001
「ちいさなおんなのこは抱きしめたい。おおきなおねーさんは抱きしめられたい。至言です。しかし足りません。ちいさなおんなのこに抱きしめられたい。おおきなおねーさんを抱きしめたい。そう思ってからが始まりなのです」
「だよな!」
「だからおねロリがロリおねになるのは正義ですよ」
「ライン超えたぞ被身子ちゃん……!」
いやリバが悪というわけではない。
一番の悪は景品表示法違反なのだ。
さて。
忍野忍を語る前に一つ与太話をするとしよう。
いやもうしただろって?
今のは与太話ではない、日常会話だ。
メラどころか通常攻撃である。
場合によっては普通にそっちの方が強いけど。
確か中学生三年生のときに屋上でした会話だろうか。こういった日常を多く語ることで、ライトノベルだとか少年漫画だとかの垣根を越えて最終的に日常四コマへと至りたい所存である。
人それを迷走という。
で、本題もとい与太話へと話を戻すとして。
忍野忍という名前を僕は産まれる前から知っていた。
それは、阿良々木暦が高校三年生の春休みに出逢った吸血鬼、キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードの成れの果て、残滓、何者でもなくなったソレに付けられた名であり、とあるアロハ男が後付したものである。
それは、渡我被身子が中学二年生の夏休みに出逢ったヴィラン、キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードの彼方の記憶、原点、何者にも呼ばれなくなったソレと同じだと言ってしまうのは躊躇わずにいられないものだ。
重ねてはいけない。
前世と今世は異なるものだ。
羽川には猫耳が生えていいるし、神原の手は猿のようだし、千石は蛇の髪を束ねている。
“怪異”ではなく“個性”として。
『普通』に生きている。
だから、『普通』から外れた彼女を、僕は見誤ったのだ。
ヴィラン名『キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレード』。
本名、忍野忍。
僕の妹を吸血鬼もどきに変えた、鉄血にして熱血にして冷血の吸血鬼。
否。
彼女もまた、この世を生きる人間だ。
そんな当たり前なことを見落としていた僕は、並外れた愚か者であったというだけの話。
002
忘れもしない、あれは妹が『傍若無人の慚愧に堪えない反抗期』だった頃……と語り始めるのは簡単だが、何も漫然とふと思い立ったから語るわけでもない。まずは、忍野忍を語ることとなったキッカケから始めるとしよう。
というわけで国立雄英高等学校受験後日談。
落ちてないからオチではない。
緑谷くんの合格発表イベントは電話で報告を受けるだけだったのでカットしつつ、いつもの廃ビルにて話は始まる。
「スロー、スロー、クイック、クイック、スロー。ふふ、素敵ですよ出久くん!」
妹が踊るように日本刀を滑らせて緑谷くんを両断したところから話は始まるのだ――こう言ってしまうと緑谷くんがいつもいつも酷い目に合っているように聞こえるし実際合っているのだが、ひたすら惨殺されているかといえばそうでもなく、例えば今日なんて結構善戦していた。途中で妹の仕掛けた卑劣な罠(緑谷くんが学校に行っている間にせっせと準備していた)に引っ掛からなければ、あるいは――しかし結果として身体が半分こにされた事実は変わらない。
今回は上半身ではなく下半身の方から頭まで回復していた。それからすぐにブツブツと呟きながら敗因を分析し始めている彼は頭がおかしいと思う、間違えた、受験も終わったというのに熱心である。
「そうだ、渡我さん。入学手続きに使う個性届を役所で取り寄せたら、僕の個性が『ヴァンパイア』になってたんだけど……」
「ん?」
妹が何かに引っ掛かったような声をあげたときには妹の手が妹の頭に突っ込まれていた。比喩でもなんでもなく、物理的に、そして猟奇的に。唐突に血迷ったわけではない。ぐちゃぐちゃと脳味噌を掻き混ぜ、忘れてしまった記憶を思い出そうと言うのだ。
いやはや。
緑谷くんに憑いておけばよかった。
そっちはそっちで一刀両断されるが。
ちくしょう、僕に安息の地はないのか!
「あー。なんでも知ってるおねーさんがなんとかしてくれました。伝えておいてって言われていたんですけど、そのあとちょっと死んじゃって。忘れてました」
「すごく軽く言うけど、かなりの恐怖体験だったし、かなりの恐怖体験をしているね? そして今もかなりの恐怖体験だよ」
「まぁでもいいじゃないですか、手間が省けて。なんで個性変更届を出すのに一度個性証明書を取り寄せる必要があるんでしょうね。なんかあれ騙された気分になりません?」
「騙されたというか、化かされたというか」
いいんだけどね、と緑谷くんは苦笑した。
「手間はともかく、嘘は得意じゃないから。なんとかしてくれるなら有り難いよ」
「んー、嘘だとか隠し事だとか、そんなに気にしなくてもいいですよ。バレたらバレたで、そのときです」
「いやいやいや、そのときが来たら渡我さんに迷惑がかかっちゃうし……」
「あは、めーわくだなんて。難しいことばかり考えていますねぇ、出久くんは」
妹は窓枠に腰掛けて足をゆらゆらと揺らしつつ、宵の口を越えた外の景色を眺めてから独り言のように呟いた。
「でも、そうですね――トガもたまにはそーいうこと、考えてみましょうか」
おっと。
嫌な予感がするぞ?
003
妹曰く、この廃ビルは
「例えばこっちから歩いてくると、まずこの看板が目に入って、その建物が目を隠して、あのカーブミラーが目を奪うのです」
説明されながら歩いてみれば確かに、気づくことなく通り過ぎてしまう。ははぁ、こんなことがあるんだな、と感心する一方、廃墟になった理由それじゃないか? となんとも言えなくなる。
まぁ、
不幸中の幸いというべきか、緑谷くんの血肉は時間が経てば蒸発する。もうどれくらい血肉がバラ撒かれたのか、考えるだけで血の気が失せるものの、何かの弾みでこの廃ビルが目について侵入した人物がいたとして、そのときには何も無いはずだから、その人が第一発見者になる可能性は低い。
低いだけで、ゼロではない。
例えばもしも。
いつかの緑谷くんが地面に衝突した(屋上から妹が投げた)弾みでこの廃ビルが目について。
今日このとき緑谷くんの血肉が蒸発するには時間がかかるほど(妹がまっぷたつにした上半身くらい)残されていた場合。
その限りではないのだ。
そうしてやったきた人物が、緑谷くんだったものに手を伸ばしたとき、緑谷くんに手をかけた張本人が声をかける。
「死体漁りとは、感心しませんね」
「……死んでねえだろ、ボケ」
第一発見者は、受験会場にいたかっちゃんくんだった。
だった、というか、させられた、というべきだ。
妹が緑谷くん(生きている)を帰した後、これみよがしに緑谷くんの遺体(だから死んでないって)を置いてから廃ビルを出て、かっちゃんくんが廃ビルに入ったのを確認してから逃げ道を塞ぐようにやってきたのだから。
「ハッ。デクに何しようが構わねえが、俺の地元を荒らすってんなら話は別だ」
「やめてくれません? こういうの、お互い何も得るものはないと思うのです」
「出ていけ。てめェみたいなのがウロウロしていい場所じゃねえんだよ」
「ただ忘れるだけでいいんです。出久くんのことを忘れて生きる、何も難しくないですよね?」
なぁ二人とも。会話しようぜ。
会話のドッジボールというか。
会話の不法投棄だよこんなの。
「そうかよ死ね!」
そうかよ死ね?
「あらら」
大振りで振るわれた右腕の先から、爆発が起きる。軽く後ろに飛んでかわした妹の手には仕掛け刀が握られていた。長刀と短刀の大小が柄の部分でくっついた刀で、妹は吸血鬼の怪力で無理やり二つに分解する。
最初から分解した状態で創ればいいのに。
というか不味くないか? 流れでバトル展開になってしまったが、かっちゃんくんは普通のヒーロー志望の少年だろ? えっ、ヒーロー志望なの!? マジで? 死ねとか言ってるよ?
かっちゃんくんの言動はともかく、妹が当然のように刃物を持ち出しているのが不味い。緑谷くんと遊んでばかりいたから人を斬っちゃいけませんってことを忘れているんじゃなかろうか。
くっ、どうしたらいいっ!?
助けて! 前世の妹たちよ!
『え? 向こうから喧嘩を仕掛けてきたんだろ? なら全力で受けて立つしかないぜ! さぁ拳で語り合おう!』
『え? 向こうから喧嘩を仕掛けてきたんでしょ? なら全力でやり返さないと! さぁいけお姉ちゃん!』
ばーか! 前世の妹どもが!
余計なノイズを頭の中から投げ捨て、妹の動きを読み取ることに注力する。妹の人生は妹のものだ。終わってしまった僕はなるべく手出ししないようにしている。だが、終わってしまった僕でも、こうして続いてしまっているのだから、どうしたって手が出てしまうことがある。
妹にかっちゃんくんを殺させるわけにはいかない!
妹が振り抜いた短刀を爆破の推進力で避けるかっちゃんくんを眺めながら僕は心に決めた。
「んなド素人の動きで俺に当たるか! デクとは違えんだよ、デクとは!」
「やー、私は喧嘩に強くなりたいとかそういうのはないですからねぇ。ほら、人類最強とかそういう称号は憧れますけど、なりたいと思うわけじゃない、と言いますか」
「知るか! てめェが人類を語んな、
「……あはっ!」
妹は大きく後ろに飛んで、両手に持っていた凶器を霧散させる。かっちゃんくんは構えて、此方を睨みつけたまま動かない。
「せっかく人らしく説得してあげたのにそんなことを言うなんて。いいですよ。それなら化物らしくしてあげます」
説得……してたかなぁ……?
戸惑っているのは僕だけで、妹はすぅ、と息を吸った。瞬間、かっちゃんくんが剥き出しのコンクリートを蹴り、掌からの爆発でブーストして接近する。
「させっか――!」
前に、まっすぐ突き進むかっちゃんくんが。
「
グシャリ、と。
上から圧し潰されるように。
重さに耐えかねるように。
膝をついた。
004
いつの間にか、緑谷くんの上半身は消滅していた。服についても妹が作ったものなので一緒に消えている。血塗れになることが目に見えているので着替えてから訓練しているのだ。
「えっと、なんか、アレですね」
部屋の中心には、緑谷くんの代わりに、膝をついたまま動かなくなったかっちゃんくんが鎮座していた。
「都城王土の真骨頂その①みたい」
「『言葉の重み』は意識混濁したりしないけどな」
目の焦点が合っていない。
呼び掛けても反応しない。
かっちゃんくんが意識混だっちゃんくんになってしまった。
「さて、一体全体何をやらかしたんだ、被身子ちゃん。いつの間にお前は偉大なる妹様になったんだよ」
「普通なる私にチクチク言葉やめてくださーい。そういうのはひたぎちゃんで間に合ってまーす」
妹はむすくれたまま答える。
「普通のことですよ、吸血鬼にとって普通の行為。すなわち『魅了』です」
「魅了?」
洗脳じゃなくて?
「いやー、気の迷いで緑雨くんに使ってみないでよかったねぇ」
「誰だよ緑雨くん」
「ほら、中学の時の。斉藤くんです、よく怪我してた」
ほらって言われてもなぁ。
とにかく、今優先すべきは意識混だっちゃんくんの方だ。
「そうですね。しかし、なんか変ですよ、コレ。あまり使わないほうが良さそうです」
「変っつーか、そもそも『魅了』なんて使って、いいことは何も無いだろ」
「うーん、けど今回は丸く収めることができますよ! さすがトガです。さすトガ!」
勢いで乗り切ろうとしている気がしないでないが、丸く収まるというのなら是が非でもない。妹に任せるとしよう。
「えーと、きみ、お名前は?」
「……爆豪勝己」
「勝己くん。きみは出久くんの“個性”について何も気にしません」
「……デクの“個性”なんざ興味ねえ」
「あぁ、デクって出久くんのことですか。ふぅん。悪口はよくないですよー。でも木偶ってお人形さんのことらしいですね、そう思うと悪口だと思うほうが失礼というか。ほら、悪口みたく〇〇の犬め! って言ったら犬に失礼だろ! みたいな」
「…………」
「うーん、独り言。いいや、そこまで口出ししません。私がしたいことは出久くんがヒーローになるお手伝い、今回はヒーローになるにあたってめーわくにならないようにすることですから。それじゃあ勝己くん、さようなら」
「…………」
「……勝己くん? 帰っていいですよ?」
「…………」
ぺちぺちと爆豪くんのほっぺたを叩く。
ぺちぺちぺち。
ぺちぺちぺちぺち。
「…………」
返事がない。ただの屍のようだ。
「火燐じゃないぜ!」
「月火じゃないよー」
「何故ならば、そう、本編に出たから!」
「後書きにいる私達が本編に出ると後書きにいる私達はいなくなる!」
「じゃあ今ここにいるあたしたちは何者なんだ!?」
「なんなんだー!?」
「予告編クイズー!」
「クイズー」
「質問のお手紙が来ているぜ!」
「わー、クイズじゃなくて質問コーナーじゃん」
「『儂の出番は?』」
「私達の出番はありました」
「答えじゃない!」
「次回『しのぶヴィラン 勝』」
「もう私達の出番ないけどなー」
「隙あらば好きに出るけどねー」