援助は期待できなかった。
上京する際に父親から猛反対を受けてしまい、半ば喧嘩別れのような形になっていたからである。
母親が時折食材を送ってくれることがあり、何とか食べることはできている状況であったが、そればかりに頼ってもいられない状況であった。
(しょんなか。まだお母ちゃんから送ってくれた食材があるし、バイトも新しいのを探せばいくらでもみつかるばい!)
資金源であるアルバイトを失っても、恋鐘はポジティブな思考を持っていた。
それが彼女の長所であり強みであった。
まずはアパートに帰って次の働き口を探そう。
そう考えていると、現在住んでいるアパートに着く。
その時事件は起こった。
階段を上り、部屋の前へ行こうとすると一人の男が立っていた。
フード付きの上着にジーンズ、靴を含め黒一色で統一された服装をしていた。
恋鐘の存在に気づくと顔を向け笑顔を見せてきた。
それは不気味であり、恋鐘の表情はこわばりたじろいでしまう。
「あ、あの。どうかしたと? そこうちの……」
「知ってるよ。ここが君の部屋だってことは」
「へ?」
「ねぇ、今から遊ぼ? 大丈夫。今日のためにちゃんと予定考えてきたからさ」
ゆっくりと近づいてくる男に対し、恋鐘は恐怖以外の感情が出てこなかった。
近づいてくる男の顔に、ステンドグラス上の妙なものが浮かび上がったのが見えた。
瞳の色もステンドグラス上に変化し、笑顔を見せながら近づいてくる。
(逃げんば……!)
本能的に危険を感じ取った恋鐘は階段を下りる。
後ろを振り向かず、無我夢中で走った。
気が付いた時には人気のない公園まで来ていた。
乱れた呼吸を整え、来た道へ視線を向けるが追ってくる様子はなかった。
一安心した恋鐘だったが自分の今の状況を知り、顔を青ざめる。
走っている間に持っているバックを落としてしまっていたのである。
バックの中には当然財布などの貴重品が入っているため、失くしてしまうのはかなりの死活問題であった。
唯一スマホだけはポケットの中に入っていたが、それだけでは心許ない状況である。
警察に連絡して状況を説明するといったことをするべきなのだが、今の恋鐘にその気力がなかった。
途方に暮れていると、ポツポツと地面に雨粒が落ちてきていることに気づく。
それは徐々に増えていき、大雨となって降ってきた。
雨宿りできる場所を探そうと辺り見回し、屋根のついた場所を見つける。
その場所へ急いで向かおうとしたが、運悪く足を躓いてしまいその場に大きく転んでしまう。
ゆっくりと両手をつき立ち上がるが、恋鐘の来ている服は雨に濡れ、土で汚れてしまっていた。
今更急いでも意味はないと判断してか、歩いて屋根のついた場所へ移動する。
ちょうど座れるベンチがあったため、そこに座るが恋鐘の表情は沈んでいた。
無理もない状況である。
バイトをクビになってもめげずに頑張ろうとした矢先、不審な男にストーカーの被害にあい、それによって財布などの貴重品を失くし、雨に降られて雨宿りしようとしたら転んで服を汚すといった出来事に見舞われれば、意気消沈してしまうのは必然と言えた。
スマホ以外のものを所持しておらず、かといってアパートに戻ろうにもさっきの男が待ち伏せしている可能性があり、戻ることができずにいた。
雨は降り続けており、止む様子は見られなかった。
(アカン。今は何も考えとうなか……)
恋鐘は顔を俯かせ、その場から動かなくなってしまう。
無意識に目から涙が出かけていたその時、声をかけられた。
「……あの、大丈夫ですか?」
優しい声に気づき、恋鐘は顔を上げる。
そこにいたのは青年であった。
中性的な顔立ちをしており、全体的に体格も細く、肌に至っては生きている人間の色とは思えないほど白かった。
青年と言ったが、その姿から少年にも見える人物は恋鐘と同じか、最悪高校生くらいだろう。
「な、なんでもなか。気にせんでほしいばい」
普段なら適切な応対のできる恋鐘であったが、この時ばかりはそうはいかなかった。
優しく声をかけた青年に対し棘のある言い方をしてしまったのである。
先ほど男性のストーカーから追われそうになったことを考えれば、目の前にいる男性を警戒してしまうのは無理もなかった。
「お願い。ほっといてほしか……」
拒絶の意思を示す恋鐘であったが、青年はその場から離れることはなかった。
それどころか自分の着ていた上着を、冷たくなった恋鐘の肩に優しく掛けたのである。
「そのままじゃ、風邪を引いちゃいますよ。あ、もしよかったら、何か暖かいものでも持ってきましょうか?」
人慣れしてないのか、青年の口調は妙にたどたどしかった。
先ほどの対応のせいか、恋鐘のことを怖がっているようにも見えるが、口調や表情から心配していた。
「か、帰る場所はありますか?」
「……ある」
「ここから遠いですか?」
「分からんと」
「そう、ですか……」
そこから話が進まず、二人の間に沈黙が流れる。
その後青年の方から、とんでもない提案が飛び出した。
「良かったら、僕の家に来ませんか?」
「…………ふぇ?」
予想外の提案に対し、恋鐘は開いた口が塞がらなかった。
―――――
青年に連れられ、やってきたのは古びた洋館であった。
内装も古い様式であったが、比較的綺麗に保たれた2階建ての広い屋敷であった。
玄関の大きな扉を開け、いくつかある部屋の中から、案内された部屋へと入る。
恋鐘が入った部屋は、無数のヴァイオリンが置かれた工房であった。
そこにあるヴァイオリンは様々であり、完成されたものから作りかけのものが無造作に置かれていた。
工房の部屋内にある小さな階段を下りると居間のような場所へ着く。
「あの部屋がお風呂場になってます。着替えはすみませんが、僕ので我慢してもらってもいいですか?」
「あ、いや、そがんことなか。ありがとう」
着替えを持ってくるといい。青年は別の部屋へと向かってしまう。
残された恋鐘は風呂場のある部屋へ入る。
汚れた衣服を脱ぎ、温かい湯船の中に浸かる。
湯に浸かったと同時に今までの疲れが洗い流されるような感覚になり、一時的ではあるが気分が和らいでいた。
しばらくして風呂から上がり、用意された服を着た恋鐘であったが、警戒心がなくなったわけではない。
自分に声をかけただけでなく、自宅にまで招き入れた青年の目的が何なのか分からなかったからである。
地元にいたときも、恋鐘に対し親切にしてくれる異性はいた。
だがほとんどは彼女の‟身体”にしか興味なかったのである。
恋鐘は他の女性に比べるとスタイルは間違いなくいい方であった。
特に胸は同年代よりも圧倒的な大きさと整った形であり、それなのに腰回りやその他の部位もそこまで太くないという、一つの理想的な体形をしていた。
だが恋鐘自身、自分の身体を良いものと捉えていなかった。
彼女は学生時代に様々な男子に告白されたが、そのほとんどが外見だけで判断しているのが大半であった。
下種な噂をする輩に振り回されることもあり、学生自体は一時的に参ってしまうこともあったほどである。
それだけでもかなりキツイのだが、一度無理やり身体の関係を迫られたことがあり、大きなトラウマになっていた。
アイドルのオーディションを受けた際も必ずと言っていい程グラビアの方がいいのではと提案されるのだが、強い拒否を示し、それが原因でオーディションを落とされたこともあった。
その経験もあってか、どうしても警戒心を解くことができないでいた。
風呂場にある桶を武器として手に取り、部屋の戸を少し開け、居間にいる青年の様子を観察する。
部屋の外にいた青年は食事の準備をしていた。
それを見た恋鐘はお腹から空腹を示すように鳴ってしまう。
それに反応し青年が音の方へ視線を向けるが、表情を強張らせ、身体をビクッとさせていた。
自分を風呂場の隙間から桶を持って覗いている恋鐘の姿を見えてしまったからである。
「あ、あの。ちょうど今ご飯の準備が終わったところです。お腹すいたかなって思って」
「……変なもの入れてなか?」
「い、入れてないです。はい……」
「……。」
桶を持ったまま恋鐘は風呂場の戸を開けて出てくるが、視線を青年から離すことはなかった。
すぐにでも振り下ろせるよう桶を両手で持ち、そそくさと青年に対面する形で向かい合う。
その姿に青年も警戒されていると分かってか、恋鐘と一定の距離を置いた。
「良ければ、冷めない内にどうぞ」
机の上に置かれた料理と青年を見比べた後、恋鐘は席についた。
出された料理は王道なご飯とみそ汁、焼き魚と少量の副菜であった。
「ご、ごめんなさい。出せるものがそれくらいしかなくて。嫌でしたか?」
出された食事に口をつけずジッと見つめるだけの恋鐘に不安を覚えた青年が、耐えきれず声をかける。
その姿を見た恋鐘は申し訳ない気持ちになり、両手を合わせる。
「いただきます」
箸を持ち、出された食事を口に入れる。
思いのほか空腹状態であったこともあり、最初こそ少量しか摂取しないつもりであったが、箸が進み完食する。
「ごちそうさまでした」
「味は、大丈夫でしたか?」
「う、うん。ばりうまか。ありがとう」
「よかった」
中々会話は進まず、両者の間に再び沈黙が流れてしまう。
「あ、あの。名前」
「ふぇ?」
「名前、聞いてもいいですか?」
唐突な青年の質問に、恋鐘はどうしたものかと考えてしまう。
だがここまで親切にしてもらった人物に対し名前を名乗らないのは失礼ではないのかと考え、名乗ることにした。
「うちは月岡恋鐘。貴方は?」
「僕?」
自分も言わないとダメなのか? と聞こえる発言に対し、恋鐘はムスッとした表情を見せる。
「そうばい! 人に名前聞いて自分は名乗らんのは失礼とね!」
思わず強めの口調で話してしまう。
だがそれに対し青年は特に気にしている様子はなく、しばらく考える素振りを見せた後口を開いた。
「……渡。紅渡」
「渡? じゃあ聞きたかことがあると」
「何?」
「どうしてうちのこと、こがん親切にしてくれると?」
互いに名前を聞いた後、恋鐘は一番聞きたかったことを青年・紅渡に尋ねる。
「何でって。放っておけなかったから」
「それだけと? こがん親切にしてもらって悪いんだけど、正直裏があると思ってるばい」
「えっ? でも困ってる人には親切にしろって教わってからしただけだよ?」
「誰に?」
「母さんにだけど?」
質問に対し、渡は素直に答えた。
ただ恋鐘はその姿に違和感を持ってしまう。
話をしてみると年齢の割に受け答えが幼く感じたからである。
「えっと。質問してばっかりで悪いけん、年齢はいくつと?」
「確か、19くらい? 来年で20になる、かも?」
「かもって。自分の年齢、把握してなかと?」
「うん。ここにずっといると時間もわかんなくなっちゃうから」
「ずっと?」
「僕、世間でいうと‟引きこもり”って言われるらしい」
「……は!?」
渡の発言に恋鐘は驚いてしまう。
彼が他人事のように家庭環境について話してくれたが、恋鐘にとっては想像を絶するものであった。
父親は自分が生まれる前に既に亡くなっており、母親が女手一つで育ててくれたようだが、ある日突然屋敷に住むよう言い、何処かへ姿を消してしまったらしい。
それからはこの屋敷に一人で住むことになり、衣食住のことは周りの大人に助けてもらっていた。
だが義務教育を受けておらず、教養は本当に最低限しか知っていなかったのである。
母親からは自分は‟この世アレルギー”と呼ばれる病気をもっているから、決して外には出てはいけない。
もし出る際はしっかりと空気に触れないよう身を守れと教えられていたらしい。
「そがんアレルギー聞いたことなか。ホントにあると?」
「うん。僕は信じてたんだけど、最近知り合った人からそんなのないって言われて、半ば強引に外に連れ出されることが多くなったんだ。それで違うってことが分かって……」
「うちも同じ立場だったら同じことしとっとよ」
知り合いの人が常識的な人であると知り、恋鐘は内心ホッとしていた。
話を聞いている内に、恋鐘は渡に対し警戒心が薄くなってきていた。
それよりもまずこの子は大丈夫なのかと不安な気持ちが強くなっていた。
年齢的に今から学校に行くのはギリギリできなくはないが、学業の面で受験が通るか怪しい。かといって仕事に就くにしてもかなり内容は絞られてしまう。
そもそも生活が現時点で問題なくできているのかといった心配がでてきた。
「あんまり、うちが言えることじゃなかけど、生活はできてると?」
「あ、うん。一応ヴァイオリンの修繕とか受けてお金はもらってるよ。そんなに多くはないけど、一人で生活する分には問題ないし」
「へ? そいじゃ上にあるヴァイオリンって、全部渡が作ったと!?」
驚きに声をあげる恋鐘に対し渡は頷く。
「本当は父さんの作ったヴァイオリンを超えるものを作りたいんだけど、上手くいかなくて」
「お父さんの?」
席を立ち、階段を上ると一挺のヴァイオリンを持ってきた。
それはニスの色がやや赤みを帯びたものであり、何処か禍々しさを感じさせるものであった。
「それが、お父さんのヴァイオリン?」
「うん。‟ブラッディローズ”。それがこのヴァイオリンの名前で、父さんが作り上げた最高傑作。どうにかしてこれを超える作品を作りたいんだけど、上手くいかなくて……」
‟血塗られた薔薇”の名を持つヴァイオリンを見た恋鐘も圧倒されていた。
当然彼女に価値が分かるほどヴァイオリンに精通しているわけではない。だがその恋鐘が一目みてこれはすごいものと分かるほどの作品であった。
「あんまりうちは楽器のことは知らんけど、かなりの値打ちだったりすると?」
「一回何処から聞きつけたのか、その業界の人が来たことがあって、確か‟1億出すから譲ってほしい”って言われたことはある」
「1億!!!!」
「もちろん断ったけど」
「こ、断ったんか……?」
衝撃の金額に空いた口が塞がらなくなるも、それ以上に大金を出すと言われても平然と断る渡に対し驚いていた。
「この家に来てからずっとヴァイオリンを作ることしかしてなかったから、それ以外にお金にできることがなかったし。本当は修繕とか受ける気なかったんだけど……」
「そっか。でもちゃんとお金得られる手段があるのはよかことばい。もっと自信もつと!」
「……ありがとう」
いつの間にか渡を励ましていることに気づき、恋鐘はバツの悪い表情を見せる。
(アカン。何でうちあんなこと言ってしまったか)
慌てふためく恋鐘に対し、今度は渡がいくつか質問をしてきた。
「ねぇ、恋鐘さん」
「恋鐘でよか。同じ年だし気にせんと」
「じゃあ恋鐘ちゃん。ずっと思ってたんだけど、言葉変だよね」
「変! 何処がと!?」
予想だにしない質問に対し、恋鐘は思わず机を叩き立ち上がってしまう。
「あ、いや、その。あんまり、聞いたことない発言が多かったから、気になって……」
「これはうちの地元である長崎の方言と! 全然変な言葉じゃないばい!」
「ほう、げん?」
不思議に感じている渡の姿をみた恋鐘は、ハッと気づく。
今目の前にいる青年は外の世界を最近知り始めたばかりであり、方言のことを知らない可能性があったからである。
その渡に対し感情的に文句を言うのはお門違いと感じ、再度椅子へ座り優しい口調で説明する。
「方言って言うのは、そがん地域特有の言語やけん。変な言葉って言い方は誤解されてしまうばい、注意するばい」
「そ、そうなんだ。ごめんなさい」
しゅんと落ち込む姿を見せる渡に、恋鐘は複雑な気分になってしまう。
決して悪気を持って聞いたわけではないことは今の姿から感じることができたからである。
「あれ? でも何で東京に?」
「ん?」
「いやだって、地元が長崎ってところなら、そこに住んでても良かったんじゃないかなって」
尋ねられた恋鐘は堂々と答えた。
「うちはアイドルになるためにきたばい!」
自慢げに話す恋鐘の姿に、渡はきょとんとした表情になってしまう。
「アイドル?」
「そうばい!」
「それって、何?」
「テレビの前で歌とダンスをして、みんなを笑顔にする仕事たい!」
「テレビって番組に出るってこと?」
「それもあるけど、ドラマとか幅広く活動する仕事と!」
話を聞いていた渡の表情は徐々に変わり、少年のように目を輝かせていた。
「す、すごい! すごいよ恋鐘ちゃん! じゃあ有名人になるってことだよね!?」
「そうばい! うちはそのために東京にきたと。今は、まだだけど、すぐになっちゃるけんね!」
一瞬表情が暗くなるも、渡に悟られないよう明るく振る舞う。
その一瞬を渡は見逃さなかったが、言及はせず話題を変えた。
「ところで、これからどうする? 一旦家に帰る?」
「それは……」
自宅へ戻るか尋ねられた恋鐘は黙ってしまう。
今戻ったとしても、先ほどのストーカーが待ち構える可能性は高い状況である。しかしどこか有料の場所に泊まるにもお金が必要であり、現在無一文の状態である恋鐘には現実的ではなかった。
「何か帰りたくない事情があったりする?」
「……。」
押し黙ってしまう恋鐘を、渡はただ見つめていた。
その視線に耐えられなくなったのか、恋鐘は事情をポツリポツリと話した。
自分がアパートに帰ろうとして、変な男に捕まりそうになったこと。
怖くなって逃げたはいいが、貴重品などの所持品を失くし途方に暮れていたこと。
それらすべてを渡は黙って聞いていた。
「……そうだったんだ。ごめんね。事情も知らずに、安易に声をかけちゃって」
「え、あ、そ、そがんこと気にせんで。うちの方こそごめんと。冷たい態度とったりして」
「ううん。大丈夫。そんなことがあれば、男の人に警戒するのは当然だよ」
お互いに謝罪の言葉を言い終えると、渡がある提案をした。
「そういう事情なら、ここに泊まってもいいよ?」
「…………………へ!?」
予想外の提案に、大きな声を上げてしまう。
「えっ? ダメだった?」
「わ、渡! そがん提案は、安易に女の子にしてはダメばい!」
「で、でも恋鐘ちゃん。今アパートに戻るのは危険だよ」
「あ、いや。そがんことを言ってるわけじゃなか。うーん……」
恋鐘は対応に困っていた。
今までの会話から、渡が‟やましい気持ち”で言ってきたわけではないのは分かるし、純粋に心配してくれてのことなのは分かる。だが異性と関りでの距離感はしっかりとした方がいいと考えもあり、複雑な気分になっていたのである。
もちろんこれは恋鐘にとって魅力的な提案であることも否定できなかったため、余計頭を悩ませた。
しばらく悩んだ末、結論を出す。
「今のうちには選択肢はそれしかないのも事実たい。だから、今日一日だけお願いしてもよかと?」
「……! うん。じゃあ準備するよ」
「た、ただし変なことしたらアカンと! これは絶対ばい!」
恋鐘の言ったことに対し、渡は頷く。
寝る準備をしている内に時刻は夜になった。
恋鐘は普段渡が使用しているベッドに横になっていた。しかもゆっくり休めるようシーツ等を新調してくれたのである。
その渡はというと、毛布を持ってガレージで休むことになった。
泊めてもらうのに、家主にそんなことをさせるのは流石に悪いと思い、自分がそこで休むと話すが、「女の子が寝るには寒いし、身体によくない」と言って退こうとしなかったのである。
渡が部屋から出てすぐ部屋の電気を消し、ベッドに入ると一気に眠気が襲ってきた。
今日一日でいろいろなことがあったため、身体に疲労が蓄積されていた影響であろう。
目を閉じると、時間もかからず恋鐘は深い眠りについた。
―――――
ガレージで休もうとしていた渡は外にいる‟何か”を感じ取っていた。
確認すべく毛布を取り、恋鐘を起こさないよう玄関へ向かう。
外へ出て門を開けると、目の前の人影に気づく。
フード付きの上着にジーンズ、靴を含め黒一色で統一された服装をした男であった。
「貴方ですか? 恋鐘ちゃんを怖がらせているのは」
「お前こそなんだ? あの子は俺が先に好きになったのに邪魔しやがって!」
男は渡に対し、怒りの感情を向けていた。
実際のところ、渡が恋鐘と出会ったのは偶然ではない。
彼は‟ブラッディローズ”から聞こえた音を頼りに、‟人を襲う怪物”を追っていた。
その過程で恋鐘を見つけ、彼女を襲おうとしている存在がいることに気づいたのである。
命の危険が迫っている恋鐘を放っておくことができず、自宅へ匿ったのが真相であった。
思いのほか簡単に発見されるも、渡は気にしている様子をみせていなかった。
「そこにいるんだろ? 早く会わせてよ」
「できません。絶対に……」
明確な拒否の意思を見せる渡に対し、男の苛立ちはますます強くなっていた。
「そうかよ。ならお前を殺して、俺のものにするだけだ!」
フードで隠された顔が露わになり、男の顔にステンドグラスの模様が浮かび上がる。
その瞬間、異形の怪物へと姿を変えた。
それは‟ファンガイア”と呼ばれる人外の存在であり、人間の生命力・ライフエナジーと呼ばれるものを摂取して生きていた。
彼らは人間を‟捕食”することで生きてきた種族であり、まさに人間にとっては天敵といえる存在である。
渡の目の前で姿を変えた男もそのファンガイアであり、羊を彷彿とさせる意匠をもつシープファンガイアであった。
「お前が邪魔しなければ、あの子は俺のものになっていたんだ。あの子のライフエナジーを吸収して、生涯俺と一緒に居られるようになるはずだったのに!」
身勝手な発言をするシープファンガイアに対し、渡は言葉を失う。
もう話し合いは不可能と判断するには十分な言い分であった。
意を決した渡の顔に、男と同じようなステンドグラスの模様が浮かび上がる。
「……!? お前、まさか!」
それが見えたシープファンガイアは驚き動揺してしまう。
「……変身」
その一言とともに、渡の身体は漆黒に染まる。そこから血塗られた鎧が出現し、全身を覆った。
渡の姿は、シープファンガイアと異なる‟異形の存在”へと変化したのである。
全身は鎧に覆われ、両肩と右足には何かを抑制するように鎖が巻かれていた。
特に右足は何重に縛られており、厳重に拘束されていた。
顔は翼を広げた蝙蝠を彷彿とさせる複眼をもつ仮面に変化し、シープファンガイアを見据えていた。
「……キバ」
その名を呟いたシープファンガイアの声は震えていた。
キバと呼ばれる存在へと変貌した渡は一言も声を発することなく、ゆっくりと歩き出す。
恐れを消し飛ばすように咆哮を上げ、シープファンガイアは目にも止まらぬ速さでキバへ接近する。
その速さは尋常ではなく、キバが身構えるよりも先に組み付き体勢を崩す。
しかしそれは一瞬だけであり、組み付いたシープファンガイアの両腕をキバは逃げられないよう掴み、大きく跳躍する。
人通りの少ない場所に着地すると、シープファンガイアの身体を地面へと叩きつけた。
立ち上がるシープファンガイアに対し、胸部、腹部を中心に拳打を打ち込む。
シープファンガイアも繰り出された攻撃を防ぎ、素手での格闘で応戦する。
格闘戦においてはキバの方が圧倒的に上であり、シープファンガイアの繰り出す攻撃をすべて防がれ、裏拳や手刀、肘打ち等のカウンターを受けてしまう。
攻防の末、キバはシープファンガイアの胸部目掛け高蹴りを放ち、その身体を吹き飛ばす。
よろめきながらも立ち上がったシープファンガイアは、持ち味である俊足を用いて翻弄する作戦に切り替える。
キバには俊足に追いつけるほどの脚力は持っておらず、動きを捉えることができなかった。
それを好機と取ったシープファンガイアは、俊足を利用してすれ違いざまに攻撃を放つ、一撃離脱戦法で着実にダメージを与えていく。
だがそれも長くは続かなかった。
キバがシープファンガイアの動きを捉えつつあったからである。
それを示すように、シープファンガイアが放った拳打を胸部で受け止め、その腕を掴み逃げられないようにする。
そこからキバは腹部へ膝蹴りを放ち、腕を掴んだまま、顔面を中心に何度も拳を殴りつけた。
そして掴んだ腕を、手刀でへし折ったのである。
折られた腕を抑えながら悶え苦しむシープファンガイアの背中を蹴り飛ばし、倒れたシープファンガイアの足を掴む。
膝裏を足で踏みつけて抑えると、キバは両腕に力を込め‟絶対に曲がらない方向”へ強引に曲げ、足を折ったのである。
「ぐああああああっ!!!!」
腕だけでなく、自慢の俊足も潰されたシープファンガイアは悲鳴を上げながら、何とか這いつくばって逃げようとしていた。
当然キバがそれを許すはずもなく、全身に力を込めるように前にかがみこむ。
その瞬間。拘束されていた右足の鎖が吹き飛び、血塗られた蝙蝠の翼が現れる。
その場で勢いよく地面を蹴り、大きく跳躍する。
空中で仰け反るよう1回転してから急降下する。
動けないシープファンガイア目掛け、右足を叩き込んだ。
床には蝙蝠の紋章が浮かび上がり、シープファンガイアの身体は粉々に砕け散った。
あたりは静寂に包まれ、キバはゆっくりと歩き出し闇の中へと消えていった。
―――――
目を覚ますと既に朝になっており、恋鐘はベッドから身体を起こした。
起きてからもウトウトしてしまうが、部屋のドアが開き視線を向ける。
「あ、起きた?」
「……渡?」
「まだ眠いなら、休んでていいよ」
「大丈夫と。今起きるちゃ」
布団を剥ぎ、ベッドから立ち上がる。しかし恋鐘の目は半開きであり、まだ眠そうな様子であった。
「まず顔を洗ってきたら? そしたらすっきりすると思うから」
「……うん。そうするばい」
そう言いながら洗面所へと歩いていく。
その間渡は台所に立ち、朝食の準備を始める。
それを遮るように、来客を告げるチャイムが鳴り響く。
玄関へと向かい扉を開けると、門の前に女性が立っていた。
「恵さん」
「おはよう渡くん」
やってきたのは、渡の唯一の知り合いである麻生恵であった。
彼女は表ではファッション誌のモデルとして働いているが、同時に対ファンガイアを掲げる組織に属している人間でもあった。
ファンガイア関係で渡と知り合いになり、協力関係を持っていたのである。
前日の夜の出来事を朝に報告しており、それを聞いて尋ねてきてくれた。
渡は急いで門まで移動しドアを開ける。
「すみません。朝早くから来てもらって……」
「いいわよ、状況が状況だし。それよりも君、手を出してないでしょうね?」
「し、してませんよ。そんなことしても返り討ちに合って痛い目にあうだけですし……」
「いや、そういう意味で言ったわけじゃないんだけど」
一部話がかみ合ってないことに気づき、恵はツッコミを入れる。しかし渡にそれが通じている様子はなく、首を傾げているだけであった。
「まあ君のことだからそこは心配してないけど、せめて私に一本連絡入れなさい」
「はい。すみません……」
話を終え、渡は恵を連れて屋敷へと入っていく。
屋敷へ戻ると、居間の方から調理の音といい匂いがしてきていた。
気になって工房から居間へ戻ると、台所で恋鐘が料理をしていたのである。
「恋鐘ちゃん?」
「おはよう渡! 朝食まだだったみたいやけん。うちの方で準備してたと!」
「えっ? ご、ごめんね。後は僕がやるから」
「気にせんと。これでも料理は得意だけん! 泊めてもらった礼やと思ってやらせてほしいばい!」
会話をしている内に、恋鐘は渡の後ろにいる人物に気づく。
スタイルのいい綺麗な女性であり、渡と交互に見比べてしまう。
「あ、ごめん。こちら僕の知り合いの麻生恵さん」
「こんにちは。麻生恵っていいます。よろしくね」
「あ、はい。月岡恋鐘、です」
「話は渡くんから聞いてるよ。ちょっと貴方に話しておきたいことがあるんだけど、いいかな?」
「は、はい」
後の準備は自分がやると渡に言われてしまい、恋鐘は恵に向かい合う形で居間の椅子に座る。
「じゃあ単刀直入に聞くけど、この写真の男に見覚えない?」
出された写真に写った人物をみた恋鐘は身体を強張らせた。
その写真に写っていたのは、昨日のストーカーであった。
「こ、こがん写真。何処で……」
「その様子だと、この男に被害にあったようね」
「……。」
「言いづらかったらいいよ。私が言いたかったのは、もう貴方の前にこの男が現れることはないって伝えたかったの」
「えっ!? どういうことたい!」
予想外のことに、恋鐘は動揺してしまう。
一旦落ち着いてから恵の話を聞くことになった。
話によると恋鐘にストーカーを働いたこの男は複数の女性に同様の行為を働いていたようで、目に余る行為と判断されて警察へ通報されてしまったらしい。
複数の証言や状況からすぐに場所が特定でき、逮捕されて現在は刑務所の中にいるとのこと。
その男が持っていたものの中に恋鐘の私物があり、渡から連絡を受けて尋ねてきてくれたのである。
恵から手渡されたバックは、間違いなく恋鐘の私物であった。
「もう安心していいわ。今頃貴方を怖がらせた男は刑務所の中にいるから」
「あ、ありがとうごさいます。でも、何でそがんことを知ってると?」
「実は私。こう見えてもモデル業をやっててね。事務所の子も被害にあってたの。それでもうこれはやばいってなって警察に対応を依頼してたところだったのよ。渡くんから事情を聞いてまさかと思って確認したら同一犯だってことが分かってね。それを報告したくて来たの」
「……。」
「要件はそれだけ。私これから仕事あるから行くね」
そう言うと恵は台所にいる渡に声をかけ、玄関の方へと移動した。
当然ではあるが、この話は恵が渡の話を聞いて考えた偽りの内容である。
事情を知らない恋鐘にファンガイアのことを話しても余計に混乱させるだけであり、基本的に公に話すことでもないため、このような処置が施されたのである。
「ごめん、恋鐘ちゃん。ご飯今できたから食べ……」
渡が台所から出ると、恋鐘は静かに泣いていた。
緊張の糸が解け、今までの感情が出てきてしまったのだろう。
「よかったね。もう大丈夫だよ」
「うん。うん……!」
しばらくの間、恋鐘が泣き止むことはなかった。
―――――
「ごめんと。迷惑かけちゃって……」
「いいよ。全然気にしてないから」
屋敷の門の前で、渡と恋鐘は向かい合う形で立っていた。
ストーカーへの不安が消えたため、これからアパートへ帰るためである。
「本当に一人で帰れそう。近くまで送るよ?」
「平気ばい。これ以上渡の世話になるわけにはいかんと」
「そっか……」
恋鐘は背を向け歩き出そうとするが、渡は大きな声で呼び止める。
「……アイドル!」
「ふぇ?」
「恋鐘ちゃんが言ってた、アイドルになるって話。絶対叶うよ! 応援してるから、頑張ってね!」
ぎこちない口調になりながらも、激励の言葉を恋鐘に伝えた。
その言葉に振り返った恋鐘の顔はキョトンとしていた。だがすぐに言葉の意味を理解し、とびきりの笑顔を見せた。
「当然ばい! うちはアイドルになるために生まれてきたと! アイドルになった暁には渡をライブに招待するけんよー!」
「うん、ありがとう。元気でね!」
「渡もヴァイオリン作り。ば~り頑張るとよ!」
恋鐘は手を振り、その場を去っていった。
見送りを終え、屋敷へ戻ろうとするが、‟ブラッディローズ”から渡にのみ聞こえる音が鳴り響く。
それは恋鐘の時と同じように、人を襲うファンガイアが現れた瞬間であった。
衝動的に現場へ向かおうとする渡の前に、一台のバイクが無人で走ってきた。
大型の深紅のバイク・マシンキバーが乗れと言わんばかりに渡の前に止まる。
渡はバイクに跨ると同時に、蝙蝠の鎧の魔人・キバへ姿を変えた。
アクセルを回し、深紅のバイクを走らせる。
人を無慈悲に襲うファンガイアと戦うために。
読んでいただきありがとうございます。シャニマスは最近知る機会がありまして、何かそれを元に書きたいなと考えていました。
いろいろキャラを調べてみた中で今回月岡恋鐘というキャラを選択させてもらったのですが、方言が物凄く難しかったです(涙目)。
何とか形にはできたと自分では思っていますが、もっと詳しい人がみたら違和感を感じさせてしまうと思われます。
今後もこういった形で短編としての投稿をしていければと考えています。