はぎれ   作:檪楾

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原作:ハリー・ポッター


ああ、我らがまともなるハリーポッター

 

サレー州リトル・ウィンジング・プリベット通り四番地に住むダーズリー夫妻はまともなる人間だ。

 

常識もなく礼節もなく自分たちの価値観を押し付け定職につくこともなく偉大な先祖の遺産を食い潰しながら生活するまともではない妹夫妻のことを毛嫌いしていたが、面と向かってその感情をぶつけることがまともではないことを知っていた。

 

ダーズリー氏は若くしてグラニングズ社の社長に就任している。相当苦労してきたし、これからもすることになっている。そんな彼にとってまともではない相手とにこやかに会話することなど多少の苦痛はともなうもののさほど苦労することではなかった。

 

あるとき突然に妹夫妻が死んだ。変人の妹とそのろくでもない旦那であったが、ダーズリー夫妻はまともだったのでその死を悲しもうとした。したのだが、まともではない連中の邪魔によってそんな余裕はなくなった。

 

添えられていたのはたった一枚の手紙だった。まともではない妹夫妻の友人とやらはまともに詳細を説明する気は一切ないようで、顔を見せることさえもなかった。まだ赤ん坊だった甥は夜のうちに家の前に置き去りにされていたのだ。妹夫妻の交友関係はやはりまともではなかった。甥はまるで捨て猫のような扱いをされたのだ。

 

手紙を破り捨てようともしたがしかしまともなるダーズリー夫妻はそれを開いた。手紙にはまともではない理由で妹夫妻が死んだことや、まともではない理由で甥をダーズリー夫妻に預けるというようなことが書いてあった。しまいには愛だなんだと書き連ねてあった。赤子を軒先に放置する連中が愛とはなんと寒々しいものだとダーズリー氏は思った。

 

ダーズリー氏はまともではない義理の妹を心底嫌っていたが、それで姉のダーズリー夫人に対する愛情が変わることはなかった。甥へも思うところはあるもののむしろ憐れむ気持ちのほうが強かった。血縁関係を理由に人を嫌うのはまともな人間のすることではないからだ。

 

そのようなまともなダーズリー家でハリー・ポッターは十年ほど生きることになる。

 

ダーズリー家で一番小さな部屋だったがハリーは個室を与えられていた。持ち物のほとんどは従兄弟ダドリーのおさがりだったが、次から次へと新しいプレゼントをねだるダドリー坊ちゃんのおさがりはその乱暴な扱いからは想像できないほど綺麗なものが多かった。量も使いきれないほど多かった。需要よりも供給のほうがはるかに多いのだ。一度も使っていないものすらあるようだった。

 

潔癖で几帳面なダーズリー夫人は衣服だけは新しいものをハリーに与えた。みすぼらしいおさがりを着た子供はダーズリー夫人にとってまともではないのだ。

 

ダーズリー夫妻にはどこか距離を置かれていて、実子のダドリーとの扱いの差も感じていたが、おおむねハリーは不幸を感じることなくダーズリー家で過ごしていた。ダーズリー夫妻としてもハリーは両親と違ってまともだという認識のようだった。嫌っているわけではなかった。ダドリーはハリーのことをお気に入りのサンドバッグかなにかと勘違いしていたが、身軽なハリーにとってそこまで苦痛なことではなかった。ダドリーのパンチはハリーにあたらなかった。

 

ハリーが目を覚ましたときダーズリー家はすでに活動をはじめていた。ダーズリー家の朝は早い。夜も早い。それがまともな人間のすることだからだ。なにより今日はダドリーの誕生日である。ダーズリー家にとって待ち遠しい日だった。

 

朝食の準備を手伝おうとするダドリーをダーズリー夫人は主役に働かせるわけにはいかないと席に座らせた。乱暴者なダドリーだが両親の前では立派でまともな親孝行息子なのだ。その後すぐにプレゼントが去年よりも少ないとかんしゃくを起こす愛嬌もダーズリー夫妻には好ましいものだった。出来過ぎる子供もそれはまともとは言えないからだ。

 

一番遅くに起きてきたハリーはダーズリー夫人に小言をなげつけられながら手伝いをはじめる。誕生日には友達も連れて一家で出かけるのが毎年の恒例行事だった。変わりばえのしないつまらない繰り返しを愛するまともなるダーズリ一家は今年も同じように行動する。ダーズリー夫妻によって綿密に練られた計画にそってお出かけは進行していく。その出鼻をくじかれたとダーズリー夫人は思った。ハリーもそれを理解したので素直にしたがった。

 

しばらくするとダドリーの一の子分、ピアーズ・ポルキスがやってくる。そしてダーズリー氏の車に乗って動物園にむかうことになった。

 

昼過ぎ、動物園の爬虫類館でハリーはとてもまともではない出来事に遭遇した。信じられないことにヘビが喋りだした。相槌をうってしまったのがいけなかった。気の迷いだった。小さな部屋に閉じ込められてガラス張りで晒し者にされる姿を気の毒に思ってしまったのだ。どういうわけかヘビは脱走して、気をよくしたヘビがウインクまでするなんて悪夢だった。きっと錯覚で空耳に違いなかった。アイスやらパフェやらを食べ過ぎて体が冷えているところに、ひんやりした爬虫類館にきたものだから体が驚いてしまって、このようなことになっているのだ。ハリーはとてもまともな思考で自分を納得させた。

 

しかしハリーの心には、ディナーを終えて帰宅してからもなにかが引っかかっていた。

 

ハリーがなにかの引っかかりを感じたまま時間は流れ、いつのまにか夏休みが始まっていた。九月からハリー達は中等学校に入学する。その準備のために慌ただしく買い物やらなにやらを行っていた。

 

名門スメルティングズ男子校(ここにダドリーも、ハリーも、スピアーズも通う)の制服一式を購入した翌日のことだ。ハリーに手紙が届いた。

 

ハリーは社交的なほうではなかったが友達がいないわけではない。こうして手紙が届くのも初めてというわけではなかった。しかしこのようなまともではない手紙は初めてだった。黄色みがかった羊皮紙の封筒に獅子、鷲、穴熊、蛇の仰々しい紋章入りの紫の蝋で封印がしてあった。

 

切手が貼られていないことから誰かのイタズラかもしれないとハリーは思った。しかしダドリー軍団は直接殴ることが好きなのでこのような手の込んだことはしない。それ以外の友達はおとなしい子ばかりでイタズラをするような犯人の見当がつかなかった。

 

食卓で封筒を確認する。手紙の中身はやはりまともな内容ではなかった。魔法を教える学校とは漫画や小説やコンピューターゲームではないのだからとハリーは呆れる。興味をなくしたハリーによって手紙はテーブルの上に置き去りにされた。

 

それをダーズリー氏がちらりと見た。すると反応は劇的だった。ダーズリー氏は普段の赤ら顔を一転させて、腐ったお粥のような顔色に変色させた。

 

「ぺ、ぺ、ぺ、ペチュニア!」

 

息もたえだえにダーズリー夫人にその手紙を見せた。ふたりは抱き合い、体をふるわせて窒息しそうな声をあげた。まともではないその様子にダドリーは怯えて泣きはじめた(お得意の嘘泣きではない)。突然の事態にハリーは戸惑うばかりだった。

 

そもそもハリーは名門スメルティングズ男子校(パブリックスクールというやつだ)に通う準備が整っている。その魔法学校というまともではない学校が本当にあるとしても、どちらを優先すべきなどかわかりきったことである。お断りすればいいだけのことではないかとハリーは思った。しかしまともではないダーズリー夫妻の様子に嫌な予感がした。

 

ダーズリー夫妻は手紙を無視したい気持ちをねじ伏せて断りの手紙を書いた。手紙に記載のなかったあのまともではない手紙の差出人の住所をダーズリー夫人はどうしてか知っていた。それをまともなるハリーは疑問に思ったがまともであるから口には出さなかった。

 

とんがり帽子、ローブ、マント、杖、見るからにまともではない奇怪な集団がいた。ここはサレー州リトル・ウィンジング・プリベット通り四番地、まともなるダーズリー家である。常なら既に警察が到着しこの奇怪なる集団は連行されているはずだった。しかしそうはならず堂々と不法侵入した集団は当然の権利のごとく彼ら流の説得(脅迫か洗脳の間違いだろう)を行っていた。

 

長く伸ばした白ひげをベルトに挟んでいるダンブルドア教授だとか、脂っこい髪の毛をしたスネイプ教授だとか、厳格そうなマクゴナガル教授だとか、あまりにも小さなフリットウィック教授だとか、あまりにも大きなハグリッドだとか、魔法大臣だとか、魔法関係者達が揃っていた。そろって様々な方面からあの手この手でダーズリー夫妻を説得していた。ダーズリー夫妻の精神は崩壊寸前であった。断りの手紙を出してから僅か1時間後のことである。

 

このときハリーとダドリーは「偶然にも」外出していた。しばらくして帰宅したふたりには家の様子は普段通りに見えた。

 

「ない! 僕の制服が教科書が、どこにも!」

 

しかしハリーが名門スメルティングズ男子校に通うという事実はねじ曲げられ、その痕跡の一切がダーズリー家から消えていた。最初から名門スメルティングズ男子校に通う予定などなかったかのようにダーズリー夫妻は振る舞った。名門スメルティングズ男子校への入学許可証も消え去っていた。

 

死んだハリーの両親のまともではないご友人方、その熱烈なる求めによってハリーはホグワーツ魔法学校に入学することになってしまったのだ。ハリーはあまりの衝撃でそれから三日ほどの記憶が混濁している。

 

「積極的に規則を破って、さっさと退学にでもなって帰ってこい」とダーズリー氏は言った。まともではないなにがしかによってホグワーツ魔法学校への入学許可をだしてしまったダーズリー氏であるが、まだ諦めたわけではなかった。ハリーもそのつもりだった。それから少しだけ、ほんの少しだけ規則を破るというまともではない行動をすることにワクワクする気持ちもあった。ダーズリー夫妻の目の届かないところでダドリーはまともではない行動を楽しむことがあったが、ハリーはその気持ちが初めて理解できた気がした。

 

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