”舐めた人の願いを叶えてくれる”
そんな甘いセリフを聞いてしまえば、誰でも興味を持ってしまう。
希子も前のめりになり、怪しい飴を見つめながら質問した。
「この飴を舐め、当たりが出れば、君の願いはかなう。失敗すれば、どうなるかはわからない。俺は、失敗した奴の
笑顔で説明をする魔蛭。希子は頷きながらも、全てを理解出来ず眉を顰めた。
「……でも、私はいいです。リスクを背負ってでも叶えたい願いはありませんので」
「本当に?」
「っ、え」
「本当に、今の生活に納得出来てるの?」
魔蛭からの問いかけに、言葉を詰まらせる。目を伏せ、希子はか細い声で「大丈夫です」と呟いた。
彼女の態度に魔蛭は目を細め、畳み掛けるように言葉を繋げた。
「君は今まで苦労して来たみたいだね。今は何とか収まったみたいだけど」
「な、なんで知っているんですか……」
「今まで苦労していた分、今が幸せと思ってしまっている可哀そうな人。それが、今の君だ」
彼女の言葉を無視し、魔蛭は憐れむような瞳で見下ろした。
「今でも、君はまだ危険な状態だと思うよ? 人間の気持ちは変わりやすい。今、通話先にいる彼氏さんも、いつ君を裏切るかわからない。そうなれば、同じ悲しみ――いや、前回以上の悲しみを受ける事となる。そうなれば、君は耐えられるかな?」
魔蛭の言葉は、しっかりとまだ繋がっている敦へも届く。
『おい!! 希子!! 誰と話しているんだ! 希子!!』
通話先で希子の名前を呼び続け、敦は魔蛭から離させようとする。居場所も聞こうとするが、そんな彼の言葉など届いていない希子は、唖然と彼を見つめるのみ。
スマホを握っている手から力が抜け、カランと地面に落ちた。
「君は、幸せを浅く考えすぎだよ」
「浅く……?」
「人の気持ちは、他人にはわからない。今回の件も、君は気づいていないでしょう? なぜ、君がいじめられたのか。辛い思いをさせた人物、事の発端。何もかも、君は知らない」
「それは……」
青年は希子に顔を近づかせ、顎を固定させる。彼女を見つめる黒い瞳には、彼女の困惑の表情が映し出された。
「君を苦しめた人物、教えてあげようか?」
「なんで、貴方が知っているんですか?」
「それは、秘密」
袋を握っている手の人差し指を立て、自身の口元に当てる。片目を閉ざし、頑なに教えようとしない。
目が離せず、彼の瞳を見続けた。
「さぁ、どうする? 知りたい? 知りたくない? このくらいなら、飴を舐めなくても教えたげるよ」
誘うように言い放たれた魔蛭の言葉に、彼女は躊躇したのち、小さく頷いた。
「わかった。なら、教えてあげるよ。君に辛い思いをさせた人物は、君がよく知る人。柳希久《やなぎきく》さんだよ」
「え……」
名前を聞き、希子は目を大きく開いた。同時に、大粒の涙が流れ落ちる。
一度流れ落ちてしまった涙は止める事が出来ず、決壊したかのように嗚咽を漏らし崩れ落ちた。
「な、なんで。なんで、希久が……」
「人間というものはそういう生き物だ。自分のためになるのなら、他人を突き落とすなど造作もない。君の彼も、今心で何を企んでいるのかわからないぞ? もしかしたら、再度君を奈落の底に叩き落し、それを傍観するのが目的で今君の彼氏を名乗っているのかもしれない。もしかしたら、君を苦しませるため、一番都合のいい立ち位置を狙っての彼氏、なのかもしれない」
「そ、そんなこっ――……」
感情のまま、彼の言葉を全否定しようと希子は顔を上げる。目の前に映ったのは、いつの間にしゃがんでいた魔蛭の顔。
優しく微笑む彼は何を思って、何を考え希子を見つめているのかわからない。
「そんなことない。言葉では簡単に言えるな。だが、何故言い切れる? 君は一度裏切られている。今まで仲が良かったと思っていた双子の片割れには恨まれ、一度彼氏には振られ。なぜ、君は”そんなことない”と言い切れる?」
「そ、れは……」
「言い切れないはずだ、だって。人間というものは、自身の欲には忠実で、抗えない。簡単に他人を騙し、陥れる。そんな人間を、お前は心から信じる事が出来るのか?」
魔蛭から放たれた言葉に、希子は何も言えず顔をゆっくりと俯かせた。息を詰まらせ、うまく呼吸が出来ない。
彼女の様子を見ていた青年は、”今だ”というように。希子の目の前に飴の入った袋を見せつけた。
「もう辛い思いはしたくないだろう? これを舐めるだけで、君は願いが叶うかもしれない。もう、辛い思いをしなくて済む」
もう一度さそわれ、涙でぐちゃぐちゃの顔を上げた。
飴玉には、憔悴しきっている希子の顔が映される。
「さぁ、これを受け取るんだ。今後のために」
スマホからは今だに敦の声が聞こえる。煩わしいと思った魔蛭は、スマホの画面に映る赤いボタンをタップ。声が聞こえなくなり、風の音だけが二人の耳を掠めていた。
数秒、希子は悩んだが、ゆっくりと手を小袋に伸ばした。
魔蛭は口端を横へ伸ばし、今か今かと待ち続ける。
あともう少しで子袋を握ろうとした時、温かく、それでいて優しい声が聞こえぴたっと止まった。
「お待ちください、柳希子さん」
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